学位論文要旨



No 128249
著者(漢字) 吉川,剛史
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,タケシ
標題(和) 炎症に伴うmicroRNA機能不全を一因とした大腸腫瘍発生の病態解明と制御法の開発
標題(洋)
報告番号 128249
報告番号 甲28249
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3908号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 准教授 池上,恒雄
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要旨

序文

慢性炎症は腫瘍発生の大きな背景要因であり、さまざまな臓器において慢性炎症と腫瘍発生との関係が明らかにされている。臨床的にも慢性炎症性疾患は腫瘍発生の危険因子である。しかし、慢性炎症と腫瘍発生の関連についての分子機構はいまだ解明されておらず、臨床的な炎症に伴う腫瘍発生の予防法はいまだ明らかにされていない。

microRNA (miRNA) は22塩基ほどの1本鎖RNAで内在性のnon-coding RNAの一種であり、メッセンジャーRNA (mRNA) の3´UTRに結合し、mRNAの分解や翻訳抑制を行う。各臓器に特異的に発現するmiRNAが存在し、細胞増殖、アポトーシス、発生分化、代謝等に関与している。miRNAは腫瘍に抑制的に関与するものと腫瘍に促進的に関与するものの両方が報告されているが、癌におけるmiRNAは広範に減少しており、全般的なmiRNAが減少することにより、腫瘍発生に促進的に働くことが報告されている。また、miRNAによるmRNA制御は可逆性であり、細胞ストレスにより解除されることが報告されている。これらの結果より、慢性炎症に伴う全般的なmiRNAの機能阻害が炎症に伴う腫瘍発生に関与するのではないかという仮説をたてて、検証することとした。

本研究ではin vitro、in vivoにおいて炎症性ストレスによるmiRNA機能の変化を解析した。次に薬剤ライブラリーを用いて、miRNAの機能を増強する薬剤としてRho-associated protein kinase (ROCK) 阻害剤を同定し、その分子機構を解明した。さらにこの薬剤をマウス大腸炎症性腫瘍発生モデルに投与することにより、持続炎症に伴って減弱したmiRNA機能を回復することで、炎症に伴う大腸腫瘍発生を抑制することができるかどうかについて検証した。

結果

miRNAのレポーターコンストラクトを用いて、炎症性サイトカインによるストレスによりmiRNA機能が抑制されることを示した。その作用はDicerノックアウト細胞では認められなかったため、その効果はDicer依存性、すなわちmiRNA依存性であることが示された。実際のmiRNA標的遺伝子の発現についても同様に、炎症性ストレスにより発現が上昇した。

In vivoにおける炎症性ストレス下においてmiRNA機能が抑制されるかを検討するため、miRNA機能を評価するためのレポータートランスジェニックマウスを作製した。このマウスはlet-7b、miRNA-122、miRNA-29bの機能によってGFP発現量が変化する。このマウスにazoxymethane (AOM) とdextran sulfate sodium (DSS) を投与し、大腸炎症性腫瘍発生モデルにおけるmiRNA機能の変化を検討した。免疫染色でAOMとDSS投与後の大腸のGFPの発現が増強していたため、腸炎による炎症性ストレスでmiRNA機能が抑制されていることが示唆された。また、腸炎による炎症に伴う全般的なmiRNA機能の減弱と類似した状況として、全般的なmiRNAの発現が低下したDicer deficient miceを用いて検討したところ、大腸炎症性腫瘍発生モデルにおいて腫瘍発生数が増加していた。これらの結果から、炎症性ストレスによる全般的なmiRNA機能の減弱が、炎症に伴う大腸腫瘍発生と関連していることが示唆された。

miRNAの機能を増強する薬剤としてRho-associated protein kinase (ROCK) 阻害剤を同定した。ROCK阻害剤のmiRNA増強効果の作用機序は、miRNA量を増加させることではなく、miRNA標的mRNAのpolyA短縮とmRNAの分解を促進することであった。さらにROCK阻害剤のpolyA短縮とmRNAの分解の促進作用は、Polyadenylate-binding protein-interacting protein 2 (PAIP2) プロモーター活性を増強してPAIP2の発現を増加させることによりもたらされることが示唆された。

慢性炎症による全般的なmiRNAの機能低下が炎症に伴う大腸腫瘍発生に関与し、またROCK阻害剤は炎症性ストレスにより抑制されたmiRNA機能低下を少なくとも部分的には回復することを示した。そこでROCK阻害剤をマウス大腸炎症性腫瘍発生モデルに投与することにより、炎症に伴う大腸腫瘍発生の抑制ができるかを検討した。AOMとDSSに加えてROCK阻害剤を投与した後のGFPの発現はROCK阻害剤非投与群と比較して低下しており、炎症により低下したmiRNA機能が回復していることが確認された。さらに炎症の度合いはほぼ同等であったが、ROCK阻害剤投与群の大腸腫瘍発生数が著明に減少していた。加えてDicer deficient mice の大腸炎症性腫瘍発生モデルにROCK阻害剤を投与しても、ROCK阻害剤非投与群と比較して腫瘍数は変わらなかったため、ROCK阻害剤の効果はDicer依存性、つまりmiRNA依存性であることが示唆された。また、自然に小腸と大腸に腫瘍が発生するAPCΔ14/+マウスにROCK阻害剤を投与したところ、コントロール群とROCK阻害剤投与群で腫瘍発生数は変わらなかったため、ROCK阻害剤はmiRNAと関連のない腫瘍を抑制する効果はないことが示唆された。以上のことからROCK阻害剤は炎症性ストレスにより機能が低下したmiRNAの機能を回復することにより、炎症に伴う大腸腫瘍発生を抑制する効果があることが示唆された。

考察

腫瘍で発現が増加しているmiRNAがいくつも報告されているが、全般的なmiRNAの量の減少は腫瘍発生を促進する方向に働く。本研究では全般的なmiRNA機能の抑制は、全般的なmiRNA量の減少と同様に大腸腫瘍発生に関与していることを示した。またmiRNAの機能低下は慢性炎症による細胞ストレスでも引き起こされることを示した。炎症に伴う腫瘍発生という概念は臨床でも受け入れられており、炎症の腫瘍への直接の関係は証明されていないが、炎症性微小環境は全ての腫瘍に不可欠な要素であることが明らかになっている。今回は大腸炎症性腫瘍発生モデルで検討をしたが、他の臓器でも関与している可能性があるため、検討する必要があると考えられる。

miRNAの機能を増強する薬としてROCK阻害剤を同定した。Dicerノックアウト細胞においてはROCK阻害剤の効果が認められず、miRNA結合部位に変異を導入したコンストラクトでは、ROCK阻害剤投与後もmiRNAによるpolyA短縮効果の亢進が認められなかった。またDicer deficient miceの炎症性腫瘍発生モデルにROCK阻害剤を投与しても腫瘍発生には影響がなかった。さらにAPCΔ14/+マウスにROCK阻害剤を投与しても腫瘍発生には影響がないことから、ROCK阻害剤にはmiRNAとは関連のない発癌抑制効果は認めないことが示唆された。以上より今回の作用がmiRNAに依存していることが示され、ROCK阻害剤によってmiRNA機能が増強し、炎症に伴う大腸腫瘍発生がROCK阻害剤によって抑制されることの特異性が示された。

以上まとめると、持続炎症によりmiRNAの機能が抑制されることが示され、慢性炎症による全般的なmiRNAの機能低下は、炎症に伴う大腸腫瘍発生に関与することが示唆された。またROCK阻害剤はPAIP2発現増加を介してmiRNA標的mRNAのpolyA短縮を促進しmRNA分解を亢進することによりmiRNA機能を増強するが、その効果により炎症に伴う大腸腫瘍発生を予防できる可能性があることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は炎症に伴う大腸腫瘍発生の一因として、炎症に伴うmicroRNA (miRNA) 機能不全が関係していることを明らかにし、次にmiRNAの機能を増強する薬剤を同定し、さらにこの薬剤をマウス大腸炎症性腫瘍発生モデルに投与することにより、持続炎症に伴って減弱したmiRNA機能を回復することで、炎症に伴う大腸腫瘍発生を抑制することができるかどうかについて検証したものであり、下記の結果を得ている。

1. miRNAのレポーターコンストラクトを用いて、炎症性サイトカインによるストレスによりmiRNA機能が抑制されることを示した。その作用はDicerノックアウト細胞では認められなかったため、その効果はDicer依存性、すなわちmiRNA依存性であることが示された。実際のmiRNA標的遺伝子の発現についても同様に、炎症性ストレスにより発現が上昇した。

2. In vivoにおける炎症性ストレス下においてmiRNA機能が抑制されるかを検討するため、miRNA機能を評価するためのレポータートランスジェニックマウスを作製し、azoxymethane (AOM) とdextran sulfate sodium (DSS) を投与し、大腸炎症性腫瘍発生モデルにおけるmiRNA機能の変化を検討した。AOMとDSS投与後の大腸のGFPの発現が増加していたため、腸炎による炎症性ストレスでmiRNA機能が抑制されていることが示唆された。また、炎症に伴う全般的なmiRNA機能の減弱と類似した状況として、全般的なmiRNAの発現が低下したDicer deficient miceを用いて検討したところ、大腸炎症性腫瘍発生モデルにおいてコントロール群と比べ、腫瘍発生数が増加していた。これらの結果から、炎症によって全般的なmiRNA機能の減弱がおこり、miRNA機能の減弱が炎症に伴う大腸腫瘍発生と関連していることが示唆された。

3. miRNAの機能を増強する薬剤としてRho-associated protein kinase (ROCK) 阻害剤を同定した。ROCK阻害剤のmiRNA増強効果の作用機序は、miRNA量を増加させることではなく、miRNA標的mRNAのpolyA短縮とmRNAの分解を促進することであった。さらにROCK阻害剤のpolyA短縮とmRNAの分解の促進作用は、Polyadenylate-binding protein-interacting protein 2 (PAIP2) プロモーター活性を増強してPAIP2の発現を増加させることによりもたらされることが示唆された。

4. ROCK阻害剤をマウス大腸炎症性腫瘍発生モデルに投与したところ、ROCK阻害剤非投与群と比較してGFPの発現は低下しており、炎症により低下したmiRNA機能が回復していることが確認された。さらに炎症の度合いはほぼ同等であったが、ROCK阻害剤投与群の大腸腫瘍発生数が著明に減少していた。加えてDicer deficient mice の大腸炎症性腫瘍発生モデルにROCK阻害剤を投与しても、ROCK阻害剤非投与群と比較して腫瘍数は変わらなかったため、ROCK阻害剤の効果はDicer依存性、つまりmiRNA依存性であることが示唆された。また、APCΔ14/+マウスにROCK阻害剤を投与したところ、コントロール群とROCK阻害剤投与群で腫瘍発生数は変わらなかったため、ROCK阻害剤はmiRNAと関連のない腫瘍を抑制する効果はないことが示唆された。以上のことからROCK阻害剤は炎症性ストレスにより機能が低下したmiRNAの機能を回復することにより、炎症に伴う大腸腫瘍発生を抑制する効果があることが示唆された。

以上、本論文は慢性炎症による全般的なmiRNAの機能低下は、炎症に伴う大腸腫瘍発生に関与することを示した。また、ROCK阻害剤は炎症によるmiRNA機能低下を回復し、炎症に伴う大腸腫瘍発生を予防できる可能性があることがわかった。本論文は慢性炎症に伴う大腸腫瘍発生の分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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