学位論文要旨



No 128280
著者(漢字) 佐々木,和人
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,カズヒト
標題(和) 大腸癌の抗癌剤感受性に対する抗マラリア薬(クロロキン)の影響
標題(洋)
報告番号 128280
報告番号 甲28280
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3939号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 准教授 長谷川,潔
 東京大学 講師 重松,邦広
 東京大学 講師 和田,郁雄
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

悪性新生物は本邦における死因の第1位を占めており、その中でも大腸癌は男女ともに増加傾向が著明である。大腸癌の治療としては、根治可能な症例は外科的切除が第一選択であり、根治手術不能例や進行再発大腸癌に対しては化学療法や放射線療法を含む集学的治療が行われているが、現状では十分な治療効果が得られていない。治療効果が限定される要因の一つに、癌細胞における抗癌剤の感受性低下が挙げられる。したがって、この感受性低下に関係する機序を解明し、効率よく制御することによって化学療法の効果を増強することは、大腸癌治療における重要な課題であり、大腸癌患者の予後改善に大きく寄与するものと考えられる。

近年、抗癌剤の感受性低下のメカニズムの一つとして、オートファジーが注目されている。オートファジーは、細胞がある種のストレスにさらされた際に誘導され、細胞成分や傷害を受けた細胞内器官などを自己のリソソームで分解して重要性の高いタンパク質の再合成に使用するという、正常細胞の恒常性維持に重要な機能である。抗癌剤や放射線によって傷害を受けた癌細胞においても、同様のメカニズムを介して、生存に必要な内部環境が維持されると考えられており、オートファジー阻害薬が癌細胞の治療感受性の増強につながるという概念が提唱されている。

本研究では、この仮説を検証すべく、オートファジー阻害薬として、抗マラリア薬や抗リウマチ薬として広く使用されているクロロキン(CQ)に注目し、大腸癌治療の中心的薬剤である5-fluorouracil(5-FU)の感受性に対するCQ併用の効果についてin vitro、in vivoの両面から検討した。

方法・結果

1) 大腸癌細胞の抗癌剤感受性に及ぼすクロロキンの影響

癌細胞に対する最小限の細胞毒性でオートファジー阻害効果を有するCQの濃度および作用時間を確認した後、5-FUの抗腫瘍効果に及ぼすCQの影響を検討した。CQ併用により、5-FUの増殖抑制効果の著明な増強を認めた(増殖抑制率. 5-FU; 21±10.0%、pre-CQ+5-FU; 48±1.2%、P < 0.001)。この実験系にて、5-FU単独群ではAVOs、LC3-IIの発現増加とp62の発現低下をきたし、オートファジーを誘導することが確認されたが、CQの併用により、p62の低下が有意に抑制され、オートファジーの抑制が増殖抑制効果の増強につながっている事実が確認された。また、細胞周期の解析にて、5-FU単独群ではS期停止を認めたのに対し、CQ併用群では高度のG0-G1期停止を認めた。さらに、CQ併用により、G1期からS期の進行に必要な細胞周期調節因子であるサイクリン依存性キナーゼ2(CDK2)の低下とCDK活性阻害因子(CKI)のp21(Cip1)、p27(Kip1)の増加を認めた。さらに、CQ前処置により、5-FUによるコロニー形成能の低下は長期にわたり持続した。

2) 大腸癌皮下移植モデルの抗癌剤感受性に及ぼすクロロキンの影響

上記1)の結果をin vivoで検証するため、マウス大腸癌細胞株Colon26の皮下移植腫瘍モデルを用いて検討したところ、5-FU単独群では明らかな抗腫瘍効果は示さなかったが、CQの併用群で腫瘍の成長が有意に抑制された。腫瘍組織由来のタンパク成分をWestern blotにて解析したところ、5-FU単独群ではLC3-IIの発現増加と軽度のp62の発現低下をきたし、オートファジーを誘導することが確認されたが、CQの併用によりp62の低下が抑制されることから、大腸癌皮下移植モデルにおいて、CQは5-FU誘導性オートファジーを阻害することが確認された。腫瘍組織のパラフィン包埋切片を用いてTUNEL染色によるアポトーシスの解析を行ったところ、CQの併用群では、control群、5-FU群と比較して有意なアポトーシスの増加を認めた(CQ+5-FU群; 7.80% (34.9-4.2)、vs control群 P = 0.008、vs 5-FU群P = 0.031)。また、western blotにて解析したところ、5-FU単独群では、プロアポトーシスタンパクBaxの増加と抗アポトーシスタンパクBcl-2の低下を認めたが、この変化はCQ併用群でより顕著になることが確認された。さらに、5-FU単独群では変化を認めなかったプロアポトーシスタンパクBadが、CQの併用によって有意に増加することが判明した。以上より、大腸癌皮下移植モデルにおいては、CQは5-FUによって誘導される腫瘍細胞のアポトーシスを増強することによって、その抗腫瘍効果を増強していると考えられた。

考察

大腸癌細胞株HT-29において、CQによるオートファジーの阻害が、5-FUによる増殖抑制作用を著明に増強することを確認した。また、5-FU単独により、G1期からS期への進行を阻害するp21(Cip1)、p27(Kip1)の発現が低下し、G1期からS期への進行を促進するCDK2の発現が増加したが、CQ併用により、これらのタンパクの量的変化が抑制されることから、CQがこれらの細胞周期関連タンパクの発現を調節する事によってG0/G1期での細胞周期の停止を誘導し、これが5-FUの効果を増強する直接の原因である事が推測された。また、5-FU単独では細胞増殖抑制とS期細胞の増加が認められることから、S期からG2/M期への移行が阻害されている。CQ併用によりS期細胞の減少とG0/G1期細胞の増加が認められることから、CQがG2/M check pointを阻害し細胞周期のリエントリーを増やし、genomeの異常をきたした細胞が分裂して、アポトーシス細胞の増加とともにG0/G1期細胞の増加をきたした可能性も考えられ、CQの及ぼす細胞周期への影響については今後の詳細な検討が必要と思われる。

一方、in vivoの検討においても、CQ併用によって皮下移植したマウス大腸癌細胞株colon26の成長に対する5-FUの抗腫瘍効果が顕在化すると共に、Bcl-2の減少やBadの発現増加が誘導された。Badは、Bcl-2と選択的に結合することでBcl-2からBaxの解離を誘導してアポトーシスの進行を促す一方、オートファジーを誘導し、細胞保護的な働きを有することが報告されている。Badの活性化が低レベル(sub-apoptotic level)ではオートファジーを誘導し、高レベル(apoptotic level)ではBax、Bakなどの発現増加が誘導された結果、アポトーシスの方向へ導き細胞死に至ると推測されることから、BadとBcl-2は共にオートファジーとアポトーシスを関連づける重要な因子と考えられる。In vivoにおけるCQと5-FUの相乗効果はアポトーシスに対する作用に起因することが推測された。

本研究を通して、CQと5-FUの併用が、大腸癌に対する新たなる治療戦略として有望であることが示唆された。CQは抗マラリア薬として既に広く臨床使用されていることから、癌治療への応用が比較的容易であり得られる経済効果も大きいと考えられるが、網膜症などの副作用も報告されており、5-FUとの併用が人体に与える影響についてはさらなる検討が必要と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、抗癌剤の感受性低下のメカニズムの一つとして、細胞内の分解系システムであるオートファジー(AP)に着目し、AP阻害薬として抗マラリア薬や抗リウマチ薬として使用されているクロロキン(CQ)に注目し、大腸癌治療の中心的薬剤である5-fluorouracil(5-FU)の感受性に対するCQ併用の有用性についてin vitro、in vivoの両面から検討を行い、下記の結果を得ている。

1. 大腸癌細胞(HT-29)の抗癌剤感受性に及ぼすCQの影響

(1)CQ併用により、5-FUの増殖抑制効果の著明な増強を認めた。

(2)CQ併用は、5-FU誘導性APを抑制し、主に高度のG0/G1期停止を誘導して5-FUの抗腫瘍効果を増強した。細胞周期の解析にて、5-FU単独においては、G1期からS期への進行を阻害するp21(Cip1)、p27(Kip1)の発現が低下し、G1期からS期への進行を促進するサイクリン依存性キナーゼ2の発現が増加したが、CQ併用により、これらのタンパクの量的変化が抑制されることが判明した。

2. 大腸癌皮下移植モデルの抗癌剤感受性に及ぼすCQの影響

(1)マウス大腸癌細胞株colon26の皮下移植腫瘍モデルにおいて、5-FU単独群では明らかな抗腫瘍効果は示さなかったが、5-FU とCQの併用により、腫瘍の成長が有意に抑制されることが示された。また、大腸癌皮下移植モデルにおいても、CQ併用は5-FU誘導性APを抑制することが示された。

(2)TUNEL染色によるアポトーシスの解析を行ったところ、5-FU とCQの併用群では、control群、5-FU単独群と比較して有意なアポトーシスの増加を認めた。また、腫瘍組織由来のタンパク成分をWestern blotにて解析したところ、5-FU単独群では、プロアポトーシスタンパクBaxの増加と抗アポトーシスタンパクBcl-2の低下を認めたが、この変化はCQ併用により顕著になることが示された。さらに、5-FU とCQの併用により、プロアポトーシスタンパクBadの有意な増加を認めた。以上より、大腸癌皮下移植モデルにおいては、CQは5-FU誘導性APを抑制し、5-FUによって誘導される腫瘍細胞のアポトーシスを増強することによって、その抗腫瘍効果を増強していると考えられた。

以上、本論文はAPが大腸癌細胞の抗癌剤の感受性低下に関して重要な役割を担っていることを確認した。また、大腸癌細胞において、CQ によるAP阻害が5-FUの抗腫瘍効果を増強することが示された。本研究は、大腸癌の新たな治療戦略を提唱する重要な研究であり、化学療法の治療成績を向上させ得る新たな戦略を提唱する研究であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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