学位論文要旨



No 128291
著者(漢字) 分田,貴子
著者(英字)
著者(カナ) ワケダ,タカコ
標題(和) トラスツズマブの効果を増強させる新規免疫細胞療法ならびに遺伝子療法の開発
標題(洋)
報告番号 128291
報告番号 甲28291
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3950号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 講師 和田,郁雄
 東京大学 准教授 垣見,和宏
 東京大学 講師 榎本,裕
 東京大学 准教授 齊藤,泉
内容要旨 要旨を表示する

背景

トラスツズマブ(ハーセプチン)は、主に乳がん細胞表面に発現するがん抗原Her2/neuに対するヒト化モノクローナル抗体であり、Her2陽性の進行・再発乳がんに対する分子標的薬として用いられるほか、現在では、術後補助化学療法にも適応が拡大されており、現在の乳がん治療において広く使用されている。しかし、その治療効果には患者間における差が大きいことが報告され、トラスツズマブ治療に対する反応性が低い患者への新たな治療法が求められている。

トラスツズマブの抗腫瘍効果には、非特異的免疫細胞であるNatural Killar (NK) 細胞が大きく関与する。腫瘍細胞にトラスツズマブが結合すると、NK細胞は、表面に発現するFcγ受容体3A (FCG3A)を介してトラスツズマブのFc領域と結合し、腫瘍細胞を強く傷害する(トラスツズマブ依存性細胞傷害活性)。トラスツズマブの効果は、かつては、増殖因子受容体の1種でもあるHer2/neuに結合して、増殖のシグナルをブロックするためと考えられていたが、現在では、このトラスツズマブ依存性細部傷害活性によるものが大きいとされており、NK細胞を用いた免疫細胞治療によって、トラスツズマブの効果が増強される可能性がある。

現在、米国国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)をはじめとする他の施設でもNK細胞療法の研究が進んでいるが、それらの多くは、培養時に刺激因子としてフィーダー細胞を用いている。これは、使用前に放射線照射されてはいるものの、生体への安全性からは、自己由来でないものを使用しないことが望ましい。よって、フィーダー細胞を用いない新たなNK細胞培養法を確立し、さらに、この細胞が高い細胞傷害活性を持つことを示せれば、新たな免疫細胞療法のリソースとして期待できる。さらに、高いトラスツズマブ依存性細胞傷害活性を持つことも示せれば、NK細胞療法とトラスツズマブの併用療法への期待にもつながる。

トラスツズマブの治療効果に差が生じる原因の一つは、患者NK細胞の表面に発現するFCG3Aの遺伝子多型と考えられている。FCG3A にはV型とF型があるが、このうち、V型FCGR3Aは、分子構造学的に、トラスツズマブのFc領域との結合が強く、V型FCGR3Aを発現するNK細胞は、腫瘍細胞をより強く傷害する。臨床的にも、V型を発現する患者では、F型を発現する患者より、トラスツズマブへの反応性が良いことが知られている。よって、抗腫瘍効果の高いV型FCGR3A遺伝子を導入したNK細胞を用いる遺伝子細胞治療も、トラスツズマブの効果を増強する新たな治療法となる可能性がある。

目的

本研究では、トラスツズマブの効果を増強させる新たな免疫細胞治療の確立を目的とし、まず、健常ボランティア由来の末梢血単核球(PBMC)より、NK細胞を培養する方法を確立するとともに、培養された細胞が、十分な抗腫瘍効果を持つかをin vitroにて評価し、またトラスツズマブの効果を増強させる可能性があるかについての検討を行った。さらに、NK細胞を用いた遺伝子細胞治療の可能性を検討するため、V型FCGR3A遺伝子導入NK細胞の確立と、遺伝子導入による抗腫瘍効果の増強効果についても評価した。

方法と結果

NK細胞療法のためには、選択的なNK細胞培養法の確立が必要である。本研究では、健常ボランティア末梢血単核球(PBMC)より、磁気ビーズ抗体を用いて、CD3陰性細胞のみをあらかじめ選択してから培養することで、NK(CD3-/CD56+) 細胞を99%以上の高純度で培養することができた。NK細胞の培養効率は9人の平均で30倍であった。培養で得られたNK細胞について、NK活性化マーカーならびにK562細胞株に対する細胞障害活性を評価すると、いずれも高い値を示した。また、Her2陽性乳がん細胞株に対するトラスツズマブ依存性細胞傷害活性は、培養前のCD3陰性細胞よりも上昇し、高い値を示していた。

4種の乳がん細胞MDA-MB-231、MCF-7、BT-474ならびにSK-BB-3を用いて、Her2/neu抗原発現とトラスツズマブ依存性細胞傷害活性の関連を検討すると、発現強度が高い細胞ほどトラスツズマブ依存性細胞傷害活性が高く、NK細胞に傷害されやすいという結果が得られた。

遺伝子細胞治療の確立のため、V型FCGR3A遺伝子導入細胞の作製を行った。まず、11人の健常ボランティアPBMCからRT-PCR法によって得たFCGR3Aのシークエンスを確認したところV/F型が5人、F/F型が6人であった。また、これらのPBMCを用いて、乳がん細胞株MCF-7に対するトラスツズマブ依存性細胞傷害活性を測定したところ、V/F型ボランティア由来PBMCのトラスツズマブ依存性細胞傷害活性は、F/F型よりも高かった。

次にV/F型ボランティア由来PBMC より、V型FCGR3A遺伝子をクローニングし、組換えレトロウイルスを作製して、F/F型ボランティア由来のNK細胞に導入した。その結果、導入効率を示すためのマーカー遺伝子は高率に発現したが、細胞傷害活性の評価においては、非導入細胞でも導入細胞と同等にきわめて高い値を示し、細胞障害活性の導入による変化を検出できなかった。

考察

本研究では、トラスツズマブに反応不良な患者に対する、免疫治療的アプローチによる新たな治療法の開発を目指し、NK細胞療法とNK細胞を用いた遺伝子治療について検討した。

NK細胞療法については、健常ボランティアのPBMCから、あらかじめCD3陰性細胞を選択して培養するという方法により、フィーダー細胞を用いることなく、99%以上の高純度でNK(CD3-/CD56+)細胞を選択培養することができた。

本研究でのNK細胞の培養効率は平均30倍であり、これは、フィーダー細胞を用いて、平均490倍の培養効率を報告しているNIHグループと比較するとかなり低い。しかし、細胞治療では、肺梗塞をはじめとする血栓症のリスクが大きいため、大量に投与することはむしろ危険であり、現在の細胞治療研究においても、第I相試験での一般的な投与数は1*10^6~1*10^7cells/kgBWである。今回、30 ml相当の末梢血PBMCから、3~30*10^7個のNK細胞を得られたことは、将来の臨床応用の可能性に十分つながると考えられる。

培養で得られた細胞のNK活性化マーカーやK562に対する細胞傷害活性は高い値を示し、我々の培養法により、NK細胞が選択的に培養され、かつ強く活性化もされたことが示唆された。さらに、この培養法で得られたNK細胞は、高いトラスツズマブ依存性細胞傷害活性を示し、NK細胞療法とトラスツズマブの併用による効果の可能性を期待させた。

4種の乳がん細胞についての検討において、乳がん細胞のHer2/neuの発現とNK細胞の細胞傷害活性の強さは、Her2/neuの発現量とほぼ相関していた。よって、トラスツズマブ併用のNK細胞療法が実際に臨床応用可能となった場合には、HER2/neu高発現腫瘍に対し、より有効である可能性が高い。

また、トラスツズマブと乳がんの組み合わせだけでなく、B細胞リンパ腫とリツキシマブ抗体の組み合わせでも、同様の細胞傷害活性増強効果が得られることが報告され、我々もこれを確認している。今後、その他の抗体についても、本研究で得られた知見が応用されることが期待される。

一方、遺伝子細胞治療的アプローチでは、細胞傷害活性が強いV型FCGR3A遺伝子を、F/F型ボランティア由来のNK細胞に導入することには成功したものの、細胞傷害活性は、コントロールの非導入細胞でも非常に高い値を示し、導入による活性の変化を検出できなかった。これまでの報告によると、日本ではF/F型が多い傾向にあり、この治療法が実際に臨床可能となれば、その有用性は高いと考えられる。そのためにも、V型FCGR3A遺伝子導入による効果を評価する、実験条件の検討が課題と考えられた。

しかし、これまで遺伝子導入のターゲットとなることの少なかったNK細胞に対し、本研究では効率よく遺伝子導入できたことを示せている。今後のNK細胞療法に、新たな期待を広げたものと言える。

本研究では、乳がん治療薬トラスツズマブの効果を増強させる免疫治療の確立についての検討を行った。遺伝子治療的アプローチについては、実験条件の検討などがまだ必要であるが、NK細胞療法については、強く活性化されたNK細胞の培養法を確立することができた。今後は、NK細胞療法の臨床応用化に向け、担がん患者のPBMCを用いた培養可能性の検討を行う予定である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、トラスツズマブの効果を増強させる新たな免疫細胞治療の確立を目的とし、NK細胞の選択的培養法を確立するとともに、培養された細胞がトラスツズマブの効果を増強しうるかについて検討したものである。さらに、NK細胞を用いた遺伝子細胞治療の可能性の検討も行い、下記の結果を得ている。

1.健常ボランティア末梢血単核球(PBMC)より、磁気ビーズ抗体を用いて、CD3陰性細胞のみを選択してから培養することで、NK(CD3-/CD56+) 細胞を99%以上の高純度で培養することができた。NK細胞の培養効率は9人の平均で30倍であった。培養で得られたNK細胞の、NK活性化マーカーならびに細胞障害活性は、いずれも高い値を示した。また、Her2陽性乳がん細胞株に対するトラスツズマブ依存性細胞傷害活性は、培養前のCD3陰性細胞よりも上昇し、高い値を示した。

2.4種の乳がん細胞を用いた検討において、Her2/neu発現強度とトラスツズマブ依存性細胞傷害活性には高い関連があった。

3.遺伝子細胞治療の確立のため、V型FCGR3A遺伝子導入細胞の作製を行った。健常ボランティアPBMCよりV型FCGR3A遺伝子をクローニングし、組換えレトロウイルスを作製して、F/F型ボランティア由来のNK細胞に導入したところ、導入効率を示すためのマーカー遺伝子は高率に発現した。しかし、細胞傷害活性は、非導入細胞でも導入細胞と同等にきわめて高い値を示し、導入による細胞障害活性の変化を検出できなかった。

以上、本論文は新たなNK細胞の選択的培養法の確立と、培養されたNK細胞が高い細胞傷害活性を持つことを明らかにした。また、培養NK細胞は、トラスツズマブ依存性細胞傷害活性が高く、NK細胞療法とトラスツズマブ併用による効果の増強の可能性も示唆された。本研究におけるNK細胞培養法は、今後の臨床応用につながる可能性が十分にあり、学位の授与に値するものと考えられる。

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