学位論文要旨



No 128254
著者(漢字) 石丸,哲也
著者(英字)
著者(カナ) イシマル,テツヤ
標題(和) 腹腔鏡併用Hybrid NOTESを利用した一期的A型食道閉鎖症根治術の開発
標題(洋)
報告番号 128254
報告番号 甲28254
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3913号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 准教授 大須賀,穣
 東京大学 講師 香取,竜生
 東京大学 講師 古村,眞
 東京大学 教授 中島,淳
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

先天性食道閉鎖症は代表的な新生児外科疾患であり,可及的早期に食道を吻合して経口栄養を開始する必要がある.気管食道瘻の有無とその位置によって5つの病型に分類されるが,A型食道閉鎖症という気管食道瘻がないタイプには,上部・下部食道盲端間が長く一期的吻合ができないlong-gap症例が多い.現在,long-gapのA型食道閉鎖症に対しては,食道延長術後に食道吻合術を行う多段階手術や,代用食道を用いた食道置換術が一般的に行われているが,治療期間の長期化とそのためのQOL低下,食道置換術後の場合には,消化液の逆流や通過障害,置換した臓器が胸腔内を占拠することによる呼吸障害といった問題が生じている.

一方,外科手術の低侵襲化が進む近年,long-gap症例に対する低侵襲な根治術として,腹腔鏡と頸部切開創のみで全胃吊り上げ後縦隔再建を行うという報告や,まず新生児期に胸腔鏡下で上・下部食道盲端それぞれにanchor sutureをおき,これらを胸壁外へ誘導してベッドサイドでの継続した牽引により食道を延長した後,胸腔鏡下に食道吻合を行うという報告もある.しかし前者の術式では頸部に手術創が残り,後者の場合には,多段階手術を要するという課題も残っている.

我々は,このようなlong-gapの食道閉鎖症患児が抱える諸問題を克服するために,噴門形成術付加全胃吊り上げ右胸腔経路食道再建術という独自の術式を行ってきたが,近年,これを腹腔鏡と胸腔鏡で行うことに成功した.この術式は,噴門形成術を同時施行して胃食道逆流を防止し,また,開胸,開腹,頸部切開を必要とせず,一期的な食道再建をポート創のみで治療できる画期なものであるが,まだ改善の余地が残されている.

近年,NOTES(natural orifice translumenal endoscopic surgery)という新しい手術アプローチが登場した.これは,口や肛門,膣口などの本来備わっている自然孔から軟性内視鏡を挿入し,食道,胃,大腸などの消化管壁や膣壁を意図的に穿孔させて胸腔や腹腔に到達した後,手術を行う方法である.体表に手術創が残らず,感染や癒着など手術創関連の合併症と術後疼痛をなくし,在院日数の短縮も期待できる究極の低侵襲手術として注目されているが,今後NOTESが臨床で安全に行われ広く普及するためには克服しなければならない多くの課題が存在しており,ex vivoもしくはin vivoでの研究が盛んに行われている.その中でも,穿孔させた臓器を軟性内視鏡で閉鎖する方法の確立は急務であり,この課題が解決されない限りNOTESは成立しないため,既存の手術器具を組み合わせた新手法や新しいデバイスの開発が行われている.外科手術の中で頻繁に行われている消化管吻合に関しては,要求される動作が穿孔部の単純閉鎖よりも複雑であるためNOTES下で行うことは一層難しく,臨床応用できるようなNOTES下吻合法は現在のところ存在していない.

前述した噴門形成術付加全胃吊り上げ右胸腔経路食道再建術をNOTESアプローチで施行可能となれば,さらなる低侵襲化が期待できると考えられる.そこで本研究では,long-gapのA型食道閉鎖症に対するNOTESアプローチを用いた一期的根治術を開発することを目的とし,そのために必要な(1)NOTESアプローチを用いた全胃吊り上げ法と(2)NOTES下食道吻合法の確立を目指すこととした.

【方法】

体重40kgのブタを用いて,NOTES下全胃吊り上げ法と食道吻合法の実現可能性を検証した.術中に用いる手技の詳細は,実験ごとに得られる知見をもとに改良を繰り返した.

新術式のコンセプトは,噴門形成術を付加した下部食道付きの全胃を上縦隔まで吊り上げて食道と吻合するという術式を,腹腔鏡と経食道NOTESのアプローチのみで完遂するというものである.

腹腔鏡操作による実験準備

実験に先立ち,腹腔鏡操作にて以下の準備を行った.腹部食道を露出した後,胃食道接合部から約5cmの部位で離断し食道閉鎖症モデルとした.型の如くNissenの噴門形成術を施行した後,右胃動脈と右胃大網動脈,血管アーケードを温存し,左胃動脈,短胃動脈を切離して,胃の小彎側,大彎側,後面を剥離した.最後に,左右の横隔膜脚を切離したあと右縦隔壁側胸膜を広く切開して,吊り上げ経路(右胸腔経路)の作成を行った.

実験1:NOTES下全胃吊り上げ法の開発

7匹のブタに対して以下の手法(右胸腔経路全胃吊り上げ)を試みた.

entry siteの作成:経口内視鏡を挿入し,上部食道背側の粘膜下層へ生食を局注した後,粘膜を切開して筋層を露出した.5時方向の筋層に小孔を開けてガイドワイヤを挿入した後,バルーン拡張にてentry siteを作成した.

吊り上げ経路の作成: entry siteを通って食道外(右胸腔)へ内視鏡を進め,右肺門の背側を通って腹腔まで内視鏡を進めた.

胃の吊り上げ(腹腔鏡補助下):腹腔へ到達した内視鏡で腹部食道断端にかけておいたanchor sutureを把持した後,腹腔鏡下に胃を食道裂孔方向へ押し込みつつ,腹部食道が十分に上部食道内へ引き込まれるまで内視鏡で腹部食道断端を口側方向へ牽引した.

実験2:NOTES下食道吻合法の開発

4匹のブタに対して,上部食道とその中に引きこんだ腹部食道の端側吻合を行った.この際,BraceBar(TM)というオリンパスメディカルサイエンス社が開発中の軟性内視鏡用縫合デバイスを使用した.これは元来,大きな胃の穿孔部を閉鎖する目的で開発されたものであり,二股のナイロン糸先端に固定された金属片(T-tag)を穿孔部両側の壁外へ留置した後,二つのT-tagを引き寄せて穿孔部を閉鎖するものである.

まず,上部食道内へ引き込んだ腹部食道の全層を穿刺して一つ目のT-tagを腹部食道内腔へ留置し,続いて上部食道を穿刺して二つ目のT-tagを上部食道の壁外へ留置した後,二つのT-tagを締め込んだ.以上の操作を4回繰り返して上部食道と腹部食道を固定した後,腹部食道断端をスネアで焼灼し吻合口を作成した.

【結果】

腹腔鏡操作による実験準備は全例合併症なく,約2時間で終了した.

実験1:NOTES下全胃吊り上げ法

右胸腔へのentry siteと吊り上げ経路の作成:7匹のブタに対して右胸腔経路での吊り上げを検証した.初回例では,筋層切開中に始まった出血をコントロールできず失血死となった.3回の実験で合併症なく右胸腔へのentry siteを作成できたが,残る3回においては,右胸腔経路用として作成したはずのentry siteがいずれも後縦隔へ開口していたため,一旦後縦隔へ内視鏡を進めた後,後縦隔から右縦隔胸膜を切開して右胸腔へ進入した.右胸腔へ進入した後は全例(6例)において容易に腹腔へ到達することが可能であった.

右胸腔経路での吊り上げ: 失血死例を除く全6回において下部食道と胃の吊り上げを試み,全例で成功した.吊り上げに要した時間(経口内視鏡挿入から腹部食道を上部食道へ引き込むまで)の中央値は78.5分(30-125分)であった.

実験2:NOTES下食道吻合法の開発

4匹のブタに対して食道吻合を試み,BraceBar(TM)を用いた上・下部食道の固定に全4回の実験で成功した.吻合口作成は3回試み,2回成功した.失敗した1例では,吻合口離解が認められた.吻合手技時間の中央値は44分(37-78分)であった.

【考察】

本研究では,「NOTES下全胃吊り上げ法」と「NOTES下食道吻合法」を開発した.これらの成果により,噴門形成術付加全胃吊り上げ食道吻合を腹腔鏡と経食道NOTESのアプローチで行うという新術式が実現可能であるということを,ブタにおいて実証することができた.

本研究で開発した術式は,5カ所のポート創が腹部に残るだけで上半身に創を作らない画期的な手法である.また,臨床応用可能となれば,long-gapの食道閉鎖症を一期的に根治できる可能性があり,在院日数が減少して患児やその家族の負担が軽減される.また,噴門形成術も同時に行うため,術後の胃食道逆流を防止できる利点がある.さらに,本研究で施行したNOTES下食道吻合法は,食道切除術や結腸切除術後の再建など,成人領域の様々な術式にも応用できるため,NOTESの適応拡大に貢献する可能性がある.

しかし,本研究にはいくつかの限界がある.まず,本研究は急性期実験であり吻合の確実性などを検証できていないことである.さらに,NOTES操作で使用した器械のほとんどが成人用のものであったため,食道閉鎖症が新生児疾患であるにもかかわらず対象としたブタを大きいものとせざるを得なかった.

続いては使用した手術器械の問題である.前述したように,NOTES操作で使用した器械の多くは大きすぎて新生児に使用することは困難である.また,BraceBar(TM)はNOTES下食道吻合を可能にする画期的なデバイスではあるものの,上部食道を盲目的に穿刺しなければならず,また,操作がやや煩雑であるという安全性と操作性の問題がある.

最後に,A型食道閉鎖症の動物モデルが存在しないことである.本研究では腹腔鏡下に下部食道を離断して食道閉鎖症モデルとしたが,この方法では中部食道が残存しておりモデルとしては不完全である.完全なモデル作成を目指して中部食道を切除しようとすれば開胸もしくは胸腔鏡下に縦隔内を操作する必要があるが,これはのちのNOTES操作の支援になるため本研究では行わなかった.結果として上部食道の側壁から腹部食道が引き込まれることとなり,臨床で行われている端々吻合とは異なる端側吻合を行うこととなったが,今回考案した吻合方法は端々吻合にも十分応用が可能であると思われる.

今後の展望であるが,まず,より小さな動物を対象とした長期生存実験で,吻合の確実性や術後合併症の有無を検証する必要がある.また,より安全で確実かつ簡便な吻合方法,もしくは吻合デバイスの開発が必要である.そして,新生児でも使用可能なように手術器械の小型化も必要である.重要な課題が数多く残されているが,最終的なゴールである本術式の臨床応用へ向けて一つ一つ取り組んでいきたい.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,一期的根治術が困難なために多段階手術が行われ長期入院を余儀なくされたり,また,術後の胃食道逆流症により逆流防止術の追加が必要とされたりすることが多いという課題があるlong-gapのA型食道閉鎖症に対する新術式の開発に取り組んだ.新術式のコンセプトは腹腔鏡と経食道NOTES(natural orifice translumenal endoscopic surgery)のアプローチのみを用いて噴門形成術を施行した全胃を吊り上げ食道吻合するものであり,ブタを用いた実験系で新術式実現のために必要なNOTES下手技の開発を行い,下記の結果を得ている.

1.「NOTES下右胸腔経路全胃吊り上げ法」の開発

経口内視鏡を挿入し,上部食道背側の粘膜下層へ生食を局注した後,粘膜を切開して筋層を露出した.5時方向の筋層に小孔を開けてガイドワイヤを挿入した後,バルーン拡張すると右胸腔へのentry siteを作成することができた.このentry siteを通って食道外(右胸腔)へ内視鏡を進め,さらに右肺門の背側を通るように内視鏡を進めると腹腔へ到達することができた.腹腔へ到達した内視鏡で腹部食道断端にかけておいたanchor sutureを把持した後,腹腔鏡下に胃を食道裂孔方向へ押し込みつつ,腹部食道が十分に上部食道内へ引き込まれるまで内視鏡で腹部食道断端を口側方向へ牽引すると,右胸腔経路全胃吊り上げを完成させることができた.

本手法を7例に試み,6例において合併症なく成功した.手技時間は中央値78.5分(30-125分)であった.残る1例においてはentry site作成時に周囲の大血管を損傷し,失血死に至った.

2.「NOTES下食道吻合法」の開発

BraceBar(TM)という軟性内視鏡用縫合デバイスを使用して,上部食道とその中に引きこんだ腹部食道の端側吻合を行った.

まず,上部食道内へ引き込んだ腹部食道の全層を穿刺して一つ目のT-tagを腹部食道内腔へ留置し,続いて上部食道を穿刺して二つ目のT-tagを上部食道の壁外へ留置した後,二つのT-tagを締め込んだ.以上の操作を4回繰り返して上部食道と腹部食道を固定した後,腹部食道断端をスネアで焼灼し吻合口を作成した.

本手法を3例に対して試み,2回成功した.吻合手技時間の中央値は44分(37-78分)であった.残る1例では,吻合口作成時に食道固定用の糸を一緒に焼灼した結果,吻合離解が認められた.

以上,本論文はブタにおいて「NOTES下右胸腔経路全胃吊り上げ法」と「NOTES下食道吻合法」を開発した.本研究は腹腔鏡と経食道NOTESのアプローチのみを用い,頸部切開も開胸も行うことなく一期的にA型食道閉鎖症を根治する新術式の実現可能性を示し,小児外科領域および今後のNOTESの発展に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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