学位論文要旨



No 128255
著者(漢字) 伊藤,正典
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,マサノリ
標題(和) 子宮ならびに子宮内膜由来細胞におけるプロゲステロンを介した 14-3-3τの発現と機能解析
標題(洋)
報告番号 128255
報告番号 甲28255
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3914号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 准教授 北中,幸子
 東京大学 教授 中島,淳
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 大須賀,穣
内容要旨 要旨を表示する

[序文]

プロゲステロン (P4) は不妊症、子宮内膜癌、子宮内膜症、月経異常の治療や避妊薬として使用されている。P4 の作用機序の解明は、これら産婦人科疾患の治療法の解明につながる重要な課題である。P4 の作用機序を解明する目的で、廣井らは以前ラットに P4 を投与して、ラット子宮の cDNA を用いた suppression subtractive hybridization (SSH) 法により P4 応答遺伝子の候補をリスト化し、14-3-3τ 遺伝子が P4 応答遺伝子の候補の 1 つであることを明らかにした。14-3-3τ蛋白質は植物・酵母から動物に至るまで高度に保存された分子量約 30 kDa のシャペロン蛋白質である。シャペロン蛋白質は標的蛋白質に作用し、その標的蛋白質の構造を維持・管理し、標的蛋白質の分解調節や細胞内シグナル伝達などその作用を補助する蛋白質である。

本研究では子宮ならびに子宮内膜由来細胞における 14-3-3τmRNA ならびに同蛋白質の P4 応答性、子宮内膜における 14-3-3τ蛋白質の発現局在、14-3-3τ蛋白質が PR-B の転写活性に与える影響とその作用機序を解析することにより、子宮内膜の脱落膜化ならびに子宮内膜癌でのプロゲステロンシグナルにおける 14-3-3τ蛋白質の意義を明らかにすることを目的とした。

P4 はプロゲステロン受容体 (Progesterone receptor; PR) を介してその作用を発揮し、PR には PR-A と PR-B の 2 つのアイソフォームが存在する。P4 は細胞増殖抑制作用を持ち、その作用は PR-A よりも PR-B の方が強力である。本研究では将来的な細胞増殖抑制実験を視野に入れて、PR-A よりも細胞増殖抑制作用が強い PR-B を主体に実験を行った。

[方法と結果]

1. 成熟雌ラット子宮での P4 またはエストロゲン (E2) 投与による 14-3-3τ mRNA ならびに同蛋白質の発現制御に関する検討

[方法] 7 週齢ラットの両側卵巣を摘出後、内因性の女性ホルモンが消失した 14 日後に P4 2 mg/body または E2 20 μg/body をラットに注射し、0、6、12、24 時間後に子宮を摘出した。摘出子宮を qRT-PCR、Western blot 法、免疫組織染色で使用した。

[結果]14-3-3τ mRNA ならびに同蛋白質は P4 投与後 12 時間以降で有意に増加した。抗 14-3-3τ 抗体を用いた免疫組織染色で P4 投与後 12 時間後に子宮間質細胞に染色が認められた。24時間後には子宮内膜上皮細胞に染色が認められた。E2 を注射したラットの子宮では 14-3-3τ mRNA に有意な増加を認めなかった。

2. 分離培養したヒト子宮内膜上皮細胞・間質細胞での P4 添加による14-3-3τ mRNA の発現制御に関する検討

[方法]子宮内膜を上皮細胞と間質細胞に分離し、P4 10(-7) M を添加した。0、12、24 時間後に細胞を回収しRNA を精製後、qRT-PCR を行った。

[結果]ヒト子宮内膜上皮細胞・間質細胞において、P4 添加後の 12 時間後に 14-3-3τmRNA が有意に増加した。

3. 分離培養したヒト子宮内膜間質細胞での脱落膜化刺激による 14-3-3τmRNAならびに同蛋白質の発現制御に関する検討

[方法]分離培養した子宮内膜間質細胞に cAMP (cyclic adenosine monophosphate)、酢酸メドロキシプロゲステロン (Medroxyprogesterone acetate; MPA) を添加することにより、人工的に脱落膜化を誘導できることが知られている。分離培養した子宮内膜間質細胞に cAMP 0.5 mM、MPA 10(-6) M を添加して 3 日間培養を行った。細胞を回収し、qRT-PCR と Western blot 法で検討した。

[結果]脱落膜化刺激 (cAMP + MPA) により、14-3-3τmRNA ならびに同蛋白質の発現促進が認められた。

4. ヒト子宮内膜における 14-3-3τ蛋白質の発現局在に関する検討

[方法]抗 14-3-3τ抗体を用いて月経周期子宮内膜の免疫組織染色を行った。

[結果]分泌期中期の間質細胞に強い染色を認めた。分泌期早期には内腔上皮細胞に染色を認め、分泌期中期には腺上皮細胞に染色を認めた。

5. 子宮内膜癌由来細胞株 Ishikawa 細胞でのルシフェラーゼアッセイを用いた 14-3-3τ 蛋白質による PR-B の転写活性の制御に関する検討

[方法]Ishikawa細胞 (PR negative) に FLAG タグを付加した 14-3-3τ 発現ベクター (FLAG-14-3-3τ)、HA (Hemagglutinin) タグを付加したPR-B発現ベクター (HA-PR-B) を一過性遺伝子導入した。遺伝子導入の24 時間後にエタノール (EtOH) または P4 10-7 Mを添加し、24 時間後に細胞を回収し、PR-B の転写活性を検討した。発現ベクターの蛋白質は Western blot法で確認した。なお、EtOH は P4 の vehicle である。

[結果]EtOH 添加時、HA-PR-B 蛋白質に加えて FLAG-14-3-3τ 蛋白質を過剰発現させた Ishikawa 細胞では HA-PR-B 蛋白質のみを過剰発現させた Ishikawa 細胞と比較して、PR-B の転写活性が 1.7 倍と有意に上昇した。また、P4 添加時、HA-PR-B 蛋白質に加えて FLAG-14-3-3τ 蛋白質を過剰発現させた Ishikawa 細胞では HA-PR-B 蛋白質のみを過剰発現させた Ishikawa 細胞と比較して、PR-B の転写活性が 2.5 倍と有意に上昇した。

6. Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞の樹立と P4 添加による14-3-3τmRNA ならびに同蛋白質の発現変化に関する検討

[方法]Ishikawa細胞 (PR negative) にネオマイシン耐性遺伝子を有する pcDNA3 空ベクター、pcDNA3-FLAG-PR-B 発現ベクターをそれぞれ遺伝子導入し、ネオマイシンで選択した。得られた細胞を qRT-PCR、Western blot 法で検討し、PR-B mRNA ならびに同蛋白質の発現を確認した。以上より Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞と Ishikawa 由来 pcDNA3 形質転換細胞(control 細胞) を樹立した。Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞に P4 10-7 M 添加後、0、12、24 時間後に細胞回収を行った。qRT-PCR とWestern blot 法で 14-3-3τmRNAならびに同蛋白質の発現変化を検討した。

[結果]P4 を添加したIshikawa 由来 pcDNA3 形質転換細胞の 2 クローンでは 14-3-3τmRNAならびに FKBP51 mRNA の有意な発現の上昇を認めなかった(FKBP51 は既知の P4 応答遺伝子であり、P4 投与時の positive control として用いた)。一方、P4 を添加したIshikawa 由来 PR-B 安定発現細胞の 2 クローンでは 14-3-3τmRNA ならびに FKBP51 mRNA の有意な発現の上昇を認めた。また、P4 を添加したIshikawa 由来 PR-B 安定発現細胞の 2 クローンで14-3-3τ蛋白質の発現上昇が認められた。

7. Ishikawa 由来 pcDNA3 形質転換細胞、Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞での P4 添加によるPR-B 蛋白質、14-3-3τ蛋白質の発現局在の変化に関する検討

[方法]Ishikawa 由来 pcDNA3 形質転換細胞、Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞に EtOH または P4 10-7 M 添加後の 24 時間後に培養液を除去し、抗 FLAG抗体、抗 14-3-3τ抗体で免疫組織染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡で検討した。

[結果]EtOH 添加時、Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞において PR-B 蛋白質と14-3-3τ蛋白質は細胞質で共局在していた。P4 添加後、PR-B 蛋白質と14-3-3τ蛋白質は核内へ移行し共局在していた。一方、Ishikawa 由来 pcDNA3 形質転換細胞では P4 添加による 14-3-3τ蛋白質の細胞質からの局在変化を認めなかった。

8. 免疫沈降法を用いた PR-B 蛋白質と 14-3-3τ 蛋白質の結合に関する検討

[方法]Ishikawa 由来 pcDNA3 形質転換細胞、Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞に EtOH または P4 10-7 M を投与し、24 時間後の細胞から細胞全抽出液を得た。PR-B 蛋白質で免疫沈降した蛋白質を Western blot 法で使用し、抗 14-3-3τ 抗体で Blot した。

[結果]EtOH 添加時、P4 添加時において、PR-B 蛋白質と 14-3-3τ 蛋白質の直接結合が認められた。

[考察]

14-3-3τ 蛋白質は子宮ならびに子宮内膜由来細胞において、P4により発現促進される P4 応答遺伝子産物であることを明らかにした。機能解析の結果、14-3-3τ蛋白質はPR-B の転写活性を上昇させることを明らかにした。転写活性上昇の作用機序を解明するために子宮内膜癌由来細胞株 Ishikawa 細胞を用いて、PR-B 安定発現細胞を樹立した。その細胞質において14-3-3τ蛋白質はPR-B 蛋白質に直接結合し、P4 添加による PR-B 蛋白質の細胞質から核への移動後も PR-B 蛋白質と行動を共にしていることを明らかにした。以上の結果は 14-3-3τ 蛋白質が P4 の作用発現に関与している可能性を示唆している。将来、子宮ならびに子宮内膜由来細胞における PR-B 蛋白質と 14-3-3τ 蛋白質の相互関連の意義が完全に解明されることにより、不妊症や子宮内膜癌の治療に結びつく可能性があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

不妊症、子宮内膜癌、子宮内膜症、月経異常の治療や避妊薬として使用されているプロゲステロン (P4) の作用機序の解明は、これら産婦人科疾患の治療法の解明につながる重要な課題である。本研究では P4 応答遺伝子候補14-3-3τ 遺伝子に着目し、子宮ならびに子宮内膜由来細胞におけるプロゲステロンシグナルを明らかにするために P4 を介した 14-3-3τの発現と機能解析を行い、下記の結果を得ている。

1. 成熟雌ラット子宮での P4 投与により、14-3-3τ mRNA ならびに同蛋白質は P4 投与後 12 時間以降で有意に増加した。免疫組織染色では P4 投与後 12 時間後に子宮間質細胞に染色が認めら、24時間後には子宮内膜上皮細胞に染色が認められた。エストロゲンを注射したラットの子宮では 14-3-3τ mRNA に有意な増加を認めなかった。ラット子宮において 14-3-3τ遺伝子がP4 応答遺伝子であることが示された。

2. 分離培養したヒト子宮内膜上皮細胞・間質細胞において、P4 添加後の 12 時間後に 14-3-3τmRNA が有意に増加した。14-3-3τ遺伝子がヒト子宮内膜上皮細胞・間質細胞において、P4 応答遺伝子であることが示された。

3. 分離培養したヒト子宮内膜間質細胞において、脱落膜化刺激 [cAMP (cyclic adenosine monophosphate)+酢酸メドロキシプロゲステロン (Medroxyprogesterone acetate; MPA)]により、14-3-3τmRNA ならびに同蛋白質の発現促進が認められた。14-3-3τ 遺伝子は脱落膜化刺激に応答する遺伝子であることが示された。

4. 抗 14-3-3τ抗体を用いて月経周期子宮内膜の免疫組織染色を行い、分泌期中期の間質細胞に強い染色を認めた。分泌期早期には内腔上皮細胞に染色を認め、分泌期中期には腺上皮細胞に染色を認めた。14-3-3τ 遺伝子が P4 応答遺伝子かつ脱落膜化刺激にも応答する遺伝子であることが示された。

5. 子宮内膜癌由来細胞株 Ishikawa 細胞でのルシフェラーゼアッセイを用いた 14-3-3τ 蛋白質による PR-B の転写活性の制御について検討した結果、14-3-3τ 蛋白質は Progesterone receptor (PR-B) に対して、coactivator として働くことが示された。

6. Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞の樹立し、P4 の添加により14-3-3τmRNA ならびに同蛋白質の発現促進を認めた。14-3-3τ遺伝子はIshikawa 由来 PR-B 安定発現細胞において、P4 応答遺伝子であることが示された

7. Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞での P4 添加によるPR-B 蛋白質、14-3-3τ蛋白質の発現局在の変化について検討した結果、P4 投与前、PR-B 蛋白質と14-3-3τ蛋白質は細胞質で共局在していたが、P4 添加後 PR-B 蛋白質と14-3-3τ蛋白質は核内へ移行し共局在していることが示された。

8. 免疫沈降法を用いた PR-B 蛋白質と 14-3-3τ 蛋白質の結合について検討した結果、Ishikawa 由来 PR-B 安定発現細胞において、P4 投与時・P4 非投与時 14-3-3τ蛋白質とPR-B蛋白質が直接結合していることが示された。

以上、本論文は 14-3-3τ 遺伝子の P4 応答性とプロゲステロンシグナルに 14-3-3τ 遺伝子が関与している可能性を初めて明らかにした。プロゲステロンの作用機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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