学位論文要旨



No 128262
著者(漢字) 平田,陽一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,ヨウイチロウ
標題(和) 冠動脈周囲脂肪組織と冠動脈動脈硬化病変形成との関連
標題(洋)
報告番号 128262
報告番号 甲28262
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3921号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,稔
 東京大学 講師 香取,竜生
 東京大学 講師 飯島,勝矢
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
 東京大学 講師 山下,尋史
内容要旨 要旨を表示する

肥満は、先進諸国を中心として急激に増加しており、2型糖尿病や心血管疾患などの危険因子となるため、大きな社会問題となっている。しかし、肥満によって動脈硬化を中心とする心血管疾患が惹起される詳細なメカニズムについては、不明な点も残されている。

脂肪組織はこれまで主にエネルギー貯蔵組織と考えられてきたが、最近の研究により、糖代謝・脂質代謝・炎症・凝固・摂食行動などに関する様々なサイトカインを分泌する内分泌器官であるとの考え方が定着してきた。肥満によって脂肪組織にマクロファージが浸潤し、様々な炎症性サイトカインを分泌することで慢性炎症が惹起され、インスリン抵抗性などの病態がおこることが明らかにされている。また、最近の研究で、脂肪組織に浸潤するマクロファージには、炎症性のM1マクロファージと、抗炎症性のM2マクロファージの2種類が存在することも明らかとなっている。肥満によって脂肪細胞が増大し、脂肪酸の遊離が増加することで、脂肪組織内にM1マクロファージが相対的に増加し、M1マクロファージから分泌される炎症性サイトカインにより、脂肪組織での慢性炎症が惹起されると考えられている。一方で動脈硬化は、血管における慢性炎症反応の結果であると考えられており、脂肪組織における慢性炎症が動脈硬化病変形成に何らかの影響を与えることが予想される。そこで、近年注目されているのが、血管周囲脂肪組織の存在である。つまり、肥満による高血圧・脂質異常症などの全身的な影響のみならず、血管周囲に存在する脂肪組織が、血管に直接影響を与えているのではないか、という考え方である。

そこで我々の研究室では、血管周囲脂肪組織の変化と、血管の動脈硬化性病変との関連を調べるために、まずマウスを用いた先行研究を行った。マウス大腿動脈傷害モデルを用い、高脂肪食で肥満させたマウスの、血管傷害後4週間の時点での病的新生内膜増殖の程度を評価した。すると、肥満によって血管周囲脂肪組織が増加している場合には、野生型のやせたマウスに比べ、病的新生内膜の増殖が促進されていた。また傷害後に血管周囲脂肪組織を除去しておくと、この促進効果が減弱することが明らかとなった。さらに驚くべきことに、やせた野生型マウスの血管傷害後に、血管周囲に肥満マウスの皮下脂肪を移植しておくと、病的内膜の増殖が亢進した。しかし、やせたマウスの皮下脂肪を移植すると、この増悪効果が認められなかった。つまり、血管内側の傷害による2次的な変化として血管周囲脂肪組織が変化するだけではなく、血管周囲脂肪組織の変化が、血管内側のリモデリングに影響を与えることが示唆された。

このマウスでの研究結果を受けて私は、ヒトにおいても、血管周囲脂肪組織が冠動脈の動脈硬化病変形成と関連しているのではないかとの仮説を立てた。これまでにも、ヒト冠動脈周囲脂肪組織の量をCTで測定して冠動脈病変との関連を検討した報告や、ヒト剖検例で冠動脈周囲脂肪組織を採取してマクロファージの浸潤を検討した報告などは散見されるが、冠動脈疾患のある患者とない患者から脂肪を採取して、組織を詳細に検討した報告はない。そこで私は今回、以下の研究を行った。

平成20年10月1日より平成21年3月31日までの間に、徳島大学病院および榊原記念病院において開心術を受ける患者のうち、書面にて同意が得られた患者を対象とした。対象患者を、冠動脈疾患のためにバイパス術を受ける冠動脈疾患(CAD)群38例と、弁疾患で手術を受ける冠動脈病変のない非冠動脈疾患(Non-CAD)群40例に分けた。それぞれの患者の手術時に、冠動脈周囲脂肪組織(EAT)および皮下脂肪(SCAT)を採取した。採取した脂肪のうち半分をホルマリン固定し、免疫染色法によってマクロファージの浸潤を評価した。これまでの様々な報告から、マクロファージ全体の染色には抗CD68抗体、M1マクロファージには抗CD11c抗体、M2マクロファージには抗CD206抗体を用いた。残りの半分の検体からRNAを抽出し、リアルタイムPCR法を用いて、各種サイトカインのmRNAの遺伝子発現量を定量的に評価した。

両群の患者の間で、年齢・体重・腹囲・BMIには差がなかった。一方、CAD群には、男性が有意に多く、糖尿病・脂質異常症の割合も多かった。これらは、動脈硬化性疾患の患者背景が反映された結果と考えられた。また血液検査結果では、LDLコレステロール・HDLコレステロールが、いずれもCAD群で低く、これは、脂質異常症の有病率および内服治療内容の差が反映されていると考えられた。

まず、脂肪組織に浸潤したマクロファージについて検討した。CAD群のEATにおいては、Non-CAD群にくらべて、CD68陽性マクロファージの浸潤が有意に増加していた。またCAD群のEATにおいては、CD11c陽性のM1マクロファージが相対的に増加し、CD206陽性のM2マクロファージが相対的に減少していた。これらのマクロファージの変化は、両群のSCATにおいては認められなかった。つまり、CAD群のEATにおいては、マクロファージの浸潤が増加するだけでなく、浸潤したマクロファージがM1側(炎症側)に偏移していることが明らかとなった。炎症性/抗炎症性マクロファージの相対的な比率(M1/M2比)は、CAD群のEATにおいて著明に増加していた。このマクロファージの偏移の指標であるM1/M2比が、動脈硬化病変の重症度を表すGensini scoreと有意な正の相関を示した。つまり、動脈硬化病変の重症度と、血管周囲脂肪組織におけるマクロファージの偏移との間に、有意な相関関係が認められた。体重・BMI・血液検査所見・CD68陽性マクロファージの浸潤などの他の指標についても検討したが、Gensini scoreと有意な相関を示したのは、M1/M2比のみであった。

次に、脂肪組織における各種サイトカインの遺伝子発現量について分析すると、CAD群のEATにおいては、炎症性サイトカイン(IL-6, TNF-α,MCP-1)と、抗炎症性サイトカイン(IL-10, AMAC-1)の両方が増加していた。これらの上昇は、両群のSCATには認められなかった。また、炎症性サイトカインの発現は、免疫染色で評価されたM1/M2比と正の相関を示し、抗炎症性サイトカインの発現はM1/M2比と負の相関を示した。つまり、炎症性/抗炎症性サイトカインの発現量は、脂肪組織におけるM1/M2マクロファージの浸潤との間に、相関関係を認めた。

今回の研究結果から、冠動脈病変周囲の脂肪組織では、マクロファージが浸潤しているのみならず、それが炎症側に偏移しており、脂肪組織内での炎症性サイトカインの発現も、それに対応して上昇していることが明らかとなった。今回の研究は、1回の手術時の検体を用いた観察研究であるため、因果関係に言及することはできない。しかし、前述のマウス血管周囲脂肪組織における研究結果も考え合わせると、血管周囲脂肪組織の変化が、冠動脈病変の形成に影響を与えている可能性が強く示唆される。

以上の結果から、冠動脈の動脈硬化性病変と、冠動脈周囲脂肪組織におけるマクロファージの偏移が関連していることが明らかとなった。今後は、ウサギ・ブタ・サルなど、肥満のない状態でも冠動脈周囲に脂肪組織が認められる大動物での実験や、薬剤介入の前後などでの評価を行って、さらに詳細な因果関係の検討などが必要であると考えられる。また、ヒトの臨床現場においても、CT・MRI・超音波検査などの画像検査技術の進歩により、冠動脈周囲脂肪組織の評価が冠動脈疾患の新たな指標となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、冠動脈動脈硬化病変の形成における、冠動脈周囲脂肪組織の果たす役割を明らかにする目的で、冠動脈周囲脂肪組織におけるマクロファージの浸潤と炎症性サイトカインの発現の解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1.本研究では、平成20年10月1日より平成21年3月31日までの間に、徳島大学病院および榊原記念病院において開心術を受ける患者のうち、書面にて同意が得られた患者を対象とした。対象患者を冠動脈疾患(CAD)群38例と非冠動脈疾患(Non-CAD群40例に分けた。開心術の時点で両群間に、年齢・体重・腹囲・BMIの差は認められなかった。CAD群には男性が有意に多く、糖尿病・脂質異常症の割合も多かった。これらは冠動脈疾患の患者背景が反映された結果と考えられた。また血液検査結果では、LDLコレステロール・HDLコレステロールがいずれもCAD群で低く、脂質異常症の有病率および内服治療内容の差が反映されていると考えられた。

2.開心術の際に、心臓周囲脂肪組織(EAT)と皮下脂肪組織(SCAT)を採取した。採取した脂肪の一部をホルマリン固定し、免疫染色法を用いてマクロファージの浸潤の程度を評価した。CAD群のEATにおいては、Non-CAD群のEATに比べて、CD68陽性マクロファージの浸潤が増加していた。さらに、CAD群のEATでは、炎症性のCD11c陽性M1マクロファージと抗炎症性のCD206陽性M2マクロファージがともに有意に増加していた。これらの変化は、両群のSCATでは認められなかった。

3.CD68陽性マクロファージとCD11c陽性M1マクロファージ・CD206陽性M2マクロファージの組織内部での関係を、蛍光二重染色法を用いて評価した。その結果、M1・M2マクロファージは、いずれもCD68抗体と二重に染まっていた。つまり、脂肪組織において、M1・M2マクロファージは、CD68陽性マクロファージの一部を構成していると考えられた。

4.脂肪組織におけるM1・M2マクロファージが占める割合を、CD68陽性マクロファージ全体との比率で評価した。すると、CAD群のEATにおいては、M1マクロファージが相対的に増加し、M2マクロファージが相対的に減少しているという結果であった。つまり、CAD群のEATにおいてはマクロファージの浸潤が増加するだけではなく、浸潤したマクロファージがM1(炎症側)に偏移していることが明らかとなった。

5.脂肪組織におけるマクロファージの偏移の指標として、M1/M2比を算出したところ、冠動脈病変の重症度を示すGensini scoreとの間で、有意な正の相関関係が認められた。Gensini soreと、体重・BMI・血液検査結果などの他の指標との関連も検討したが、有意な相関関係を示したのは、M1/M2比のみであった。

6.採取した脂肪組織の一部からmRNAを抽出し、リアルタイムPCR法を用いて炎症性サイトカインの遺伝子発現を評価した。その結果炎症性サイトカイン(IL-6, TNF-α,MCP-1)と、M1/M2比との間には有意な正の相関が認められ、抗炎症性サイトカイン(IL-10, AMAC-1)との間には負の相関が認められた。

以上、本論文は、冠動脈周囲脂肪組織におけるマクロファージの極性の偏移と、冠動脈病変形成との間に関連があることを明らかにした。これまでの先行研究の結果も踏まえると、冠動脈周囲脂肪組織における慢性炎症状態が冠動脈病変の形成に寄与することが強く示唆された。本研究は、冠動脈疾患発症機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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