学位論文要旨



No 128265
著者(漢字) 冨樫,順一
著者(英字)
著者(カナ) トガシ,ジュンイチ
標題(和) 生体肝移植ドナーにおけるShort-form 36 ver2を用いた術後健康関連QOL尺度の長期評価:前向き試験
標題(洋)
報告番号 128265
報告番号 甲28265
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3924号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,芳嗣
 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 准教授 松本,裕
 東京大学 准教授 東,尚弘
 東京大学 講師 坂本,良弘
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

生体肝移植は現在末期肝不全の患者に対する確立された治療法である。しかし、健常人から部分肝を摘出するという、倫理的問題を内包した医療である。生体ドナーに対して、術後十分な日常生活の精神的・身体的な満足を与えることは、ドナー保護の観点からも重要である。しかしながらこれまで生体ドナーの健康に関連したQOL(HRQOL;Health-related QOL)に焦点を当てた研究は限られていた。そこでSF-36version2質問票を用い、生体肝移植ドナーを術前の時点から術後18カ月にわたって観察し、身体的および心理的側面にたち生体肝移植ドナー手術が受け入れうる手技であるかを評価検討した。

【対象・方法】

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科・人工臓器移植外科で施行された生体肝移植のうち35例の生体肝移植ドナーを対象とした。研究期間は術前から肝移植術後18ヶ月までとした。生体ドナーのHRQOLをShort Form-36 version 2 質問票を用いてprospectiveに追跡評価し、各尺度に対する術後のスコアが術前のスコアと比較検討された。また、影響を与える背景要因で層別化を行い、身体的健康度サマリー (Physical component summary:PCS)と精神的健康度サマリー (Mental component summary:MCS)に関して2群間で変化パターンの比較検討を行なった。調査ポイントは長期のQOLを総括するため術前および術後3,6,12,18カ月の5ポイントとした。そしてHRQOLのうち(1)身体機能PF;Physical functioning、(2)日常役割機能RP;Physical role、(3) 体の痛みBP;Bodily pain、(4)全体的健康感GH;General health、(5) 活力VT;Vitality、(6)社会生活機能SF;Social functioning、(7)日常生活機能(精神)ER;Emotional role、(8)心の健康MH;Mental healthの8項目の概念について評価された。各尺度に対するQOLスコアは術前時点と他の術後時点を比較して、一元配置分散分析ANOVAおよびDunnetの多重比較で解析した。さらに性別、グラフトの種類、ドナー合併症の有無、レシピエントの合併症の有無で層別化を行い、2群間で2元配置分散分析を行なった。なお本研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部の研究倫理審査委員会を通して2006年5月に承認を受けた(承認No.1533)。

【結果】

対象となる生体ドナー群においてドナー死亡症例は認めなかった。Clavien分類でGrade3以上を示すドナーの合併症頻度は8.6%に認めた。身体的健康側面を表すサマリースコアは術後3ヶ月の時点で一時42.8まで統計学的有意差をもって低下したが(p<0.01)、術後の6ヶ月以内には術前スコアまで回復を認めた。精神的健康側面を表すサマリースコアは18カ月に及ぶ観察期間において一貫して有意差をもった低下を認めなかった。さらに生体ドナーの術後合併症発生および40歳以上のドナーでは、身体的側面で一時的にQOLが低下するリスク因子となる可能性が示された。しかし精神的側面では、ドナー合併症やレシピエント術後経過には左右されることなく、QOLがほぼ変動なく長期でも高い値が保てることが示唆された。さらに術式によっては精神的・身体的側面とも術後QOLスコアの変化パターンに有意差を認めなかった。下位尺度では、総じて術後1年では国民標準値には十分達しているものの、体の痛みBPのみは術後18ヶ月を経ても術前時点までには回復しなかった(p≦0.01)。主観的評価でもやはり術後の回復には時間を要し、さらに日常生活への明らかな障害は感じなくても潜在的に術前と全く同じ状況ではないと感じている可能性が示唆された。さらに2例の生体ドナーでは、術後1年以内にレシピエントが死亡した。しかしながらレシピエント生存群と比較して、彼らのQOLスコアがその死亡した後の12ヶ月以降で明らかに回復が遅れることはなかった。

【結論】

術後18カ月の追跡では、生体ドナー手術は身体的活動に関して一時的な低下を認めるものの、術後回復を大きく損なわずに総じて満足しうる良好な回復であった。このためQOLの観点からも受け入れうる手技であることが示唆された。しかしながら、肝移植ドナーに対するより大規模で長期にわたった観察調査が必要であり、特に術後合併症ドナーのQOLにおよぼす影響をより詳細に検討し、さらには肝移植ドナーに対する妥当性・信頼性のあるQOL評価尺度を今後作成模索していく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、生体肝移植ドナー35症例を対象に、術後の健康関連尺度QOL(Health-related QOL;HRQOL)を術前の時点と術後18ヶ月までとの比較で評価検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。なお評価ツールとしてはSF-36version2質問票を用い、調査ポイントは術前および術後3ヶ月、6ヶ月、12カ月、18ヶ月の5ポイントである。

1. 身体的健康度サマリーPCSに関する全体でのQOLスコアの変化パターンは、術前での平均スコア53.7に対して術後3ケ月では統計学的有意差を持って42.8まで低下(p≦0.01)したが、その後は徐々に回復を示した。術後6カ月の時点でPCS平均スコアは50.7を示し、術前に比較して統計学的に有意差を認めなかった(p=0.36)。一方、肝移植ドナーの術前での精神的健康度サマリーMCS平均スコアは54.5であり、MCSスコアの変化パターンでは、術後18カ月の観察期間中一貫して落ち込まないことが示された。MCSスコアは術後12カ月で54.8、術後18カ月では55.2と、術後12カ月以降、むしろ術前の平均スコアよりも高い値を示した。

2. 各項目に関して、身体機能PF、日常役割機能(身体)RP、体の痛みBPそして全体的健康感GHを含む身体的側面を示唆する要素では、術前スコアは日本国民の標準値50±10(平均±標準偏差)よりも高いことが示された。身体的側面の平均スコアに関して、術後3カ月では身体機能PF では48.7と低下し(p≦0.01)、日常役割機能(身体)RP では41.2と低下した(p≦0.01)。しかし術後6カ月以内には身体機能PF では53.1まで(p=0.42)、日常役割機能(身体)RPでは50.0まで回復(p=0.66)し、その後は、術前と同等であることが示された。一方、体の痛みBPのみは術後18ヶ月を経ても国民標準値には戻ったものの術前スコアまでには回復しないことが示された (p≦0.01)。

3. 身体的健康度サマリーPCSスコアに影響する背景要因を考慮すると、術後ドナー合併症の有無によってQOLスコアの変化パターンに有意差を認めることが示された(p=0.02)。合併症の有り無しによらず、QOLスコアは術前と比較して術後3ヶ月で合併症ありの群で31.6および合併症なしの群で44.9と減少し、その後術後6ヶ月で元に戻るが、その減少度合いが合併症ありの群のほうが強いことが確認された。またドナー年齢は40歳未満の若年ドナー群と40歳以上の壮年層ドナー群で検討すると、身体的側面において差を認めないもののQOL変化パターンに差を示す傾向にあることが示された。その一方、精神的健康度サマリーMCSスコアには本研究においてどの時点の測定ポイントでも影響を与える背景要因は認めなかった。

以上、本論文は、生体肝移植手術における生体ドナーの手術が身体的活動に関し一時的な低下を認めるものの、術後回復の結果は総じて満足しうる良好な回復でありQOLの観点からは受け入れうる手技であることを明らかにした。生体ドナーの術後の満足度がどのように変化したのか、術後経時的にQOLを明確にするための評価を前向きに研究した報告は特に本邦においてなく、その臨床的意義は明らかとされていなかった。本研究では、追跡期間18ヶ月で97%の高い回収率が確保され、左右肝グラフトの両方を含み、さらにレシピエント死亡症例のドナーからも調査対象とした点で他にはない重要な情報が得られている。生体ドナーに関するその身体的精神的回復状況を科学的に把握し、ドナーの幸福感を含めたQOLの状況を明らかにしたことで、患者への適切な情報提供に重要な貢献をなすと考えられ、そのevidenceを示した本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。

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