学位論文要旨



No 128248
著者(漢字) 横山,和明
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,カズアキ
標題(和) IL7受容体α鎖の機能獲得型変異体による白血病化の解析
標題(洋) Study of leukemogenic activity of a gain-of-function mutant of IL-7 receptor α chain
報告番号 128248
報告番号 甲28248
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3907号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山梨,裕司
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 連携教授 中村,卓郎
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
 東京大学 講師 熊野,恵城
内容要旨 要旨を表示する

IL7はTリンパ球の生存、分化、増殖因子である。IL7のシグナルを細胞内に伝えるインターロイキン7受容体(IL7R)はα鎖と共通γ鎖(γc鎖)のヘテロ二量体である。IL7と結合することによってγc鎖と会合するJak3、次いでα鎖と会合するJak1が活性化を受け、それぞれ下流の経路が活性化される。

T細胞性急性リンパ芽急性白血病(T-ALL)は、T細胞の形質を有する未熟なリンパ芽球が増殖する比較的稀な白血病の一病型である。標準的治療により、その半数以上に治癒が期待できる。しかし、寛解導入療法不応例や再発・再燃例が依然多く、それらの例の予後は極めて不良であり、より有効な分子標的薬等の新薬の開発が切望されている。

これまでの報告から、IL7シグナルはT細胞の初期分化、支持因子としてT細胞発生・分化・増殖に深く関与する一方で、その調節異常は、T-ALL細胞の生存・増殖の異常としてT-ALLの分子病態にも関与する可能性があると考えられた。

そこでIL7α鎖のうち、膜貫通領域に焦点を当て、ヒトT-ALL細胞株16種類、非T-ALL造血器腫瘍細胞株18種類についてダイレクトシーケンス法にて塩基配列の解析を行った。このうち、2種類のT-ALL細胞株においてアレルの片方に変異を見いだした(DND-41にシステインを含む4アミノ酸の膜貫通領域への挿入変異(INS)、及びMOLT-4にて細胞内領域の一塩基欠失変異(DEL))。

次に、これらの変異の機能的な意義をBa/F3細胞を用いてin vitroで検討した。まずレトロウイルスベクターを用いて変異型(INS、DEL)および野生型(WT)のIL7Rα鎖cDNAを導入したBaf/3細胞を(Ba/F-WT、INS、DELと略す)を樹立した。その後、Ba/F-WT、INS、DEL 各細胞のIL3非存在下における増殖能力を評価した。その結果、Ba/F-WT、DELはIL3非存在下では増殖できなかったのに対して、Ba/F-INSはIL3非依存性の増殖を示した。

さらにIL7に対する増殖応答性をWST-1アッセイにより評価した。BaF/3細胞は元来マウスγc鎖を発現しているため、ヒトIL7刺激時にヒトIL7Rα鎖とヘテロ二量体を形成してシグナルを伝えることが期待された。Ba/F-WTはヒトIL7濃度依存性に増殖した。なお、Ba/F-DELはBa/F-WTにおける増殖飽和濃度の100ng/mLでも増殖しなかった。以上より、INSは増殖誘導能に関して機能獲得型の変異であり、DELはIL7に反応して誘導される増殖能に関して機能喪失型変異であることが示唆された。二量体形成の可能性を検証する為、まず、Baf/3-WT・INSの細胞溶解液を用いて非還元条件下にてウェスタンブロット法を行ったところ、Baf/3-INSにおいてα鎖二量体を検出した。さらに、WTとINSのC末端をFLAG、HAでそれぞれ標識したWT,INSのα鎖を293T細胞に共発現させ、抗FLAG抗体で免疫沈降し、抗HA抗体でウェスタンブロッティングを行い、二量体の形成を確認した。

さらに、α鎖二量体の形成により、IL7Rの増殖シグナルが誘導されるかを検討した。この目的のためにEpoRの細胞外ドメインとIL7Rα鎖の膜貫通領域及び細胞内領域を融合させたキメラレセプター(E/7R)を発現するBaf/3-E/7Rを作成した(EpoRはリガンドであるEpo結合後、ホモ二量体を形成してJAK-STAT経路を活性化することが知られている)。このBa/F3-E/7R細胞のEpoに対する増殖応答性を調べたところ、Epo刺激により、Ba/F-E/7R細胞はEpo濃度依存的に増殖した。

次に、INSα鎖によって活性化されるJakファミリーキナーゼについて検討した。既に述べたように、IL7Rはα鎖とγc鎖のヘテロ二量体から構成される。リガンド結合後、α鎖と会合するのは、Jak1であることから、INSα鎖のホモ二量体のシグナル伝達に関与するのはγ鎖に会合するJak3ではなく、Jak1であると予想された。そこで、INSα鎖を、Jak1を発現するがJak3は発現しない293細胞に一過性に発現させ、Jak3非依存性のJak1のリン酸化の有無を検討した。その結果、293細胞にINSα鎖を発現させると、内在性のJak1のチロシンリン酸化が誘導された。さらに、INSα鎖の発現によるJak3リン酸化の変化を検討した。WT、INS各α鎖と共にHA標識ヒトJak3を293細胞に一過性に発現させ、細胞溶解液から抗HA抗体で免疫沈降後、抗リン酸化チロシン抗体でウェスタンブロッティングを行った。Jak3のみを過剰発現させた場合でもチロシンリン酸化が観察されたが、WTおよびINSα鎖を共発現させてもリン酸化の増強は認めなかった。以上より、INSα鎖ホモ二量体によりJak1は活性化されるが、Jak3の活性化は有意ではないことが確認された。

最後に、Ba/F-WT、INSを用いて、WBを行い、IL3非存在下でのINSα鎖によって活性化されるJak1下流のシグナルを検討した。INSα鎖により活性化されるシグナル伝達経路は、IL7/IL7Rシグナル伝達経路とほぼ同じであることが示唆された。Ba/F-E/7Rでは、Epo刺激によりStat5のリン酸化が誘導された。

リガンド非依存性に二量体を形成するINSα鎖がJak3ではなくJak1を活性化した事(293細胞の系)、Ba/F-INSにおいて通常リガンド依存性に誘導されるべき既知のIL7R下流のシグナルが恒常的に誘導されている本研究の結果を総括すると、IL7R下流のシグナルにおけるJAK1の重要性が示唆される。

本研究で見いだしたIL7Rα鎖の2種類の変異(INSとDEL)はごく最近まで報告されていない新規の知見である。前者が位置する膜貫通領域に正の電荷を帯びたアルギニン、そしてジスルフィド結合を形成するシステインを含む4アミノ酸が挿入されることにより、膜貫通領域全体の電荷、高次構造を変化させている可能性が考えられた。一方、当研究により見出されたもう一つの変異DELは膜貫通領域近傍の細胞内領域の一塩基欠失変異であり、フレームシフトを生じて翻訳が早期に中断される。従って、殆どの細胞内領域を欠く構造のIL7Rα鎖が産生される。この変異はJak1との会合に重要なbox1モチーフの変化を伴う機能喪失変異と考えられる。

本年度にShochatら、Zenattiらにより当研究と類似の研究が報告され、T-ALLの臨床検体の約10%に同様の変異が存在する事が明らかになった。

これらの報告と当研究での実験結果を総括すると、Jak1・Jak3シグナル軸の破綻、特に今回見いだした恒常的に活性化したJak1のシグナル軸が約10%前後のT-ALLの病態形成、特に細胞の生存、増殖に関しての遺伝子異常を担っている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、T細胞の発生・分化・増殖に不可欠とされるインターロイキン7(IL7)シグナルがT細胞性急性リンパ性白血病(T-ALL)の分子病態に関与する可能性を検証するため、IL7レセプター(IL7R)を構成するα鎖に注目して膜貫通領域をダイレクトシークエンス法にて変異の有無を検索した結果、見出した2種類の変異の機能を、主にBaF/3細胞を用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.ヒトT-ALL細胞株16種類、非T-ALL造血器腫瘍細胞株18種類についてIL7Rα鎖の膜貫通領域の塩基配列を解析した結果、2種類のT-ALL細胞株においてアレルの片方に変異を見いだした。DND-41株におけるシステインを含む4アミノ酸の挿入変異(INS)とMOLT-4株における細胞内領域の一塩基欠失変異(DEL)である。

2.変異型(INS、DEL)および野生型(WT)のIL7Rα鎖をそれぞれ強制発現したBaF/3細胞(Ba/F-WT、INS、DEL)を作製し、IL3非存在下での増殖能力を評価した結果、Ba/F-WT、DELはIL3非存在下で死滅したがBa/F-INSはIL3非依存性に増殖した。IL7に対する増殖応答性については、Ba/F-DELはBa/F-WTの飽和濃度である100ng/mLのIL7存在下でも増殖しなかった。以上より、INSは機能獲得型変異、DELは機能喪失型変異であることが示唆された。

3.INSの機能獲得機序として二~多量体形成の可能性を検証するため、Ba/F3-WT、INSについて非還元条件下でウェスタンブロット解析した結果、Ba/F3-INSでα鎖二量体を検出した。WTとINSのC末端をFLAG、HAでそれぞれ標識したα鎖を293T細胞に共発現させ、抗FLAG抗体と抗HA抗体による免疫沈降―ウェスタンブロット解析を行い、INS二量体形成を確認した。リガンド依存的に2量体を形成するEpoRの細胞外領域とα鎖の膜貫通~細胞内領域を融合させたキメラレセプター(E/7R)を発現するBaF-E/7R細胞は、Epo濃度依存的に増殖した。

4.293細胞を用いて、INSα鎖が直接活性化するのはJak1であり、Jak3でないことが確認された。Ba/F3-INS細胞におけるINSα鎖―Jak1下流のシグナルをウェスタンブロット解析した結果、活性化されるシグナル伝達経路は、IL7/IL7Rシグナル伝達経路とほぼ同じであることが示唆された。Ba/F-E/7Rでは、Epo刺激によりStat5のリン酸化が誘導された。

以上、本論文はT-ALL細胞株におけるIL7Rα鎖の解析によってα鎖の機能獲得型及び機能喪失変異の存在を明らかにした。T-ALL患者検体の約10%でINSα鎖同様の変異が検出されるという最近の報告と併せて考えると、α鎖の機能獲得変異が一部のT-ALLにおいて、特に白血病細胞の生存・増殖面での病態形成の主体を担っている可能性が考えられる。以上より、本研究はT-ALLの病態形成の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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