学位論文要旨



No 128239
著者(漢字) 花村,菊乃
著者(英字)
著者(カナ) ハナムラ,キクノ
標題(和) 尿中ポドサイトおよび超音波検査と腎組織病変との相関
標題(洋) Correlation of urinary podocytes and Doppler ultrasonography with renal biopsy findings
報告番号 128239
報告番号 甲28239
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3898号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 准教授 宇於崎,宏
 東京大学 准教授 菱川,慶一
 東京大学 准教授 長瀬,美樹
内容要旨 要旨を表示する

論文要旨

慢性腎臓病(CKD)は末期腎不全や心血管疾患の危険因子であり、早期診断による適切な対応が必要である。現在、腎疾患の確定診断は腎生検により行われるが、侵襲的な検査法であり、出血や感染など合併症のリスクが問題となる場合がある。一方、腎臓領域で広く用いられる非侵襲的な検査法として尿検査や超音波検査などがあるが、従来の評価項目である尿蛋白や尿中赤血球などは疾患に特異的ではなく、必ずしも疾患の活動性を反映していない。本検討では、CKDにおける腎障害の進行や組織の障害度を非侵襲的に推定する可能性を明らかにするため、当科で腎生検が行われた患者を対象として、尿中に脱落したポドサイト(糸球体上皮細胞)を測定し、臨床病理学的意義を検討した。また、超音波検査によるresistive index(RI)と腎機能および腎病理組織所見との関連を検討した。

Part I

Clinicopathological significance of urinary podocytes in patients undergoing renal biopsy

腎生検患者における尿中ポドサイトの臨床病理学的意義についての検討

背景と目的:ポドサイト(糸球体上皮細胞, podocyte)は、糸球体係蹄の周囲を覆う高度に分化した細胞で、糸球体の濾過機能に重要な役割を持つ。ポドサイトの障害は足突起の融合や蛋白尿などの異常をきたし、糸球体基底膜からの脱落は糸球体硬化の要因となる。ポドサイトは、加齢や様々な腎疾患で減少するが、最近、尿を検体としてポドサイトの脱落を検出する方法が試みられている。ポドサイトの頂側膜に存在する糖蛋白podocalyxinを抗原とした蛍光抗体法では、糸球体腎炎における尿中へのポドサイト排泄増加が報告されている。本検討では、尿中ポドサイト排泄と糸球体におけるポドサイト数の変化、腎病理組織所見との関連を明らかにするため、当科で腎生検が行われた患者を対象として尿中ポドサイト排泄量を測定し、臨床病理学的所見との関連を検討した。また、ポドサイトの脱落と尿蛋白選択性、ポドサイトの障害機序における酸化ストレスの関与について検討した。

対象と方法:2009年4月より2011年3月に当科で腎生検が行われた59例を対象とした。早朝尿10 mLを採取し、phycoerythrin標識抗ヒトpodocalyxinモノクローナル抗体を用いた直接蛍光抗体法により尿中ポドサイトを測定し、スコア評価した。組織障害度は、糸球体硬化、細動脈硬化、尿細管間質障害を5段階評価した。糸球体のポドサイト数は、画像処理ソフトImage-Pro(R)Plus 7.0.を用いて面積密度を求めた。尿蛋白の選択性は、SDS-PAGEとdensitometryにより尿中IgG/albumin比を評価した。尿中過酸化物量は、DCFH-DA法により測定した。

結果:対象は男性30例、女性29例、平均年齢48.2 ± 17.1才、収縮期血圧123 ± 18 mmHg、尿蛋白3.6 ± 4.6 g/gCr、eGFR 63.6 ± 29.0 ml/min/1.73m2であった。診断の内訳は、IgA腎症24例、巣状糸球体硬化症(FSGS)6例、膜性腎症6例、微小変化型ネフローゼ症候群(MCNS)6例、糖尿病性腎症2例、ループス腎炎2例、半月体形成性腎炎2例、感染後急性糸球体腎炎2例、膜性増殖性糸球体腎炎2例などであった。糸球体のポドサイト数は、年齢(r= -0.33; p < 0.05)、腎機能(eGFR)(r = 0.32; p < 0.05)、糸球体硬化(r = -0.43; p < 0.01)、尿細管間質障害(r = -0.46; p < 0.01)と関連し、尿蛋白とは関連しなかった(r = 0.04; p = 0.78)。一方、尿中ポドサイト排泄量は尿蛋白量と関連し(r = 0.36; p < 0.01)、腎機能と並ぶ尿蛋白増加の危険因子であった(R2 = 0.43; p < 0.001)。全症例を対象とした検討では、尿中ポドサイト排泄量は、年齢や腎機能、組織障害度と直接関連しなかったが、CKD病期別の検討では、2-4期の症例に高度な尿中ポドサイト排泄を認めた。また、組織の活動性病変を伴う患者でポドサイトの排泄が高度であった(p < 0.05)。疾患別の検討では、IgA腎症や糖尿病性腎症、FSGSのほか、MCNSや膜性腎症の一部でも尿中ポドサイトの排泄増加を認めた。MCNSとFSGSでは、糸球体におけるポドサイトの減少が尿中IgG/Alb比の上昇と関連した(r = -0.85; p < 0.01)。尿中過酸化物量は、糸球体硬化と関連して増加した(r = 0.39; p < 0.05)。

考察:糸球体におけるポドサイトの減少は糸球体硬化および腎機能低下と関連し、ポドサイトの脱落に伴い腎障害が進行すると考えられた。尿中ポドサイトの増加は尿蛋白および活動性の組織病変と関連し、糸球体疾患の活動性を反映する所見と考えられた。本検討では、これまで尿中ポドサイト排泄を殆ど認めないとされていたMCNSや膜性腎症の一部にも尿中ポドサイトの増加を認めたが、症例の経過から、これらのMCNSには初期のFSGSが含まれる可能性も推測された。糸球体ポドサイト数の減少と尿蛋白選択性低下との関連から、ポドサイトの脱落が糸球体size barrierの障害要因となる可能性が示唆された。

結論:ポドサイトの脱落に伴い、糸球体硬化と腎障害が進行すると考えられた。尿中ポドサイトの増加は尿蛋白および組織の活動性病変と関連し、活動性の糸球体障害の検出に有用な所見と考えられた。ヒトの糸球体障害における酸化ストレスの関与が示唆された。

Part II

The resistive index is correlated with renal function and histological damage in CKD patients

Resistive indexによるCKD患者の腎機能および組織障害度の評価

背景と目的:超音波検査は非侵襲的な検査法であり、CKDの診療において腎サイズや腎の形態異常を検出するほか、ドプラー法による血流の評価が可能である。Resistive index(RI)は血管抵抗の指標とされ、腎機能や腎予後との関連が報告されている。本検討では、RIとCKD病期、腎病理組織所見との関連を明らかにするため、腎生検患者を対象としてRIと臨床病理学的指標との関連を検討した。また、RIの予後因子としての有用性を検討した。

対象と方法:2001年12月より2010年3月に当科で腎生検が行われた202例を対象とした。超音波計測による腎長径、皮質面積および葉間動脈のRIと、臨床病理学的指標との関連を評価した。組織障害度は糸球体硬化、細動脈硬化、尿細管間質障害を5段階評価した。予後の評価は、血清Cr倍加または維持透析の必要な末期腎不全をエンドポイントとして、Cox比例ハザードモデルおよびKaplan-Meier法により行った。

結果:対象は男性110例、女性92例、診断の内訳は、IgA腎症81例、巣状糸球体硬化症26例、膜性腎症24例、微小変化群24例、糖尿病性腎症10例、半月体形成性糸球体腎炎10例、高血圧性腎硬化症5例、ループス腎炎5例、間質性腎炎4例などであった。平均年齢48.1 ± 1.2才、収縮期血圧125 ± 1mmHg、尿蛋白3.8 ± 0.3g/gCr、eGFR 61.8 ± 2.1ml/min/1.73m2、RI 0.631 ± 0.006であった。腎サイズの指標である腎長径と皮質面積はCKD病期と関連して変化せず、腎機能や組織障害度と関連しなかった。一方、RIはCKD病期の進行とともに上昇し(r = 0.50, p < 0.01)、年齢(r = 0.45; 95%CI 0.33 ~ 0.55)、収縮期血圧(r = 0.33; 95%CI 0.20 ~ 0.45)、腎機能(eGFR)(r = -0.52; 95%CI -0.61 ~ -0.41)、糸球体硬化(r = 0.32; 95%CI 0.19 ~ 0.44)、細動脈硬化(r = 0.36; 95%CI 0.23 ~ 0.47)、尿細管間質障害(r = 0.43; 95%CI 0.31 ~ 0.54)と関連した。増減法による重回帰分析では、年齢、腎機能、尿細管間質障害がRI上昇の危険因子であった。予後の観察期間は平均32.2 ± 1.7か月(中央値29)、23例がエンドポイントに達した。生検時RI > 0.7の症例は、RI≦ 0.7の症例に比べ腎障害進行例の割合が高く、この傾向はステロイド投与による治療の有無によらず認められた。生検時のRIによる腎予後を示したKaplan-Meier曲線より、生検時RI > 0.7の症例はRI ≦ 0.7の症例より予後不良であった(p < 0.001)。単変量解析では、年齢、血圧、腎機能、尿蛋白、組織障害度のほか、RIが有効な予後因子であり、生検時RI > 0.7のハザード比は5.71(95%CI 2.50-13.03)であった。多変量解析では、eGFRと糸球体硬化が予後不良因子であった。診断時のRI別にステロイド投与と腎予後の関連を示したKaplan-Meier曲線より、生検時RI ≦ 0.7の症例ではステロイド投与群の予後が非投与群より有意に良好であったが(p < 0.05)、RI > 0.7の症例では両群の予後に有意差がなかった(p = 0.42)。

考察:RIは腎サイズの指標に比べ体格による影響を受けにくく、腎機能や組織障害度との関連から、CKD患者の腎障害および組織障害度の推定に有用と考えられた。また、RIは非侵襲的な予後の指標として有用と考えられ、生検時RI > 0.7の症例はステロイド反応性が不良である可能性が示唆された。

結論:RIは、CKD病期および組織障害度の推定に有用な指標と考えられた。診断時RI > 0.7の症例は腎予後不良であり、ステロイド反応性不良である可能性が示唆された。

まとめ

ポドサイトの脱落は、糸球体硬化や腎障害進行の要因と考えられた。尿中ポドサイト排泄量は尿蛋白および組織の活動性病変と関連し、糸球体疾患における活動性障害の検出に有用と考えられた。また、ヒトの糸球体障害の要因として酸化ストレスの関与が示唆された。超音波検査による腎のRI測定は、CKD患者の腎機能および組織障害度の推定に有用と考えられた。生検時RI > 0.7の症例は、RI ≦ 0.7の症例に比べ腎予後およびステロイド反応性が不良であり、RIの予後指標としての有用性が示唆された。これらの非侵襲的な検査の併用により、CKDの進行度や組織障害度、疾患活動性の推定が可能と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は慢性腎臓病(CKD)における腎機能障害および組織の障害度を非侵襲的な方法により推定する可能性を明らかにするため、腎生検患者を対象に、尿中に脱落した腎上皮細胞(ポドサイト)の排泄量および腎臓超音波検査で測定されるresistive index(RI)の二つの指標について、臨床病理学的所見との関連を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.腎生検患者59例で測定した糸球体ポドサイトの面積密度は、年齢(r= -0.33; p < 0.05)、腎機能(eGFR)(r = 0.32; p < 0.05)、糸球体硬化度(r = -0.43; p < 0.01)、尿細管間質障害度(r = -0.46; p < 0.01)と関連した。糸球体におけるポドサイトの脱落が、糸球体硬化および腎障害進行の要因となることが示唆された。

2.脱落したポドサイトの尿中排泄量を、抗podocalyxin抗体を用いた蛍光抗体法により測定しところ、尿蛋白増加と関連し(r = 0.36; p < 0.01)、また尿中ポドサイト排泄の増加はCKD 2-4期に多く、活動性の組織病変を有する患者で高度であった(p < 0.05)。尿中ポドサイトの排泄が、活動性の糸球体障害を反映することが示された。

3.尿蛋白の選択性を、SDS-PAGEおよびdensitometryで測定した尿中IgG/albumin比により評価した結果、微小変化型ネフローゼ症候群と巣状糸球体硬化症において尿中IgG/Alb比の上昇が糸球体のポドサイト数の減少と関連し(r = -0.85; p < 0.01)、糸球体におけるポドサイトの脱落が、糸球体size barrierの障害に関与することが示された。

4.DCFH-DA法で測定した尿中過酸化物量は糸球体硬化と関連し(r = 0.39; p < 0.05)、これまで糸球体障害の動物モデルで示されてきた酸化ストレスによるポドサイト障害の機序が、ヒトにおいても存在する可能性が示唆された。

5.202例の腎生検患者の生検時の超音波計測による腎サイズの評価より、腎長径と皮質面積は腎機能や組織障害度と直接関連しなかった。一方、RIはCKD病期(r = 0.50, p < 0.01)、年齢(r = 0.45; 95%CI 0.33 ~ 0.55)、収縮期血圧(r = 0.33; 95%CI 0.20 ~ 0.45)、腎機能(eGFR)(r = -0.52; 95%CI -0.61 ~ -0.41)、糸球体硬化度(r = 0.32; 95%CI 0.19 ~ 0.44)、細動脈硬化度(r = 0.36; 95%CI 0.23 ~ 0.47)、尿細管間質障害度(r = 0.43; 95%CI 0.31 ~ 0.54)と関連を認め、増減法による重回帰分析では、年齢、腎機能、尿細管間質障害がRI上昇の危険因子であった。RIがCKD患者の腎障害および組織障害度の推定に有用であることが示された。

6.腎生検時のRIと予後の関連を、血清Cr倍加または維持透析の必要な末期腎不全をエンドポイントとした平均32.2 ± 1.7か月の観察によるCox比例ハザードモデルおよびKaplan-Meier法により評価したところ、生検時RI > 0.7の症例はRI ≦ 0.7の症例に比べ腎予後不良であり(HR 5.71, 95%CI 2.50-13.03、log-rank test: p < 0.001)、RIの予後指標としての有用性が示された。

7.腎生検時RI > 0.7の症例は、RI ≦ 0.7の症例に比べ腎障害の進行を高率に認めたが(p < 0.001)、この傾向はステロイド投与の有無によらず存在した。生検時のRI別にステロイド投与の有無と腎予後との関連を示したKaplan-Meier曲線より、生検時RI ≦ 0.7の症例ではステロイド投与群の予後が非投与群より有意に良好であったが(p < 0.05)、RI > 0.7の症例では両群の予後に有意差を認めず(p = 0.42)、診断時のRIが0.7を超える高値例ではステロイド治療への反応性が不良である可能性が示唆された。

以上、本論文は腎疾患時の尿中ポドサイト排泄増加という従来知られている現象に加え、尿中ポドサイト排泄量と疾患活動性、腎障害の進行度との関連を、腎の組織病変の評価により明らかにした。また、RIと腎の組織障害度の関連を、同様の検討として最大規模の集団で示し、RIの予後指標としての有用性にステロイド反応性の判定という新たな意義を付与した。腎生検の合併症が問題となる症例が存在する背景において、腎の組織障害度を非侵襲的な指標により推定し得る可能性を示した本論文はCKDの臨床に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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