学位論文要旨



No 128284
著者(漢字) 野地,秀一
著者(英字)
著者(カナ) ノジ,シュウイチ
標題(和) 抗4-1BB抗体を用いた腫瘍内細胞傷害性T細胞の選択的活性化
標題(洋)
報告番号 128284
報告番号 甲28284
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3943号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中島,淳
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 准教授 西山,伸宏
 東京大学 講師 和田,郁雄
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

1991年に細胞傷害性Tリンパ球(cytotoxic T lymphocyte:CTL)の標的となる腫瘍特異抗原が同定された。その後、数多くの腫瘍抗原が同定され、それらを標的とした癌特異的免疫療法がさまざまな癌に対して試みられている。「がんワクチン」や「細胞移入治療」などの癌特異的免疫療法において、CTLなどのT細胞が腫瘍排除の中心的役割を担っている。しかしながら、腫瘍内は免疫抑制性環境であり、腫瘍に対する免疫応答が誘導されているにも関わらず、抗腫瘍効果を得ることができないことが問題となっている。そこで、本研究では、腫瘍特異的CTLに対して、腫瘍内の免疫抑制性環境に打ち勝つ強力な活性化を引き起こす免疫増強法を検討した。

一般的にT細胞が活性化、増殖、分化し、CTLとしてのエフェクター機能を獲得するには、抗原認識(シグナル1)と共刺激分子を介した補助シグナル(シグナル2)の2つのシグナルが必要である。正と負の制御作用を持つ共刺激分子に対する抗体を用いて、抗腫瘍免疫反応を増強する治療法が、すでに試みられている。しかしながら、正の共刺激分子であるCD28に対する完全ヒト型抗CD28モノクローナル抗体製剤TGN1412の臨床治験においては、活性化されたT細胞からの急激なサイトカイン放出が全身性の炎症反応を引き起こす「サイトカインストーム」による重大な副作用が発生した。

また、4-1BBを標的とした免疫増強法についても、すでに検討がなされているが、抗腫瘍効果の増強を目的として高用量の抗4-1BB抗体を反復投与した報告例においては、抗原非特異的なCD8+T細胞の活性化による有害事象を認めており、また実際にヒトにおいても肝炎などの有害事象を生じたため、臨床試験が中断されている。このため、共刺激分子を標的とした抗体治療においては、腫瘍内に浸潤し、腫瘍を認識した腫瘍特異的CTLにおいてのみ発現している共刺激分子を選択することが望ましい。4-1BBに対しても、その発現パターンを詳細に解明し、抗4-1BB抗体の標的に特異性を持たせることによって、従来の抗体治療における問題点を克服できると考えた。

そこで本研究において、はじめにマウスの腫瘍特異的CTL治療モデルを用いて、標的とするCTLの体内動態を検討した。次に、4-1BBは、腫瘍以外の組織に浸潤したCTLおよび宿主免疫細胞には発現がみられず、腫瘍内の腫瘍特異的CTLに選択的に発現している共刺激分子であることを示し、腫瘍内のCTLを選択的に活性化する標的分子としての有用性を検証した。そして、実際に、4-1BBを標的とした刺激抗体を用いることにより、他の臓器を傷害することなく、腫瘍内の腫瘍特異的CTLを選択的に活性化し、抗腫瘍効果の増強が得られるかを検討した。

方法と結果

C57BL/6マウスにB16F10メラノーマ細胞を皮下接種して担癌マウスを作成した。B16F10に発現する腫瘍抗原gp100特異的なT細胞受容体遺伝子(TCR)が導入されたPmel-1マウスから分離した脾細胞を、樹状細胞により刺激することで、B16F10メラノーマ細胞特異的CTLを誘導した。刺激後3日目の抗原特異的CTLは、活性化エフェクター細胞に特徴的な細胞表面マーカーを発現しており、このCTLをB16F10接種から9日目の担癌マウスに投与した。

CTL治療後5日目の腫瘍体積では、無治療群(370±204.9mm3)に対し、CTL投与群(93.6±42.3mm3)では有意な腫瘍の増殖抑制がみられた(p<0.05)。投与したCTLは投与後1日目から腫瘍内へ浸潤し始め、投与後3日目に腫瘍内へ著しく浸潤していた。また、CTLは末梢血、所属リンパ節、脾臓、肺、肝など腫瘍以外の全身組織へも浸潤していた。

CTL治療後3日目に全身のCTLについて、共刺激分子の発現をフローサイトメーターで解析したところ、CD27、CD28、GITRは腫瘍内だけではなく、全ての組織のCTLにおいて強い発現がみられた。これらに対し、OX40と4-1BBは腫瘍内のCTLにおいては発現がみられたが、腫瘍以外の組織におけるCTLでは発現がみられなかった。腫瘍内のCTLにおいて、4-1BBの発現(40.3±3.8%)は、OX40の発現(9.1±0.3%)に比べ高く、4-1BBがより有望な共刺激分子と考えられた。

CTLの抗原認識に伴う共刺激分子の発現変化を検討したところ、4-1BBはnaive CTLでは発現がみられず、樹状細胞による抗原刺激をうけると、その発現は上昇した。投与時に4-1BBの発現が低下した後、CTLが腫瘍内に浸潤すると再びその発現は強く上昇した。このことから、CTLが腫瘍内に浸潤し抗原認識をすることにより、4-1BBはCTL上に誘導されたと考えられた。

さらに、CTL治療後の各組織における宿主のCD8、NK、CD4細胞の4-1BB発現について検討した。これらの宿主免疫細胞では、腫瘍内においてのみ4-1BBの発現がみられ、腫瘍以外の組織においては4-1BBの発現はほとんどみられなかった。

以上の結果から、4-1BBは腫瘍以外の組織におけるCTLおよび宿主免疫細胞には発現せず、腫瘍内に浸潤し腫瘍を認識したCTLで発現が増強しており、腫瘍特異的CTLを選択的に活性化させる最も有望な標的分子であると考えられた。

そこで、4-1BBのアゴニストである抗4-1BB抗体のCTLに対する作用について、はじめにin vitroで検討した。抗4-1BB抗体は、抗原認識していないCTLに対しては活性化しないが、抗原認識し4-1BBの発現が増強したCTLを強く活性化し、IFN-γ産生を増強していた。

次に、CTL治療モデルに抗4-1BB抗体投与を併用して抗腫瘍効果の検討を行った。腫瘍内のCTLをすみやかに活性化するために、CTLの腫瘍内浸潤のピークであるCTL治療後3日目に抗4-1BB抗体100μgを腹腔内に単回投与した。その結果、抗4-1BB抗体投与群では、rat IgG抗体投与群と比べ、CTL治療後7日目以後、抗腫瘍効果が増強していた(p<0.05)。

腫瘍内に浸潤したCTL数について検討したところ、rat IgG抗体投与群と比較して抗4-1BB抗体投与群で、腫瘍内CTLの増加はみられなかった。次に腫瘍内におけるCTLのIFN-γ発現を検討したところ、抗体投与から6時間後で、rat IgG抗体投与群(11.6±1.7%)と比較して、抗4-1BB抗体投与群(17.7±2.9%)において増強を認めた(p<0.01)。また、IFN-γ+細胞のMFI(Mean fluorescence intensity)についても、rat IgG抗体投与群(24.8±3.6%)と比較して、抗4-1BB抗体投与群(33.9±6.1%)では増強がみられた(p<0.05)。細胞傷害性顆粒タンパク質であるGranzyme Bにおいても、同様の結果が得られた。これらのことから、4-1BB刺激によって、腫瘍内のCTLにおいて、1つ1つの細胞あたりのエフェクター機能が増強されていることが示された。

抗4-1BB抗体投与によって、腫瘍内CTLではIFN-γ産生の増強がみられたが、腫瘍以外の組織内のCTLにおいては、抗4-1BB抗体投与によるIFN-γの産生増強は全くみられなかった。宿主のCD8、NK、CD4細胞においても、抗4-1BB抗体投与によるIFN-γ産生の増強はみられなかった。すなわち4-1BB刺激は、腫瘍を含む各組織において、宿主免疫細胞を活性化しないことが確認された。病理組織学的検査においても、抗4-1BB抗体の投与により、脾、肺、肝の各組織における炎症所見などはみられなかった。

以上のことから、4-1BB刺激は、腫瘍以外の臓器傷害を起こさずに、腫瘍内の腫瘍特異的CTLを選択的に活性化し、抗腫瘍効果を増強することが示された。

考察

本研究において、4-1BBは、腫瘍以外の組織に浸潤したCTLおよび宿主免疫細胞には発現がみられず、腫瘍内の腫瘍特異的CTLに選択的に発現している共刺激分子であることを示し、4-1BBを標的とした刺激抗体を用いることにより、他の臓器を傷害することなく、腫瘍内の腫瘍特異的CTLを選択的に活性化し、抗腫瘍効果の増強が得られることを明らかにした。

抗4-1BB抗体を用いた臨床試験において、高用量の抗体を反復投与したことによって、ポリクローナルなCD8+T細胞を活性化し、肝炎を生じた例が報告されている。本研究において抗4-1BB抗体は、腫瘍以外の組織におけるCTLや、腫瘍を含む各組織における宿主免疫細胞を活性化しなかった。腫瘍内へ浸潤し4-1BB発現の増強したCTLを活性化することを目的として、CTLの腫瘍内浸潤のピークを狙って抗4-1BB抗体を単回投与したことが、有害事象の防止に結びついたと考えられる。

今日では臨床試験として、免疫細胞における共刺激分子を標的とした抗体治療が盛んに行われている。有害事象を生じたために臨床試験が中断されている抗4-1BB抗体においても、T細胞の抗原認識や活性化・分化に伴った共刺激分子の時間的な発現変化と、共刺激分子を発現する細胞の種類や存在部位をしっかりと把握し、腫瘍内に標的となる4-1BB分子を発現する腫瘍特異的エフェクター細胞を集積させた上で、刺激抗体を投与することにより、有害事象を起こさずに、強力な抗腫瘍効果を得ることが可能であった。免疫刺激分子を標的とする抗体治療においては、標的分子の発現制御メカニズムに基づいた治療戦略が重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、癌に対する免疫細胞治療において、免疫細胞上の共刺激分子の発現解析を行い、それらのうち4-1BBに対する抗体刺激を行うことにより腫瘍内に存在する腫瘍特異的CTL(細胞傷害性T細胞)を選択的に活性化する免疫増強法の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. マウスの腫瘍特異的CTL治療モデルを用いて、移入されたCTLの腫瘍内浸潤と全身臓器への分布をフローサイトメトリーにより解析した。CTL治療により腫瘍の増殖抑制が認められ、移入CTLは腫瘍内において治療後3日目に著しい増加を示した。同時に移入CTLは、末梢血、脾臓、所属リンパ節、肺、肝など全身の各組織にも分布していることが示された。

2. CTL治療後3日目の腫瘍および全身の各組織における移入CTL上の共刺激分子の発現解析を行い、4-1BBは腫瘍以外の組織内のCTLにおいては発現がみられず、腫瘍抗原を認識することによって腫瘍内のCTLにおいて特異的に4-1BBが発現していることを示した。また、腫瘍以外の各組織においては、CTLのほか、CD8、NK、CD4 細胞のいずれの宿主免疫細胞においても、4-1BB発現がみられなかった。

3. in vitroにおける抗4-1BB抗体のCTLに対する作用を検討した。抗4-1BB抗体は、抗原認識していないCTLに対しては活性化しないが、抗原認識し4-1BBの発現が増強したCTLを強く活性化し、IFN-γ産生を増強することを示した。

4. CTL治療モデルにおいて、抗4-1BBモノクローナル抗体投与を併用して、抗腫瘍効果の検討を行った。CTLの腫瘍内浸潤のピークである治療後3日目に抗4-1BB抗体100μgを単回腹腔内投与することにより、CTL治療における抗腫瘍効果の増強が得られた。抗4-1BB抗体投与単独では腫瘍の増殖抑制はみられず、宿主細胞に対しては活性化を引き起こしていないことが示された。

5. CTL治療における抗4-1BB抗体による抗腫瘍効果増強のメカニズムを検討した。腫瘍内のCTL数について検討したところ、本研究における治療モデルにおいては、4-1BB刺激は腫瘍内CTLの生存や増殖を高める作用を示していないことを明らかにした。その一方で、4-1BB刺激は、腫瘍内CTLに作用し、1つ1つの細胞あたりのエフェクター活性を増強していることを示した。

6. 抗4-1BB抗体投与によって、腫瘍内CTLの活性化が生じるが、腫瘍以外の組織におけるCTLに対しては活性化を引き起こしていないことを示した。また、腫瘍を含む全身の各組織において、抗4-1BB抗体は宿主免疫細胞の活性化を引き起こしていないことを明らかにした。脾、肺、肝においては病理組織学的にも臓器傷害が生じていないことを示し、本研究における抗4-1BB抗体の投与方法によって、有害事象を防止したうえで、抗腫瘍効果を増強できることを示した。

以上、本論文は、癌に対するエフェクター細胞における共刺激分子の発現パターンを解析し、4-1BBが抗原認識により腫瘍内CTLに特異的に発現していることを示した。さらに、4-1BBに対する抗体刺激により、腫瘍内の腫瘍特異的CTLを選択的に活性化し、有害事象を防ぎ、抗腫瘍効果の増強が得られることを明らかにした。本研究は、免疫刺激分子を標的とした抗体治療において、発現制御メカニズムに基づいた新たな治療戦略を示したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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