学位論文要旨



No 128240
著者(漢字) 藤田,逸人
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,ハヤト
標題(和) ゲノムワイド関連解析を用いた一塩基多型解析による2型糖尿病感受性遺伝子同定に関する研究
標題(洋)
報告番号 128240
報告番号 甲28240
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3899号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

近年、ゲノムワイド関連解析(GWAS)により50個弱の2型糖尿病関連遺伝子が同定されてきた。これらの多くが欧米からの報告である。日本人は欧米人に比べ肥満度が低いものの、内因性インスリン分泌能が低く、欧米人ほどの肥満になる前に糖尿病を発症すると考えられている。したがって、糖尿病を発症させる個々の遺伝素因については欧米人と日本人では重みづけが異なっていることが予測される。個々のSNPの日本人における重要性は異なっており、実際に日本人を対象としたGWASで日本人に特徴的な多型が同定されている。

現在進行中の一大国際プロジェクトである1000 Genomes Projectにより集団特異的な一塩基多型(SNP)が同定されている。このデータを基にgenotype imputationと呼ばれる実際に観測されていないSNPの推定を行うことで、解析SNP数を飛躍的に増加させられる。また、集団特異的な2型糖尿病感受性遺伝子を同定できる可能性がある。

これまでのGWASの解析手法では、稀な2型糖尿病感受性遺伝子の検出力は十分ではない。遺伝子領域に存在する複数のrare variantをまとめて解析する方法(collapsing method)により、検出力を上げられると考えられている。

【研究1 新規2型糖尿病感受性遺伝子の探索】

<目的>

本研究では日本人で得られたGWAS結果を基として、更に1000 Genomes Projectで得られたデータを利用してgenotype imputationを行い、解析するSNP数を増やした。これらの結果から新たな日本人2型糖尿病候補SNPを絞り込み、これらの部位でSNPを用いた2型糖尿病患者と対照による関連解析を追試し、感受性遺伝子の探索を行った。また、頻度の低い2型糖尿病感受性遺伝子の探索を試みた。

<方法>

バイオバンクジャパンに登録されている4470例の2型糖尿病症例、3071例のコントロール症例を対象として行われたGWASのデータを利用し、1000 Genomes Project(released 2010-08)の東アジア系集団のSNPデータを用いて、genotype imputationを行った。GWASデータを用いた解析で、P値<1.0×10-6以下となった領域を選出し、既報の2型糖尿病感受性遺伝子領域を除き、残りの領域についてreplication用の第2パネルの2型糖尿病患者1200例、コントロール症例855例を用いてreplicationを施行した。バイオバンクサンプル、第2パネルでそれぞれ解析した後に、メタアナリシスを行った。また、アレル頻度5%以下のrare variantのみを対象としたcollapsing methodを用いて、頻度の低い2型糖尿病感受性遺伝子の探索を試みた。

有意に2型糖尿病と関連したSNP周辺の遺伝子について、ヒトの脂肪組織を用いて発現解析を行った。64例の皮下脂肪、内臓脂肪からRNAを抽出し、皮下脂肪、内臓脂肪での発現量の差を調べた。

<結果>

既報の2型糖尿病感受性遺伝子以外では、SLC45A3、CTBP1、RBFOX1の遺伝子領域のSNPがP値<1.0×10-6となった。Replicationでは、CTBP1遺伝子領域のrs730831が2型糖尿病と有意に関連した(P値 0.005、OR 1.21、95%CI 1.06-1.39)。バイオバンクジャパンと第2パネルのメタアナリシスでは、年齢、性別、BMIで補正後、CTBP1領域のSNP(rs730831)がゲノムワイドに有意に2型糖尿病と関連した(P値 1.10×10-9、OR 1.27、95%CI 1.18-1.37)。

Rare variantに絞った解析では、有意に2型糖尿病と関連する遺伝子は見つからなかった。

CTBP1遺伝子の発現は皮下脂肪と比較し、内臓脂肪で有意に低下していた(P値0.0061)。CTBP1遺伝子周辺の遺伝子発現は、皮下脂肪と内臓脂肪で差を認めなかった。

<考察>

1000 Genomes Projectのデータを用いたgenotype imputationにより、CTBP1領域が2型糖尿病と全ゲノムレベルで有意に関連することを見出すことができた。1000 Genomes Projectのデータを用いたgenotype imputationは新たな2型糖尿病感受性遺伝子同定に有用であると考えられる。今後1000 Genomes Project の進行によりgenotype imputationの精度が更に上がることで、新たな2型糖尿病感受性遺伝子の同定につながると期待される。CTBP1遺伝子が、皮下脂肪と比較し内臓脂肪で発現が低下していたことと、CTBP1遺伝子が白色脂肪細胞関連遺伝子の発現を抑制するという報告を合わせると、CTBP1遺伝子は脂肪でのインスリン抵抗性改善に関与していると推測される。

Rare variantの解析については、複数の手法による照らし合わせを含めて解析手法の更なる発展が必要である。

【研究2 欧米で報告された2型糖尿病指標と関連する遺伝子についての日本人サンプルを用いた追試】

<目的>

欧米人を対象とした21のGWASのメタアナリシス(the Meta-Analyses of Glucose and Insulin-related traits Consortium ; MAGIC)では、空腹時血糖やHOMA-β、HOMA-IRと関連する新たな遺伝子が報告された。集団間でアレル頻度の違いや遺伝素因の違いがあると考えられており、これらの新たな遺伝子が、日本人においても同様の関連を認めるかを調べる必要性がある。本研究では、MAGICメタアナリシスで同定された遺伝子が、日本人においても空腹時血糖や2型糖尿病との関連を認めるかについて調査した。

<方法>

東京大学、広島大学の2型糖尿病患者1200例、コントロール症例855例、富山大学の2型糖尿病患者722例、コントロール症例763例、神戸大学の2型糖尿病患者710例、コントロール432例、バイオバンクジャパンの2型糖尿病患者4470例、コントロール3071例を対象とし、MAGICメタアナリシスで2型糖尿病または糖尿病関連形質と有意な関連を認めた10SNPについてジェノタイピングを行った。

<結果>

3SNPが2型糖尿病と有意に関連を示した。GCKR領域のrs780094がP値= 8.2×10-5, FDR adjusted P 値= 8.2×10-4, OR 1.11、GLIS3領域のrs7034200がP 値= 0.0059, FDR adjusted P 値= 0.020, OR 1.08、DGKB- TMEM195領域のrs2191349がP 値= 1.8×10-4, FDR adjusted P 値= 9.0×10-4, OR 1.11であった。また、GCKR領域のrs780094は空腹時血糖とも関連を示した(P 値= 0.0013, FDR adjusted P 値= 0.013)。

<考察>

GCKR、DGKB- TMEM195遺伝子について欧米の結果を追試することができた。GLIS3遺伝子について、欧米人では正常血糖範囲内で血糖上昇と関連していたが、日本人では2型糖尿病感受性遺伝子であることが見出された。

審査要旨 要旨を表示する

【研究1 新規2型糖尿病感受性遺伝子の探索】

本研究は、2型糖尿病の遺伝素因の解明のため、日本人で得られたゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果を基として、1000 Genomes Projectで得られたデータを利用してgenotype imputationを行い、解析一塩基多型(SNP)数を増やすことで、新たな2型糖尿病感受性遺伝子の探索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.バイオバンクジャパンサンプルのGWASデータを基に、1000 Genomes Projectの東アジア系集団のデータをリファレンスとしたgenotype imputationで推定されたSNPと直接観測されたSNPのジェノタイプデータを用いた解析により、候補SNPを絞り込み、さらに再現性を別パネルで確認したところ、CTBP1遺伝子領域のSNPは、ゲノムワイドに2型糖尿病と関連していた。

2.2型糖尿病関連形質とCTBP1遺伝子領域のSNPの関係について、コントロールサンプルを用いて調べたが、明らかな関連が認められなかった。

3.ヒトの皮下脂肪、内臓脂肪を用いた発現解析では、CTBP1遺伝子の発現は皮下脂肪に比べて内臓脂肪で有意に低下していた。CTBP1遺伝子周囲の遺伝子については、皮下脂肪と内臓脂肪で発現に差は認められなかった。CTBP1遺伝子は、脂肪細胞においてインスリン抵抗性を惹起する遺伝子の抑制に関与するという報告と合わせると、CTBP1遺伝子が、脂肪組織でのインスリン抵抗性改善に関与する可能性が示唆された。

【研究2 欧米で報告された2型糖尿病指標と関連する遺伝子についての日本人サンプルを用いた追試】

人種間でアレル頻度の違いや遺伝素因の違いがあると考えられており、欧米人で同定された遺伝子が、日本人においても同様の関連を認めるかを調べる必要性がある。本研究では、MAGIC (the Meta-Analyses of Glucose and Insulin-related traits Consortium)で同定された遺伝子が、日本人においても空腹時血糖や2型糖尿病との関連を認めるかについて調査し、下記の結果を得ている。

1.GCKR、 DGKB-TMEM195遺伝子は日本人でも2型糖尿病と一貫して関連しており、DGKB-TMEM195、GCKR遺伝子が複数の人種における2型糖尿病感受性遺伝子と考えられた。

2.欧米人では、GLIS3遺伝子は2型糖尿病と関連が認められず、正常範囲内での血糖上昇にのみ関連していたが、本研究において、GLIS3遺伝子のSNPが2型糖尿病と有意に関連しており、欧米での仮説は少なくとも東アジア人においては当てはまらないと考えられた。

以上、本論文は日本人のGWASおよび1000 Genomes Projectデータを利用したgenotype imputataionを用いた解析により、CTBP1遺伝子が日本人の2型糖尿病感受性遺伝子であることを同定し、さらに脂肪組織を用いた発現解析から、CTBP1遺伝子は脂肪組織インスリン抵抗性の改善に関与する可能性を見出した。欧米で報告された2型糖尿病指標と関連する遺伝子についての日本人サンプルを用いた追試では、GLIS3遺伝子のSNPが日本人において2型糖尿病感受性遺伝子であることを見出した。本研究の結果は、将来的な2型糖尿病の病態の解明、新たな創薬や新規治療法の開発につながると期待され、学位授与に値するものと考えられる。

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