学位論文要旨



No 128282
著者(漢字) 高本,光子
著者(英字)
著者(カナ) タカモト,ミツコ
標題(和) 日本人正常眼圧緑内障の感受性遺伝子の検索
標題(洋)
報告番号 128282
報告番号 甲28282
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3941号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 講師 相原,一
 東京大学 講師 柿木,章伸
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 特任准教授 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

緑内障は、進行性の網膜神経節細胞のアポトーシスを主体とする神経変性疾患であり、障害部位に対応した視野障害を生じる。世界の失明原因の主要なものの一つであり、全世界における有病者は6000万人にのぼると推定される。

高い眼内圧(眼圧)は緑内障を生じさせる明らかな要因であり、現在のところ眼圧下降のみが緑内障による視野障害の進行を抑える唯一の確立された治療法であるが、視神経障害を生じるメカニズムの詳細は明らかではない。

緑内障の中で最も一般的な病型は、開放隅角緑内障primary open-angle glaucoma (POAG)であり、眼圧を2次的に上昇させる臨床所見を認めない原発性の緑内障である。成人発症、眼圧依存性、慢性進行性という特徴を持つ。さらに、POAGの中でも、無治療時眼圧が常に正常値とされる21mmHg 以下のものを正常眼圧緑内障(normal-tension glaucoma、NTG)、21mmHgを超えるものを狭義POAGとして分類する。 NTGと狭義POAGはPOAGという同一のスペクトラムに分類されるが、両者には様々な臨床的、病理的な違いが報告されており、何らかの病因論的な違いが存在する可能性がある。さらに、NTGの狭義POAGに対する比率は、欧米人及びアフリカ系アメリカ人では1.0前後、韓国人では3、日本人では10以上と人種差が認められる。NTGの有病率そのものも、欧米人では1%以下に対し日本人では3.6%と日本人で高く、人種的地域的な背景の違いがNTG発症に関わっていると考えられる。

POAGは家族集積性が認められ、同胞再発危険率は2.32~4.37と報告されている。常染色体優性遺伝のNTG家系を対象に行われた解析で10番染色体上のoptineurin(OPTN)がNTGの原因遺伝子として同定された。ただし、optineurinの変異は非常に稀である。候補遺伝子アプローチではapolipoprotein E (APOE)、OPA1、toll-like receptor 4(TLR4)とNTGの関連が報告されている。ただし、結果が一貫していないものやサンプルサイズが非常に小さいものもあり課題も残る。近年、日本人NTGを対象にゲノムワイド関連解析 genome-wide association study (GWAS) が行われ、2番染色体のS1 RNA binding domain (SRBD1)遺伝子のrs3213787 がNTGとの関連を報告されている。

我々は、NTGの有病率の高い日本において、NTG感受性遺伝子座を同定すべくGWASを行った。

【結果】

1.1次スクリーニング、2次スクリーニング、及びreplication study

1次スクリーニング、2次スクリーニング、及びreplication studyの流れを図1に示す。

1次スクリーニングでは、約90万か所のSNPをタイピング可能なAffymetrix genome-wide human SNP array 6.0 を用いた。厳格なquality control(QC) のための基準を通過した患者群286 検体、コントロール群 557 検体、531,009 か所のSNP を対象とし、各SNPのCochran-Armitage trend testを実施した。genomic inflation factor (λ)は1.047であり、集団の構造化はないと判断した。1次スクリーニング単独ではGWASとしての有意水準(p=9.416×10(-8)、ボンフェローニ法による)を満たすSNPは認められなかった。

2次スクリーニングでは、1次スクリーニングとは独立した患者群175検体、コントロール群514検体を用い、1次スクリーニングで低いp値が得られた遺伝子座30領域の30SNPsを対象に解析を行った。9番染色体のp21領域に存在するrs523096 において、NTGとの有意な関連を得た(p=5.49×10(-4),OR = 2.17 (95% confidense interval (CI) 1.39-3.41))。1次スクリーニングと2次スクリーニングを合わせた結果、このSNPはGWASの有意水準を満たした(combined p=5.16×10(-8),OR=2.06 (95% CI 1.58-2.68))。

rs523096をさらに独立のセット(患者群159 検体、コントロール群187 検体) を用いてreplication studyを行ったところ、1次及び2次スクリーニングの結果を再現した(p=1.19×10(-4))。最終的に、3つの患者・コントロールセットを合わせると、p=1.82×10(-11)であった (表1) 。

9番染色体p21領域のdense association mapping

1次スクリーニングで関連を認めた強い連鎖不平衡領域を含む87 kbpの領域の29 SNPを2次スクリーニングのサンプルセットを用いて解析した。このうち、最も低いp値を得たのは、rs643319(p=6.91×10(-5))であった。rs523096、rs643319と強い連鎖不平衡にある複数のSNPが同程度にNTGとの強い関連を示した。imputation analysis では、rs523096やrs643319のp値を大きく下回るSNPは同定されなかった。

【考察】

本研究では、9番染色体p21領域の遺伝子CDKN2Bの10kbp上流かつCDKN2BASのイントロンでもある場所に位置するSNPであるrs523096と日本人NTGの有意な関連を示した。

さらに我々は、同領域のdense association mappingを行った。スクリーニングで有意な関連を示したrs523096と強い連鎖不平衡にある複数のSNPで強い関連が再現されたが、imputation analysisやハプロタイプ解析の結果を含めても、関連解析では本領域の責任SNPとして一つのSNPに絞ることはできなかった。この領域は、近年、欧米人POAGおよび健常人の視神経乳頭の形状(vertical cup to disc ratio, VCDR)と関連のある領域として報告された領域である。我々の見いだしたSNPは、POAG及びVCDRとの関連が示されているSNPと比較し、より強いNTGとの関連を示した。さらに、rs523096のリスクアレルは日本人において頻度が高く、欧米人ではより低いことが知られており(アレル頻度:0.907(JPT)、0.551(CEU)、HapMap data)、日本人におけるNTGの有病率が高いことの説明の一つになる可能性がある。

今回関連を認めた領域には、cyclin-dependent kinase inhibitor 2A (CDKN2A)、cyclin-dependent kinase inhibitor 2B (CDKN2B)、タンパクをコードしないCDKN2B antisense RNA 1(CDKN2BAS、 またはANRIL)が存在する。CDKN2A、2Bにコードされているp16INK4a と p15INK4b は癌抑制遺伝子として良く知られている。CDKN2Bの発現は、transforming growth factor beta (TGF-β)により劇的に誘導されることも知られおり、TGF-β誘導増殖抑制作用にCDKN2Bが関わっている可能性もある。TGF-β は網膜や視神経の発達及び、緑内障との関連も示唆されている。実際、今回関連の示された領域には、TGF-β関連タンパク(Smad, sp1, miz-1 and myc)の結合する制御領域がある。CDKN2Aにコードされているp16INK4a と p14ARF は、Rb 経路やp53経路を制御し、細胞周期の進行の阻止、 アポトーシス、老化を誘導する。これらの経路は、網膜神経節細胞のアポトーシスにも関わっている。CDKN2BASは巨大なnon-coding gene で、機能の詳細は不明だが、CDKN2BASによって近傍のCDKN2BやCDKN2Aの発現量に変化をもたらす可能性がいくつか報告されている。

我々は、9番染色体21領域とNTGとの関連を見いだした。疾患の発症に実際に関わっている遺伝子多型を同定し、緑内障性視神経障害の病態にどのように関わっているかを明らかにするためには、機能解析を含めたさらなる検討が必要であると考えられた。

図1 1次スクリーニングからReplication studyまでの流れ

表1. 各stageに おけるrs523096の関連解析の結果

a: 1次及び2次スクリーニングのcombined p、b: 3つの患者・対照群のcombined p

raf: risk allele frequency, OR: odds ratio, 95% CI: 95% confidence interval.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、正常眼圧緑内障の感受性遺伝子を明らかにするため、日本人正常眼圧緑内障患者を対象に一塩基多型(SNP)を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1.1次スクリーニングでは、厳格なquality controlのための基準を通過した患者群286 検体、コントロール群 557 検体、531,009 か所のSNP を対象とし、各SNPの関連解析を行った。2次スクリーニングでは、1次スクリーニングとは独立した検体を用い、1次スクリーニングで低いp値が得られた遺伝子座30領域の30SNPsを対象に解析を行った。9番染色体の1SNP において、NTGとの有意な関連を得、1次スクリーニングと2次スクリーニングを合わせた結果、このSNPはGWASの有意水準を満たした(combined p = 5.16 × 10(-8))。

2.スクリーニングで有意な関連を認めたSNPについて、さらに独立の患者・コントロール群を用いてreplication studyを行ったところ、1次及び2次スクリーニングの結果を再現した。最終的に、3つの患者・コントロールセットを合わせると、p=1.82×10(-11)であった。

3.1次スクリーニングで関連を認めた領域のdense association mappingを行ったが、1次スクリーニングで低いp値を示したSNPと同等の関連を示すSNPを複数見出した。imputation analysis、haplotype解析を行ったが単点での解析より強い関連を示すものは見いだせなかった。

4.本研究で明らかになった感受性領域は欧米人開放隅角緑内障のGWASで報告されている感受性SNPの近傍であったが、過去に関連の示されているSNPより強い正常眼圧緑内障との関連を示すSNPを見いだした。

本研究は、日本人の正常眼圧緑内障の感受性領域を一つ同定した。厳格なquality controlのためのフィルターを用い質の高いデータを得て関連解析を行い、有意な結果を得ている。さらに、スクリーニングとは独立のサンプルセットを用いて再現性の確認も行っており、結果の信頼性は非常に高く、GWASとして意義のある結果を得ている。

正常眼圧緑内障は、高眼圧を最大のリスクファクターとする緑内障の中にあって、唯一眼圧が正常値の病型である。緑内障性視神経障害の発症のメカニズムの詳細は明らかではないが、正常眼圧緑内障を対象に関連解析をすることは、高眼圧をもたらす遺伝的要因以外の、眼圧に対する高感受性を決める要因や眼圧とは別の要因が明らかになる可能性がある。本研究で見いだした感受性領域は今後これらの要因の解明に大きく貢献するものと期待されその意義は大きく、学位の授与に値するものと考えられる。

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