学位論文要旨



No 128274
著者(漢字) 鎌田,昌洋
著者(英字)
著者(カナ) カマタ,マサヒロ
標題(和) 表皮細胞におけるセマフォリンの発現と機能に関する検討
標題(洋)
報告番号 128274
報告番号 甲28274
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3933号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 講師 鑑,慎司
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 准教授 藤城,光弘
内容要旨 要旨を表示する

セマフォリンは従来神経ガイダンス因子として知られてきた分子だが、近年、器官形成、血管新生、癌の進展など神経系以外への関与も明らかになってきている。更には、免疫応答にも関与すると報告されてきている。セマフォリンは様々な臓器に分布しているが、皮膚における機能に関する研究のほとんどは神経伸長や抗腫瘍効果における機能に関するものであり、皮膚における発現や免疫学的機能に関する報告は限定的である。そこで今回、ケラチノサイトに発現しているセマフォリンの皮膚免疫における役割について研究した。

まず、セマフォリンmRNAの正常ヒト表皮角化細胞(Normal huma epidermal keratinocytes; NHK)における発現をreverse transcription polymerase chain reaction (RT-PCR)を用いて調べたところ、NHKはセマフォリン3A, 3B, 3C, 3D, 3E, 3F, 4A, 4B, 4C, 4D, 5A, 6A, 6C, 6D, 7AをmRNAレベルで発現していた。NHKに発現しているセマフォリンmRNAのうち、皮膚に浸潤する細胞(単球、α1β1 T細胞)に発現するβ1 integrinを受容体とすることが知られているセマフォリン7Aに今回は注目した。

次に、NHKのセマフォリン7A蛋白質のサイトカインによる発現調節を調べた。NHKをinterferon (IFN)-γ, tumor necrosis factor (TNF)-α, transforming growth factor (TGF)-β1, interleukin (IL)-4, IL-1β, またはIL-6の存在下、または非存在下で24時間培養した。更に、フローサイトメトリー及び免疫ブロット法により、サイトカイン刺激下でのNHKのセマフォリン7A蛋白質の発現を調べた。フローサイトメトリーでは、IFN-γ, TNF-α刺激にてNHK細胞表面のセマフォリン7A発現が促進される傾向を認めた。また、TGF-β1刺激にてNHK細胞表面のセマフォリン7A発現は用量依存性に促進された。一方、IL-4はNHKのセマフォリン7A発現を減少させる傾向を認めた。IL-1β及びIL-6はNHKのセマフォリン7A発現に影響しなかった。免疫ブロット法でのサイトカインのNHK細胞溶解物へのセマフォリン7A(80 kDa)発現に対する影響は、フローサイトメトリーの結果と同様であった。

免疫応答でのセマフォリン7Aの主要な受容体はβ1-integrin であることが知られている。そこで、NHK細胞表面に発現したセマフォリン7Aが単球などのβ1-integrin を発現している免疫細胞を刺激しうるかどうかを調べた。まず、セマフォリン7A発現を促進するためNHKを24時間 10 ng/ml のTGF-β1で刺激した群と刺激していない群を作った。NHK自体からのサイトカイン産生をなくし、かつ細胞表面分子の発現を保存するため、これらの細胞をパラホルムアルデヒドで固定した。次に、固定したNHKをヒト単球細胞株であるTHP-1細胞と24時間共培養し、上清中に分泌されたIL-8をELISAにより測定した。固定したNHKがIL-8を産生しないことは確認した。THP-1細胞は、無刺激のNHKあるいはTGF-β1で刺激したNHKと共培養したときの方がTHP-1細胞単独で培養したときよりもIL-8をより産生した。更に、THP-1細胞は、TGF-β1刺激したNHKと共培養したときの方が、無刺激のNHKと共培養したときに比べ、IL-8産生が促進される傾向にあった。これらの結果から、NHKはTHP-1細胞からのIL-8産生を誘導し、更にNHKがTGF-β1で刺激され、細胞表面のセマフォリン7Aの発現が亢進されている時の方が、THP-1細胞からのIL-8産生が促進される傾向にあることがわかった。

次に、セマフォリン7Aとβ1-integrin の相互作用自体がNHKによるTHP-1細胞の活性化に関与しているかどうかを調べた。β1-integrin中和抗体またはisotype抗体で前処理したTHP-1細胞を、TGF-β1で刺激し固定したNHKと共培養し、THP-1細胞からのIL-8産生を比較した。THP-1細胞がβ1-integrin中和抗体で前処理された場合は、isotype抗体で処理された場合に比べ、THP-1細胞からのIL-8産生は有意に抑制された 。よって、THP-1細胞は、NHKとの共培養の際にTHP-1細胞上のβ1-integrin を介した刺激によりIL-8産生が促進されることがわかった。

次に、NHKに発現しているセマフォリン7AのTHP-1細胞刺激における役割について調べた。NHKにおけるセマフォリン7A発現を抑制するため、NHKにセマフォリン7A siRNAをリポフェクション法によりトランスフェクトしてからパラホルムアルデヒドで固定した。そして、固定したNHKをTHP-1細胞と共培養した。THP-1細胞からのIL-8産生をELISAで測定した。セマフォリン7A siRNAでトランスフェクトされたNHKで、セマフォリン7A発現がmRNAレベル、蛋白質レベルで抑制されていることをRT-PCRとフローサイトメトリーで確認した。結果、NHKをTHP-1細胞と共培養する前にセマフォリン7A siRNAで処理すると、negative control siRNA で処理した場合よりも、THP-1細胞からのIL-8産生は有意に抑制された。以上から、NHK細胞表面に発現したセマフォリン7Aが、NHKによるTHP-1細胞からのIL-8産生促進に、重要な役割を果たしていることがわかった。

今回の検討では、まず、フローサイトメトリーと免疫ブロット法によりセマフォリン7A蛋白がNHKの細胞表面上に膜型として発現していることを示した。また、NHKに発現しているセマフォリン7Aは、TGF-β1, IFN-γ, TNF-αにより発現が増加し、IL-4により発現が減少することがわかった。これらのサイトカインのうち、TGF-β1は著明にNHKのセマフォリン7A発現を促進した。THP-1細胞をパラホルムアルデヒドで固定されたNHKと共培養すると、THP-1細胞からのIL-8産生が誘導された。更に、このIL-8産生誘導は、THP-1細胞をβ1-integrin中和抗体で前処理する、または、NHKをセマフォリン7A siRNAで前処理すると、抑制された。このことは、ケラチノサイトのセマフォリン7Aが、単球上のβ1-integrinを介して単球を活性化することを示唆している。しかしながら、セマフォリン7A siRNAによるIL-8産生抑制が不完全であった一方、β1-integrin中和抗体による抑制はほぼ完全であったことから、ケラチノサイトの細胞表面上にセマフォリン7A以外にTHP-1細胞からのIL-8産生を誘導する分子が存在するか、あるいはセマフォリン7A siRNAによるノックダウンが不完全であった可能性が考えられる。

最近、Scottらは、セマフォリン7Aが表皮ケラチノサイトの基底層、基底層の直上、及び真皮内の線維芽細胞の細胞膜に発現していることを報告している。基底層のケラチノサイトに発現しているセマフォリン7Aは、直接的にも間接的にも、表皮のみならず真皮上層に浸潤する免疫細胞と接触し相互作用を与える機会がある。そこでセマフォリン7A発現はこれらの浸潤細胞によって分泌されたサイトカインによって影響を受けうる。ケラチノサイトのセマフォリン7A発現を亢進させるTGF-β1, IFN-γ, TNF-αの発現は、乾癬などの炎症性疾患や創傷治癒過程において亢進する。更に、乾癬では、血清TGF-β1値は、組織のTGF-β1レベルを反映するが、乾癬皮疹の重症度スコアであるPASIスコア(Psoriasis Area and Severity Index score)と相関する。乾癬において活性化したケラチノサイトはTGF-β1を分泌すると報告されており、TGF-β1はケラチノサイトにオートクラインに働き、セマフォリン7Aの発現を亢進させられる。創傷治癒の過程で、不活性型TGF-β1は 脱顆粒した血小板により大量に放出され、蛋白質分解作用及び蛋白質分解を介さない作用両方により活性化される。よって、ケラチノサイトと血小板はこれらの疾患において、TGF-β1産生のソースとなりうる。加えて、創傷治癒の過程では、再上皮化する前に、血小板やその他の細胞から放出された成長因子に引き寄せられた単球は、真皮だけでなく表皮にも浸潤する。これらの単球は直接表皮のケラチノサイトと接触し相互に作用しあう機会がある。この相互作用により、β1-integrin を発現している単球がIL-8を産生し、その結果、好中球の皮膚への浸潤が亢進していると考えられる。実際、乾癬の皮膚組織では好中球の浸潤が多くみられ、IL-8が好中球遊走に重要とされており、単球の活性化と好中球の稠密な浸潤は創傷治癒でも認められている。

今回の実験結果により、NHKに発現しているセマフォリン7Aと単球上のβ1-integrin は、ケラチノサイトによる単球の活性化に関与していることが示された。皮膚に浸潤する単球によって引き起こされる皮膚の炎症において、ケラチノサイトのセマフォリン7Aが臨床的に重要であることを、示唆していると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、従来神経ガイダンス因子として知られてきたが最近免疫応答において重要な役割を演じていると考えられるセマフォリン分子の皮膚における機能と役割を明らかにするため、正常ヒト表皮角化細胞(Normal huma epidermal keratinocytes; NHK)とヒト単球細胞株(THP-1細胞)を用いて、ケラチノサイトに発現しているセマフォリンの皮膚免疫における機能と役割について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.セマフォリンmRNAの正常ヒト表皮角化細胞(Normal huma epidermal keratinocytes; NHK)における発現をreverse transcription polymerase chain reaction (RT-PCR)を用いて調べたところ、NHKはセマフォリン3A, 3B, 3C, 3D, 3E, 3F, 4A, 4B, 4C, 4D, 5A, 6A, 6C, 6D, 7AをmRNAレベルで発現していた。

2.NHKのセマフォリン7A蛋白質のサイトカインによる発現調節を調べた。NHKをinterferon (IFN)-γ, tumor necrosis factor (TNF)-α, transforming growth factor (TGF)-β1, interleukin (IL)-4, IL-1β, またはIL-6の存在下、または非存在下で24時間培養した。更に、フローサイトメトリー及び免疫ブロット法により、サイトカイン刺激下でのNHKのセマフォリン7A蛋白質の発現を調べた。フローサイトメトリーでは、IFN-γ, TNF-α刺激にてNHK細胞表面のセマフォリン7A発現が促進される傾向を認めた。また、TGF-β1刺激にてNHK細胞表面のセマフォリン7A発現は用量依存性にされた。一方、IL-4はNHKのセマフォリン7A発現を減少させる傾向を認めた。IL-1β及びIL-6はNHKのセマフォリン7A発現に影響しなかった。免疫ブロット法でのサイトカインのNHK細胞溶解物へのセマフォリン7A(80 kDa)発現に対する影響は、フローサイトメトリーの結果と同様であった。

3.免疫応答でのセマフォリン7Aの主要な受容体はβ1-integrin であることが知られている。そこで、NHK細胞表面に発現したセマフォリン7Aが単球などのβ1-integrin を発現している免疫細胞を刺激しうるかどうかを調べた。まず、セマフォリン7A発現を促進するためNHKを24時間 10 ng/ml のTGF-β1で刺激した群と刺激していない群を作った。NHK自体からのサイトカイン産生をなくし、かつ細胞表面分子の発現を保存するため、これらの細胞をパラホルムアルデヒドで固定した。次に、固定したNHKをヒト単球細胞株であるTHP-1細胞と24時間共培養し、上清中に分泌されたIL-8をELISAにより測定した。固定したNHKがIL-8を産生しないことは確認した。THP-1細胞は、無刺激のNHKあるいはTGF-β1で刺激したNHKと共培養したときの方がTHP-1細胞単独で培養したときよりもIL-8をより産生した。更に、THP-1細胞は、TGF-β1刺激したNHKと共培養したときの方が、無刺激のNHKと共培養したときに比べ、IL-8産生が促進される傾向にあった。これらの結果から、NHKはTHP-1細胞からのIL-8産生を誘導し、更にNHKがTGF-β1で刺激され、細胞表面のセマフォリン7Aの発現が亢進されている時の方が、THP-1細胞からのIL-8産生が促進される傾向にあることがわかった。

4.セマフォリン7Aとβ1-integrin の相互作用自体がNHKによるTHP-1細胞の活性化に関与しているかどうかを調べた。β1-integrin中和抗体またはisotype抗体で前処理したTHP-1細胞を、TGF-β1で刺激し固定したNHKと共培養し、THP-1細胞からのIL-8産生を比較した。THP-1細胞がβ1-integrin中和抗体で前処理された場合は、isotype抗体で処理された場合に比べ、THP-1細胞からのIL-8産生は有意に抑制された 。よって、THP-1細胞は、NHKとの共培養の際にTHP-1細胞上のβ1-integrin を介した刺激によりIL-8産生が促進されることがわかった。

5.NHKに発現しているセマフォリン7AのTHP-1細胞刺激における役割について調べた。NHKにおけるセマフォリン7A発現を抑制するため、NHKにセマフォリン7A siRNAをリポフェクション法によりトランスフェクトしてからパラホルムアルデヒドで固定した。そして、固定したNHKをTHP-1細胞と共培養した。THP-1細胞からのIL-8産生をELISAで測定した。セマフォリン7A siRNAでトランスフェクトされたNHKで、セマフォリン7A発現がmRNAレベル、蛋白質レベルで抑制されていることをRT-PCRとフローサイトメトリーで確認した。結果、NHKをTHP-1細胞と共培養する前にセマフォリン7A siRNAで処理すると、negative control siRNA で処理した場合よりも、THP-1細胞からのIL-8産生は有意に抑制された。以上から、NHK細胞表面に発現したセマフォリン7Aが、NHKによるTHP-1細胞からのIL-8産生促進に、重要な役割を果たしていることがわかった。

以上、本論文により、NHKに発現しているセマフォリン7Aと単球上のβ1-integrin は、ケラチノサイトによる単球の活性化に関与していることが示された。皮膚に浸潤する単球によって引き起こされる皮膚の炎症において、ケラチノサイトのセマフォリン7Aが臨床的に重要であることを示唆している。本研究はこれまで知られていなかった、ケラチノサイトにおけるセマフォリン7Aの免疫学的機能と役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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