学位論文要旨



No 128252
著者(漢字) 渡邊,広祐
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,コウスケ
標題(和) ヒト非小細胞肺癌において異常なDNAメチル化による発現抑制を受けるマイクロRNAの同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 128252
報告番号 甲28252
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3911号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 内丸,薫
 東京大学 准教授 井田,孔明
 東京大学 准教授 垣見,和宏
内容要旨 要旨を表示する

1 背景

マイクロRNA (miRNA) はゲノムにコードされる22塩基前後のsmall non-coding RNAで、標的遺伝子の3'側非翻訳領域に結合しその発現を抑制する。ヒト癌においてmiRNAの発現は変化しており、癌において発現が増加し癌抑制遺伝子を標的とするmiRNAは癌遺伝子として機能しうるし、逆に癌において発現が低下し癌遺伝子を標的とするmiRNAは癌抑制遺伝子として機能しうる。癌におけるmiRNAの発現異常の機序として遺伝子増幅や欠失が知られているが、異常なDNAメチル化による発現抑制を受けるmiRNAについての報告が近年散見されるようになった。本研究の目的は非小細胞肺癌において異常なDNAメチル化により発現抑制を受けるmiRNAを同定し、その機能を解析することである。

2 方法と結果

研究開始時にApplied Biosystems社のTaqman probeを用いたmiRNAの定量PCRの系が利用可能なmiRNAは687種あった。このうちDNAメチル化による発現抑制を受けるmiRNAの候補としてin silicoで55種を選択した。選択の基準は、1)CpGアイランド上にあるmiRNA、2)CpGアイランドの下流1 kbp以内にあるmiRNA、3)遺伝子のイントロン内に位置しそのhost geneの5'側にCpGアイランドが存在するmiRNA、のいずれかを満たすものとした。続いて非小細胞肺癌細胞株6種(H1755とH2347はEGFR遺伝子変異陰性腺癌、H1650とH1975はEGFR遺伝子変異陽性腺癌、LC1sqとCalu-1は扁平上皮癌)の脱メチル化剤処理を行い、処理前後での55miRNAの発現量を定量した。14種のmiRNA(mir-375, mir-196b, mir-126, mir-34b, mir-127, mir-203, mir-148a, mir-181c, mir-30e, mir-449a, mir-340, mir-486, mir-483, mir-139)が、正常肺組織と比較して発現低下し、かつ脱メチル化剤処理により誘導された。次にこの14miRNAの発現量を15例の原発性肺癌手術検体(EGFR遺伝子変異陰性腺癌5例、EGFR遺伝子変異陽性腺癌5例、扁平上皮癌5例)を用いて定量した。7種のmiRNA (mir-126, mir-34b, mir-203, mir-30e, mir-449a, mir-486, mir-139)が高頻度に発現低下していた。このうちmir-34b, mir-203はCpGアイランド上に位置し、mir-30e, mir-449a, mir-486, mir-139はCpGアイランドを有するhost geneのイントロン内に位置する。mir-126はCpGアイランド上に位置すると同時に、host gene EGFL7もCpGアイランドを有する。

CpGアイランド上に位置するmir-34bについてHpaII PCR法とbisulfite sequencing法を用いて肺癌細胞株のDNAメチル化を検討したところ、発現が最も低下していたH2347とLC1sqにおいて完全にメチル化されていた。これらの細胞株を脱メチル化剤処理するとmir-34bの発現は誘導された。したがってmir-34bはDNAメチル化による発現制御を受けると考えられた。mir-203についてもDNAメチル化を検討したが、今回用いた細胞株ではわずかなDNAメチル化しか認められなかった。

mir-126はEGFL7のイントロン内に位置し、その発現量はEGFL7の発現量と強く相関していた。mir-126とEGFL7の発現量はH1975とCalu-1において最も低下しており、この2細胞株では脱メチル化剤処理によりmir-126とEGFL7が共に誘導された。EGFL7の5'側に位置するCpGアイランドのDNAメチル化をbisulfite sequencing法により検討すると、H1975とCalu-1において高度なDNAメチル化が認められた。またCOBRA (combined bisulfite restriction analysis)法を用いて検討したところ、mir-126の発現量はEGFL7のCpGアイランドのDNAメチル化とは相関していたが、mir-126の配列を含むCpGアイランドのDNAメチル化とは関連が無かった。したがってmir-126はhost gene EGFL7のDNAメチル化による発現制御を受けると考えられた。イントロン内に位置する他のmiRNA (mir-30e, mir-449a, mir-486, mir-139)と各々のhost geneに関しても発現量の相関を検討したところ、mir-449aとmir-139がhost geneの発現と有意な相関を認めた。しかし今回用いた細胞株ではこれらのmiRNAのhost geneのCpGアイランドに有意なメチル化は認めなかった。

mir-34bとmir-126のヒストン修飾をクロマチン免疫沈降により解析した。NHBE (normal human bronchial epithelial cells) ではmir-34bの5'側に転写開始点の指標であるHistone H3 Lysine 4のトリメチル化(H3K4me3)のピークが認められた。一方CpGアイランドが完全にメチル化されているLC1sqではこのピークは認めず、脱メチル化剤処理によりピークが誘導された。mir-126については、host geneがメチル化されていないNHBEとLC1sqではEGFL7の5'側にH3K4me3のピークを認めたが、メチル化されているH1975とCalu-1ではピークを認めず、これらの細胞株を脱メチル化剤処理するとピークが誘導された。EGFL7におけるH3K4me3のピークの位置はH1975とCalu-1においてDNAメチル化が認められた領域と一致しており、転写開始点近傍のDNAメチル化がmir-126とEGFL7の発現を制御していることが確認された。さらに肺癌細胞株ではmir-34bとmir-126はともに転写抑制のマーカーであるHistone H3 Lysine 9のメチル化(H3K9me2, H3K9me3)が認められた。mir-126ではこれに加えてHistone H3 Lysine 27のメチル化(H3K27me3)も認められた。

続いてmir-34bとmir-126の標的遺伝子について解析を行うために、プラスミドベクターを用いてmiRNAの強制発現を行った。単一のmiRNAは多数の標的遺伝子を制御することが知られているが、実際に標的遺伝子予測アルゴリズムTarget Scanによるとmir-34b, mir-126の標的遺伝子の候補数はそれぞれ469, 17であった。これらの候補のうちc-Met, Crk遺伝子は肺癌における癌遺伝子としての機能が報告されているため、さらに解析を進めることとした。肺癌細胞株A549にmir-34bを強制発現させるとc-Met遺伝子の発現が低下した。またHEK293t細胞にmir-126を強制発現させるとCrk遺伝子の発現が低下した。

最後に原発性肺癌手術検体99例を用いてmir-34bとmir-126のメチル化を検討した。mir-34bのメチル化はMSP (methylation specific PCR)法を、mir-126のメチル化はCOBRA法を用いて検討した。96例でPCRが可能であり、mir-34bとmir-126はそれぞれ40例(41 %)、7例(7 %)でメチル化を認めた。miRNAのメチル化と標的遺伝子の発現との関連を検討するためにc-Metの免疫染色を行ったが、mir-34bのメチル化とc-Metの発現量との間に有意な関連を認めなかった。一方、mir-34bメチル化陽性(p = 0.007)とc-Met高発現(p = 0.005)は共に病理組織学的なリンパ管浸潤陽性と相関しており、mir-34bのメチル化は癌浸潤能のマーカーとなることが明らかとなった。

3 考察

mir-34 familyは、第1染色体に位置するmir-34aと第11染色体に位置し共通の転写産物に由来するmir-34b, mir-34cとから成り立つ。mir-34 familyはp53により直接の転写活性化を受ける癌抑制miRNAであり、mir-34b, mir-34cは肺で特に高発現であることが知られている。今回の研究で、このmiRNAが非小細胞肺癌において高頻度にDNAメチル化による不活化を受けることが明らかとなった。また手術検体においてmir-34bのメチル化はc-Metの発現量とは相関がないものの、リンパ管浸潤と強く相関していた。mir-34bのメチル化と浸潤能の関連性はc-Met発現量では説明できないが、これはin vivoにおけるmiRNA、標的遺伝子、癌の形質の関係が複雑であることを示唆している。

mir-126は手術検体において高頻度に発現低下していたが、DNAメチル化の頻度が7 %と低かった。H3K27me3はDNAメチル化とは独立して発現抑制をもたらすことが知られており、肺癌細胞株のクロマチン免疫沈降ではH3K27me3が認められた。したがってDNAメチル化がないもののH3K27me3により発現抑制されている症例が含まれている可能性が考えられた。

4 結語

ゲノム構造に着目したスクリーニングによりmir-34bとmir-126がDNAメチル化による発現制御を受けることを明らかにした。この方法は他の癌種や今後新たに発見されるmiRNAにも適応可能である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒト非小細胞肺癌において異常なDNAメチル化により発現抑制を受けるマイクロRNA (miRNA)を探索し、同定されたmiRNAの機能を解析することを目的としている。ゲノム構造の解析、肺癌細胞株・臨床例の解析を組み合わせることにより、下記の結果を得ている。

1. ゲノム構造の解析により55種の候補miRNAを選択し、6種の肺癌細胞株の脱メチル化処理前後における発現量を定量した。14種のmiRNAが高頻度に発現低下しており、かつ脱メチル化処理により発現が誘導された。次に肺癌手術検体を用いて14種のmiRNAの発現量を定量したところ、7種のmiRNAが高頻度に発現低下していた。この7種のmiRNAについてDNAメチル化を詳細に検討した結果、mir-34bとmir-126がDNAメチル化による発現制御を受けることを見出した。

2. 肺癌細胞株におけるmir-34bのメチル化の状態をHpaII-PCR法、bisulfite sequence法を用いて検討したところ、最も発現が低下している2種の細胞株(H2347、LC1sq)において完全なDNAメチル化を認めた。一方、正常気道上皮細胞 (NHBE)ではDNAメチル化を認めなかった。

3. mir-126はEGFL7遺伝子のイントロン内に位置し、mir-126とEGFL7の発現量は肺癌細胞株において強い相関を示した。mir-126はCpGアイランド内に位置し、EGFL7の5'側にも別のCpGアイランドが存在する。肺癌細胞株およびNHBEにおける、これら2つのCpGアイランドのDNAメチル化をCombined Bisulfite Restriction Analysis (COBRA)法およびbisulfite sequence法を用いて検討した。EGFL7の5'側に位置するCpGアイランドのメチル化がある細胞株でmir-126の発現量が低下しており、このCpGアイランドのメチル化がmir-126の発現制御に重要な役割を果たしていることが示された。

4. 肺癌細胞株におけるmir-34bとmir-126のヒストン修飾をクロマチン免疫沈降法により解析した。mir-34bではH3K9のジメチル化・トリメチル化が、mir-126ではH3K9のメチル化とH3K27のトリメチル化が発現制御に関与していることが示された。

5. プラスミドベクターを用いて、mir-34bとmir-126を強制発現すると、標的癌遺伝子であるc-MetとCrkの発現がそれぞれ抑制されることがWestern blotにより示された。また、mir-34bが完全にメチル化されている肺癌細胞株(H2347)を脱メチル化剤処理すると、c-Metの発現が低下することがWestern blotにより確認された。

6. 非小細胞肺癌手術症例99例を用いてmir-34bとmir-126のDNAメチル化をMethylation Specific PCR (MSP)法とCOBRA法とをそれぞれ用いて解析した。96例の評価が可能な症例のうち、mir-34bは40例(41 %)、mir-126は7例(7 %)でそれぞれメチル化が認められた。mir-34bの標的遺伝子であるc-Metの免疫染色を行ったところ、c-Metの発現量とmir-34bのメチル化は独立しているものの、mir-34bメチル化陽性とc-Met高発現は共に病理組織学的なリンパ管浸潤陽性と有意に相関していた。したがって、mir-34bのメチル化は癌浸潤能のマーカーとなることが示された。

以上、本論文はヒト非小細胞肺癌において、異常なDNAメチル化による発現制御を受けるmiRNAとしてmir-34bとmir-126を同定し、特にmir-34bのメチル化は、癌浸潤能のバイオマーカーとなりうることを明らかとしている。本研究は肺癌におけるmiRNAの発現制御機構の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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