学位論文要旨



No 128266
著者(漢字) 梅木,昭秀
著者(英字)
著者(カナ) ウメキ,アキヒデ
標題(和) 定常流型補助人工心臓装着中の自己心負荷制御システム (NHLCS: Native Heart Load Control System)の開発について
標題(洋)
報告番号 128266
報告番号 甲28266
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3925号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 講師 師田,哲郎
 東京大学 特任准教授 荒木,剛
 東京大学 講師 香取,竜生
内容要旨 要旨を表示する

要旨

重症心不全患者に対する治療としては、まずは強心剤、利尿薬、血管拡張薬などの内科的治療、CRTやCRTDなどの心臓再同期療法、左室形成術や僧帽弁形成術などの外科的治療が行われ、ある一定の成績を得ることが出来るようにはなってきているが、これらの治療が奏功しない患者に対しては、最後の手段として補助循環治療や心臓移植治療が選択されている。世界的な医療水準の向上により、こうした補助循環治療を必要とする重症心不全症例数は増加の一途をたどっているが、現時点において最も確立された治療法である心臓移植治療については、世界的にもその数は年間3000例程度で頭打ちであり、これが劇的に増えることは期待できない。さらに本邦においては、臓器移植法案の改正(2009年改正、2010年施行)により、脳死移植が可能となるなど法制度が整ってきたとはいえ、倫理的問題などからなかなか移植治療が進みにくい環境下にある。

こうした中、補助人工心臓の占めるウェートは必然的に大きなものになっており、実際、装着患者は年々増加の一途をたどっている。当初は心臓移植へのブリッジとしての使用法が一般的であったが、現在では補助人工心臓装着患者の転帰として、(1)心臓移植をうけるか (BTT: Bridge to Transplantation)、(2)補助中に自己心の回復により離脱できるか (BTR: Bridge to Recovery)、(3)半永久的に補助人工心臓のサポートを受けるか (DT: Destination)の3つが考えられている。BTTについては移植を必要とする重症心不全患者の急増に伴い重要性が増してきている。特に本邦においては移植待機期間が数年に及ぶことがおおく、この間、内科的治療のみで待機することは容易ではないため、積極的に適応されてきた。今後は、移植待機中にVADを装着することは世界において主流になると考えられる。次にBTRであるが、VADが自己心を温存しつつその働きを補助することで、その回復を期待することができるため導入された考え方である。これには多岐にわたる集学的医療が必要であり、また離脱率を向上安定させるための離脱判断基準の考察を含め、難しい問題が山積しているが、最終的に最も患者予後に寄与できる治療であり積極的にめざすべき方向性であると考える。DTは移植適応にならない患者に対する治療手段の一つであり、今後は、本邦においても同様の使用法が選択肢の一つになるであろうと予想されるが、長期補助への信頼性が高まってきているとはいえ、植え込み後5 年生存率50%を超えるシステムは未だに存在しない。一方、心臓移植の10 年生存率は世界全体で約53%、本邦においては約96%である。こうしたVADをとりまく状況下において、VAD患者の予後の改善のためには、デバイスとしての長期信頼性の向上、補助中の合併症(出血、梗塞、溶血など)防止、サイズの縮小、補助によるさらなる心機能の改善をはかることなどが重要となってくる。これに伴い、補助人工心臓の形態も、80年代には体外拍動型であったものが、可動性や感染性、さらには恒久使用性を考え、植込み式定常流型のものに開発の主流が変わってきた。本邦でも2011 年4 月にEVAHEART とDuraHeart がBTT 適応で保険償還され,急速な普及をみている。

しかし一方で、拍動流補助と定常流補助の生体に対する作用については、数々の議論がなされてきたが、長期にわたる定常流補助はその生体への非生理的作用による影響という点において、いまだ不明もしくは不利な点が多いと考えられる。一方、臨床成績において拍動流型に不利な結果が得られているのは、その生理的循環というメリットを上回る合併症などのリスクが影響していると思われ、拍動流そのものが否定されたものでないと考えられる。

そのため、われわれは定常流型補助人工心臓を使って拍動流を形成することを考え、これによる生理的影響を調べることとした。今回の研究ではEVAHEART(R)(サンメディカル社製、長野、日本)を使用したが、これは先に述べたように2011 年4 月にBTT 適応で保険償還された遠心ポンプ型補助人工心臓である。われわれは、このEVAHEART(R)を用いてサンメディカル技術研究所 (長野、日本)の協力のもと、国立循環器病研究センター人工臓器部と共同で、これまで臨床現場において定常回転でしか運転されることのなかった遠心ポンプ型補助人工心臓の回転数を自在に操作するコントローラーを開発し各種の駆動モードを作り出すことに成功した。本文にて詳述するが、概略をのべると、心電図上のR波をとらえ、RR間隔から収縮期/拡張期間隔を計算、それぞれの設定回転数と共に新コントローラーに入力することで、自己心拍動と同期させる形で定常流型補助人工心臓の回転数を変化させるシステムを構築した。

このシステムにより今までなしえなかった心拍同期型拍動性をより積極的に循環システムに与えることになる。たとえば収縮期に回転数を上げ拡張期に回転数を下げると (収縮期補助駆動モード)、収縮期において定常回転より急峻な大動脈圧の立ち上がりを形成するし、逆に拡張期に回転数を上げる (拡張期補助駆動モード)と定常回転よりも拡張期大動脈圧が上昇する。このようにして我々は、収縮期に回転数を上げる収縮期補助駆動モード、拡張期に回転数を上げる拡張期補助駆動モードを作りだし、それぞれのモードにおける各種の生体データを収集・解析することで、心筋や全身に与える影響を調べる研究を行ってきた。この中で、どういったモードにおいても心筋酸素消費量と収縮期圧容積面積(PVA: pressure volume curve→自己心の仕事量に相当する)にはやはり強い相関があること、同じ全身流量でも酸素消費量が拡張期補助駆動モードでは低く、収縮期補助駆動モードでは高いこと、逆に冠動脈流量は拡張期補助駆動モードで大きく収縮期補助駆動モードで低下することなどを正常心ヤギにおいて示してきた。これは同じ全身血流を維持しながら、冠動脈流量や心筋酸素消費の面から心筋の負荷を減弱したり逆に増大させられることを意味し、補助人工心臓をつけた後の患者の状態に応じてその心筋負荷を変化させることで、より効率よく自己心の回復につなげられる可能性を示している。

今回は先の研究をより臨床に即した形で発展させるため、急性心不全を人為的に作成したヤギ心においての研究を行い、主に冠動脈血流量と心筋酸素消費量についての分析を左室拡張期末容積・圧力の解析と併せて行った。結果、冠動脈流量は正常心では補助人工心臓装着で減少していたが急性不全心では増加すること、駆動モード間の比較では正常心と同様に拡張期補助駆動モードで大きく、収縮期補助駆動モードで低下することがわかった。心筋酸素消費量は、正常心と同様に補助人工心臓装着で減少、また駆動モード間比較では拡張期補助駆動モードでより少なく、収縮期補助駆動モードでは多いこともわかった。これは同じ全身血流を維持しながら、冠動脈流量や心筋酸素消費の面から心筋の負荷を減弱したり逆に増大させられることを意味し、定常流型補助人工心臓をつけた後の患者の状態に応じてその駆動方法を変化させることで、より効率よく自己心の回復につなげられる可能性を示している。つまり拡張期補助駆動モードでは低い心筋酸素消費と多い冠動脈流量から急性期心不全の強い時期につかって心筋負荷をできるだけ取り除くエマージェンシーシステムとしての活用が、逆に収縮期補助駆動モードは高い心筋酸素消費をもって心筋負荷をあえてかけるリハビリテーションシステムとしての活用が期待される。これらのことから定常流型補助人工心臓を使って、自己心拍同期下に変動回転駆動させて拍動性を作り出す本システムを、自己心負荷制御システム (NHLCS: Native Heart Load Control System)と名付け、今後さらに臨床病態に近い形での評価をおこない、同時に臨床応用に必要なシステム構築を進めていく計画である。

まず今までと同様の研究を慢性心不全心モデルにおいても実行し、冠動脈流量や心筋酸素消費量(自己心筋負荷)の面などから同様の結果が出るのか検証を進めていく予定である。現在すでに慢性不全心モデル作成から準備を始め、LVAD植え込みによるデータ収集を開始している。この際、心臓への影響だけでなく他の臓器への影響なども検討する予定である。また自己心機能が回復した際のその評価方法として、植え込み式でありながらほぼポンプクランプと同様の状況を作り出すオフテストモードの開発、検証も同時に行っている。さらに長期に補助人工心臓を留置し自己拍出量が低下した状態が続くことによっておこる大動脈弁機能不全症に対しても、これらのモードを積極的に使用することで防止することができないかについても検証中である。またおもにモードによって左室容量を増減させることによる右室負荷への影響も検証しており、LVAD装着後の右心不全の発生抑制に寄与できないかとも考えている。

こうして今回提案する研究、自己心負荷制御システム (NHLCS: Native Heart Load Control System)の開発は、全体として、定常流型補助人工心臓を心電図同期下に変動回転駆動させて作り出される拍動流の生体への影響を調べ、これを臨床に即した形で発展拡張させることで新しい定常流補助人工心臓運用の世界を切り開き、増加の一途をたどるVAD患者のQOLに寄与することを目標とするものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、定常流型補助人工心臓の回転数を自己心拍動と同期して変化させるシステム、自己心負荷制御システム (NHLCS: Native Heart Load Control System)を不全心ヤギに装着し、主に心臓への影響をしらべることで、より自己心機能の回復につなげられる可能性を探索したものであり、下記の結果を得ている。

1.急性不全心ヤギに補助人工心臓を装着することで、冠動脈流量は増加し心筋酸素消費量は減少する。補助人工心臓が左室内圧や左室内容積を下げ、大動脈内圧を上昇させることによると思われる。冠血管抵抗も低下していた。

2.拡張期に回転数をあげる拡張期補助駆動モードでは、定常回転駆動モードにくらべ冠動脈血流量が増加し、心筋酸素消費量がより減少した。拡張期における左室内圧/容積の減弱効果がより強く出るものと考えられる。冠血管抵抗も低下していた。低い心筋酸素消費と多い冠動脈流量から急性期心不全の強い時期につかって心筋負荷をできるだけ取り除くエマージェンシーシステムとしての活用が考えられる。

3.収縮期に回転数を上げる収縮期補助駆動モードでは、定常回転駆動モードにくらべ冠動脈血流量が減少し(自己心拍出の際の量と変わらない)、心筋酸素消費量が増加した。定常回転駆動モードにくらべ拡張期における左室内圧/容積の増加効果が出るものと考えられる。冠血管抵抗も増加していた。高い心筋酸素消費をもって心筋負荷をあえてかけるリハビリテーションシステムとしての活用が期待される。

4.急性不全心ヤギにおいてオフテストモードの開発、検証もおこなった。これは変動駆動回転システムを応用することで、定常流型補助人工心臓を低回転数で駆動した際に特徴的な拡張期の逆流を押さえ収縮期の順行性流も少なくするものである。結果、ほぼポンプクランプと同様の状況を作り出すことを、冠動脈流量、心筋酸素消費量の両面から証明した。定常流型補助人工心臓離脱の際の自己心機能評価を安全にかつ正確に行うことで、今後'Bridge to recovery'を目指す患者を増やすために有用であると考えられる。

5.さらに現在、実際の臨床に近い状況での評価をするため、慢性不全心モデルの作成とこれを使っての変動駆動回転システムの評価を行っている。慢性不全心モデル作成はmicro-embolizationとrapid-pacingを組み合わせたユニークな作成方法で、現在までのところ一定の結果を出してきている。これをもとに定常流型補助人工心臓を心電図同期変動回転駆動することによる影響を慢性実験で検証したいと考えている。

以上、こうして今回の研究、自己心負荷制御システム (NHLCS: Native Heart Load Control System)の開発は、全体として、定常流型補助人工心臓を心電図同期下に変動回転駆動させて作り出される拍動流の生体への影響を調べ、これを臨床に即した形で発展拡張させることで新しい定常流補助人工心臓運用の世界を切り開き、増加の一途をたどるVAD患者のQOLに寄与することを目標とするものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク