学位論文要旨



No 128271
著者(漢字) 大竹,祐子
著者(英字)
著者(カナ) オオタケ,ユウコ
標題(和) 足趾屈曲機能と足圧中心位置に関する研究
標題(洋)
報告番号 128271
報告番号 甲28271
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3930号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齊藤,延人
 東京大学 准教授 岩崎,真一
 東京大学 准教授 門野,岳史
 東京大学 講師 三浦,俊樹
 東京大学 教授 中澤,公孝
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

足部は立位時唯一床面と接し,身体の支持やバランス保持・力の伝達・衝撃吸収などさまざまな働きをもつ.中でも足趾は足部の中で唯一分節的に動くことが可能で,立位や動作の安定性にかかわる重要な部分といわれている.足趾は,体重の移動,つまり足趾を床面に接地して,前方へ支持基底面を広げ足圧中心(以下,COP)を移動させるときに働く.姿勢制御に関する足趾の役割は大きい.

COPは,姿勢制御における運動力学的な指標のひとつであり,姿勢や運動の分析に広く用いられている.立位姿勢の安定性やバランス機能は,年齢とともに低下することが報告されており,それにより転倒の危険性が増すといわれている.姿勢制御において,足趾は,COP位置をコントロールし,特に前後方向の安定性に大きく関わっている.足趾に機能不全があると身体バランスの不安定を引き起こすことが報告されており,足趾筋力の低下・足趾変形により,転倒の危険性が高くなる.足趾の機能として最も用いられている指標は足趾屈曲筋力であり,関連する先行研究は様々あるが,これらのほとんどは動作を足趾全体または身体全体からの視点で捉えており,実際の筋の働きや足趾の個別性については考慮していない.さらに,足趾の関節(中足趾節間関節:以下,MP関節・趾節間関節:以下,IP関節)の運動学的な分析や動作と筋の作用との関係について検討した研究はほとんどない.そこで我々は,動作中の足趾屈曲筋の動態,作用を知り,体重移動動作との関連を明らかにすることを目的に本研究を行った.

【実験1】

実験1では立位における体重前方移動動作の背側骨間筋の動態を観察するために,健康な若年成人20名を対象とし,静止立位時と体重前方移動時の,COP位置と第1背側骨間筋筋厚を測定した.圧分圧計測システムPDM(Zebris Medical GmbH社)の上に骨盤幅の開足位で立ち,「踵を挙げずにできるだけ足の前のほうに体重をかけて戻ってきてください」との口頭指示のもと,立位時・動作時のCOP位置を求めた.同時に超音波診断装置Mylab Five(ESAOTE社)を用いて第1背側骨間筋の筋厚を計測した.静止立位時のCOPと最大体重前方移動時のCOPが足長のうち踵の後縁から何%にあたるかを求めた(以下,それぞれstatic COP・max COPとする).また静止立位時・最大体重前方移動時・COP位置が45%・50%・55%・60%・65%・70%・75%時の背側骨間筋筋厚を算出した.統計は,static COPとmax COPの関係,COP位置と筋厚の関係について,ピアソンの相関係数を用いた.また動作中の背側骨間筋の筋厚の変化について,繰り返しのある分散分析を行い,その後Tukey法を用いて検討した.どちらも,有意水準5%未満として検定した.

結果,static COPは43.8±7.2%,max COPは83.2±4.2%の位置にあった.またstatic COPとmax COPの間には有意な相関があり(r=0.558,p=0.011),static COPが足の前方にある者ほどmax COPも前方にあった.体重前方移動時の背側骨間筋筋厚は,COP位置が足長の45%~65%の間では変化がないが,45%~65%時に比べ70%時は有意に大きかった.70%・75%間には有意差はなかった.すなわち,体重前方移動動作において,COP位置が足長の70%点を超えた時,背側骨間筋が収縮した.静止立位時・最大体重前方移動時の背側骨間筋筋厚とCOP位置には有意な相関はなかった.本実験の被験者の趾長(中足骨頭から足尖まで)は5.8±0.6cmであり,足長の約24.1%であった.足長の70%点とはMP関節よりやや近位の中足骨上の点である.踵を挙上せずにCOP位置が前方へ移動していくと,足関節周りの前方への回転モーメントは大きくなる.COP位置が中足骨上にくると,前方への転倒を防ぐために足趾を接地させて前方へ支持基底面を延長させ,足関節底屈筋より足趾屈筋を優位に働かせることによって前方への重みに耐え,バランスをとっていると考えられる.最大体重前方移動時の背側骨間筋の最大収縮時と考えると,本実験の結果は,最大体重前方移動時のCOP位置が前方であるほど足趾屈曲筋力が大きいという先行研究とは異なった.体重前方移動動作への足趾屈曲筋の関与が,他の4趾よりも母趾で大きい可能性,また,背側骨間筋より他の4筋で大きい可能性が示唆された.実験1では,COP位置の前方移動に,足趾屈曲筋である背側骨間筋の活動が関係していることが確認できた.

【実験2】

実験2では,足趾屈曲動作の違いがCOP位置にどのような影響を与えるかについて調べるために,健康な若年成人16名を対象として三次元動作解析装置VICON(Vicon Motion Systems社)と床反力計(Kistler社・AMTI社)を使用し,静止立位時・体重前方移動時のCOP位置と足趾屈曲動作を計測した.実験1と同様の前方体重移動動作を40拍/分(ゆっくり)・60拍/分(ふつう)・80拍/分(速い)の3種類の速さで行い,static COP,max COP,前足部分の床反力前後成分・垂直成分のピーク値を算出した.次にベッド上長座位にて足関節底屈位を保持し,IP関節をできる限り伸展したまま,MP関節を屈曲させる課題を行った.解析ソフトVicon Body Builderを用いて,貼付したマーカーの座標から,実際のMP関節中心位置(Real Metatarsophalangeal Joint,以下,RMP)を計算して求めた.そのあと各マーカーの三次元座標を矢状面に投影したうえで,RMPを中心としたTOEの可動範囲を求めそれを足趾屈曲角度とした.屈曲開始時のRMP-TOE距離を一定の半径とする円孤,つまり,課題の動作が遂行できたと仮定する理想的な円孤と,実際の軌跡との差の距離を求め,1試行中100個分のデータの和を角度で除したものをIP関節伸展値(以下,IPE値)とした.static COP・各max COPと床反力前後成分・垂直成分,足趾屈曲角度・IPE値との関係について,ピアソンの相関係数を用い,有意水準5%未満として検定を行った.

結果,COP位置と床反力成分について,40拍/分(ゆっくり)・60拍/分(普通)の速さでのmax COPと床反力前後成分ピーク値には有意な相関があった(それぞれr=0.552/p=0.027,r=0.504/p=0.047).COP位置と足趾屈曲角度・IPE値について,static COPは足趾屈曲角度と有意に相関した(r=0.504,p=0.046).またIPE値とも有意に相関した(r=-0.559,p=0.024).60拍/分(普通)の速さでのmax COPは,足趾屈曲角度と相関した (r=0.510,p=0.044).床反力成分と足趾屈曲角度・IPE値については,40拍/分(ゆっくり)の速さでの床反力前後成分ピーク値と足趾屈曲角度に有意な相関があった(r=0.532,p=0.034).

足趾屈曲角度・max COP・床反力前後成分が関連するのは,体重前方移動時趾先で床を強く押すことによってCOP位置が支持基底面から逸脱しないようにブレーキをかけるという作用のためであると考えられる.IPE値が小さい者,すなわち足趾屈曲動作時,よりIP関節を伸展できる者は,static COPが前方にあった.立位において,後方重心であると,足趾把持力の低下・バランス能力の低下がみられたという報告があるように,立位時のCOP位置は前方であるほうが好ましい.static COPが前方にあると,支持性と安定性が確保されるだけでなく,動的バランスにも影響すると予想される.よって本実験の結果より,静止立位のCOP位置に大きく寄与するのは,IP関節伸展位での足趾屈曲に働く,足内在筋の背側骨間筋・底側骨間筋・虫様筋であり,その働きが重要であると言える.さらに先行研究および本実験の結果より,静止立位には筋力のような量的な要因よりもIPE値のような質的な要因が必要であることが示唆された.

【まとめ】

足趾の機能についての研究は理学療法の場面に限らず,あらゆる方面で非常に意義のあるものであると考える.足趾の機能がさらに明らかになれば,足趾のみのトレーニングによる下肢能力の向上も期待できる.誰でも簡単にできる足趾トレーニングを開発し普及することで,健康な高齢化社会が見込める.スポーツの現場においても,動作の安定性を増すことによりパフォーマンスが向上するだけでなく,選択的で効率的なより高度な技術の習得につなげられると考える.

実験1では,立位での体重前方移動時の背側骨間筋の筋厚の動態を観察した.体重前方移動時,COP位置が足長の70%に移動すると45%~65%時に比べて有意に大きくなった.このことより,前方体重移動動作への足趾屈曲筋の関与が確認できた.実験2では静止立位時・体重前方移動時のCOP位置と足趾屈曲動作について調べた.static COPは足趾屈曲角度・IPE値と相関し,40max COPは足趾屈曲角度・40拍/分時の床反力前後成分ピーク値と,60max COPは60拍/分時の床反力前後成分ピーク値と有意に相関した.足趾の機能として,静止立位時に必要なのは足趾の屈曲可動性と,足内在筋である骨間筋・虫様筋の働きであり,動作時に必要なのは足趾屈曲可動性と足趾で床を押して出す後ろ向きの力であることが分かった.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は姿勢制御における足趾の役割について明らかにするために,動作中の足趾屈曲筋の動態・作用について調べ,立位での体重移動動作との関連について検討したものであり,下記の結果を得ている.

実験1では,20名の健康な若年成人を対象に,床型足圧センサーおよび超音波診断装置を用いて,静止立位時と体重前方移動時の足圧中心(以下,COP)位置と,第1背側骨間筋の筋厚を測定し,その関連について検討した.

1,静止立位時のCOP位置と最大体重前方移動時のCOP位置には有意な正の相関があった.すなわち静止立位時のCOPが足の前方にあるほど,最大体重前方移動時のCOPが前方であった.

2,体重前方移動時の背側骨間筋の筋厚は,COP位置が足長の45~65%の間では変化がないが,45~65%時に比べ70%時は有意に大きかった.70%・75%間には有意差がなかった.すなわち,体重前方移動動作において,COP位置が足長の70%点を超えた時,背側骨間筋が収縮することが分かった.よってCOP位置の前方移動に,足趾屈曲筋である背側骨間筋の活動が関係していることが確認できた.

3,静止立位時・最大体重前方移動時の背側骨間筋の筋厚と,COP位置には有意な相関はなかった.この結果は,静止立位時においては,足内在筋は収縮しないという先行研究に合致した.しかし,最大体重前方移動時の背側骨間筋の最大収縮時と考えると,最大体重前方移動時のCOP位置が前方であるほど足趾屈曲筋力が大きいという先行研究と異なった.このことより,体重前方移動動作への足趾屈曲筋の関与が,他の4趾よりも母趾で大きい可能性,また,背側骨間筋より他の4筋で大きい可能性が示唆された.

実験2では,16名の健康な若年成人を対象に,三次元動作解析装置および床反力計を用いて,静止立位時および体重前方移動時のCOP位置と足趾屈曲動作を測定し,その関連について検討した.体重前方移動動作はゆっくり(40拍/分)・普通(60拍/分)・速い(80拍/分)の3種類行った.足趾屈曲動作は趾節間関節を伸ばしたまま中足趾節関節を屈曲させる課題で行い,その際,課題を遂行できているかどうかの指標として,IPE値(IP関節伸展値)を定義した.IPE値が小さいほど趾節間関節が伸展したまま足趾屈曲が行えていることになる.

1,COP位置と床反力成分の関係について検討した.ゆっくりな速さ(40拍/分)と普通の速さ(60拍/分)において,最大体重前方移動時のCOP位置と床反力前後成分ピーク値に有意な相関があった(それぞれr=0.552/p=0.027,r=0.504/p=0.047).どちらも,体重前方移動時のCOPが足の前方であるほど,床反力前後成分ピーク値は大きかった.

2,COP位置と足趾屈曲角度・IPE値との関係について検討した.まず,静止立位時のCOP位置と足趾屈曲角度に有意な相関があった(r=0.504,p=0.046).また静止立位時のCOP位置とIPE値にも有意な相関があった(r=-0.559,p=0.024).足趾屈曲角度が大きいほど,また,IPE値が小さいほど,静止立位時のCOP位置は前方であった.次に,普通の速さ(60拍/分)での最大体重前方移動時のCOP位置と足趾屈曲角度に有意な相関があった(r=0.510,p=0.044).すなわち,体重前方移動時のCOP位置が足の前方であるほど足趾屈曲角度が大きかった.

3,足趾屈曲角度・IPE値と床反力成分の関係について検討した.足趾屈曲角度とゆっくりな速さ(40拍/分)での床反力前後成分ピーク値は有意に相関した(r=0.532,p=0.034).足趾屈曲角度が大きいほど床反力前後成分ピーク値は大きかった.

以上のことより,静止立位時のCOP位置に関係するのは,IPE値であり,体重前方移動時のCOP位置に関連するのは,足趾屈曲角度と床反力前後成分であることが分かった.すなわち,静止立位時には足内在筋である骨間筋・虫様筋の働きが重要であり,体重移動時には足趾可動性と足趾で床を押して出す後ろ向きの力であることが示唆された.

以上,本論文は足趾の機能に関して,足趾屈曲筋の筋厚の計測・足趾屈曲動作の運動学的解析から,足内在筋である背側骨間筋の作用について明らかにし,立位における足内在筋の重要性を示した.本研究は,これまで明らかでなかった,足趾動作における趾節間関節と中足趾節関節の分離運動や筋の作用を調べることにより,リハビリテーションの分野におけるバランス機能の向上や介護予防・転倒予防,スポーツの分野におけるパフォーマンス向上のために,重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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