学位論文要旨



No 128289
著者(漢字) 湯田,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ユダ,ケンタロウ
標題(和) アドレノメジュリンの網膜色素上皮細胞及び脈絡膜新生血管に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 128289
報告番号 甲28289
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3948号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,伸一
 東京大学 准教授 加藤,聡
 東京大学 特任准教授 小山,博之
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 教授 片岡,一則
内容要旨 要旨を表示する

加齢黄斑変性 (Age related macular degeneration; AMD) とは、網膜中心部の黄斑が加齢に伴い変性を起こす疾患である。特に滲出型AMDは脈絡膜新生血管 (Choroidal neovascularization; CNV) を伴い、網膜・脈絡膜管のバリア機構が破壊されることによって黄斑部機能が著しく低下し、欧米では以前より中途失明の第一の原因としてあげられ、本邦においても高齢化社会の進行に伴い患者数が増大している。

近年、AMDの病態に補体因子、特に補体副経路の抑制因子として知られる補体H因子(Complement factor H; CFH) が関与することが網羅的遺伝子多型解析及び組織学的解析により明らかになった。CFHのAMDへの病態関与について様々な検討が進んでいる。その一つとして、Y402H多型により補体副経路が活性化し、補体複合体がドルーゼンに蓄積して慢性炎症が引き起こされ、その結果AMDが誘発されるとの報告がされる。これ以外にも、Y402H多型はC-reactive protein (CRP)との結合力が低下し、相互の生理作用が低下することで細胞内の不要代謝産物が蓄積し、炎症が誘発されることによりAMDが引き起こされるとも報告されている。しかしながら、CFHはCRP以外の因子とも複合体を形成してさまざまな作用を示すため、補体またはCRPを介さずにAMDの病態に関与する可能も考えられる。

そのため今回の検討では、補体及び補体に関連因子の脈絡膜新生血管発生過程における作用を検討するために、以下の実験を行った。

1. レーザー誘発性新生血管モデルにおける網羅的遺伝子発現解析によるアドレノメジュリンの同定

マウスの眼底にレーザー誘発性CNVを作成、網膜色素上皮および脈絡膜においてマイクロアレイを用いて網羅的遺伝子発現解析をおこなった。補体に注目して解析を行ったところ、CNVを誘発したマウスでは補体古典経路のC1q及びC4と補体副経路のC3の発現上昇が認められた。また、AMDの原因遺伝子として最も関連性の強いCFHに結合するとしめされている因子、CRP, Fibromodulin, Adrenomedullin (ADM) について検討を行ったところ、ADMのみ発現上昇が認められることがわかった。ADMの網膜における発現解析のためにIn-situ RT-PCRを行ったところ、正常網膜において神経節細胞層、内顆粒層、外顆粒層、網膜色素上皮での発現が認めた。CNVを誘発した網膜ではCNV周囲の間質細胞、網膜色素上皮において強い発現が認められた。この結果より滲出型AMDに対するADMの病態関与が疑い、ADMのCNVにおける機能解析を行うこととした。

2. アドレノメジュリンの脈絡膜新生血管に対する作用の検討

ADMの網膜における作用を検討するためにADMヘテロ欠損マウスの組織学的解析を行ったところ、網膜血管、網膜、網膜色素上皮、ブルッフ膜、脈絡膜血管いずれにおいても異常所見は認められなかった。ADMヘテロ欠損マウス及び野生型マウスにレーザー誘発性CNVを作成したところ、野生型マウスと比べADMヘテロ欠損マウスではCNVが有意に大きかった。さらに野生型マウスの眼内にADMを投与した群では、PBSを投与した群と比較してCNVの縮小が認められた。また、抗VEGF-A抗体を眼内に投与してADMを投与したものと比較したところ、ADMのCNV抑制効果は抗VEGF抗体を投与したものと同程度の効果であることがわかった。これよりADMのCNV抑制作用が明らかになった。

3. アドレノメジュリンの脈絡膜新生血管抑制メカニズムの解析

レーザー照射後に脈絡膜伸展標本を作成、マクロファージ数を計測したところ、ADMヘテロ欠損マウスでは野生型マウスと比較してCNV周囲のマクロファージを多く認めた。

また、メンブレン上にマウスマクロファージ細胞培養株RAW264.7に置き、メンブレン下に網膜色素上皮細胞培養株D407の培養上清を浸してメンブレン下に走化したマクロファージ数を計測することによりマクロファージの走化能を検討するin vitro macrophage migration assayを行った。assay直前のADM添加では走化能に変化は認められなかったが、ADMを添加して培養したD407の培養上清では、ADMを添加しなかったものと比較してマクロファージの走化能は有意に抑制された。この結果より、ADMのマクロファージ抑制メカニズムとして、網膜色素上皮においてマクロファージ誘導因子を抑制していると推定した。網膜色素上皮で発現する因子でマクロファージの走化能を活性化して新生血管を増悪する因子としてCCL2に注目し、解析を行った。In vitro ではD407にADMを添加して培養を行い、24時間後にreal time RT-PCR及びELISAを用いたCCL2の発現解析を行った。その結果ADMを付加したものは、付加していないものと比較してVEGF-A,Bの発現変動に変化はなかったが、CCL2の発現抑制が認められた。In vivoではADMヘテロ欠損マウスの網膜色素上皮及び脈絡膜においてreal time RT-PCR及びELISAを用いたCCL2の発現解析を行った。その結果ADMヘテロ欠損マウスは野生型マウスに比べCCL2の発現が大きかった。さらにCCL2ホモ欠損マウスの眼内にADMを投与、CNVを評価したところADMのCNV抑制効果は有意に減少した。

これらの研究結果をまとめると、ADMのCNV抑制効果は網膜色素上皮におけるCCL2の発現抑制とそれに伴うCNVへのマクロファージ集積抑制によるものであることが分かった。近年AMDの治療法としてCNVの増悪因子としてVEGF-Aに対する中和抗体を用いた抗VEGF治療法が主流であり、良好な治療成績を得られている。しかしながら、VEGFの抑制による細胞障害の懸念と抗VEGF治療に抵抗を示す症例の存在により新たな治療法が求められている。ADMのCNV抑制効果は抗VEGF-A抗体と同程度であることと、VEGF-Aを抑制しないことより、アドレノメジュリンが滲出型AMDの新たな創薬ターゲットとなりうる事が本研究により示された。今後の課題として、ADMの眼内投与による安全性とADMのCNV抑制メカニズムのさらなる検討が必要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脈絡膜新生血管発生課程において重要な役割を演じていると考えられる補体因子に関連する因子の病態関与を明らかにするため、下記の研究を行い、結果を得ている。

1. マウスの眼底にレーザー照射を行うことで脈絡膜新生血管を誘発し、網膜色素上皮,脈絡膜,脈絡膜新生血管からRNAを採取してマイクロアレイを用いて網羅的遺伝子発現解析をおこなった。脈絡膜新生血管発生に重要な因子とされる補体H因子に関連する因子の発現に注目して解析を行ったところ、脈絡膜新生血管を誘発したマウスの網膜色素上皮細胞,脈絡膜,脈絡膜新生血管ではアドレノメジュリンの発現上昇が認められ、real time RT-PCRでも同様な結果が得られた。

2. In-situ RT-PCRを用いてアドレノメジュリン発現部位の解析を行ったところ、正常網膜において神経節細胞層,内顆粒層,外顆粒層,網膜色素上皮細胞層での発現が認めた。脈絡膜新生血管を誘発した網膜では、脈絡膜新生血管周囲の間質細胞、網膜色素上皮細胞層において強い発現が認められた。

3. アドレノメジュリンヘテロ欠損マウスの組織学的解析を行ったところ、網膜血管,網膜,網膜色素上皮細胞,ブルッフ膜,脈絡膜血管いずれにおいても異常所見は認められなかった。

4. アドレノメジュリンヘテロ欠損マウス及び野生型マウスにレーザー誘発性脈絡膜新生血管を作成したところ、野生型マウスと比べアドレノメジュリンヘテロ欠損マウスでは脈絡膜新生血管が有意に大きかった。さらに野生型マウスの眼内にアドレノメジュリンを投与した群では、PBSを投与した群と比較して脈絡膜新生血管の縮小が認められた。これよりアドレノメジュリンの脈絡膜新生血管抑制作用が明らかになった。

5. レーザー照射後に脈絡膜伸展標本を作成、マクロファージ数を計測したところ、アドレノメジュリンヘテロ欠損マウスでは野生型マウスと比較して脈絡膜新生血管周囲のマクロファージを多く認めた。

6. メンブレン上にマウスマクロファージ細胞培養株RAW264.7を置き、メンブレン下に網膜色素上皮細胞培養株D407の培養上清を浸し、メンブレン下に走化したマクロファージ数を計測することによりマクロファージの走化能を検討するin vitro macrophage migration assayを行った。assay直前のアドレノメジュリン添加では走化能に変化は認められなかったが、アドレノメジュリンを添加して培養したD407の培養上清では、アドレノメジュリンを添加しなかったものと比較してマクロファージの走化能は有意に抑制された。この結果より、アドレノメジュリンは網膜色素上皮細胞由来のマクロファージ遊走因子を調節すると考えられた。

7. D407にアドレノメジュリンを添加し、24時間後にreal time RT-PCR及びELISAを用いてマクロファージ遊走因子であるCCL2の発現解析を行ったところ、アドレノメジュリンを付加したものは、付加していないものと比較してCCL2の発現抑制が認められた。

8. アドレノメジュリンヘテロ欠損マウスの網膜色素上皮細胞及び脈絡膜において、real time RT-PCR及びELISAを用いたCCL2の発現解析を行ったところ、アドレノメジュリンヘテロ欠損マウスは野生型マウスに比べCCL2の発現が大きかった。

8. CCL2ホモ欠損マウスの眼内にアドレノメジュリンを投与し、脈絡膜新生血管を評価したところ、CCL2ホモ欠損マウスではアドレノメジュリンの脈絡膜新生血管抑制作用は認められなかった。

以上より、アドレノメジュリンの脈絡膜新生血管抑制効果は、網膜色素上皮細胞におけるCCL2の発現抑制とそれに伴う脈絡膜新生血管へのマクロファージ集積抑制によるものであることが分かった。本研究はアドレノメジュリンの新たな分子メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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