学位論文要旨



No 128287
著者(漢字) 増田,裕也
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ヒロナリ
標題(和) 破骨細胞における Bcl-2 ファミリー蛋白 Mcl-1の作用機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 128287
報告番号 甲28287
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3946号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 講師 河野,博隆
 東京大学 講師 坂本,幸士
 東京大学 講師 小川,純人
内容要旨 要旨を表示する

我々のグループでは以前より破骨細胞に関しての研究を行っており、特に破骨細胞のアポトーシスにおける Bcl-2 ファミリー蛋白の制御機構に関してすでにいくつかの報告を行っている。Akiyama らは Bcl-2 ファミリーの中で BH-3 only グループに属する Bim の破骨細胞における働きについて研究を行い、Bim は破骨細胞の細胞生存能を負に制御しているにもかかわらず、破骨細胞の骨吸収能に対しては正に制御を行っていることを明らかとした。Nagase らは Bcl-2 ファミリーのうち anti-apoptotic グループに属する Bcl-2 の破骨細胞における働きについて研究を行い、Bcl-2 は破骨細胞の細胞生存能・骨吸収能を両方とも正に制御していることを報告している。岩澤らは同じグループの Bcl-XL が破骨細胞生存能は正に、破骨細胞骨吸収能は負に制御することを報告している。

今回私が研究対象として注目した Mcl-1 は、上記の Bcl-2 や Bcl-XL と同じく Bcl-2 ファミリーの中で anti-apoptotic グループに属する蛋白である。Mcl-1 は 1990 年 Kozopas らによって Human myeloid leukemia cell line ( ML-1 ) の単球 / マクロファージへの分化過程で発現する蛋白として同定された。その後の蛋白配列の研究により、いくつかのドメインにおいて Bcl-2 と相同性をもつことが明らかとなり、Bcl-2 ファミリーの一員として数えられることとなった。その後、ML-1 細胞以外でもこの Mcl-1 の発現が確認され、細胞分化・細胞生存の場面に働いていることが確認された。Anti-apoptotic な Bcl-2 ファミリー蛋白は基本的には 4 つの BH ドメインを有しているが、Mcl-1 は他の anti-apoptotic Bcl-2 ファミリーとは異なり、BH ドメインを 3 つしか有していないという構造的な特徴を持つ。本来 4 番目の BH ドメイン (BH4 domain) があるべき N 末端側には BH ドメインの代わりに PEST ドメインを有する。PEST ドメインとは プロリン (P) , グルタミン酸 (E) , セリン (S) , スレオニン (T) に富んだ領域で、このドメインを持つ蛋白は短い半減期を持つという特徴を備えていることが多い。Mcl-1 も短い半減期を有することが報告されており、他の anti-apoptotic Bcl-2 ファミリーとの相違点となっている。またMcl-1 はその C 末端側には他の anti-apoptotic Bcl-2 ファミリーと同様に transmembrane ドメイン (TM ドメイン) を有しており、このドメインの働きによって

Mcl-1 がミトコンドリア外膜に局在することができ、上記のアポトーシスにおけるミトコンドリア経路に関与することが可能となっている。

Mcl-1 は他の Bcl-2 ファミリーと同様に様々な細胞にて発現を確認されているが、上皮組織においては同じ anti-apoptotic Bcl-2 ファミリーに属する Bcl-2 や Bcl-XL が分化の少ない基底層側により多く発現しているのに対し、Mcl-1 はより分化の進んだ表層側に強く発現が見られるという発現局在の相違がみられた。この発現局在の相違や、他の anti-apoptotic Bcl-2 ファミリーと比べて短い半減期を持つということより、Mcl-1 が他の anti-apoptotic Bdl-2 ファミリーとは異なった Mcl-1 特有の働きを持つ可能性が示唆された。

さまざまな細胞種において Mcl-1 の働きが非常に重要であるとの報告がすでになされている。Bcl-2 ノックアウトマウスとは違い、Mcl-1 ノックアウトマウスは胎生致死であることからも生体の分化・維持に Mcl-1 が重要な働きを行っていることが明らかとなっている。

他の組織における報告に目を向けてみると Mcl-1 の働きの重要性はより明らかとなってくる。Mcl-1 は T リンパ球および B リンパ球両方の分化・修復に必須であることが報告されており、神経細胞の発生・修復にも必須であることが報告されている。また、マクロファージや好中球のアポトーシス制御において重要な働きを行っていること、造血幹細胞や滑膜繊維芽細胞の生存に必要であることなどが報告されている。

悪性腫瘍においても Mcl-1 の関与が注目されている。いくつかの血球性の悪性腫瘍や固形癌においても Mcl-1 の発現が増強していることが報告されている。悪性腫瘍の薬物への抵抗性にも Mcl-1 の関与が報告されており、Mcl-1 の発現強制を行ったマウスでは B-cell lymphoma の発症が増加するすること、Mcl-1 の発現抑制によりいくつかの悪性腫瘍細胞のアポトーシス誘導が引き起こされることから、悪性腫瘍治療薬開発のターゲット分子としても Mcl-1 は注目されている。

破骨細胞においての Mcl-1 の働きについて言及している報告は渉猟しえる範囲では 2 編のみであった。いずれも破骨細胞における Mcl-1 発現量と 破骨細胞のアポトーシス抑制が相関していることを報告しているが、実際に Mcl-1 発現がどのように破骨細胞の生存能に働いているかまでは言及されておらず、破骨細胞における Mcl-1 の働きはいまだ明らかとなっていない。

私は破骨細胞における anti-apoptotic Bcl-2 ファミリー蛋白 Mcl-1 の動態、および Mcl-1 の破骨細胞生存・破骨細胞骨吸収能への関与を検討した。

破骨細胞における Mcl-1 の存在は過去の文献においても確認されているが、いずれも成熟破骨細胞内の Mcl-1 を western blotting でとらえたものであり、成熟破骨細胞への分化過程における発現量の評価や、mRNA による定量は行われていなかった。そこで今回、マウスの骨髄細胞を M-CSF/RANKL 系で培養し、RANKL で分化を促したのちの各分化段階の Mcl-1 mRNA 量の定量を行った。その結果、破骨細胞における Mcl-1 mRNA の発現は分化初期から大量ではないが存在し、各分化過程においてもおおむね一定量を保っていることが明らかとなった。

Mcl-1 は、長い N 末端側に 2 つの PEST ドメインを有している。この PEST ドメインは代謝の早い蛋白によく見られるドメインで、Mcl-1 もこのN 末端側の部位でユビキチン化、カスパーゼによる分断化、リン酸化などの修飾を受けることによって dynamic な蛋白代謝をなされていることが報告されている。今回破骨細胞内の Mcl-1 代謝に関して、時間毎の蛋白を回収し western blotting にて評価を行った。一般的な培養を続けた状態においても、Mcl-1 は同じ anti-apoptotic Bcl-2 ファミリーの Bcl-XL より早い蛋白代謝を受けていたが、アポトーシス刺激となる、生存シグナルの除去によりその代謝速度の差はさらに顕著となった。新たに合成される Mcl-1 の影響を取り除くため、RNA 合成阻害剤であるアクチノマイシンDを添加して同様に実験を行ったところ Mcl-1 は 90 分後には元の半分以下にまで蛋白発現が低下しており、破骨細胞における Mcl-1 の蛋白半減期が非常に短いことが明らかとなった。Mcl-1 の代謝に関してはプロテアソーム系、カスバーゼによる断片化などが報告されているが、破骨細胞においてどの代謝機構が主に働いているかは未知であることから今回確認することとした。Bcl-2 ファミリー蛋白のうち破骨細胞において早い代謝を持つことが明らかとなっているものには Bim があげられる。Akiyama らは、Bim の早い代謝はユビキチン・プロテアソーム系によるものであることを報告しており、Mcl-1 においても同様な代謝メカニズムが早い代謝に働いているのではないかと考え、プロテアソーム阻害剤 MG132 を用いた実験を行った。プロテアソーム阻害剤の添加により Mcl-1 の代謝が大きく阻害された。また、MG132 を添加した破骨細胞の蛋白で免疫沈降を行ったところ 、Mcl-1 がユビキチン化を受けた際に、検出されるラダー状のバンドがみられ、このことより破骨細胞における 早い Mcl-1 蛋白代謝には Bim と同様にユビキチン・プロテアソーム系が関与していることが明らかとなった。

RANKL, M-CSF, TNF-a, IL-1a などの刺激を行った破骨細胞では Mcl-1 の発現が増強していた。関節リウマチなどの炎症性疾患による関節破壊や、人工関節置換術後の摩耗粉を起因とした炎症による人工関節の緩み、感染性疾患による骨融解の場面ではその最前線に破骨細胞が存在し骨吸収を行っていることが明らかとなっているが、今回の結果は炎症性疾患に存在する破骨細胞の制御にMcl-1 が関与している可能性を示唆するものである。

我々の研究室では破骨細胞における PI3K の働きについても研究を行っており、その結果M-CSF 刺激は破骨細胞内では主に PI3K/Akt シグナル経路と Ras/Raf/MEK/Erk シグナル経路を経由して破骨細胞の生存・骨吸収・細胞骨格形成を制御していることが明らかとなっている。アデノウイルスでそれぞれの経路の活性化を引き起こし Mcl-1 蛋白発現量の変化を観察したところRas/Raf/MEK/Erk シグナル経路を活性化させると Mcl-1 蛋白発現量も増加するのに対し、PI3K/Akt シグナル経路を活性化しても Mcl-1 蛋白発現量には変化が見られず、破骨細胞における M-CSF によるシグナルは、主に Ras/Raf/MEK/Erk 経路を介して Mcl-1 を制御していた。

破骨細胞における Mcl-1 の働きを解明するために破骨細胞にレトロウイルスを用いて Mcl-1の発現強制および発現抑制の遺伝子導入を行い、細胞分化・細胞骨格形成、生存能に関して検討した。Mcl-1 の発現強制・発現抑制などを行っても破骨細胞の細胞分化・細胞骨格形成には明らかな変化は見られず、これらに関しては Mcl-1 の関与は否定的であった。しかし破骨細胞の生存能に関しては発現強制で著明に延長し、発現抑制で有意差を持って低下した。このことより破骨細胞において Mcl-1 はその細胞生存能を正に制御することが明らかとなった。

Mcl-1 flox マウスから採取した骨髄細胞にレトロウイルスあるいはアデノウイルスを介して Cre 遺伝子の導入を行い、Cre-loxP システムを発動させ Mcl-1 ノックアウト破骨細胞を作製、この細胞においての細胞分化・細胞生存能・骨吸収能について検討した。細胞分化に関してはやはり明らかな変化は見られず Mcl-1 の関与は否定的であった。Mcl-1 ノックアウト破骨細胞においては細胞生存能の低下が見られた。一方骨吸収能においては Mcl-1 ノックアウト破骨細胞のほうが control 破骨細胞より亢進しており、Mcl-1 は骨吸収能に対して負に制御を行っていることが明らかとなった。

このように破骨細胞生存能と骨吸収能の制御が解離するような現象はこの Mcl-1 が最初ではなく、Akiyama らは Bim が生存能を負に、骨吸収能を正に制御することを報告しており、Iwasawa らは Bcl-XL が生存能を正に、骨吸収能を負に制御することを報告している。しかし、細胞生存能と骨吸収能への働きの解離に関してはいまだ明らかにすることができていないのが現状であり、破骨細胞特異的な Mcl-1 ノックアウトマウスの作製および in vivo での評価などが必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は Bcl-2 ファミリー蛋白の一つである Mcl-1 の、破骨細胞内での働きを明らかとするため、wild type マウスより作成した破骨細胞内の Mcl-1 の動態の解析、遺伝子導入法を利用した Mcl-1 over-expression, knockdown 破骨細胞の解析、Mcl-1 flox マウスをより作成した Mcl-1 knockout 破骨細胞の解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1破骨細胞分化段階において Mcl-1 の mRNA 発現量を定量したところ、各分化段階においての Mcl-1 mRNA 発現量に明らかな変化は見られず、分化段階を通してほぼ一定であった。

2成熟破骨細胞内の蛋白発現量を経時的に採取し、western blotting にて評価したところ、Mcl-1 は他の Bcl-2 ファミリー蛋白と比較して圧倒的に早い代謝を受けていることが明らかとなった。RNA 合成阻害薬であるアクチノマイシン D を添加し同様に評価を行ったところ、 アポトーシスが起きていることを示す cleaved caspase 3 の発現のタイミングと相関を示しているのは Mcl-1 の発現低下のみであった。これは破骨細胞のアポトーシスにおいて Mcl-1 が非常に重要な働きを担っていることを強く示唆するものである。

3破骨細胞の生存シグナルである M-CSF 刺激は PI3K/Akt 経路と Ras/Raf/MEK/Erk 経路の 2 つの経路より制御されていることが明らかとなっている。アデノウイルスを用いたそれぞれの経路活性化による Mcl-1 発現量を評価したところ、Ras/Raf/MEK/Erk 経路の活性化に相関して Mcl-1 発現量は増加していたが、PI3K/Akt 経路の活性化では Mcl-1 発現量に変化は見られず、破骨細胞 Mcl-1 制御には Ras/Raf/MEK/Erk 経路が主に働いていることが明らかとなった。

4成熟破骨細胞に様々なサイトカイン刺激を加えた際の Mcl-1 発現を評価したところRANKL, M-CSF の刺激下だけでなく、TNF-α, IL-1α といったいわゆる炎症性サイトカインの刺激下においても Mcl-1 の発現は亢進していた。これは炎症性疾患の骨病変における Mcl-1 の関与を示唆するものであった。

5成熟破骨細胞にプロテアソーム阻害剤である MG132 を添加し Mcl-1 の代謝を評価したところ、MG132 を添加した破骨細胞では Mcl-1 の代謝は抑制されていた。また、このようにプロテアソーム阻害剤を添加した破骨細胞内の蛋白を用いて Mcl-1 との免疫沈降法を行ったところ、Mcl-1 のユビキチン修飾が観察された。このことで破骨細胞内の Mcl-1 はユビキチン・プロテアソーム系によって早い代謝が行われていることが示された。

6遺伝子導入法を用いて破骨細胞にて Mcl-1 over-expression, Mcl-1 knockdown を行い、細胞分化能・細胞骨格形成・細胞生存能・骨吸収能について評価を行った。Mcl-1 over-expression を行った破骨細胞は、細胞分化能・細胞骨格形成には明らかな変化は見られなかったものの、細胞生存のは亢進し、骨吸収能に関しては低下していた。Mcl-1 knockdown された破骨細胞では、やはり細胞分化能・細胞骨格形成には明らかな変化は見られなかったが、細胞生存能の低下が見られた。

7Mcl-1 flox/flox マウスから作製した破骨細胞に遺伝子導入法を用いて Cre を発現させることで ex vivo の系で lox-P system を発動させることで Mcl-1 knockout 破骨細胞を作製し、細胞分化能・細胞生存能・骨吸収能を評価した。Mcl-1 knockout 破骨細胞の細胞分化能には明らかな変化は見られなかった。Mcl-1 knockout 破骨細胞の生存能は著明に低下を見せる一方、骨吸収能は亢進していた。破骨細胞の Mcl-1 は細胞生存能を正に、骨吸収能を負に制御することが示された。

以上、本論文は破骨細胞内の Bcl-2 ファミリー蛋白 Mcl-1 の動態、およびその働きについて明らかとした。これらの知見はこれまでに未知なものであり、炎症性疾患と骨代謝を結ぶ分子として Mcl-1 が重要な働きを担っていると示唆するものである。今後の炎症性疾患の骨病変治療法の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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