学位論文要旨



No 128268
著者(漢字) 青井,則之
著者(英字)
著者(カナ) アオイ,ノリユキ
標題(和) 培養細胞移植による毛包再生治療の開発 : 移植法と培養法の最適化に関する研究
標題(洋)
報告番号 128268
報告番号 甲28268
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3927号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 准教授 門野,岳史
 東京大学 講師 近藤,健二
 東京大学 講師 藤田,英樹
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

薄毛や禿髪は遺伝子的、外傷、ホルモン、薬物治療などさまざまな原因で発生し、多数の人が治療を希望されているが、いまだ有効といえるものは数えるほどしかない。外科的な治療にかぎっていえば、単位毛包移植術が有効な治療法であるが、採取できるドナーが限られているという欠点がある。増毛治療は生活のQOLを上げるためのものであるため身体に対する侵襲を最小限にしたものが社会的に求められている。

2. 目的

ドナーに制限のある単位毛包移植術の欠点を解決するために、毛乳頭細胞と毛球部の結合組織性毛根鞘の毛包誘導能を利用して、培養によって数千から数万倍に増殖させた細胞を用いて毛包再生する治療の開発に取り組むことにした。細胞移植による毛包再生は細胞の毛包誘導能を維持する培養法の最適化と、移植法の最適化を検討する必要がある。本研究では第1章で移植方法を検討し、第2章で細胞の培養法について検討を行った。

3.研究の方法

第1章) 移植法の開発

まず、ラットの髭由来の新鮮毛乳頭組織を臨床で使用可能な5種類の方法で移植を行い、毛包誘導能を評価した。その後、もっとも優れた方法で、培養毛乳頭細胞を移植し、発毛状態などを評価した。毛包誘導を厳密に評価するために、移植床はラットの足底無毛部を使用した。毛包誘導能の統計学的評価は線形回帰分析によって行った。

第2章) 培養細胞の毛包誘導能を維持/増加させる培地の開発

培養毛乳頭細胞は継代をつづけると線維芽細胞に近づき、毛包誘導能を失ってしまう。これを維持するものとして表皮細胞の培養上清が知られているが、我々はこの成分の中の活性型ビタミンD(以下VD3と記載)に着目した。まず、VD3の培養ヒト毛乳頭細胞に与える効果(増殖効果、細胞毒性、遺伝子発現など)をBrdUや免疫染色、qRT-PCRなどを行い、検討した。その後、毛包誘導能を維持/増加させる因子となるかどうかを第1章で検討した動物モデルを使用して調べた。

4.結果

1-1)5種類の移植法と結果

ラットの足底無毛部に新鮮毛乳頭細胞を左図に示す5種類の方法で移植した。A) Pinhole法:0.7mmの針で穴をあけ、その穴に移植した。B) laser法:炭酸ガスレーザーで0.9mmの穴をあけ、その穴に移植した。C) Slit法:メスで200-400μmの深さのスリットを作り、その切れ目に移植した。D) NVS(=non-vascularized sandwich)法:メスで分層皮膚を150-300μmの厚さでスライスし、切り取った皮膚をDyspaseで酵素処理して表皮と真皮を分離後、その間に移植体をはさんでもとの足底部に戻した。E) HVS(=Hemi-vascularized sandwich)法: D)と同様に分層皮膚を切り取って酵素処理した後、分離した表皮と足底に残った真皮とで移植体をはさんだ。どの方法も最後にドレッシング材を使用して創部を被覆した。8週間後の評価ではHVS法のみに肉眼的発毛を認めた。サンプルの切片を組織学的に評価すると1サンプル当りの再生毛包数、stage6以上の成熟毛包数はHVS法が統計学的に有意差をもって多かった。

1-2)培養毛乳頭細胞の移植

5種類の移植法でもっとも毛包誘導の成績がよかったHVS法を用いて培養毛乳頭細胞をシートの状態で移植した。移植細胞にはDiIで色素標識した。左図に示すようにミニチュアサイズながら、多数の発毛に成功した。

2-1)VD3の培養ヒト毛乳頭細胞への効果

まず、VD3を各濃度(0~100nM)添加して細胞の増殖能を調べたところ、濃度依存的に細胞増殖抑制効果を認めた(左図上)。BrdUの取り込みを調べても同様の効果がみられた。一方で細胞免疫染色ではVD3の細胞毒性は認めなかった。毛包関連遺伝子発現の変化をqRT-PCRによって調べたところWnt10bのmRNAが48時間後で有意に増加した。(左図下)また、Wnt10bの発現増加はVD3を100nM添加したときにもっとも増加した。また、同時に毛包誘導の指標となっているALPLとTGF-β2の遺伝子発現も亢進させることが分かった。

2-2)VD3のtransduction pathway

このVD3の毛乳頭細胞に対する遺伝子発現効果はビタミンDレセプター(以下VDRと記載))を介したgenomicな作用なのか、細胞膜レセプターなどを介したnon-genomicな作用なのかを検証するため、VDRのmRNAを阻害する実験を行った。まず作成した6つのshRNAをHEK293細胞にlipofectionしてWestern blottingでVDRのKnockddown効率を調べた。#2以外のshRNAであればVDRのKnock downは良好であった。その後、ヒト毛乳頭細胞にcontrol vectorと#1-shRNAの挿入されたVectorを、レトロウイルスを用いて遺伝子導入して調べた。その結果、VD3に直接反応する酵素である24(OH)aseのKnock down が確認でき、かつWnt10b、ALPL、TGF-β2の遺伝子発現の上昇はVD3を投与しても上昇しなかった。このことから、これらの遺伝子の発現上昇はVitamin D-VDR Pathway を介して生じていることが分かった。

2-3) VD3の毛包誘導効果

最後にVD3を移植前に培地に添加することで毛包誘導に差がでるかどうかを調べた。移植体として培養ラット毛乳頭細胞シート片を用い、VD3(100nM)をそれぞれ0、24、72時間培地に添加した。移植法は前述したHVS法で行い、レシピエントはラットの足底無毛部を使用した。移植後8週間後に組織を回収して評価した。

VD3を72時間添加したもので肉眼的にもっとも質の良い毛髪が再生した。各群の代表例を左図に示す。組織切片をHE染色とHoechst33342による核染色にて評価した。誘導毛包の総数はVD3添加群と非添加群で統計学的な有意差がなかったが、VD3の添加時間の長さに比例して増加した。stage6 以上の成熟毛包数や肉眼的発毛数はVD3添加群が有意に高かった。VD3を添加することで特に再生毛包の質を高める効果があることが明らかになった。VD3には分化を促進する効果が知られているが、毛乳頭細胞に対しても認められた。

3)考察

臨床の場で使用可能な5種類の移植法を検討したところ、HVS法がもっとも優れていたが、この結果は移植床の血行のよさと、表皮細胞とくに表皮基底細胞と間葉系成分である毛乳頭細胞の接触のよさによってもたらされたと推察される。また、VD3にはカルシウムのホメオスターシス維持や増殖抑制効果、分化促進効果、免疫調節効果などが知られているが、毛乳頭細胞にも増殖抑制効果や分化促進効果が認められ、移植に用いる毛乳頭細胞の培地に使用することで毛包誘導能を促進することが示された。Wnt10bにはこれまでの報告で毛包再生を促進する効果が知られている。また、TGF-β2も毛包発生に強く関わっていることが報告されている。これらの事実より、毛包誘導促進作用はVDRを介して生じるWnt10bやTGF-β2の遺伝子発現の上昇が関わっている可能性が考えられた。

3)結論

動物実験を通じて、臨床で施術可能でかつ胎児や新生児の表皮細胞などを使用しない移植法の開発を行った。さらにVD3が毛包誘導を高める培地の成分となり得ることを明らかにした。これらの実験は治験前の基礎データとなり、今後、さらなる改善を加えて細胞移植による禿髪治療の実現が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒト毛乳頭細胞移植による毛髪再生治療の開発を行うため、Vitroではヒト毛乳頭細胞を用いて遺伝子発現の解析を行い、Vivoでは動物モデルを作成し、ラット髭由来毛乳頭細胞を用いて毛包誘導能を確認する実験を行ったものであり、下の結果を得ている。

1. 第1章では臨床現場で使用可能な移植法の開発について取り組んだ。手術侵襲が少なく、毛包が再生されない場合でも後遺症が可能な限り残らない5種類の移植法[Pinhole法、Laser法、Slit法、Non-vascularized sandwich(NVS)法、Hemi-vascularized sandwich(HVS)法]を開発した。

2.最初の実験では5種類の移植法でラットの髭由来新鮮毛乳頭組織を移植体として、ラットの足底の無毛部を移植床として実験したところ、胎児や新生児の表皮細胞を用いずとも、移植部の表皮細胞と表皮真皮間相互作用をおこし、毛包が形成されることが示された。手術侵襲が皮膚に加わり、創部のリモデリングが生じる過程も表皮真皮間相互作用が生じる一助となっていることが推測される。

3. 組織学的に再生毛包を数、成熟度、形態で評価し、統計的分析を行ったところ、5種類の移植法の内、HVS法が最も有効であることが明らかになった。この結果により毛包を効率的に再生するには移植床の血行の状態と移植した培養毛乳頭細胞と表皮基底細胞との接触の状態が重要であることが推察された。

4. 次の実験ではHVS法で培養ラット毛乳頭細胞シートを同様にラット足底の無毛部に移植した。新鮮毛乳頭組織を移植した時と同様にstage8に及ぶ高い成熟度の毛包が再生された。細胞シートの移植で誘導された毛包は毛乳頭組織の移植で誘導されたものより多数であったが、サイズは小さかった。これはシートで移植したほうが、細胞は均一に拡散しやすく、表皮真皮間相互作用は生じやすくなるが、毛乳頭は小さくなってしまうことに起因すると考えられた。

5. 第2章では培養毛乳頭細胞の毛包誘導能を維持する培地の開発に取り組んだ。これまで表皮細胞の培養上清が誘導能を維持するとの報告があったが、当研究室ではその中の成分や血清中の毛包関連因子をピックアップして調べたところ、1α,25-dihydroxyvitamin D3(以下VD3)がヒト毛乳頭細胞の毛包誘導能の指標であるTGF-β2とALPの活性を高めることを報告している。そこで、今回VD3に着目して実験を進めた。最初にVD3によるヒト毛乳頭細胞の増殖効果を調べたところ、増殖を濃度依存的に抑制するが細胞死を誘導しているためではないことが分かった。

6. VD3はヒト毛乳頭細胞のTGF-β2、ALP mRNAの発現を24-48時間後に亢進する作用があり、間接的な反応が認められた。さらに、毛包関連遺伝子でVD3によって発現が亢進するものを調べたところ、Wnt10bが明らかになった。この遺伝子の発現も間接的な反応によるものであった。TGF-β2とWnt10bは毛包発生初期に重要な役割を果たしていること、またALPは毛包誘導能の指標として知られている。

7. ヒト毛乳頭細胞のWnt10bの発現を亢進させる他の因子を検索するとatRAが無血清培地下で6時間後をピークとして直接的かつ一過性に亢進し、血清の存在下ではその作用が48時間後も延長することが明らかになったが、発現亢進効果は100nMの濃度のVD3には及ばなかった。

8. ヒト毛乳頭細胞のWnt10bの発現をさらに亢進させる方法としてVD3とall trans Retinoic Acid (atRA)、VD3と ketoconazole を併用してmRNAの発現をqRT-PCRでKineticに測定したが、併用効果による発現亢進は認められなかった。

9. ヒト毛乳頭細胞においてVD3によりWnt10b、ALP、TGF-β2の遺伝子発現が亢進する伝達経路はgenomicなものか、non-genomicなものかを調べるために、まず、Vitamin D のanalogueであるTEIを使用した。これはヒトの細胞にはVitamin D receptor(VDR)のantagonistとして作用するとの報告があるが、細胞の種類や培養条件により異なることでも知られている。そこで、VD3とTEIとの併用でWnt10bの遺伝子発現を調べたが、阻害作用も、亢進作用も認められなかった。そこで、VDRに対するRNA干渉(shRNA)を用いて実験をおこなったところ、Wnt10b、ALP、TGF-β2の遺伝子発現はすべてKnock downされることを確認した。そのため、VD3がヒト毛乳頭細胞に対してWnt10b、ALP、TGF-β2の遺伝子発現を亢進するのは間接的ではあるが、VDRを介したgenomic pathwayによって生じていることが明らかになった。

10. VD3は動物モデルで培養毛乳頭細胞に前処置に使用することで毛包再生の成績を高めることができた。このことは、VD3が培養毛乳頭細胞の毛包誘導能を亢進し、毛乳頭細胞においてもVD3の分化誘導効果が確認でき、今後の治療にも使用できる可能性が示唆された。

以上、本論文は、毛包再生治療確立にむけ、移植法としてはHVS法が、培養法としてはVD3を培地に移植前の前処置で使用することが有用であるという新たな可能性を示した。また今後、毛包再生治療が確立した際にはWnt10、ALP、TGF-β2が培養ヒト毛乳頭細胞の毛包誘導能の指標としても使用できる可能性をin vitro, in vivoの実験系で示した。さらに改良を加える必要性はあるが、本研究は治験前の基礎データとなり、細胞移植による禿髪治療の実現に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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