学位論文要旨



No 128261
著者(漢字) 橋本,亮
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,リョウ
標題(和) ラット褐色腫由来細胞PC12における植物ステロイドホルモン/ギンセノシドRb1による性ホルモン受容体を介した抗アポトーシス機構の解析
標題(洋)
報告番号 128261
報告番号 甲28261
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3920号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 本間,之夫
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 講師 狩野,方伸
 東京大学 特任講師 浦野,友彦
内容要旨 要旨を表示する

ginseng (botanical name: Panax ginseng C.A.Meyer) は古来より頻用されてきたherbal remediesであり、その根抽出物は健康を保持・増強するとされている。近年、ginseng投与にてAlzheimer病患者の認知能改善や若年健常者の認知能向上、健常者におけるpsychomotor performance/ functionの向上等が報告されている。Panax ginsengのactive componentであるginsenosideはステロイド骨格を有する。ginsenosideにてドパミン作動性ニューロンの退行変性や変性に伴う諸症状が改善されるとする報告がin vitro, in vivo共になされている。ginsengのmajor active componentであるRb1 ginsenosideでは神経保護作用を有するとする報告が近年なされているが、細胞内シグナル伝達経路の詳細は明らかになっていない。

AlzheimerやParkinson、Huntington病において、ミトコンドリア内膜に存在する呼吸鎖複合体I、II、IVの欠損が指摘されている。1-Methyl-4phenylpyridinium (MPP+) は81-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine (MPTP) の代謝産物であり、ドパミン作動性ニューロンのミトコンドリアに選択的に集積する。MPP+はミトコンドリア内膜の呼吸鎖(電子伝達系)を阻害、ミトコンドリア膜電位を減少、またCa2+ homeostasisを破綻させることにより神経細胞死を惹起するとされている。

PC12はラット褐色腫由来細胞であり、ドパミンの合成や代謝・輸送能を保持している性質により、MPP+神経毒性の検討やParkinson病のmodelとして用いられている。

本論文ではPC12におけるRb1の神経保護作用の評価と細胞内シグナル伝達経路、更には核内受容体との関連について検討を加えた。

1. MPP+処理PC12において、Rb1はcell viability (resazurin reduction assay) を改善し、DNA 断片化 (photometric enzyme-immunoassay) を抑制した。この作用はestrogen receptor (ER) alpha, beta small interfering RNA (siRNA) transfectionにより抑制された。またMPP+ 処理PC12において、Rb1はcaspase-3蛋白発現量を減少、Bcl-xL蛋白発現量を増加させた。

2. MPP+ 処理PC12においてRb1はphoshorylated(p-) p38, p- stress-activated protein kinase/Jun amino-terminal kinase (SAPK/JNK)を減少、p-Akt, p- extracellular signal - regulated kinases 1 and 2 (ERK1/2)を増加させ、これらはER alpha, beta siRNA transfectionにより抑制された。

3. DNA断片化はphosphoinositide 3 kinase (PI3K), mitogen-activated protein kinase (MAPK) / ERK kinase (MEK) 1阻害剤により促進し、p38, JNK阻害剤にて抑制した。

4. Rb1のER alphaとbetaに対するligand-binding affinityは17beta estradiolよりも低く、特にER alphaではcontrolやtestosteroneとほぼ同程度であった。

以上よりParkinsonian neurotoxinであるMPP+を添加したラット褐色腫由来PC12細胞において、Rb1が抗アポトーシス作用を有していることを明らかにした。MPP+処理PC12において、Rb1はcaspase-3蛋白発現量とDNA断片化を抑制し、Bcl-xL蛋白発現量を増加させた。ginsenosideのうちRb1やRg1, Rg3, Re, Rh1は種々の細胞においてphytoestrogenとする報告がされている。今回のER siRNAによる検討の結果、Rb1はPC12に於いてもestrogenic propertyを有していることが判明した。Rb1はCOS monkey kidney cellsにおいてdose-dependentにER alpha, beta共に活性化すると報告されている。今回の検討によりPC12においてRb1の抗アポトーシス作用発現にはER alphaとbetaが共に関与していることが示唆された。ERを含む核内受容体には組織間分布や機能の相違に関与するactivation function domain-1 (AF-1) 領域、DNA結合領域およびAF-2領域 (ligand dependent) が存在している。estrogenはER alphaとbetaのligandであるが、相同性はDNA結合領域が97%に対しAF-2では59%、AF-1では18%である。AF-1はligand非依存性に生理活性を発揮し得る領域である。これまでにgrowth factorやneurotransmitter, cyclic AMP(cAMP)等によりERはligand非依存性に活性化すると報告されている。MPP+処理PC12におけるRb1のER alphaを介したシグナル伝達経路は、今回の検討により抗アポトーシス作用発現に関与することが示唆されたが、前述したreceptor binding affinityを考慮するとligand非依存性にERを活性化している可能性も否定はできない。Steroid hormoneは特定の受容体と特異的に結合して核内へ移行することにより種々の転写制御に関与することがその主たる生理的な役割とされてきたが、近年膜受容体と結合しcyclic AMPやMAPK等を介するnon-genomic actionの存在も明らかにされている。brain-derived neurotrophic factor (BDNF), vascular endothelial growth factor (VEGF)等はエストロゲン応答遺伝子として知られている。一般にgenomic actionはエフェクタータンパク質の調節が介在することにより作用発現まで少なくとも数時間以上を要するが、non-genomic actionでは急速なシグナル伝達により早期の作用発現が誘発される。Rb1によるMAPK family (SAPK/JNK, p38, ERK1/2), Akt phosphorylationは10-15分以内に生じており、現時点において転写阻害剤であるactinomycin D等による証左はないものの抗アポトーシス作用の発現にはnon-genomic actionの関与が示唆された。p-SAPK/JNK, p-p38はpro-apoptotic factor, p-ERK1/2, p-Aktはcell survival factorとされる。PC12におけるシグナル伝達経路として、estrogen(E2)はmembrane ERを介してCa2+ mobilization→PI3K activation→Akt phosphorylation→Nitric Oxide Synthase (NOS) activationの経路により神経保護作用を発現する、或いは柑橘系フラボノイドであるhesperetinはERとtyrosine kinese receptors (Trk) Aを介してAkt, ERK activation→cAMP response element-binding protein (CREB) activation→transcriptional effect→ BDNFの経路によりanti-oxidative stress, cell survival responseを発現する等報告されている。今回の検討によりMPP+処理PC12において、Rb1はERを介しp-SAPK/JNK, p-p38蛋白発現量を減少、p-Akt, p-ERK1/2蛋白発現量を増加させることにより抗アポトーシス作用を発現することが示唆された。

本論文により、ラット褐色腫由来細胞PC12においてginsengのmajor active componentであるRb1 ginsenosideはestrogen receptorを介し抗アポトーシス作用を示し、その作用発現にはAkt, ERK1/2, SAPK/JNK, p38が関与することが示唆された。以前よりginsengの中枢神経疾患に対する有用性は指摘されてきたが、シグナル伝達経路や核内受容体との関連について全容は把握されていない。本論文はginsengの中枢神経疾患における薬理作用解明の一助をなすものと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はドパミンの合成・代謝・輸送能を有しているラット褐色腫由来細胞PC12におけるginsengのmajor active componentであるginsenoside Rb1によるestrogen receptor(ER)を介した抗アポトーシス機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. MPP+ 添加PC12細胞において、Rb1は細胞生存率を改善し、DNA断片化を抑制した。この作用はER alpha, beta siRNAにより相殺された。以上はPC12細胞においてRb1はERを介し抗アポトーシス作用を発現することが示唆された。

2. Rb1添加によりcaspase-3蛋白発現量は減少しBcl-xL蛋白発現量は増加した。

3. MPP+ 添加PC12において、Rb1はp-p38, pSAPK/JNK発現量を減少、p-Akt, p- ERK1/2発現量を増加させ、この作用はER alpha, beta siRNAにより相殺された。以上はPC12細胞におけるRb1のestrogen receptorを介した抗アポトーシス作用発現にはAkt,ERK1/2,SAPK/JNK,p38の関与が示唆された。

4. MPP+添加PC12において、Rb1処理の有無を問わずwortmannin, PD 98059によりDNA 断片化は増加、SB 203580, SP 600125によりDNA 断片化は減少した。 なおwortmannin+PD 98059処理群ではRb1添加、未添加群のDNA断片化の有意差は消失した。このことは抗アポトーシス作用発現においてPI3K/Akt、MEK/ERK1/2は相補的に機能している可能性を示唆している。

5. ER alphaとbetaに対するRb1の結合能は17beta estradiolよりも低く、ER betaではdose-dependentなligand bindingがみられたが、ER alphaではligand bindingの証左は得られなかった。以上はER alphaの抗アポトーシス作用発現にはligand非依存性にERを活性化している可能性も否定はできない。

以上、本論文はPC12細胞においてginsenoside Rb1はestrogen receptor を介し抗アポトーシス作用を示し、その作用発現にはAkt,ERK1/2,SAPK/JNK,p38の関与を示唆している。ginsenoside Rb1の抗アポトーシス作用の評価と細胞内シグナル伝達経路、更には核内受容体との関連について詳細な検討を加えており、広範なginsengの有用性解明の一助をなす貢献と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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