学位論文要旨



No 128238
著者(漢字) 波多野,良
著者(英字)
著者(カナ) ハタノ,リョウ
標題(和) ヒトT細胞共刺激分子CD26を分子標的とした新規免疫制御療法の開発に関する基盤研究
標題(洋)
報告番号 128238
報告番号 甲28238
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3897号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 特任准教授 岡部,哲郎
 東京大学 特任准教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

CD26は多様な細胞に発現し様々な機能を持つ分子であり、ヒトT細胞においては共刺激分子として機能して、その活性化に重要な役割を果たすことが明らかになっている。また、CD26陽性T細胞は、関節リウマチや多発性硬化症、移植片対宿主病(Graft-Versus-Host Disease; GVHD)など多くの免疫系疾患で炎症部位への集積が認められるとの報告があり、病態への関与が示唆されている。

これまでに当研究室では、CD26はヒトCD4+ T細胞の活性化マーカーであり、CD26強陽性のCD4+ T細胞はメモリー抗原に対して非常に強く応答するサブセットであること、CD26はT細胞受容体からのシグナルと協調的にT細胞活性化を促す共刺激分子であり、そのシグナル伝達機構としてCD26の細胞内ドメインにCARMA1が動員されCARMA1/ Bcl10/MALT1の複合体を形成、IKK複合体との相互作用によりNF-κBの活性化が誘導されることを明らかにしてきた。また、CD26のリガンドとしてCaveolin-1を同定し、CD26とCaveolin-1との相互作用は、T細胞に活性化シグナルを伝達すると同時に、抗原提示細胞上のCD86(CD28のリガンド)の発現を増強させることも明らかにした。このようにヒト免疫系におけるCD26の研究が進められてきた一方で、マウスCD26では共刺激分子としての機能は報告されておらず、また、ヒトとマウスとではCD26の免疫系での役割が異なることも示唆されている。

以上の理由により、ヒト免疫異常症の治療を目指したCD26の研究にCD26ノックアウトマウスを用いることはできず、ヒトT細胞を用いた研究システムの構築が必須であった。そこで、ヒトT細胞が炎症のエフェクター細胞として働く簡便な病態モデルとして、異種GVHDモデルマウス(HuPBL-NOGマウス)の系を用い、ヒトT細胞共刺激分子CD26を分子標的とした新規免疫制御療法の可能性について検討を行った。

1. 免疫疾患モデルにおけるヒト化抗CD26抗体の有用性の評価

重度の免疫不全のフェノタイプを示すNOG(NOD/Shi-scid, IL-2Rγ KO Jic)マウスにヒト末梢血単核球を移入すると、毛並みの悪化、背骨の歪曲、運動性の低下とともに急激な体重減少を起こし死に至るGVHD様の症状が認められた。本モデルの原因細胞を同定するため、ヒトCD4+ T細胞またはCD8+ T細胞に精製してからNOGマウスへの移入を試みた。CD4+ T細胞・CD8+ T細胞の両方を移入した群はすぐに急激な体重減少を起こして死に至ったのに対し、CD4+ T細胞単独では緩やかな体重減少と脱毛は見られたが観察期間中ほとんどのマウスが生存し、CD8+ T細胞単独ではほとんどの個体で体重減少やGVHD様の症状も認められなかった。これらの結果から、本モデルにおいてCD4+ T細胞とCD8+ T細胞の両者が共存することで重度の異種GVHDが誘発されることが示された。このHuPBL-NOGマウスにヒト化抗CD26抗体または関節リウマチの治療薬として既に実用化されているCD28共刺激阻害剤CTLA4-Ig(Abatacept)の投与を行った結果、抗CD26抗体の投与によりヒトT細胞がマウス体内に生着していながらCTLA4-Igを投与した場合と同程度の生存期間の延長と体重減少の軽減が認められた。CTLA4-Igを投与した場合では、投与量依存的な異種GVHDの発症予防効果が認められた反面、高用量(2 mg/body)投与したマウスでは移植ヒトT細胞の生着もほとんど阻害されることが示された。GVHD標的臓器の病理組織学的解析から、本モデルにおける主な死因としてドナーT細胞による肝機能障害が予測され、抗CD26抗体投与群では肝臓へのリンパ球浸潤が明らかに軽減されていることが示された。CD26分子の病態への関与を明らかにするため、マウス血中ヒトT細胞のCD26の発現を経時的に解析した結果、薬剤非投与群およびコントロール抗体投与群ではヒトCD4+ T細胞、CD8+ T細胞ともに移植初期にCD26の発現が移植前よりも顕著に増強していることが示された。一方、抗CD26抗体投与群では、移植初期にマウス血中および脾臓に生着したヒトT細胞は細胞膜上でのCD26の発現が検出できないことが示され、抗体が結合することで膜上から細胞質へCD26が移行したと考えられた。さらに、CFSEで蛍光標識したヒト末梢血単核球をマウスに移入して脾臓に生着したヒトT細胞の細胞分裂を解析した結果、抗CD26抗体はCD4+ T細胞以上に移植初期におけるCD8+ T細胞の分裂を強く抑制した一方で、CTLA4-IgはCD8+ T細胞と同様にCD4+ T細胞に対しても非常に強い細胞分裂抑制作用を示すことが明らかになった。

本節の結果から、ヒトT細胞をNOGマウスに移入する異種GVHDモデルにおいて、ヒトCD4+ T細胞、CD8+ T細胞ともに移植初期にCD26の発現が顕著に増強しており、細胞分裂の解析結果から、抗CD26抗体はCD4+ T細胞だけでなくCD8+ T細胞の活性化抑制にも強く作用すると考えられた。

2. CD26共刺激によって獲得するヒトCD8+ T細胞のエフェクター機能の解析

これまでにCD4+ T細胞におけるCD26分子の機能解析が進められてきた一方で、CD8+ T細胞におけるCD26分子の役割については未だ解明されていない部分が多い。そこで、ヒトCD8+ T細胞におけるCD26共刺激の役割、中でもエフェクター機能との関係について重点的に解析を行った。

ヒトCD8+ T細胞は、CD4+ T細胞と同様にCD26強陽性、弱陽性、陰性の三相性の発現パターンを示す。そこで、まずヒト末梢血CD8+ T細胞の中でCD26陽性細胞はナイーブ・メモリー・エフェクターのいかなる分化段階に属するのかをフローサイトメトリーにて解析した。細胞表面マーカー(CD28/CD45RA/CCR7)および細胞傷害における主要なエフェクター分子であるPerforin(PRF)/Granzyme(Gzm)の発現パターンを解析した結果、CD26強陽性はほとんどがCD28+ CD45RA- CCR7- 、PRFint GzmA+ GzmBlow/- でありエフェクターメモリーに属すること、CD26弱陽性はほとんどがCD28+ CD45RA+ CCR7+ 、PRF- GzmA- GzmBlow/- でありナイーブに属することが示され、CD26強陽性とCD26弱陽性は明確に異なる分化段階の細胞集団であることが示された。また、CD26陰性にはナイーブ・メモリー・エフェクターのいずれもが混在していた。

次に、抗CD3抗体と抗CD26抗体による固相化刺激で活性化されたヒトCD8+ T細胞の増殖性およびエフェクター分子の発現を解析した。3H-チミジン取込み量の測定およびCFSEラベルによる細胞分裂の解析から増殖性の評価を行なった結果、代表的な共刺激であるCD28共刺激と比較すると、CD26共刺激によるCD8+ T細胞の増殖誘導は培養3日の時点では弱かったが、5日の時点では同程度であることが示された。次に、刺激後のPRF、GzmAおよびGzmBの発現をフローサイトメトリーにて解析した結果、CD26共刺激、CD28共刺激どちらの場合でもGzmBの発現亢進が認められたが、CD26共刺激はCD28共刺激と比較していずれの刺激強度、いずれの刺激時間でもGzmBの発現を顕著に増強させることが示された。また、培養上清中のサイトカインを定量した結果、CD26共刺激によりTNF-α、IFN-γおよび可溶性Fas Ligandを非常に強く産生した一方で、IL-2やIL-5の産生量はCD28共刺激と比較して明らかに低かった。さらに、CD26共刺激によるGzmBやTNF-α、Fas Ligandといった細胞傷害性因子の顕著な発現の誘導が、機能的に意義のあるものかを確かめるため、細胞傷害活性の評価を行った。CD26共刺激またはCD28共刺激によって活性化したヒトCD8+ T細胞とヒト組織球性リンパ腫患者由来単球系細胞株U937細胞との混合リンパ球反応を行なった結果、CD26共刺激によって活性化されたCD8+ T細胞はCD28共刺激と比較しても非常に強い細胞傷害活性を獲得していることが明らかになった。

以上の結果から、ヒト末梢血CD8+ T細胞において、CD26はエフェクターメモリーに高発現、ナイーブに低発現しており、CD26共刺激による活性化シグナルが伝達することでGzmBの発現が顕著に亢進し、炎症性サイトカインであるTNF-α、IFN-γおよび可溶性Fas Ligandの産生が選択的に増強し、非常に強い細胞傷害活性を獲得することが明らかになった。

本研究の結果から、GVHDや自己免疫疾患などの難治性免疫系疾患において抗CD26抗体はCD28共刺激阻害剤とは異なる機序で免疫制御に機能する可能性が示された。また、これまで未解明であったヒトCD8+ T細胞のエフェクター機能獲得におけるCD26共刺激の役割の一端が明らかになった。これらの結果から、CD8+ T細胞による組織障害が発症に強く関与すると考えられる疾患に対して、CD26に基づいた病態の解明と新規治療法開発を目指したトランスレーショナルリサーチが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、T細胞の制御破綻が原因で発症する難治性の免疫異常症に対する、ヒトT細胞共刺激分子CD26を分子標的とした新規免疫制御療法の開発を目的とし、マウスにヒトリンパ球を移入する異種移植片対宿主病(GVHD)の病態モデルを用いて、当研究室で作製に成功したヒト化抗CD26抗体のGVHD発症予防効果およびその詳細な作用機序の解明を試みた。また、これまで未解明であったヒトCD8陽性T細胞におけるCD26の役割に関しても解析を行い、下記の結果を得ている。

1-1. 重度の免疫不全のフェノタイプを示すNOGマウスにヒト末梢血単核球(PBMC)・Pan T細胞(CD4 T細胞、CD8 T細胞の両者)・CD4 T細胞・CD8 T細胞をそれぞれ移入して、異種GVHDを発症するドナー細胞サブセットの解析を行った。その結果、Pan T細胞を移入した群でもPBMC移入群と同様に急激な体重減少を起こし、同時期に死に至ったことから、本病態モデルはドナー(ヒト)T細胞が原因となって発症することが確認された。また、CD4 T細胞、CD8 T細胞単独で移入した群ではどちらも重度のGVHD様の症状が認められなかったことから、重度のGVHDの発症にはCD4・CD8両T細胞が関与していることが示された。

1-2. NOGマウスにヒトPBMCを移入した翌日からヒト化抗CD26抗体を投与し、生存日数とマウス血中ドナー(ヒト)T細胞の割合を経時的に測定した。その結果、抗CD26抗体を低容量(マウス1個体あたり合計20 μg)投与した場合でも、生存日数の著明な延長が認められ、その効果は関節リウマチの治療薬として既に実用化されているCD28共刺激阻害剤CTLA4-Ig(Abatacept)を同量投与した場合と比べても遜色がないことが示された。また、抗CD26抗体は高容量(1個体あたり合計2 mg)投与した場合でも低容量投与した場合と変わらないドナーT細胞の生着が認められたのに対し、CTLA4-Igは高容量投与すると生着阻害に作用することが示された。

1-3. GVHD標的臓器の組織切片を作製し病理組織学的解析を行った結果、ヒトIgGコントロール抗体投与群では肝臓にドナー(ヒト)リンパ球が多数浸潤し、重度の組織障害が認められたのに対し、抗CD26抗体投与群ではリンパ球浸潤が顕著に抑制されていることが示された。肝臓へのリンパ球浸潤に関しては、CTLA4-Igには抗CD26抗体ほどの抑制作用はないことが示唆された。

1-4. マウス体内でのドナー(ヒト)T細胞のCD26の発現を経時的に解析した結果、マウス血中のドナーCD4 T細胞、CD8 T細胞ともにIgGコントロール抗体投与群では移入1-2週後の初期にCD26の発現が移植前よりも顕著に増強することが示された。一方、抗CD26抗体投与群では、ドナーT細胞膜上でのCD26の発現が消失していることが示され、抗体が結合することで膜上から細胞内へ移行したと考えられた。

1-5. NOGマウスに蛍光色素(CFSE)でラベルしたヒトPBMCを移入し、抗CD26抗体およびCTLA4-Igを1週間投与した後、ドナー(ヒト)T細胞の細胞分裂回数を解析した。その結果、抗CD26抗体はドナーCD4 T細胞、CD8 T細胞の移植初期の細胞分裂をどちらも抑制したが、その作用はCD8 T細胞に対して特に強いことが示された。一方、CTLA4-IgはドナーCD8 T細胞の細胞分裂を抗CD26抗体と同程度抑制するとともに、CD4 T細胞に対しても非常に強い抑制作用を示すことが明らかになった。

2-1. 細胞表面マーカー(CD28・CD45RA・CCR7)およびPerforin(PRF)・Granzyme(Gzm)の発現パターンからヒト末梢血CD26陽性CD8 T細胞の分化段階の解析を行った結果、CD26強陽性は主にCD28+ CD45RA- CCR7- かつPRFint GzmA+ GzmBlow/- であり早期エフェクターメモリーであること、CD26弱陽性は主にCD28+ CD45RA+ CCR7+ かつPRF- GzmA- GzmBlow/- でありナイーブであることが示された。

2-2. 抗CD3抗体と抗CD26抗体または抗CD28抗体を用いてヒト末梢血CD8 T細胞を共刺激した後、Granzyme Bの発現を解析した結果、CD28共刺激と比較してCD26共刺激により、いずれの刺激強度、刺激時間でも発現が顕著に増強することが示された。

2-3. 抗CD3抗体と抗CD26抗体または抗CD28抗体を用いてヒト末梢血CD8 T細胞を共刺激した後、ELISAによって培養上清中のサイトカインの定量を行った。CD28共刺激と比較してCD26共刺激により、TNF-α、IFN-γ、soluble Fas Ligandの産生が強く誘導された一方で、IL-2、IL-5の産生誘導は弱いことが示された。

2-4. 抗CD3抗体と抗CD26抗体または抗CD28抗体を用いて共刺激したヒト末梢血CD8 T細胞のU937細胞に対する細胞傷害活性を解析した結果、CD26共刺激によって活性化されたヒトCD8 T細胞はCD28共刺激と比較して非常に強い細胞傷害活性を獲得していることが示された。

以上、本論文は異種GVHDモデルにおいて、ヒト化抗CD26抗体はCD28共刺激阻害剤CTLA4-Igとは異なる作用機序でGVHDの発症予防に働くことを明らかにした。また、ヒトCD8陽性T細胞のエフェクター機能獲得におけるCD26共刺激の役割についても新たな基礎的知見が得られた。本研究は、ヒトT細胞が炎症のエフェクター細胞として働く病態モデルにおいてヒト化抗CD26抗体の有用性を初めて評価したものであり、CD26に基づく免疫異常症の病態解明や新規免疫制御療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク