学位論文要旨



No 128279
著者(漢字) 稲木,涼子
著者(英字)
著者(カナ) イナキ,リョウコ
標題(和) 軟骨再生におけるペリオスチンはコラーゲン分子の高次構造形成を促し、再生組織の成熟・維持に貢献する
標題(洋)
報告番号 128279
報告番号 甲28279
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3938号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 講師 小笠原,徹
 東京大学 講師 浅野,善英
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 講師 古村,眞
内容要旨 要旨を表示する

軟骨再生医療を顎顔面領域、特に先天性形態異常に導入するためには、従来の再生軟骨に力学的強度と3次元形態を付与し、複雑な形態の修復・再建に使用できるような3次元再生軟骨組織を開発する必要がある。さらに、顔面領域における再建の治療対象には若年者を多く含む。そのため、長期にわたる再生組織の形状維持が求められる。したがって、軟骨再生医療の普及には、再生組織の3次元形態の付与のみならず、長期にわたる形状と機能の維持を可能にする再生軟骨作製への技術開発が不可欠である。

移植後の再生組織が形態変化を起こす主な要因としては、(1)移植された再生組織の基質形成不良に伴う変形、(2)移植母床との間で生じる過剰な組織反応に伴う変形、(3)周囲組織からの過剰な外力よる変形、の3つが挙げられる。いずれもホスト側からドナー組織への物質交換、細胞遊走、力学刺激の伝導などが原因となるため、ホストとドナー間で形成される界面が、これら3つの要因に起因する形態変化に深く関係すると推測される。ホスト・ドナー間界面は、主にI型コラーゲンを基調とした線維組織である。この線維組織の物質透過性や細胞との親和性、引っ張り強さなどの力学強度といった界面としての特性は、基調となるコラーゲンに影響を受けると思われるが、その特性は単にコラーゲン蛋白の含有量だけに依存するものではなく、コラーゲンの質、すなわちコラーゲンに特有な高次構造化の程度にも大きく起因するものと予想される。しかし、再生組織で形成される界面線維組織における、コラーゲン高次構造化の機序と再生組織の成熟・維持への影響は明らかにされていない。

線維組織はI型コラーゲンのみならず、様々な基質分子や接着分子を含む。これらの基質・接着分子はコラーゲンと相互作用することにより、コラーゲンの3次元構造の構築や生理活性向上に関与する。そのうち、著者は、骨膜、軟骨膜、歯根膜といった硬組織やその他の臓器周囲の線維性膜組織に特異的に局在し、コラーゲンの高次構造形成へ関与することが示唆されているペリオスチンに着眼した。ペリオスチンは、コラーゲンの組織形成・成熟への関与だけでなく、傷害を受けた組織の修復や再生、細胞増殖の促進など、多岐にわたる生物学的機能とその分子機序が推察されている。しかし、多面的な働きをみせるペリオスチン分子だが、生体内での本質的な機能と役割については十分には解明されていない。

本研究の目的は、再生軟骨組織をとりまく線維組織におけるペリオスチンの局在とその機能を明らかにし、さらにその機能を活用して長期にわたる形状および機能の維持を可能とする再生医療技術を確立することである。

そのため、最初に、ヒト耳介軟骨細胞を用いて作製したヒト再生軟骨組織を免疫不全マウスへ背部皮下移植する再生軟骨移植モデルを用い、ペリオスチンの発現・局在を確認した。移植後8週までに軟骨基質が蓄積し、再生軟骨が成熟する。その過程で移植した再生組織はI型コラーゲンを基調とした外周線維組織に取り囲まれるが、同部位にはホスト(移植母床)由来のペリオスチンも局在した。一方、移植組織内部では個々の微小な再生軟骨領域が隣接するように存在しており、再生軟骨を介在する領域には介在線維組織が観察され、ドナー(移植組織)由来のI型コラーゲンとペリオスチンの局在が確認された。

次に、野生型(Pn(+/+))及び遺伝子欠損(Pn(-/-))マウスを用いて、再生軟骨移植モデルにおけるペリオスチン欠損が及ぼす影響を解析した。まずドナーにおけるペリオスチンの作用を評価するため、Pn(+/+) 及びPn(-/-) マウス由来の耳介軟骨細胞をPLLA足場素材に投与しマウス再生軟骨組織を作製して、Pn(+/+) マウスへ同系移植をした。その結果Pn(+/+) 由来再生軟骨組織では、豊富な軟骨基質の形成と、介在線維組織におけるペリオスチンの発現が認められたがPn(-/-/- )由来再生軟骨組織では介在線維組織にペリオスチンはなく、軟骨の再生も乏しかった。次いでホストにおけるペリオスチンの影響を評価するため、Pn(+/+) 由来再生軟骨組織をPn(+/+) およびPn(-/-) マウスに移植したところ、Pn(+/+) マウスへ移植した群では外周線維組織にペリオスチンが発現し、移植後8週を経過しても再生軟骨は足場素材の規定する3次元形態を維持したが、Pn(-/-) マウスへ移植した群では外周線維組織にペリオスチンを欠き、移植後8週の再生軟骨は3次元形態を維持できず、外部へ膨隆する不整形を呈した。このことから、再生軟骨移植において、ホストの外周組織由来のペリオスチンは再生軟骨の形態維持へ影響を与え、ドナーの再生軟骨由来のペリオスチンは軟骨の基質形成に関与することが示唆された。

ホストおよびドナー由来のペリオスチンの異なる作用が示唆され、両者の作用機序を検索するため、次に、共局在するI型コラーゲンとの関連性を検討した。in vitroでは可溶化コラーゲンにペリオスチンを練和する実験を行った。ペリオスチン練和に伴いコラーゲンの力学強度の増加と、電顕下でコラーゲン分子の会合促進が観察され、ペリオスチンが直接コラーゲンに作用し、コラーゲンの3次元構造を変化させることが示された。一方in vivoでは、Pn(+/+) 及びPn(-/-) マウスの皮下線維組織を比較し、力学強度として剥離強度の測定と組織学的観察を行った。同部位の剥離強度はPn(-/-) マウスで有意に低下し、in vitroの結果と一致した。また組織学的所見からは、Pn(+/+) マウスでは成熟したコラーゲン線維が密に局在していたのに対し、Pn(-/-) マウスの皮下線維組織では未熟な線維が疎に観察された。そこで、ペリオスチンとの相互作用によるコラーゲン線維の会合の促進と、それに伴う線維組織の力学強度向上を実証するため、再生軟骨にペリオスチンを練和したコラーゲンゲルを塗布してPn(-/-) マウスへ皮下移植することにより、再生軟骨の不整形が改善されるか否かを評価した。その結果、Pn(-/-) マウスで観察される再生軟骨の不整形が改善された。

以上より、ぺリオスチンがコラーゲンへ直接作用し、コラーゲンの高次構造化を促進し、この変化により再生軟骨周囲では、その形態保持に不可欠な外周線維組織が十分な強度を持って構築され、また組織内部においては再生軟骨の成熟が促進されることが明らかとなった。このようなぺリオスチンの二つの異なる作用は、おそらくコラーゲンの高次構造化という同一の機序に基づくものであり、いずれも軟骨再生医療においては有利な効果である。特に、再生軟骨組織が移植後、その形態を維持する機序はこれまで明らかになっていなかったが、本研究でぺリオスチンの分子機構を明らかにすることにより、ぺリオスチンが関与する線維組織構築と強度維持の機序が解明された。さらに、実際にぺリオスチンを周囲に塗布することにより、臨床的に厳密な3次元形態維持が求められる再生軟骨の形状維持が可能になることが示唆された。再生組織の厳密な形状維持は、特に複雑な解剖構造を有する顎・顔面領域においては極めて重要である。本研究で明らかになったぺリオスチンの役割は、新たな再生医療技術につながる知見と思われた。今後、このぺリオスチンオンの再生軟骨への導入を検討し、さらなる軟骨再生医療の発展に貢献してゆきたいと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、再生軟骨を取りまく線維組織におけるペリオスチンの機能解明ならびに再生医療での活用を目的として、遺伝子欠損マウスを用いた解析とペリオスチン含有再生軟骨の検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.移植後の再生軟骨組織におけるペリオスチンの経時的な変化を確認したところ、移植後初期では再生軟骨を囲む外周線維組織にペリオスチンが局在し、後期では再生軟骨領域間の介在線維組織において、ペリオスチンが局在することが確認された。共にCOL1陽性の線維性組織で、ペリオスチンはI型コラーゲンと共局在していることが組織学的所見から示された。

2.野生型(Pn(+/+))および遺伝子欠損(Pn(-/-))マウスを用いて、ペリオスチン欠損が再生軟骨移植に及ぼす影響を評価したところ、Pn(+/+)由来再生軟骨では介在線維組織にペリオスチンが発現し、豊富な軟骨基質を再生したが、Pn(-/-)由来では介在線維組織にペリオスチンを欠き、軟骨再生は乏しかった。一方、再生軟骨をPn(+/+)およびPn(-/-)マウスに移植すると、Pn(+/+)移植では外周線維組織にペリオスチンが発現し再生軟骨の3次元形状は維持されたが、Pn(-/-)移植では外周にペリオスチンを欠き、再生組織の形態維持は困難となり、外部へ広がる不整形を呈した。以上より、ドナー由来のペリオスチンは内部介在線維組織に局在し軟骨の基質形成に関わり、ホスト由来のペリオスチンは外周線維組織に局在し再生軟骨の形態維持へ関与することが示唆された。

3.共局在するコラーゲンとペリオスチンの相互作用を評価するべく、in vivoでは Pn(+/+)およびPn(-/-)マウスの線維性組織の比較、in vitroではペリオスチン添加に伴うコラーゲンの変化を評価した。in vivoでは、Pn(-/-)マウスにおいてペリオスチン欠損に伴う線維組織の脆弱化が観察され、再生軟骨移植時の形状不整化所見と一致したが、外周線維へのペリオスチン添加により再生組織の形状不整に改善が認められた。実際in vitroで、ペリオスチン添加によりコラーゲンゲルの力学強度は向上し、電子顕微鏡像からはコラーゲン分子の会合促進と線維性の高次構造変化が確認された。

4.軟骨細胞に対するペリオスチンの作用を検討したところ、ペリオスチン含有培養液下では、軟骨細胞の増殖や分化に影響はなかった。一方、ペリオスチン含有コラーゲンを用いて軟骨細胞を3次元培養したところ、分化の促進が観察された。さらに、このペリオスチン含有コラーゲン上で培養した軟骨細胞では、AKTシグナルを介した細胞外基質シグナルが活性化していることが確認された。そのため、軟骨細胞に対するペリオスチンの生物活性は、ペリオスチンによるコラーゲンの高次構造化を介するものと示唆された。

以上、本論文ではぺリオスチンがコラーゲンへ作用しコラーゲン分子の高次構造化を促進することが示され、この変化により、再生軟骨周囲ではその形態保持に不可欠な外周線維が十分な強度を持って構築され、組織内部においては再生軟骨の成熟が促進されることが明らかとなった。再生組織が移植後、その形態を維持する機序はこれまで明らかになっていなかったが、本研究でぺリオスチンの分子機構を明らかにすることにより、ぺリオスチンが関与する線維組織構築と強度維持の機序が解明された。これにより、臨床的に厳密な3次元形態が求められる再生軟骨の形状維持が可能となることが示唆され、新たな再生医療技術につながる知見と思われた。以上より、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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