学位論文要旨



No 128277
著者(漢字) 木村,光利
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ミツトシ
標題(和) ブタ慢性心筋虚血モデルにおける同種羊膜間葉系細胞移植
標題(洋)
報告番号 128277
報告番号 甲28277
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3936号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 天野,史郎
 東京大学 講師 木村,昇
 東京大学 講師 山下,尋史
 東京大学 講師 香取,竜生
内容要旨 要旨を表示する

1. 序文

近年、重症心不全治療の治療法として新たに再生型治療法の研究が始まっている。細胞移植による心機能改善効果の機序に関しては解明中の段階ではあるが、骨格筋芽細胞、骨髄由来単核球細胞などを用いて数多くの心不全患者に対する心筋再生医療の臨床試験が行われてきた。骨髄由来細胞を用いた無作為抽出臨床試験が心筋梗塞患者に対して積極的に行われており、心不全に対する細胞医療の安全性とわずかな有効性が示されている。しかし、心筋再生医療における細胞移植ではその心機能改善のメカニズムが未だに解明されておらず、投与法、移植時期、移植細胞数と並んで細胞ソースも臨床適応における重要な問題のままである。

間葉系幹細胞(MSCs)は細胞療法において最も期待されている細胞ソースの1つであり、骨髄由来MSCsを用いた臨床試験も始まっている。しかし、高齢者や罹病患者では幹細胞数の減少や機能低下が見られるという報告があり、自家細胞移植による細胞療法では患者状態によって限界がある可能性がある。そのため、拒絶反応を考慮しても同種細胞移植は自家移植の代替手段として検討される治療法である。骨髄由来MSCsは免疫原性が低いと言われてはいるが、同種骨髄由来MSCs移植では、移植した細胞は最終的に宿主の免疫機構により拒絶されてしまうことが指摘されている。

羊膜からもMSCsは単離可能であり、ヒト羊膜由来間葉系細胞(AMSCs)は多分化能が示されている。さらに、羊膜は胎児が母体から拒絶されるのを防ぐために重要な役割を果たしていることが知られている。最近、ラットの同種AMSCs移植において移植細胞が長期間生存し、梗塞心の心機能を改善させたと報告されている。さらに、ヒトAMSCsをラット心筋梗塞モデルに異種移植をしたところ有意に心機能を改善させ、移植されたヒトAMSCsは免疫能の正常なラット心筋内で免疫抑制剤を用いることなしに4週間以上生存し心筋細胞へ分化したことが示された。以上の結果から、AMSCsは骨髄由来MSCsと比較して免疫原性が低く、宿主心筋内で長期の生存が可能であると考えられる。加えて、AMSCsを使用することの利点としては、腫瘍形成性がないことと倫理的な問題が少ないことが挙げられる。

同種AMSCs移植の臨床適応について検討するために、私は臨床前試験としてブタ慢性心筋虚血モデルにおいて同種AMSCs移植を行った。免疫抑制剤を用いない同種移植の条件下で移植したAMSCsが生存し心筋細胞へ分化できるかを評価した。さらに同種AMSCs移植の有効性を心機能、血管新生、心筋の線維化の観点から検討を行った。

2. 方法

2.1 ブタ羊膜由来間葉系細胞(AMSCs)の単離と培養

出産直前の妊娠ブタに帝王切開を施行してブタ胎盤を採取した。ブタ羊膜組織を約1cm2の小片に細断し、Dispase IIおよびCollagenase IIの順に反応させた。これらの酵素処理を行った羊膜組織を培養液に再度懸濁し、培養ディッシュに播種し培養を行った。このようにして得られた細胞をブタ羊膜由来間葉系細胞(AMSCs)とした。

さらに、移植したAMSCsを同定するために今回の実験で緑色蛍光タンパク質(GFP)発現ブタAMSCsを作製した。静岡県畜産技術研究所で体細胞クローン技術によって作製されたGFP遺伝子組み換え金華ブタの分娩後に、GFP発現ブタ胎仔の羊膜を採取した。このブタ羊膜より前述の方法でGFP発現ブタAMSCsを単離、培養した。

これらのブタAMSCsの細胞表面マーカーをフローサイトメトリーにより解析した。一次抗体として用いたものは、抗CD29、抗CD44、抗CD45、抗ブタ白血球抗原(SLA)クラスI、抗SLAクラスII-DRおよび抗SLAクラスII-DQ抗体であった。GFP発現ブタAMSCsに対しては、細胞表面抗原の解析だけでなくGFP発現解析も行った。

2.2 心筋虚血モデルの作成と細胞移植

体重20kgの家畜ブタ15頭に対して、プロトコール初日(Day 0)に左開胸を行い、左冠状動脈回旋枝の根部に内径2.25mmのアメロイドコンストリクターを装着した。虚血作成処置を行った15頭のブタのうち術後4週間(Day 28)まで生存した9頭を移植群(N=5)と対照群(N=4)に振り分けた。胸骨正中切開で心臓を露出し、1mlの生理食塩水に懸濁した1×106個のブタAMSCsおよび1mlの生理食塩水を、25G針を用いて16~20ヶ所に分けて虚血心筋内に心外膜より注入した。細胞移植処置後、このブタは免疫抑制剤の投与なしで飼育された。

経胸壁心エコーをDay 0(アメロイドコンストリクター装着前)、Day 28(細胞移植あるいは生理食塩水注入前)、Day 56にそれぞれ実施した。左室乳頭筋レベルの左室拡張末期径(LVDd)、左室収縮末期径(LVDs)、左室後壁の壁厚(PWT)をそれぞれ計測し、その結果より左室駆出率(LVEF)を算出した。

細胞移植4週間後に各ブタを犠牲死させ、ホルマリン固定後にヘマトキシリン-エオジン(H&E)染色を実施した。血管数を計測するために抗第VIII因子抗体による免疫組織染色を行い、各標本を光学顕微鏡下で200倍の倍率で観察して血管内皮細胞数を測定した。心筋の線維化率を評価するため、ピクロシリウスレッド染色を行った。各標本を光学顕微鏡下で100倍の倍率で観察し、傍梗塞領域から3視野を選びデジタル画像を取得した。このデジタル画像をPhotoshopソフトウェアで解析し、全心組織中の赤ピクセル領域の割合を算出して線維化率とした。

2.3 同種GFP発現ブタAMSCs移植

移植細胞の生存評価のために同種GFP発現ブタAMSCsをブタ慢性虚血心に移植した。新たなブタ1頭に前述の方法にて心筋虚血を作成した。虚血作成4週間後(Day 28)にGFP発現ブタAMSCsを梗塞部位に直接注入した。細胞移植4週間後(Day 56)にブタを犠牲死させ、ホルマリン固定後にパラフィン包埋した心筋組織標本を作製した。組織切片を一次抗体である抗心筋トロポニンT抗体、抗心筋トロポニンI抗体および抗GFP抗体に反応させた。核をDAPIで染色した。各染色標本をレーザー共焦点顕微鏡を用いて解析した。

3. 結果

3.1 ブタ羊膜由来間葉系細胞(AMSCs)

培養したブタAMSCsの形態は線維芽細胞様であり、間葉系細胞マーカーであるCD29、CD44を発現していたが、造血系マーカーであるCD45の発現は認められなかった。また、ブタAMSCsはSLAクラスI抗原が陽性であったが、SLAクラスII-DRおよびDQ抗原は陰性であった。GFP発現ブタAMSCsでも細胞表面抗原は同じ発現パターンを示していた。さらに、フローサイトメトリー解析においてGFP発現ブタAMSCsは80%以上のGFP発現率を示していた。

3.2 虚血モデルの作成と心筋内細胞移植

15頭の家畜ブタに対して本実験を施行した。そのうち6頭がアメロイドコンストリクター留置後に死亡した。残りの9頭に対してDay28に細胞移植または生理食塩水注入を行った。

同種ブタAMSCs移植を行った移植群では、移植4週間後(Day56)の心エコーにおいて、移植前(Day28)と比較してLVEFの有意な改善が認めら、4週間のLVEFの変化量は10.0% ± 5.2%であった(p = 0.013)。一方、生理食塩水の注入を行った対照群では4週間でのLVEFの有意な変化は認められなかった(-1.2% ± 2.6%、p = 0.435)。対照群では生理食塩水注入後4週間でLVDdの増加(5.8 ± 1.9 mm)が見られたが、PWTに変化なかった。一方、移植群ではブタAMSCs移植後の4週間でLVDdの値に変化はなかった(-1.5 ± 5.8 mm)が、PWTは有意に増加していた。

3.3 病理組織学的評価

移植群における摘出心の肉眼像では、対照群と比較して側壁の線維化・菲薄化の回復が認められた。抗第VIII因子抗体での免疫組織染色による微小血管密度の測定では、移植群と対照群とでは微小血管密度に有意な差は認められなかった。一方、ピクロシリウスレッド染色による線維化率の測定では、移植群の線維化率が3.0 ± 1.5%であったのに対し対照群では6.1 ± 3.6%であり、移植群では線維化率の有意な改善が認められた(p=0.015)。

ブタAMSCsを注入した心臓でも、細胞移植後4週間の時点で腫瘍形成の所見は認められなかった。さらに骨や軟骨などへの異所性分化、過剰な細胞外器質の増生といった所見も、AMSCs移植群で認められなかった。

3.5 細胞生存に関する評価

心筋内に注入された同種GFP発現AMSCsをDay 56に傍梗塞領域で確認した。ブタAMSCsは同種移植後4週間、免疫抑制剤なしに宿主の心筋内で生存していた。移植された同種GFP発現AMSCsは心筋トロポニンIおよびTを発現しており、このことは移植したAMSCsが心筋細胞に分化し得ることを示唆していた。

4. 結論

私は、臨床の慢性虚血性による心不全と同様のモデルを作成し同種羊膜由来間葉系細胞(AMSCs)移植を評価した。前臨床試験として、同種AMSCsは大動物モデルでも免疫抑制剤を用いることなく宿主心筋内に生着し心筋細胞の表現型を獲得していたことが示された。これらの安全性および有効性に関するデータはAMSCsが心疾患に対する細胞移植治療の有効な細胞ソース候補となることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、in vitroでの研究および小動物実験を通して心筋再生医療における細胞ソースとなる可能性があると認められた羊膜由来間葉系細胞に関して、臨床応用を目指して、大動物実験において同種羊膜由来間葉系細胞移植の有効性と安全性を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.ブタ胎仔より羊膜を採取し、その羊膜から間葉系細胞(ブタ羊膜由来間葉系細胞)を単離・培養した。この細胞は線維芽細胞様の形態をしていた。フローサイトメトリーによる細胞表面抗原解析でCD29、CD44、SLAクラスIの発現は認められたが、CD45、SLAクラスII-DR、II-DQの発現は認められなかった。

2.体細胞クローン技術によって作成された緑色蛍光タンパク(GFP)遺伝子組み換え金華ブタの出産後の羊膜より間葉系細胞を単離・培養し、GFP発現ブタ羊膜由来間葉系細胞を得た。この細胞は、フローサイトメトリー解析において80%以上のGFP発現率を示した。

3.20kgの家畜ブタに全身麻酔下で側開胸を行い、左冠状動脈回旋枝(LCX)にアメロイドコンストリクターを留置することで、ブタ慢性心筋虚血モデルを作成した。このモデル動物は、虚血誘導4週後(アメロイドコンストリクター留置28日後)の心エコーで、一律に左出駆出率(LVEF)の低下が確認された。

4.ブタ慢性心筋虚血モデルに、胸骨正中切開を行って同種ブタ羊膜由来間葉系細胞1×106個を虚血心筋に心外膜より直接注入し、これを移植群とした(n=5)。対照群として同様のブタ慢性心筋虚血モデルの虚血心筋に生理食塩水を注入した(n=4)。移植後4週間での心エコー検査では、左室駆出率(LVEF)は移植群では約10%の心機能の回復が認められたが、対照群では生理食塩水の注入前後で有意なLVEFの変化は認められなかった。また、対照群では生理食塩水注入後の4週間も左室拡張末期径(LVDd)は平均6mm / 4週の増加が持続したが、移植群ではLVDdはブタ羊膜由来間葉系細胞移植後4週間でのLVDdの有意な増加は認められなかった。

5.同種ブタ羊膜由来間葉系細胞移植後4週の摘出心の病理所見では、細胞移植による腫瘍形成は認められなかった。移植群と対照群とを比較したところ、抗第VIII因子抗体免疫組織染色による微小血管密度評価では二群間に有意な差を認めなかったが、ピクロシリウスレッド染色による線維化率の測定では、対照群の線維化率約6%に対して、移植群約3%と有意な線維化の抑制を認めた。

6.ブタ慢性心筋虚血モデルに対して虚血誘導4週目にGFP発現同種ブタ羊膜由来間葉系細胞1×107個を心筋内に直接注入した。免疫抑制剤を用いずに4週間飼育し、細胞移植4週後の摘出心標本をGFPおよび心筋特異タンパク(心筋トロポニンT・I)で免疫組織二重染色を施行したところ、宿主心筋内に共陽性の細胞が確認され、同種羊膜由来間葉系細胞は免疫抑制剤を用いずとも4週間宿主心筋内で生存し、心筋細胞へ分化したことが示唆された。

以上、本論文はブタ慢性心筋虚血モデルにおいて同種羊膜由来間葉系細胞移植の安全性および有効性を明らかにした。本研究は、これまでin vitroおよび小動物実験でしか示されてこなかった同種羊膜由来間葉系細胞移植の安全性・有効性をヒトと体格的に近い大動物での実験でも明らかにし、前臨床試験として心筋再生医療の臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク