No | 128281 | |
著者(漢字) | 進藤,潤一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シンドウ,ジュンイチ | |
標題(和) | 3次元画像解析技術を用いた肝の区域解剖に関する検討と臨床応用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128281 | |
報告番号 | 甲28281 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3940号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 肝腫瘍の根治的治療である肝切除術は、手術手技の工夫や手術機器の進歩とともに比較的安全に行うことができるようになり、近年では一昔前であれば手術困難とされたであろう困難な症例を扱う機会も増えてきた。より複雑かつ高度な技術求められるようになった現在の肝臓外科において、手術を安全に施行する上で最も重要なのは、「正確な解剖学的知識」である。 肝の外科解剖は1950年代にCouinaudが門脈分岐形態から分類した肝の区域理論が現在広く受け入れられ、肝臓病臨床の基礎となっている。しかし近年、術後の肝機能温存や肝再生にとって門脈血流はもちろん重要であるが、適切な静脈灌流路の確保もまた重要な因子であることが認識されるようになった。このように肝の血行動態を重視する現在の肝臓外科、肝移植外科においては、門脈ベースの区域分類であるCouinaudの理論だけでは術前の評価や手術経過に限界があり、肝区域理論を血流支配の面から再検討しようという動きがみられるようになってきた。中でもCouinaudとほぼ同時期にスウェーデンの解剖学者Hjortsjoが発表した肝区域理論は、門脈区域のみならず、静脈灌流域の分布もうまく反映し得る理論として、近年注目されている。 しかし、現行の解剖研究の問題点として挙げられるのは、その研究手法が「脈管分岐形態の形態学的観察」に大きく依存しているため、20世紀前半の解剖研究と原理的には全く進歩がなく、新しい解剖学的知見を客観的な裏付けをもって示すまでには至っていないという点にある。 そこで本研究では近年肝臓外科分野で臨床応用の進んでいる3次元画像シミュレーション技術を用いて従来不可能であった様々な切り口から肝の区域解剖を詳細に検討し、CouinaudとHjortsjoの理論の妥当性を比較検証するとともに、実臨床に即した新たな肝区域モデルの確立とその臨床的裏付けを行った。 【方法】 現行のCouinaudの区域理論、そしてHjortsjoの区域理論(下図)について、門脈分岐形態、静脈灌流パターン、臨床的側面の3点から比較検討した。解析には2003年4月~2009年5月に東京大学人工臓器移植外科で生体肝移植ドナー候補となった健常成人100名の3次元CTデータを用いた。 【結果】 1)門脈分岐形態 まず、右傍正中領域門脈の3次分枝の分岐パターンを見てみると、頭側(P8)・尾側(P5)に分岐するという従来の認識に当てはまるケースは7%と少なく、多くはHjortsjoが述べたような腹・背側への分岐傾向を示した。右外側領域門脈の3次分枝に関してもP6・P7へ2分岐を示すケースは46%に過ぎず、下図右のようにP6・P7の区別が困難なケースの方が多かった。 2)区域間境界面 Couinaudは上区(S7, S8)・下区(S5, S6)境界に相当する面として"transverse plane"を定義したが、目印となる解剖構造がなく、形態学的にもそれを認識することは困難であった。3次元シミュレーションで得られた上区・下区境界線と理論上のtransverse planeと比較すると、両者の位置が一致した率はわずか18%であった。3次元画像解析にて明瞭なavascular planeとして認識できた区域間境界面は、(1)右肝静脈を含む右門脈裂(右傍正中・右外側領域境界)と(2)V8iを含む右傍正中領域頭側部(S8)のみであり、右傍正中領域尾側部(S5)の腹背側境界やCouinaudのS5-S8, S6-S7境界についてはメルクマールとなる静脈枝がなく外観上もはっきりしなかった。 3)静脈灌流範囲と門脈区域 肝静脈の灌流域分布をHjortsjoの肝区域と重ね合わせてみると、右傍正中領域腹・背側境界と中肝静脈・右肝静脈の分水嶺は62%のケースで一致しており、残り38%の症例では尾側部S5における門脈区域と静脈灌流域の間にずれが認められたものの(右図矢印)、頭側部S8ではやはり門脈区域と静脈灌流域が一致していた。 4)Hjortsjoの肝区域と肝臓外科臨床 生体肝移植ドナーの残肝再生率をHjortsjoの区域別に追ってみると、ドレナージ静脈である中肝静脈が失われた場合は右傍正中領域腹側部が、右肝静脈が失われた場合は右傍正中領域背側部が有意な萎縮を示した。 5)新しい肝区域分類 ここまでの結果からはCouinaudの頭・尾側方向の分類を支持する解剖学的・臨床的根拠は少なく、Hjortsjoの理論の方が門脈区域・静脈灌流域をある程度うまく表現し得ることが確認された。ただし、右傍正中領域の解剖構造を見たときに、S8領域では腹・背側分類が明瞭であるのに対し、S5では腹・背側領域境界が必ずしも明瞭でなく、静脈灌流パターンとのずれも見られる。そこでHjortsjoの理論を改変し、右傍正中領域を頭側部で腹・背側に2分(S8vent, S8dor)、尾側部を1つの機能単位(S5)ととらえた新しい区域分類(modified Hjortjo's classification)を考案した(右図)。 6)Modified Hjortsjo's classificationと肝細胞癌の切除成績 新しい区域分類の臨床的妥当性を示すために、1994年~2010年に当科で切除を行った1,159例の肝細胞癌症例から、初発かつ単発の5cm以下のS8腫瘍で、Segment未満の切除術式で根治切除が可能であった41例を抽出し、術式による再発率の違いについて検討を行った。 系統的切除(S8vent切除あるいはS8dor切除)と非解剖学的切除(部分切除)で治療された症例の再発率を比較すると、下図のように系統的切除を行った症例の方が再発が明らかに少なく、再発に関する多変量解析からも非系統的切除はハザード比2.9(95%CI 1.2-7.4, p=0.02)で術後再発と有意な相関を示すことが示された。 【結論】 本研究では3次元画像解析技術を用いた新しい視点からCouianudの肝区域理論、Hjortsjoの肝区域理論の妥当性を再検証し、得られた解剖学的知見と臨床的な裏付けに基づいて、より肝臓外科臨床に有用と考えられる新しい区域分類(modified Hjortsjo's classification)を提唱した。また、過去の臨床データに基づき、新理論で亜区分したS8腹側領域、背側領域の系統的切除が、肝細胞癌の局所再発抑制の点で従来の非系統的切除よりも優れていることを示した。 肝細胞癌の外科治療においては、担癌領域の系統的切除が望ましいとされてはいるものの、腫瘍条件別にどのようなデザインで切除を行うのが適切であるのかについては未だエビデンスが少なく、決着がついていない。今回の検討では現行の区域理論を新しい切り口から多角的に再検証し、臨床に有用と思われる新しい肝区域モデルを構築した。今後この新しい区域理論に則り、根治性と安全性を確保できる妥当な肝切除のデザインを解剖学的側面と臨床的側面の双方からさらに検討し、肝細胞癌に対する適切な術式選択のためのアルゴリズムを構築したいと考える。 Couinaudの区域分類 Hjortsjoの区域分類 左図:右傍正中領域門脈枝の分岐形態 右図:右外側領域門脈枝の分岐形態 Hjortsjoの肝区域と肝静脈灌流域の関係 A: 左肝グラフト採取後(n = 24)、B: 右外側領域グラフト採取後 (n=7) 静脈うっ血を来した領域(左肝グラフト採取後の右傍正中領域腹側部、右外側領域グラフト採取後の右傍正中領域背側部)は3か月後のvolumetryで萎縮を認める。AV: 右傍正中領域腹側部、AD: 右傍正中領域背側部、P: 右外側領域、L: 左肝 New classification | |
審査要旨 | 本研究は現行の肝区域理論の矛盾点を明らかにし、実臨床に則した肝区域の捉え方を検証するため、近年臨床応用の進んでいる3次元画像シミュレーション技術を用いて新しい切り口から従来の肝の区域理論(Couinaudの肝区域理論、Hjortsjoの肝区域理論)を再検証し、臨床に即した肝区域モデルの確立とその妥当性の裏付けを行ったものであり、以下の結果を得ている。 1.3次元シミュレーションを用いた門脈の分岐形態の検討 ・右傍正中領域門脈の3次分枝の分岐パターンの解析からは、頭側(P8)・尾側(P5)に分岐するという従来Couinaudの認識に当てはまるケースは7%と少なく、多くはHjortsjoが述べたような腹・背側への分岐傾向を示した。 ・右外側領域門脈の3次分枝の分岐パターンについてはCouinaudの理論のようなP6・P7へ2分岐する症例は46%に過ぎず、残りの54%では弓状に走行する主門脈枝から放射状に枝が分岐し、P6、P7の区別が困難であった。 ・Couinaudが右肝の上区(S7, S8)・下区(S5, S6)境界に相当する面として定義したtransverse planeはメルクマールとなる解剖学的構造がなく、その存在を認識することが困難であった。また3次元シミュレーションから得られる上区・下区境界と理論上のtransverse planeとの一致率はわずか18%であった。 ・以上から現行のCouinaudの区域分類を強く支持する解剖学的根拠は少なく、Hjortsjoの区域理論が実際の門脈分岐をうまく表現しうる可能性が示された。 2.肝の血行動態と区域分類の関係 ・肝静脈の灌流域分布をHjortsjoの肝区域と重ね合わせてみると、右傍正中領域腹・背側境界は中肝静脈・右肝静脈の分水嶺と62%のケースで一致することが示された。残り38%の症例では尾側部S5において門脈区域と静脈灌流域の間にずれが認められたが、頭側部S8ではやはり区域間境界と一致していた。 ・生体肝移植ドナーの残肝再生率をHjortsjoの区域別に追ってみると、ドレナージ静脈である中肝静脈が失われた場合は右傍正中領域腹側部が、右肝静脈が失われた場合は右傍正中領域背側部が術後3ヶ月までに有意な萎縮を示した。 ・以上の知見よりHjortsjoの理論は肝静脈のドレナージ形態についても表現しうる分類であると考えられた。 3.新しい肝区域モデルの提唱と臨床上の意義の検討 ・解剖学的検証により現行のCouinaudの肝区域理論よりはHjortsjoの理論の方が、実際の脈管分岐形態、血行動態を上手く表現し得ることが示されたが、S5領域では腹・背側の境界が不明瞭であることが多く、また同Segmentは比較的狭い領域であることもありHjortsjoの原論通りの分類も必ずしも容易でないことも明らかとなった。これを踏まえ、S5を1つの区域ととらえ、S8を腹・背側に分ける新しい肝区域モデルmodified Hjortsjo's classificationを提唱した。 ・新分類に従ってS8腹側(S8vent)・S8背側(S8dor)に存在する肝細胞癌に対する系統的切除(S8vent切除、S8dor切除)、非系統的切除(部分切除)の成績を比較すると、系統的切除を行ったケースで再発が明らかに少なく(p=0.015)、非系統的切除はハザード比2.9(95%CI 1.2-7.4, p=0.02)で術後再発と有意な相関を示すことが多変量解析から示された。 ・以上から本検討で提唱した肝区域モデルが腫瘍学的にも意義のあるものと考えられ、肝機能不良の肝細胞癌症例に対する新しい肝切除術式のオプションを提示し得る可能性が示唆された。 以上、本論文は3次元画像解析技術を用いて、従来不可能であった多角的な切り口から肝内脈管と血行動態の特徴を検討し、現行の肝区域理論の矛盾点を明らかにするとともに、より臨床上妥当な区域モデルを提示した。さらにこの新しい肝区域モデルに従った肝切除が腫瘍学的に再発抑制の観点から有利である可能性を示した。本研究は解剖学に基づいた妥当な肝臓外科手術の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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