No | 128275 | |
著者(漢字) | 川合,剛人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワイ,タケト | |
標題(和) | 膀胱がんにおける CADM1 ファミリー細胞接着分子群の異常とその意義に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128275 | |
報告番号 | 甲28275 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3934号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 膀胱がんは尿路上皮を発生母地とするがんの中で最も頻度の高いがんである。そのうち約 20% は膀胱筋層へ浸潤する浸潤性膀胱がん (T2-4) であり、しばしば転移や播種を生じ、がん死の原因となる。筋層まで浸潤のない表在性膀胱がん (Ta、Tis、T1) の 5 年生存率が 90% 以上であるのに対し、浸潤性膀胱がんの 5 年生存率は 40% 以下と、表在性膀胱がんの半分にも満たず、極めて予後不良である。現在、浸潤性膀胱がんに対して最も推奨される治療法は根治的膀胱全摘除術による手術療法であるが、この手術を施行された症例でも 5 年生存率は 50~60% であり著明な改善は認められていない。また、現在まで浸潤性膀胱がんの進行・転移、あるいは患者の生命予後を予測する有効なマーカーは確立されておらず、化学療法・放射線療法など術後の治療法の選択にも影響するため、喫緊の課題となっている。 原発巣からがん細胞が浸潤、転移していく過程の中で、上皮細胞間接着の破綻が最初に生じることから、がんの浸潤・転移に関与する機構として、近年、E-cadherin、integrin、claudin、nectin、N-CAM など様々な細胞接着分子の発現の異常が注目されている。 CADM1 (cell adhesion molecule 1) ファミリー細胞接着分子群は免疫グロブリンスーパーファミリー細胞接着分子群 (immunoglobulin-superfamily cell adhesion molecules; IgCAMs) に属する分子群であり、CADM1 (= TSLC1/Necl-2/SynCAM1/SgIGSF/IGSF4A)、CADM2 (= Necl-3/SynCAM2/IGSF4D)、CADM3 (= TSLL1/Necl-1/SynCAM3/IGSF4B)、及び CADM4 (= TSLL2/Necl-4/SynCAM4/IGSF4C) の 4 分子種が存在する。これらの分子は全て類似した分子構造を有し、3 個の免疫グロブリン様ループを持つ細胞外領域と、1 つの膜貫通領域、そして細胞内領域から構成される 1 回膜貫通型タンパク質である。このうち、CADM1、及び CADM4 の 2 分子は、膀胱の尿路上皮を含むヒトの様々な臓器の上皮細胞の細胞膜側面に発現し、ホモ二量体を形成して隣接細胞のホモ二量体とトランス結合することで細胞間接着に関与する。一方、CADM1 及び CADM4 はヒトの様々ながんにおいてがん抑制遺伝子として機能し、その進展に伴い、主に遺伝子のメチル化によって高頻度に不活化されることが示唆されている。 本研究では、膀胱がんの浸潤・転移に関与する機構として、特に膀胱の尿路上皮における細胞間接着の破綻に着目し、CADM1 ファミリー細胞接着分子群、中でも膀胱の尿路上皮に発現する CADM1、及び CADM4 分子の異常が膀胱がんの進展に関与する可能性について、ヒト膀胱がん培養細胞、及び原発性膀胱がん組織標本、さらにマウス膀胱発がんモデルを用いて検証するとともに、浸潤性膀胱がんの進展や患者の生命予後を予測するマーカーとなる可能性を追求した。 まず、11 種のヒト膀胱がん培養細胞における CADM1 の発現を RT-PCR 解析、及びウェスタン・ブロット解析により解析した結果、11 種中 6 種の膀胱がん培養細胞で CADM1 の mRNA 及びタンパク質の発現の欠如が認められた。また、パイロシークエンス解析により CADM1 遺伝子プロモーター領域のメチル化を解析したところ、CADM1 の mRNA の発現欠如が認められた 6 種の膀胱がん培養細胞のうち 4 種の培養細胞で CADM1 遺伝子プロモーター領域のメチル化が認められた。同様に、RT-PCR 解析、及びウェスタン・ブロット解析により CADM4 の発現を解析した結果、11 種中 5 種の膀胱がん培養細胞で CADM4 の mRNA 及びタンパク質の発現の欠如が認められた。現在まで CADM4 遺伝子のプロモーター領域のメチル化を解析した報告はなかったが、本研究では Methylation-specific PCR (MSP) 法を用いることで、CADM4 遺伝子のプロモーター領域を含んだ CpG アイランドのメチル化を解析することに成功した。この解析により、CADM4 の mRNA の発現欠如が認められた 5 種の膀胱がん培養細胞のうち 2 種の培養細胞で CADM4 遺伝子のメチル化が認められた。この結果から、膀胱がんにおいて CADM1 及び CADM4 はそれぞれ高頻度に発現が欠如しており、それらの不活化の主な原因の 1 つとして遺伝子のメチル化が関与することが示唆された。 次に、ヒト原発性膀胱がんの組織標本において、CADM1 の発現の免疫組織化学的解析を行ったところ、正常の膀胱では尿路上皮の細胞膜に CADM1 の発現が認められたのに対し、147 例の原発性膀胱がんでは 53 例 (36%) で発現が細胞膜に限局せずに細胞質や核がび漫性に染色される CADM1 の局在の異常が認められ、さらに 39 例 (27%) で CADM1 の発現の欠如が認められた。そして、これらの CADM1 の発現異常は、膀胱がんの pT ステージ (pTa/pT1 < pT2-4) 、核異型度 (G1/G2 < G3) との相関が認められた (それぞれ P < 0.001)。また、同じ表在性膀胱がんでも pTa 腫瘍における CADM1 の発現の異常は 7% と低頻度であったのに対し、pT1 腫瘍では 73% と高頻度であり、発現異常の頻度に顕著な差が認められた (P < 0.001)。さらに、各 pT ステージにおける CADM1 の局在異常と発現欠如の頻度を比較すると、pT2 以下のステージでは局在異常が発現欠如より高頻度であったのに対し、pT3 以上のステージでは発現欠如が局在異常より高頻度であり、発現欠如に占める両者の比率は両群の間で有意差が認められた (P < 0.001)。これらの結果から、CADM1 の発現の異常は膀胱がんの進展、特に Ta から T1 に進行する段階の、尿路上皮の基底膜を越えて粘膜下の間質に浸潤する機構に関与する可能性の方が高いと考えられ、さらに、がんの進展の早期では CADM1 の主に局在異常が生じ、後期では発現欠如が主体となるということが示唆された。そして、CADM1 の発現異常は、根治的膀胱全摘除術を施行された膀胱がん患者の生命予後の不良と強く相関しており (P < 0.001) 、Cox 比例ハザードモデルによる多変量解析によって、予後に影響を与える他の臨床病理学的特性とは独立した予後予測因子であることが示された (P = 0.021)。 一方、ヒト原発性膀胱がんの組織標本における CADM4 の発現の免疫組織化学的解析も行ったところ、CADM1 と同様に、正常の膀胱では尿路上皮の細胞膜に CADM4 の発現が認められたのに対し、147 例の原発性膀胱がんでは 19 例 (13%) で CADM4 の局在の異常が認められ、69 例 (47%) で CADM4 の発現の欠如が認められた。そして CADM1 と同様に、CADM4 の発現異常も、膀胱がんの pT ステージ (pTa/pT1 < pT2-4) 、及び核異型度 (G1/G2 < G3) との相関が認められたが (それぞれ P < 0.001)、CADM4 の発現異常は CADM1 と比べると pT1 や pT2 でやや頻度が低く、CADM4 の発現の異常が生じるのは CADM1 と比べるとより進行期であることが示唆された。また、CADM1 の局在の異常が発現異常の 58% を占めたのに対し、CADM4 の局在の異常は発現異常の 22% を占めるに過ぎず、pT ステージによらずほぼ一定であった。さらに、CADM4 の発現異常は、根治的膀胱全摘除術を施行された膀胱がん患者の生命予後とは相関が認められず、CADM4 の発現の異常が膀胱がんの進展の機構に直接関与している可能性は低い、または関与するとしても限定的なものであると考えられた。 そして、これらの結果から、CADM1 ファミリー分子群の中でも、特に CADM1 の異常が膀胱がんの進展に関与する可能性が高いということが示唆されたため、膀胱がんにおける CADM1 の個体レベルでの関与を明らかにすることを目的にマウス膀胱発がんモデルを用いた検証を行った。マウスに浸潤性膀胱がんを生じるモデルとして一般に確立されている N-ブチル-N-(4-ヒドロキシブチル)ニトロソアミン (BBN) 投与によるマウス膀胱発がんモデルを、Cadm1 遺伝子ホモ欠損マウス、並びに C57/BL6 野生型マウスにおいて比較検討した。0.05% の BBN を 20 週投与した結果、Cadm1 遺伝子ホモ欠損マウスでは野生型マウスに比べ、有意に浸潤性膀胱がん (pT2-4) の生じる頻度が高く (P = 0.028)、膀胱の割断面における膀胱がんの占める面積も大きかった (P < 0.001)。これらの所見から、Cadm1 遺伝子の欠失は膀胱がんの進展を促進するということが示唆された。 以上の結果から、CADM1 分子の発現異常は膀胱がんの進展、特に浸潤に関与し、浸潤性膀胱がんの患者の予後の不良を示すマーカーとなり得ることが示された。 | |
審査要旨 | 本研究は膀胱がんの浸潤・転移に関与する機構として、特に膀胱の尿路上皮における細胞間接着の破綻に着目し、膀胱の尿路上皮に発現する細胞接着分子 CADM1 及び CADM4 分子の異常が膀胱がんの進展に関与する可能性について検証するとともに、浸潤性膀胱がんの進展や患者の生命予後を予測するマーカーとなる可能性を追求したものであり、下記の結果を得ている。 1. 11 種のヒト膀胱がん培養細胞における CADM1、CADM4 の発現を RT-PCR 解析、及びウェスタン・ブロット解析により解析した結果、それぞれ 6 種、及び 5 種の培養細胞で mRNA 及びタンパク質の発現の欠如が認められた。次に、パイロシークエンス解析により CADM1 遺伝子プロモーター領域のメチル化を解析したところ、CADM1 mRNA の発現の欠如が認められた 6 種の膀胱がん培養細胞のうち 4 種の培養細胞でメチル化が認められ、また、Methylation-specific PCR (MSP) 法によって、CADM4 遺伝子プロモーター領域を含む CpG アイランドのメチル化を解析したところ、CADM4 mRNA の発現の欠如が認められた 5 種の膀胱がん培養細胞のうち 2 種の培養細胞でメチル化が認められた。この結果から、膀胱がんにおいて CADM1 及び CADM4 はそれぞれ高頻度に発現が欠如しており、それらの不活化の主な原因の 1 つとして遺伝子のメチル化が関与することが示唆された。 2. ヒト原発性膀胱がん組織標本における CADM1 及び CADM4 の発現を免疫組織化学的解析により解析した。正常の膀胱では CADM1、CADM4 共に尿路上皮の細胞膜に発現が認められたのに対し、147 例の原発性膀胱がんでは CADM1、CADM4 はそれぞれ 92 例 (63%)、88 例 (60%) において局在の異常もしくは発現の欠如が認められた。そして、CADM1 及び CADM4 の発現異常はそれぞれ膀胱がんの pT ステージ (pTa/pT1 < pT2-4)、及び核異型度 (G1/G2 < G3) との相関が認められ (それぞれ P < 0.001)、膀胱がんの進展に関与する可能性が示唆された。 3. CADM1 及び CADM4 の発現の異常と 112 例の根治的膀胱全摘除術を施行された膀胱がん患者の術後の生命予後との相関を Log-rank test により解析した。その結果、CADM1 の発現異常は生命予後の不良と強い相関が認められた (P < 0.001)。これに対し、CADM4 の発現異常は生命予後との相関が認められず、CADM1 及び CADM4 の発現異常が膀胱がんの進展に果たす役割には大きな差があることが示唆された。さらに、Cox 比例ハザードモデルによる多変量解析を行い、CADM1 の発現異常は、予後に影響を与える他の臨床病理学的特性とは独立した予後予測因子であることが示された (P = 0.021)。 4. マウスに浸潤性膀胱がんを生じるモデルとして一般に確立されている N-ブチル-N-(4-ヒドロキシブチル)ニトロソアミン (BBN) 投与によるマウス膀胱発がんモデルを、Cadm1 遺伝子ホモ欠損マウス、並びに C57/BL6 野生型マウスにおいて比較検討した。0.05% の BBN を 20 週投与した結果、Cadm1 遺伝子ホモ欠損マウスでは野生型マウスに比べ、有意に浸潤性膀胱がん (pT2-4) の生じる頻度が高く (P = 0.028)、膀胱の割断面における膀胱がんの占める面積も大きかった (P < 0.001)。これらの所見から、Cadm1 遺伝子の欠失は膀胱がんの進展を促進するということが示唆された。 以上、本論文は膀胱尿路上皮に発現する CADM1 ファミリー細胞接着分子群のうち、CADM1 分子の発現の異常が膀胱がんの進展、特に浸潤に関与し、浸潤性膀胱がんの患者の予後の不良を示すマーカーとなり得ることを明らかにした。浸潤性膀胱がんは、予後が極めて不良であるにも係わらず、がんの進展や患者の生命予後を予測する有効なマーカーが確立されていないのが現状であり、本研究は、浸潤性膀胱がんにおける新たな予後予測マーカーの確立という難題に光明を与える可能性があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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