学位論文要旨



No 128269
著者(漢字) 伊藤,祥三
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ショウゾウ
標題(和) 軟骨細胞分化におけるGSK-3/RelAシグナルの機能解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 128269
報告番号 甲28269
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3928号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,伸一
 東京大学 講師 河野,博隆
 東京大学 講師 小笠原,徹
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

【要旨】

近年の日本では少子高齢化が急速に進んでおり、高齢者の要支援・要介護者の増加、およびそれに伴う医療コストの増大が社会問題となっている。要支援・要介護状態に陥る原因として変形性関節症に代表される軟骨変性を基盤とした関節変性疾患は上位に位置しており、関節変性疾患に対する新規の予防・治療法開発は整形外科学に課せられた急務と言える。軟骨再生による治療法の実現には、軟骨細胞の発生・分化に関与するシグナルネットワーク群を解明し、それを応用する手法が有用であると考えられる。

脊椎動物の四肢の発生においては軟骨内骨化が重要な役割を果たしている。軟骨内骨化の過程においては未分化間葉系細胞が凝集し、その後軟骨前駆細胞、軟骨細胞へと分化する。軟骨細胞は増殖しながら中心部に向かって成熟し、肥大軟骨細胞を含む軟骨成長板を形成する。肥大軟骨細胞の一部は石灰化し、軟骨内への血管侵入とともにアポトーシスに至り、骨への置換が起こる。

Glycogen synthase kinase-3(GSK-3)は転写因子、構造タンパク、シグナルタンパクをはじめとして多数の基質を持つセリン・スレオニンキナーゼである。哺乳類ではそれぞれ独立した遺伝子によりコードされるGSK-3αとGSK-3βという2種類のアイソフォームが存在する。

GSK-3には複数の活性調節機構が存在する。GSK-3は上流キナーゼによりリン酸化されると基質との結合が妨げられ、不活性型となる(リン酸化依存型機構)。またGSK-3は古典的Wntシグナルの調節因子としても機能するが、その際の活性調節はAxin・Adenomatous polyposis coli(APC)などの骨格タンパクとの結合により行われる(リン酸化非依存型機構)。

PI3K/Akt、cyclic AMP-dependent protein kinase(PKA)、protein kinase C(PKC)、および古典的Wntシグナルは軟骨分化に関与することが報告されており、それらの中心的なメディエーターであるGSK-3はこの過程に重要な役割を果たすと考えられる。

本研究においては軟骨細胞分化の背景に存在するシグナルネットワーク群についてGSK-3を中心として解析することを目的とした。

まず軟骨細胞におけるGSK-3の発現、機能を確かめ、GSK-3遺伝子欠損マウスの骨格系に関する表現型、組織学的特徴を解析し、生理的条件下におけるGSK-3の役割を検討した。さらに軟骨細胞分化におけるGSK-3の基質のスクリーニングを行い、候補分子としてNF-κBファミリーメンバーRelAを同定し、その機能解析を行った。

マウス未分化軟骨細胞株ATDC5細胞の分化誘導培養において、GSK-3αとGSK-3βはともにコンスタントに発現していたが、初期分化では活性型、後期分化では不活性型として存在した。マウス胎児脛骨切片の免疫染色では肥大細胞層に不活性型であるp- GSK-3が発現していた。

Gsk3a-/-マウス・Gsk3b+/-マウスは野生型(WT)と比較して成長に差は見られなかったが、Gsk3a-/-; Gsk3b+/-マウスは胎生期より成長障害を呈し、出生後もcatch upしなかった。組織学的には増殖細胞層の染色性の低下、初期分化マーカーCol2の発現低下が見られたが、後期分化マーカーCol10・Ihh・Pth1rの発現には差はなかった。

GSK-3α・GSK-3βを安定導入したATDC5細胞を分化誘導培養すると、それぞれの単独導入で初期分化マーカーSox9・Col2a1・AcanのmRNA発現は増加し、共導入によりさらに上昇した。逆にsiGSK-3α・siGSK-3βを導入すると、それぞれの単独導入で初期分化マーカーのmRNA発現は減少し、共導入によりさらに低下した。GSK-3遺伝子欠損マウス胎児より肋軟骨細胞を採取・培養すると、Gsk3a-/-; Gsk3b+/-マウスでは初期分化マーカーのmRNA発現は減少した。また、GSK-3α or GSK-3βの欠損による代償性の発現上昇は見られなかった。

以上のデータよりGSK-3α・GSK-3βは軟骨初期分化の段階で働いて分化を促進しており、それぞれの機能は重複していると推測された。

軟骨細胞でGSK-3の遺伝子欠損が古典的Wntシグナルに与える影響について検討したが、β-cateninの転写活性、発現レベル、細胞内局在は変化せず、軟骨初期分化における古典的Wntシグナルの関与は否定的と考えられた。そこで軟骨分化におけるGSK-3のリン酸化ターゲット分子を探索するため、3段階でのスクリーニングを行った。その結果、NF-κBファミリーメンバーRelAが同定された。

ルシフェラーゼアッセイにより軟骨細胞でのGSK-3によるRelAリン酸化部位として254番のスレオニン残基(T254)が同定され、同部位の変異によりRelAの軟骨初期分化マーカーに対する転写活性化作用が著しく低下した。

RelAはGSK-3と同様に初期分化から後期分化にわたり、コンスタントな発現が見られたが、p-RelAT254は初期分化で発現しており、後期分化ではほとんど発現が見られなかった。マウス胎児脛骨切片の免疫染色ではp-RelAT254は増殖細胞層で優位に発現していた。この結果はGSK-3α・GSK-3βが初期分化の段階で活性型として存在することと一致していた。

培養ATDC5細胞において、GSK-3の導入でp-RelAT254の発現が増加し、siGSK-3の導入で減少したことから、GSK-3はRelAを直接リン酸化してその転写活性を制御していると考えられた。一方、GSK-3/siGSK-3でRelAの核内移行・発現レベル・細胞内局在は変化しなかった。

Rela fl/flマウスの肋軟骨細胞に外在性Creを強制発現させ、RelAのdeletionを行うと初期分化マーカーのmRNA発現低下が見られた。これは野生型RelAの導入で回復したが、T254A-RelA・GSK-3では回復しなかった。以上からRelAは軟骨初期分化に促進的に働いており、GSK-3によるT254のリン酸化はRelAの機能調節に重要と思われた。

in vivoでのRelAの機能を検討するため、2種類の組織特異的遺伝子欠損(Prx1-Cre;Rela fl/fl、Col2a1-Cre;Rela fl/fl)マウスを作出し、解析を行った。その結果、Prx1-Cre;Rela fl/flマウスは長管骨の成長障害を呈し、Col2a1-Cre;Rela fl/flマウスは全身性の成長障害を示した。組織学的には両者でともに増殖細胞層の染色性低下・Col2の発現減少が見られ、その表現型はGsk3a-/-;Gsk3b+/-マウスと類似していた。

以上の事実より、GSK-3α・GSK-3βは軟骨細胞で協調して機能し、RelA T254のリン酸化を介して軟骨初期分化を制御すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は軟骨細胞分化の背景に存在するシグナルネットワーク群についてGSK-3を中心として解析することを目的とした。ノックアウトマウスを用いたin vivoの解析、ならびにマウス肋軟骨由来の初代培養軟骨細胞、軟骨系細胞株を用いたin vitroの解析により、下記の結果を得ている。

1.GSK-3α・GSK-3βは軟骨細胞の各分化段階においてコンスタントに発現しており、初期分化では活性型・後期分化では不活性型として存在した。Gsk3a-/-マウス・Gsk3b+/-マウスは正常に発達したが、両者を複合したGsk3a-/-;Gsk3b+/-マウスでは成長障害を呈した。組織学的にはGsk3a-/-;Gsk3b+/-マウスで増殖細胞層の染色性低下・Col2の発現減少が見られた。培養軟骨細胞ではGSK-3α・GSK-3βそれぞれの単独強制発現により初期分化マーカーの発現が上昇し、抑制により低下した。またその効果は両者の共導入によって増強したことから、GSK-3α・GSK-3βは軟骨初期分化の段階で働いて分化を促進しており、それぞれの機能は重複していると推測された。

2.軟骨細胞分化と古典的Wntシグナルとの関わりについて評価したが、GSK-3の欠損によってβ-cateninの転写活性・発現レベルおよび細胞内局在は変化しなかった。そこで軟骨分化におけるGSK-3α・GSK-3βのリン酸化ターゲットの探索を3段階のスクリーニングで行い、NF-κBファミリーメンバーRelAを同定した。軟骨細胞でのGSK-3によるRelAのリン酸化部位としてT254が考えられ、同部位に変異を加えるとRelAによる軟骨初期分化マーカーの転写活性化作用が著しく低下した。

3.RelAは軟骨細胞の各分化段階においてコンスタントに発現しており、p-RelAT254は初期分化で発現が見られた。RelAは軟骨初期分化に促進的に働いており、GSK-3によるT254のリン酸化はRelAの機能調節に重要と思われた。GSK-3はRelAの核内移行・細胞内局在には影響を与えなかった。

4.Prx1-Cre;Rela fl/flマウスは長管骨の成長障害を呈し、Col2a1-Cre;Rela fl/flマウスは全身性の成長障害を示した。組織学的には両者でともに増殖細胞層の染色性低下・Col2の発現減少が見られ、その表現型はGsk3a-/-;Gsk3b+/-マウスと類似していた。RelA組織特異的遺伝子欠損マウスにおける表現型はGsk3a-/-;Gsk3b+/-マウスと同様に初期分化の障害が主たる要因であると推測された。

以上、本論文は、軟骨細胞においてGSK-3α・GSK-3βが、RelA T254のリン酸化を介して軟骨初期分化を促進して、生理的な骨格成長を制御する作用をもつ重要な分子であることを明らかにした。本研究は軟骨細胞の発生・分化に関わるシグナルネットワーク群の全体像の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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