No | 128243 | |
著者(漢字) | 池田,四葉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イケダ,シヨウ | |
標題(和) | microRNA-205は腎尿細管細胞において,酸化ストレスおよび小胞体ストレスに共通して惹起されるシグナル伝達系に関与しており,細胞の表現型に影響を与えている | |
標題(洋) | microRNA-205 contributes to both signalings triggered by oxidative and ER stresses in renal tubular cells and influences the tubular pathological phenotypes. | |
報告番号 | 128243 | |
報告番号 | 甲28243 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3902号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 原疾患に依らず共通した病像を呈する末期腎不全において,腎機能障害は腎尿細管細胞の傷害,特に尿細管間質の低酸素によって惹起される傷害に依存していることが知られている。低酸素に曝された尿細管細胞では酸化ストレスが生じ,ミトコンドリアの活性化を介して酸素消費を増大させる結果,尿細管間質の低酸素を助長することとなり,ここに低酸素と酸化ストレスの悪循環が形成される。 一方,小胞体ストレス,およびそれに呼応して起こる小胞体ストレス応答(unfolded protein response: UPR)もさまざまな腎疾患の発症,進展に関与している。UPRには二つの局面があり,初期には小胞体に蓄積した構造異常タンパク質を除去し小胞体機能を回復させることによって細胞保護的に働く(adaptive UPR)が,この反応が不十分である場合や,遷延する小胞体ストレスに対してはアポトーシスを誘導し,細胞死を招く(maladaptive / proapoptotic UPR)。近年,腎臓においても正常な小胞体機能の維持にこのadaptive UPRが重要な働きをしていること,またproapoptotic UPRが急性腎不全(AKI)や慢性腎不全(CKD)の発症,進展に関与していることが報告されている。 酸化ストレスで誘導される活性酸素(reactive oxygen species: ROS)は小胞体ストレスの誘因の一つであるが,一方で小胞体ストレスそのものもまた,タンパク質のジスルフィド結合の増加を反映して小胞体でのROS産生を増加させるほか,小胞体-細胞質間のCa2+ホメオスタシスを変化させることによってミトコンドリアでのROS産生を促す。すなわち,酸化ストレスと小胞体ストレスは悪循環を形成し,相互に関係し合いながら尿細管細胞を傷害していると考えられるが,その詳細なメカニズムは依然,明らかとなっていない。 近年,腎臓における様々な生理学的,病理学的反応の制御へのmicroRNA(miR)の関与が相次いで報告されている。miRは,18~25塩基からなる内因性の低分子non-coding RNA(small ncRNA)の一種であり,今日では遺伝子の転写後制御にきわめて重要な働きをしていることが明らかとなっている。miRにはタンパク質遺伝子のイントロンとして転写されるものと,独自のプロモータから転写されるものがあり,その後,主にribonuclease type III(RNase III)familyに含まれる2種の酵素DroshaとDicerの働きによって成熟miRとなる。具体的には,転写直後のprimary miR(pri-miR)が,Droshaの作用により70ヌクレオチド程度に切断され,ステム&ループ構造のprecursor miR(pre-miR)となる。pre-miRは輸送タンパクによって核外に輸送された後,Dicerによって両端が切断され,一旦,2本鎖のmiR duplexとなった後,解離して1本鎖RNAとなり,そのうちの一方がRISC(RNA induced silencing complex)に取り込まれ,成熟miRとして機能する。miRはタンパク質をコードするmRNAの3'UTRs(untranslated regions)に結合し,遺伝子の翻訳を主に抑制的に制御する。miRとターゲットmRNAの結合が完全に一致している場合,mRNAは切断され分解される。一方,miRとmRNAとの結合にミスマッチがある場合にも,miRは柔軟性を持ってターゲットに結合し,配列特異的に翻訳を抑制することが明らかとなっている。miRはウイルスから植物,線虫,節足動物,脊椎動物まで幅広い生物種に存在しており,ヒトでは数百のmiRが全タンパク質遺伝子の約50%の制御に関与し,結果的に細胞の増殖や分化,アポトーシスなどほぼ全ての生物学的な過程にmiRの関与が示唆されている。腎臓の領域では近年,特に線維化との関連が注目されており,高血圧腎症,糖尿病性腎症,IgA腎症の病態形成にそれぞれ特定のmiRが関与していることがすでに報告されているが,原疾患に依らず共通した病像を呈する末期腎不全への進展の鍵となる尿細管細胞の機能不全とmiRの関係については,依然,明らかとなっていない。 そこで本研究では,培養ヒト尿細管細胞(HK-2)を用いて,酸化ストレスおよび小胞体ストレス,もしくはその双方によって発現が変動するmiRを解析し,その機能を解明することを目的に各種実験を行った。 【酸化ストレス,小胞体ストレスによるmiRの発現変動】 培養ヒト尿細管細胞(HK-2)を用いて,低酸素-再酸素化(0.1% O2の低酸素環境下で16時間培養の後,3時間もしくは10時間の再酸素化)を行う酸化ストレス群(Hypoxia-Reoxygenation; HR),およびtunicamycin(2μg/ml, 24時間)もしくはthapsigargin(0.5μg/ml, 24時間)の前処置を行う小胞体ストレス群(endoplasmic reticulum stress; ER)でmiR microarray解析を行った。その結果,解析に用いた799種のうち,HR群で再酸素化の時間に関わらず持続的に有意な変動(統計学的有意差を持って1.2倍以上の増加もしくは0.8倍以下の減少)を示すmiRは10種,ER群でどちらの小胞体ストレス誘導物質によっても有意な変動を示すmiRは8種であり,この両群に共通する唯一のmiRとしてmiR-205を同定した。miR-205の発現変動は定量real-time RT-PCRでも有意な減少の再現性が確認され,さらに,miR-205の前駆体pre-miR-205も同じ挙動を示した。 【尿細管細胞におけるmiR-205の機能】 miR-205の発現は,酸化ストレスもしくは小胞体ストレスに曝露された尿細管細胞でともに有意に抑制されていた。そこで,siRNAを用いてmiR-205の発現を抑制したHK-2を用いてmiR-205のストレスシグナルに対する機能解析を試みたところ,miR-205発現抑制HK-2は細胞増殖が抑制されており,また酸化ストレスおよび小胞体ストレスに対する感受性が亢進し,細胞生存率の低下,細胞内ROSの増加がみられた。これらの細胞では細胞内レドックスを担う抗酸化酵素copper/zinc superoxide dismutase (SOD1),manganese superoxide dismutase (SOD2),catalase,hemoxygenase 1(HO-1)の発現が有意に低下しており,細胞内ROS増加の原因と考えられた。さらに,酸化ストレスおよび小胞体ストレスのシグナル伝達関連を中心にmiR-205の標的を検索した結果,miR-205の発現抑制によりhypoxia-inducible factor(HIF)の制御分子prolyl hydroxylase domain 1(PHD1)の発現が有意に亢進することを確認した。このPHD1の発現は,低酸素-再酸素化を行なったHK-2細胞,およびtunicamycin で小胞体ストレスを誘導したHK-2細胞でも有意に増加していることを確認した。PHD1は以前の研究によりミトコンドリア呼吸と酸化ストレスの制御に関与することが示されており,また最近になってPHD1が本来の水酸化酵素としての機能とは別に小胞体ストレスの制御にも関与していることが報告されている。PHD1の3'UTRにはmiR-205と相補性の高い配列が含まれており,またホタルルシフェラーゼの下流にPHD1-3'UTRを組み込んだベクターを用いたレポーターアッセイでは,miR-205の発現抑制によるPHD1転写活性の亢進が確認された。これらの結果は,PHD1がmiR-205によって直接制御される標的遺伝子の一つである可能性を示唆している。 【結論】 酸化ストレスおよび小胞体ストレスによって障害を受けた尿細管細胞において,双方に関連するシグナル伝達系にはmiRによる制御が関与しており,これが細胞の表現型にも影響を与えていると考えられる。miR-205はPHD1と抗酸化酵素の発現調節を介して,酸化ストレス及び小胞体ストレスに対する細胞の抵抗性を誘導している可能性が示唆された。酸化ストレスおよび小胞体ストレスは共に,様々な腎疾患の増悪因子となっていることから,腎臓におけるPHD1の発現調節,さらにはPHD1以外にも存在する可能性のある他のmiR-205標的タンパクも含めた包括的な制御を目的としたmiR-205そのものの発現調節を行なうことで,多くの腎障害の進行抑制が期待できると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は,様々な腎疾患の誘因・増悪因子となる酸化ストレスおよび小胞体ストレスによって共に惹起されるシグナル伝達系に,近年,多くの生理学的・病理学的反応の制御に重要な役割を果たしていることが報告されているmicro RNA(miR)による転写後制御が関与しているという仮説のもと,そのmRの同定および機能解明を試みたものであり,下記の結果を得ている。 1.培養ヒト尿細管細胞(HK-2)を用いて,低酸素-再酸素化(0.1% O2の低酸素環境下で16時間培養の後,3時間もしくは10時間の再酸素化)を行う酸化ストレス群,およびtunicamycin(2μg/ml, 24時間)もしくはthapsigargin(0.5μg/ml, 24時間)の前処置を行う小胞体ストレス群でmiR microarray解析を行った。その結果,解析に用いた799種のうち,酸化ストレス群および小胞体ストレス群に共通して有意な変動を示す唯一のmiRとしてmiR-205を同定した。 2.miR-205の発現は,酸化ストレスもしくは小胞体ストレスに曝露された尿細管細胞でともに有意に抑制されており,siRNAを用いてmiR-205の発現を抑制したHK-2を用いてTrypan blue exclusion assayやFACS解析を行なった結果,miR-205発現抑制HK-2は細胞増殖が抑制されており,また酸化ストレスおよび小胞体ストレスに対する感受性が亢進し,細胞生存率の低下,細胞内ROSの増加がみられた。 3.miR-205の発現を抑制したHK-2細胞において,細胞内ROSの制御に関わる各種抗酸化酵素の発現量をreal time RT-qPCRにて解析したところ,copper/zinc superoxide dismutase (SOD1),manganese superoxide dismutase (SOD2),catalase,hemoxygenase 1(HO-1)の発現が有意に低下しており,細胞内ROS増加の原因と考えられた。 4.酸化ストレスおよび小胞体ストレスのシグナル伝達関連を中心にmiR-205の標的を検索した結果,miR-205の発現抑制によりhypoxia-inducible factor(HIF)の制御分子prolyl hydroxylase domain 1(PHD1)の発現が有意に亢進することを確認した。このPHD1の発現は,低酸素-再酸素化を行なったHK-2細胞,およびtunicamycin で小胞体ストレスを誘導したHK-2細胞でも有意に増加していることを確認した。 5.PHD1の3'UTRの配列を解析した結果,miRの結合に特に重要であるとされているseed sequenceを含めmiR-205と相補性の高い配列領域を1ヶ所同定した。この領域を含むPHD1-3'UTRをSV40 promoterの下流にホタルルシフェラーゼとともに連結したvectorを用いて,reporter assayを行なった結果,miR-205の発現抑制によるPHD1転写活性の亢進を確認し,PHD1がmiR-205によって直接制御される標的遺伝子の一つである可能性が示唆された。 以上,本研究は,酸化ストレスおよび小胞体ストレスによって障害を受けた尿細管細胞において,双方に関連するシグナル伝達系にmiR-205が関与していることを明らかにした。miR-205は下流のPHD1および抗酸化酵素の発現調節を介して酸化ストレス及び小胞体ストレスに対する細胞の抵抗性を誘導している可能性が示唆される。本研究は腎尿細管細胞において,様々な腎疾患の誘因・増悪因子である酸化ストレスおよび小胞体ストレスの制御に関わるmiRを初めて同定し,将来的にはこれが多くの腎障害の進行抑制につながる包括的な治療戦略の新たな治療ターゲットとなる可能性を提示しており,学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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