学位論文要旨



No 128258
著者(漢字) 高村,将司
著者(英字)
著者(カナ) タカムラ,マサシ
標題(和) 子宮内膜症進展におけるIL-17AおよびGRO-α発現と好中球浸潤に関する検討
標題(洋)
報告番号 128258
報告番号 甲28258
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3917号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 教授 松島,網治
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 川名,敬
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
内容要旨 要旨を表示する

<背景>

子宮内膜症は、子宮内膜類似の組織が子宮以外に発育する疾患である。病因としては、逆流月経血中に含まれる子宮内膜細胞の腹膜上への生着が、子宮内膜症病巣の進行の初期段階であるという子宮内膜移植説が有力である。しかし、逆流月経に加えて、増殖や血管新生を促す因子が必要と考えられており、免疫反応の異常や慢性炎症が子宮内膜症の進展に必要であることが、多くのエビデンスから示唆されている。

IL-17Aは、関節リウマチ、SLE、炎症性腸疾患などの慢性炎症性疾患で重要な役割を果たしていることが示唆されているサイトカインであり、主にTh17から分泌されていると考えられている。子宮内膜症においてもIL-17Aに関する報告を認める。子宮内膜症患者の腹腔内貯留液中にTh17が存在すること、子宮内膜症患者の腹腔内貯留液中に非子宮内膜症患者より高いIL-17Aが含まれることが報告されている。また、子宮内膜症間質細胞 (ESCs) に働き、増殖促進作用や、CXCL8、COX-2の産生亢進作用を有することが報告され、子宮内膜症の進展への関与が示唆されているが、詳細は十分に検討されていない。本研究の目的は、IL-17Aを基調とした子宮内膜症の病態を解析すること、さらには新規治療法への応用を探索することである。

<方法及び結果>

子宮内膜症組織として、東京大学の倫理委員会の承認の下、術前に患者よりインフォームドコンセントを得てから得られた卵巣子宮内膜症組織を用いた。

まず、培養したESCsをIL-17A 100ng/mlで6時間刺激し、得られたmRNA発現をマイクロアレイ分析にて網羅的に解析した。マイクロアレイ解析の結果GRO-α/CXCL1がIL-17AによりmRNA発現が最も亢進された遺伝子であった。

IL-17AのGRO-α/CXCL1産生亢進作用を蛋白質レベルで確認するため、ESCsを各濃度のIL-17Aにて24時間刺激して、得られた培養上清中のGRO-α/CXCL1濃度を特異的ELISA kitを用いて測定した。IL-17A 1、 10、100 ng/mlでコントロールと比較し、 3.7 ± 0.2倍、11.9 ± 0.4倍、 19.7 ± 0.3倍と、IL-17A濃度依存性にGRO-α/CXCL1産生亢進作用を認めた。

GRO-α/CXCL1は好中球ケモカインとして知られており、マイクロアレイにより発現亢進が確認された遺伝子には、GRO-α/CXCL1とアミノ酸配列の相同性が高く同じ受容体に作用するCXCL2、CXCL3が含まれた。以上よりIL-17A刺激上清の好中球遊走活性が高まっていると考え、ボイデンチャンバー法を用いて遊走活性を調べた。IL-17A にて刺激したESCs上清は、コントロールと比較し多くの好中球遊走を促し、その活性は抗GRO-α/CXCL1中和抗体の添加により一部阻害された。走化活性はIL-17A 刺激上清で3.2 ± 0.5で、抗GRO-α/CXCL1中和抗体添加により2.4 ± 0.3 であった。

次に子宮内膜症組織におけるIL-17A、GRO-α/CXCL1、好中球の分布を免疫組織化学染色にて確認した。好中球のマーカーとして、好中球エラスターゼを用いた。IL-17A、GRO-α/CXCL1、好中球エラスターゼは、子宮内膜症性卵巣嚢胞内側の上皮直下間質に存在した。GRO-α/CXCL1陽性細胞は、扁平に染色されることより、間質細胞であることが示唆された。一方でIL-17A陽性細胞のうち、上皮直下に存在するIL-17A分泌細胞は分葉核型を呈し、これらの細胞は好中球であることが示唆された。

そこでIL-17Aを分泌する好中球の存在を確認するため、別の好中球のマーカーとしてMPOを選択し、IL-17A及びMPOの二重蛍光免疫染色を行なった。IL-17AとMPOの二重陽性細胞は、上皮直下の間質に検出され、その核が分葉していることが免疫組織化学染色と同様に同定された。一方で間質深部に存在するIL-17A陽性細胞はMPO陰性であった。

上記より、IL-17AによるESCsを介した子宮内膜症局所への好中球遊走促進作用が示唆された。そこで遊走好中球の子宮内膜症に対する働きを検討するため、好中球除去抗体を用いたマウス子宮内膜症モデルを作成した。同実験は、東京大学動物実験実施規則に則り行い、動物実験専門委員会の承認の下行った。

好中球除去抗体として、抗Gr-1抗体 (クローン名RB6-8C5) を用いた。培養、精製した抗体溶液の効果は予備実験にて確認した。100μgを腹腔内に単回投与すると、投与後24時間後及び48時間後の末梢血液中の好中球除去が確認された。

マウス子宮内膜症モデルは、8週齢BALB/c雌マウス126匹を用いた。麻酔下に卵巣摘出後、エストロゲンを毎週補充した。2週間後、126匹のうち42匹のドナーマウスを安楽死させ、子宮を細切し、84匹のレシピエントマウスの腹腔内に投与した。レシピエントマウスは14日目に安楽死させ、腹腔内の子宮内膜症病巣を採取し重量測定した。レシピエントは、好中球除去抗体の投与法にて3群に分けた。すなわち、子宮片投与前1日から投与後3日目まで5日間投与する早期除去群(E群)と、子宮片投与後8日から12日まで投与する晩期除去群 (L群) と、PBSを投与する対照群 (C群) の3群に分けて検討した。E群では他群に比べて、個数、総重量の減少を認めた。一方、病変1個当たりの重量は、早期除去群と対照群は有意差を認めなかった。

好中球除去が病巣局所において確認出来るか、新たに対照群と好中球除去群を5匹ずつ作成して、子宮投与2日目に子宮内膜症組織を採取した。好中球のマーカーであるNIMP-R14にて免疫組織化学染色した。対照群で認める好中球浸潤は好中球除去群では殆ど観察されなかった。

<考察>

本研究でIL-17A陽性好中球が子宮内膜症組織に存在することを示した。分泌されたIL-17AはESCsからのGRO-α/CXCL1分泌を誘導することで、局所への新たな好中球遊走を促すことを示した。このようなフィードフォワードループが子宮内膜症の持続する炎症の一因となり病巣の増悪に寄与していると考えられる。一方でマウス子宮内膜症モデルの結果からは、好中球は主に病巣形成の初期段階において機能していると考えられ、一旦病変が形成された後の好中球除去は、病変重量に有意な変化を認めなかった。

IL-17Aによって誘導されるGRO-α/CXCL1発現は、関節リウマチや炎症性腸疾患、感染症における好中球遊走に寄与していると報告されており、慢性炎症性疾患である子宮内膜症で同様の結果が得られたことはそれらの疾患との共通性を示唆する。遊走実験の結果からはIL-17Aによって誘導される遊走活性はGRO-α/CXCL1以外のケモカインも介している可能性が予測される。IL-17AによってCXCL8が誘導されることが知られているので、一部CXCL8を介しているかもしれない。GRO-α/CXCL1は、血管新生や炎症、創傷治癒、腫瘍発生などの機能が報告されており、好中球遊走以外にも子宮内膜症の病態へ寄与している可能性が考えられる。

IL-17AはTh17細胞から分泌されることがよく知られているが、炎症反応の過程で産生されるIL-17Aの多くは、γδT細胞やLTi細胞、NK細胞、好中球などの自然免疫担当細胞から分泌されることがわかってきた。しかし末梢血液中の好中球はIL-17A分泌を認めず、IL-17A分泌のメカニズムは十分解明されていない。子宮内膜症に特異的な環境が関係しているかもしれない。今後の解明が期待される。生殖系臓器で見られる好中球にIL-17A分泌が見られるのかを検討することも興味深い。

子宮内膜症マウスモデルの検討より、好中球が初期の病変形成に関わっていることが示唆された。具体的な作用メカニズムに関して今後検討する必要がある。

今後は引き続きIL-17Aをはじめとして慢性炎症と異常免疫に着目して子宮内膜症の病態解明を進め、ホルモン治療のみが治療選択肢であるような現況を打開できるよう研究を続けていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は子宮内膜症の増殖・進展に寄与すると考えられているIL-17Aの作用メカニズムについて、ヒト子宮内膜症間質細胞初代培養系や子宮内膜症組織免疫組織化学染色法を用いて考察を加え、また得られた結果から好中球除去抗体を用いたマウス子宮内膜症モデルにより検証したものであり、下記の結果を得ている。

1.子宮内膜症性卵巣嚢胞から間質細胞を分離培養し、IL-17A100ng/mlもしくは溶媒にて刺激し、得られたmRNAから全ヒト遺伝子発現をマイクロアレイ分析にて網羅的に解析した。マイクロアレイ解析の結果、IL-17Aにより最も発現が亢進した遺伝子はGRO-α/CXCL1であった。同様にCXCL2、CXCL3、CXCL6、CXCL8などの好中球ケモカインの発現亢進作用が確認された。

2.子宮内膜症間質細胞上清の好中球遊走活性をボイデンチャンバー法を用いて調べた。IL-17A 刺激上清は、コントロールと比較し3.2 ± 0.5倍の好中球遊走を認め、その遊走活性は抗GRO-α/CXCL1中和抗体の添加により阻害され、2.4 ± 0.3倍にまで低下した。以上より、IL-17Aが子宮内膜症間質細胞からのGRO-α/CXCL1分泌を介した好中球遊走作用を持つことが示された。

3.子宮内膜症性卵巣嚢胞におけるIL-17A、GRO-α/CXCL1、好中球の分布を免疫組織化学染色法にて確認した。好中球のマーカーとして好中球エラスターゼを用いた。IL-17A、GRO-α/CXCL1、好中球エラスターゼは、子宮内膜症性卵巣嚢胞内側の上皮直下間質に存在した。IL-17A陽性細胞のうち、上皮直下に存在するIL-17A分泌細胞は分葉核型を呈し、好中球であることが示唆された。

4.IL-17Aを分泌する好中球の存在を確認するため、IL-17A及びMPO(好中球のマーカー)の二重蛍光免疫染色を行なった。IL-17AとMPOの二重陽性細胞は、上皮直下の間質に検出され、好中球であることが示された。一方で間質深部に存在するIL-17A陽性細胞はMPO陰性であった。

5.マウス子宮内膜症モデルを作成し、抗Gr-1抗体による好中球除去操作を加えた影響を考察した。子宮片投与早期に好中球除去する群と、1週間経過した晩期に除去する群と、対照群の3群に分けて検討した。早期に好中球除去する群では他群に比べて、個数、総重量の減少を認めた。一方、病変1個当たりの重量は有意差を認めないことから、好中球が子宮内膜症形成初期において子宮内膜症に寄与していることが示された。

以上、本論文はIL-17Aが、子宮内膜症間質細胞からのGRO-α/CXCL1を介した好中球遊走作用により子宮内膜症の進展に寄与することを見出した。また、子宮内膜症に存在する好中球がIL-17Aを分泌することが示された。マウスモデルにて好中球が病変初期形成に重要であることが確認され、IL-17Aによって誘導される好中球ケモカインや、好中球ケモカインの発現亢進作用を持つIL-17Aが、子宮内膜症の治療ターゲットとなる可能性が示された。これらの業績より学位の授与に値するものと考えられる。

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