学位論文要旨



No 128245
著者(漢字) 中山,敦子
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,アツコ
標題(和) ルテオリンの心血管系保護作用についての研究
標題(洋)
報告番号 128245
報告番号 甲28245
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3904号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,稔
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 特任准教授 鈴木,淳一
 東京大学 特任准教授 長瀬,美樹
 東京大学 教授 大内,尉義
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

植物由来のフラボノイドは強力な抗酸化作用を有するとともに様々なチロシンキナーゼ活性を修飾制御することが知られ、各種病態に対する効果に関しても検討が進んでいる。本研究ではフラボノイドの中でも最も強力な抗炎症作用を有するとされるルテオリンに着目し、特に体内への吸収効率が高いルテオリン1配糖体を使用して、心臓をはじめとする臓器の線維化抑制効果ならびに大動脈瘤形成抑制効果を動物実験で観察するとともに、分子生物学的機序の解析をおこなった。

【方法】

in vivo:

ラット高血圧モデル:9週齢Sprague-Dawleyラットの皮下に浸透圧ミニポンプを植え込み、アンジオテンシンII (AngII)を1週間0.7μg/kg/minで持続注入しラット高血圧モデルを作成した。AngII+ルテオリン混餌群はポンプ植え込み3週間前よりルテオリン1配糖体混餌(配合率0.05%、以下同様)を前投与した。比較対照として、対照群(普通餌、AngII注入なし)とAngII+普通餌群(普通餌、AngII注入あり)を準備した。ポンプ植え込み1週間後に、ラットの血圧、および心エコーでの左室壁厚と左室内径、体重、心臓重量を測定した。心臓および大動脈組織の活性酸素産生を観察するために、組織凍結切片をもちいて2',7'-dichlorofluorescein (DCFH)染色を行った。摘出した心臓、肝臓、腎臓の各臓器は組織学的に評価し、TGFβ1、CTGF、ANP、BNP、TNFα、MCP-1のmRNA発現をリアルタイムPCR法にて評価した。さらに心臓組織は、マクロファージ数測定のためフローサイトメトリー解析(FACS)にてCD3陰性の細胞を抽出し、CD68陽性,CD11b陽性細胞の比率を観察した。

ApoE-/-マウス大動脈瘤モデル:16週齢ApoE-/-マウスの皮下に浸透圧ミニポンプを植え込み、AngIIを4週間1.0μg/kg/minで持続注入し大動脈瘤モデルを作成した。AngII+ルテオリン混餌群はポンプ植え込み3週間前よりルテオリン1配糖体混餌を前投与した。比較対照として、対照群(普通餌、AngII注入なし)とAngII+普通餌群(普通餌、AngII注入あり)を準備した。ポンプ植え込み直前と4週間後に、エコーにて大動脈最大短径を測定し、摘出した大動脈のTGFβ1、CTGFのmRNA発現をリアルタイムPCR法にて評価し、EVG染色にて大動脈壁を組織学的に評価した。

in vitro:

培養ヒト心臓線維芽細胞を用いて、ルテオリン前処置がAngII刺激後の分子マーカー誘導および遺伝子発現に対しいかなる効果を及ぼすかを評価した。AngII(0.1μM)刺激24時間後に回収した細胞を用いてTGFβ1、CTGF、TNFα、MCP-1のmRNA発現をリアルタイムPCR法にて評価し、MAPKファミリーであるJNK1、ERK1/2、p38のリン酸化をWestern blotting法で評価した。

【結果】

ラット高血圧モデル:ルテオリン投与はAngIIによる血圧上昇を抑制しなかったが、左室壁肥厚、左室重量増加、心筋組織線維化を抑制し、左室におけるROS産生やTGFβ1、CTGF、ANP、BNPのmRNA発現増加をいずれも有意に抑制した。TNFα、MCP-1のmRNA発現増加に対する抑制効果は有意水準に達しなかったものの、左室組織FACS解析ではルテオリンがAngIIによるマクロファージ増加を抑制することを確認した。培養ヒト心筋線維芽細胞においてAngII刺激によるTGFβ1、CTGFのmRNA発現亢進とJNK1、ERK1/2のリン酸化は、ルテオリン前処置によって有意に抑えられた。一方、p38リン酸化は前処置ルテオリン濃度が20μMに達するまでは抑制されなかった。肝臓において、ルテオリン投与はAngIIによる組織線維化を抑制し、TGFβ1、CTGF、TNFα、MCP-1のmRNA発現を有意に抑制した。腎臓では、ルテオリン投与により、AngIIによる組織線維化が血管周囲で抑制されたが、TGFβ1、CTGF、TNFα、MCP-1のmRNA発現の有意な抑制は認められなかった。

ApoE-/-マウス大動脈瘤モデル:ルテオリン投与したマウスの瘤の発生率は投与しなかったマウスに比較して低かった(対照群n=0/5、AngII+普通餌群n=10/10、AngII+ルテオリン混餌群n=2/10)。組織学的には、AngII+普通餌群では大動脈中膜の弾性板の断絶と、AngII+ルテオリン混餌群では弾性板の断絶はほとんど見られなかった。大動脈のTGFβ1、CTGFのmRNA発現はAngII+普通餌群に比較し、AngII+ルテオリン混餌群で有意に低下していた。

【考察】

本研究では、特に強力な抗炎症作用を有することで知られるルテオリンに着目し、動物モデルで病態形成に与える効果を検証した。安定で吸収効率の高いルテオリン一配糖体をAngII負荷ラットモデルに投与したところ、血圧に影響なく心臓、肝臓、腎臓の線維化が有意に抑制された。ただしその効果には臓器間相違があり、肝臓において最も顕著に線維化抑制効果が観察された。このことはルテオリン1配糖体がルテオリンアグリコンとして吸収されるため、活性体に代謝されるのに必要なβグルクロニダーゼ酵素が肝臓に豊富に存在することと関連しているのかもしれない。線維化抑制の分子メカニズムとして抗炎症作用以外に、MAPKファミリーリン酸化に対する直接の、あるいは抗酸化作用を介した間接の抑制作用も考えられるが、詳細に関しては今後のさらなる検討を要する。また、ApoE-/-マウス大動脈瘤モデルにおいてルテオリンの明らかな瘤形成抑制効果を示すことができた。大動脈瘤は無症状のまま発症拡大し、破裂に至って始めて緊急手術で救命されるという経過を取るものも多い。無症状の患者への長期間の投与ということを考えると、心肥大、大動脈瘤ともにわれわれが既に経口摂取している食品栄養素で副作用なく長期間投与が可能、しかも病態進行を抑制可能な物質が予防治療薬として待望される。本研究で効果が検証されたルテオリン経口投与は心臓線維化予防や大動脈瘤予防に有望な方策と考えられる。今後さらに詳細な機序解明をおこない、安全性を検証した後、臨床試験へと展開させたいと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、植物由来のフラボノイドであるルテオリンの中でも生体に対して吸収効率の高いルテオリン1配糖体を利用して、心血管を中心としてルテオリンの生体に対する様々な作用を動物実験と細胞実験を用いて検討し、以下の結果を得ている。

1.ラット高血圧モデルを用いた実験では、ルテオリン投与はAngIIによる血圧上昇を抑制しなかったが、左室壁肥厚、左室重量増加、心筋組織線維化を抑制し、左室におけるROS産生やTGFβ1、CTGF、ANP、BNPのmRNA発現増加をいずれも有意に抑制した。TNFα、MCP-1のmRNA発現増加に対する抑制効果は有意水準に達しなかったものの、左室組織FACS解析ではルテオリンがAngIIによるマクロファージ増加を抑制することを確認した。

2.培養ヒト心筋線維芽細胞においてAngII刺激によるTGFβ1、CTGFのmRNA発現亢進とJNK1、ERK1/2のリン酸化は、ルテオリン前処置によって有意に抑えられた。一方、p38リン酸化は前処置ルテオリン濃度が20μMに達するまでは抑制されなかった。

3.肝臓において、ルテオリン投与はAngIIによる組織線維化を抑制し、TGFβ1、CTGF、TNFα、MCP-1のmRNA発現を有意に抑制した。腎臓では、ルテオリン投与により、AngIIによる組織線維化が血管周囲で抑制されたが、TGFβ1、CTGF、TNFα、MCP-1のmRNA発現の有意な抑制は認められなかった。

4.ApoE-/-マウス大動脈瘤モデルにおいては、ルテオリン投与したマウスの瘤の発生率は投与しなかったマウスに比較して低かった。組織学的には、AngII+ルテオリン混餌群では大動脈壁の弾性板の断絶はほとんど見られなかった。大動脈のTGFβ1、CTGFのmRNA発現はAngII+普通餌群に比較し、AngII+ルテオリン混餌群で有意に低下していた。

以上、本論文では、フラボノイドであるルテオリンに着目し、動物モデルで病態形成に与える効果を検証し、ルテオリンが生体に対して臓器線維化抑制作用と大動脈瘤形成抑制作用を持つことを明らかにした。ルテオリン経口投与は心臓線維化予防や大動脈瘤予防に有望な方策の一つと考えられ、学位の授与に値するものと判断した。

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