学位論文要旨



No 128247
著者(漢字) 山本,由美子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ユミコ
標題(和) ヒト単球系細胞の組織因子発現における、カリウムチャネルの役割についての検討
標題(洋) Roles of Potassium Channels in Tissue Factor Expression in Human Monocytic Cells.
報告番号 128247
報告番号 甲28247
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3906号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
 東京大学 特任准教授 眞鍋,一郎
 東京大学 特任准教授 窪田,直人
内容要旨 要旨を表示する

組織因子(tissue factor)は、凝固系の開始因子であり、血栓形成において重要な役割を担っている。一方、III群の抗不整脈薬であるアミオダロンは、カリウムチャネル阻害薬である。アミオダロンは様々な電気生理学的作用を持ち、カリウムチャネル阻害のみでなく、ナトリウムチャネル阻害、αおよびβアドレナリン受容体阻害、L型カルシウムチャネル阻害作用も持っている。さらにアミオダロンには抗血栓作用も報告されており、臨床的には、虚血性心疾患後やうっ血性心不全後の患者にアミオダロンを投与することにより、不整脈死や突然死だけではなく、全体的な死亡率を減少させることが報告されている。

本研究では、ヒト単球系細胞THP-1を用いて、単球系細胞の組織因子発現に対するアミオダロンの抑制作用をしらべた。THP-1はヒト単球性白血病細胞由来の培養細胞で、ホルボールエステルの刺激によりマクロファージ様細胞へ分化する。THP-1細胞にはいくつかのカリウムチャネルの存在が報告されており、その代表的な2つが電位依存性カリウムチャネルKv1.3と内向き整流カリウムチャネルKir2.1である。分化したTHP-1細胞には、高コンダクタンスCa2+依存性カリウムチャネルKCa1.1も存在することが報告されている。アミオダロンは様々なチャネルを阻害することから、THP-1細胞に存在するカリウムチャネルのうち、アミオダロンにより抑制され、組織因子発現に対して抑制作用を及ぼすチャネル、つまり鍵となるチャネルを見つけるため、それぞれのチャネルの選択的阻害薬を用いて、組織因子発現に対する抑制効果を比較した。

組織因子のmRNAおよび蛋白の発現をしらべるために、定性的および定量的RT-PCR、ウェスタンブロッティング解析を行った。THP-1細胞を腫瘍壊死因子(TNF)-α(100ng/ml)で刺激すると、3時間後に組織因子のmRNAは著明に増加し、刺激前のほぼ4~8倍となるが、24時間後には減少する。THP-1細胞にTNF-αとともにアミオダロン(10μM)を加えると、TNF-αにより3時間後に誘導された組織因子のmRNAは有意に低下し、完全に抑制された。また、アミオダロンの用量を3、10、30μMの3つに変化させて効果を比較したところ、アミオダロンによる組織因子のmRNA発現抑制効果は用量依存性を示した。ウェスタンブロッティング解析では、TNF-αの刺激により6時間後、24時間後に増加した組織因子の蛋白を、アミオダロン(10μM)が有意に減少させた。

アミオダロンの組織因子発現抑制作用の鍵となるチャネルを見つけるため、THP-1細胞に存在することが知られているカリウムチャネルについて、選択的阻害薬を用いて組織因子の発現抑制作用を比較した。電位依存性カリウムチャネルKv1.3は未分化のTHP-1細胞に多く存在しているが、THP-1細胞が分化するとほとんど認められなくなることが知られている。THP-1細胞をTNF-α(100ng/ml)で刺激したときに増加する組織因子のmRNAについては、Kv1.3の選択的阻害薬であるマルガトキシン(1nM)では有意な変化を認めず、さらに高用量のマルガトキシン(10nM)でも有意な変化を認めなかった。一方、ウェスタンブロッティング解析では、TNF-αの刺激により6時間後、24時間後に組織因子の蛋白が増加したが、マルガトキシン(1nM)は24時間後の蛋白を有意に減少させた。

内向き整流カリウムチャネルKir2.1は、Ba2+により阻害され、未分化のTHP-1細胞での存在は少ないが、THP-1細胞が分化すると多く存在するようになることが知られている。Ba2+(1mM)は、THP-1細胞をTNF-α(100ng/ml)で刺激したとき3時間後、6時間後に増加する組織因子のmRNAを有意に減少させた。またウェスタンブロッティング解析では、TNF-αの刺激により6時間後、24時間後に増加した蛋白を、Ba2+(1mM)は有意に減少させた。

分化したTHP-1細胞に存在することが知られている高コンダクタンスCa2+依存性カリウムチャネルKCa1.1には、選択的阻害薬イベリオトキシンが存在する。イベリオトキシン(10nM)は、THP-1細胞をTNF-α(100ng/ml)で刺激したとき3時間後、6時間後に増加する組織因子のmRNAを有意に減少させた。ウェスタンブロッティング解析では、TNF-αの刺激により3時間後、6時間後、24時間後に組織因子の蛋白が増加したが、イベリオトキシン(10nM)は6時間後の蛋白を有意に減少させた。

パッチクランプ法を用いた電気生理学的検査では、未分化のTHP-1細胞で記録されたKv1.3による電位依存性電流をアミオダロン(10μM)が一部抑制し、細胞外液を洗い流したあとマルガトキシン(1nM)を投与すると、マルガトキシンはその電流をほぼ完全に抑制した。このことから、アミオダロンがKv1.3を抑制すること、さらに、マルガトキシンが1nMの濃度でTHP-1細胞のKv1.3を抑制するのに十分であることを確認した。

本研究では、アミオダロンが単球系細胞の組織因子発現を転写レベルで抑制することを初めて見出した。アミオダロンによって阻害され、THP-1細胞の組織因子発現を抑制する働きを担っているカリウムチャネルについては、電位依存性カリウムチャネルKv1.3、内向き整流カリウムチャネルKir2.1、さらに高コンダクタンスCa2+依存性カリウムチャネルすべてが関与している可能性がある。Kv1.3については、投与した用量(1nM)のマルガトキシンで十分チャネルが阻害されていると考えられるものの、組織因子を転写レベルで抑制する所見を認めなかった。Kir2.1とKCa1.1は、アミオダロンと同様にTHP-1細胞における組織因子の発現を転写レベルで抑制する機序が働いているものと考えられるが、Kv1.3については別の作用機序の存在が示唆された。これら3種のカリウムチャネル抑制効果はアミオダロンのそれと比較すると不十分であり、アミオダロンはこれらのチャネル抑制以外の作用機序をもつ可能性が示唆された。

本研究で示された、単球系細胞におけるアミオダロンの組織因子発現抑制効果が、血栓形成の促進された病的状態にある患者においてアミオダロンの抗血栓作用につながる可能性がある。本研究は培養細胞における実験であり、アミオダロンの抗血栓作用の機序解明には、今後の更なる研究が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗血栓作用をもつことが報告されているアミオダロンについて、単球に対する抗血栓作用を明らかにするため、ヒト単球系細胞THP-1を用いて組織因子(TF)発現におけるアミオダロンの抑制作用を調べたものである。また、アミオダロンがカリウムチャネルブロッカーであることから、これまでTHP-1細胞に存在することが知られている3種のカリウムチャネルについて、それぞれの選択的ブロッカーの作用とアミオダロンの作用の比較検討を試みており、以下の結果を得ている。

1、通常のRT-PCRおよび定量的RT-PCR法を用いて解析したところ、ヒト単球系細胞THP-1を腫瘍壊死因子(TNF)-α(100ng/ml)で刺激すると、TFのmRNAは3時間後に刺激前の4~8倍に増加するが、24時間後には減少した。アミオダロン(10μM)は、TNF-αにより誘導されたTFのmRNA増加を有意に、かつ完全に抑制した。また、3種類の用量のアミオダロン(3、10、30μM)の作用を比較したところ、TFの転写抑制作用は用量依存性を示した。

2、ウェスタンブロッティング法を用いて解析したところ、THP-1細胞をTNF-αで刺激すると、TFの蛋白は6時間および24時間後に増加した。アミオダロン(10μM)は、TNF-αにより6時間、24時間後に誘導されたTFの蛋白を有意に抑制した。

3、THP-1細胞についてはこれまでに、電位依存性カリウムチャネルKv1.3、内向き整流カリウムチャネルKir2.1、および高コンダクタンスCa2+依存性カリウムチャネルKCa1.1の3種のカリウムチャネルの存在が報告されている。これらの選択的阻害薬を用いて、TF発現抑制作用をアミオダロンと比較した。Kv1.3の選択的阻害薬であるマルガトキシン(1nM、10nM)を投与したところ、TNF-αにより誘導されたmRNAの増加については有意な抑制作用を認めなかった。ウェスタンブロッティング解析では、TNF-αにより6時間後と24時間後にTFの蛋白が誘導されたが、マルガトキシン(1nM)は24時間後の蛋白について有意に減少させた。

4、内向き整流カリウムチャネルKir2.1はBa2+により阻害される。TNF-αで刺激したとき3時間後、6時間後に増加するTFのmRNAをBa2+(1mM)は有意に減少させた。またTNF-αの刺激により6時間後、24時間後に増加したTFの蛋白を、Ba2+は有意に減少させた。高コンダクタンスCa2+依存性カリウムチャネルKCa1.1には、選択的阻害薬イベリオトキシンが存在する。イベリオトキシン(10nM)は、THP-1細胞をTNF-αで刺激したとき3時間後、6時間後に増加するTFのmRNAを有意に減少させた。またTNF-αの刺激により3時間後、6時間後、24時間後にTFの蛋白が増加したが、イベリオトキシンは6時間後の蛋白を有意に減少させた。

5、パッチクランプ法を用いた電気生理学的検査では、未分化のTHP-1細胞で記録されたKv1.3による電位依存性電流をアミオダロン(10μM)が一部抑制し、細胞外液を洗い流したあとマルガトキシン(1nM)を投与すると、マルガトキシンはその電流をほぼ完全に抑制した。このことから、アミオダロンがKv1.3を抑制すること、さらに、マルガトキシンが1nMの濃度でTHP-1細胞のKv1.3を抑制するのに十分であることを確認した。

以上、本研究は、アミオダロンが単球系細胞のTF発現を転写レベルで抑制することを初めて見出した。アミオダロンによって阻害されるチャネルについては、本研究で検討した3種のカリウムチャネルがすべて関与していると考えられたが、アミオダロンがそれ以外の作用機序をもつ可能性が示唆された。本研究で示された、単球系細胞におけるアミオダロンのTF発現抑制効果は、血栓形成の促進された病的状態にある患者におけるアミオダロンの抗血栓作用に加担している可能性があり、カリウムチャネルブロッカーの臨床応用と作用機序解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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