学位論文要旨



No 128292
著者(漢字) 小林,京子
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,キョウコ
標題(和) 維持療法中の急性リンパ性白血病児と家族のQOLに関する研究
標題(洋)
報告番号 128292
報告番号 甲28292
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3951号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 講師 宮本,有紀
 東京大学 特任講師 長瀬,敬
 東京大学 准教授 金生,由紀子
 東京大学 准教授 北中,幸子
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

白血病は,小児がんのうち最頻の約30%を占める疾患である.中でも,急性リンパ性白血病(Acute lymphoblastic leukemia:以下,ALL)は,白血病全体のおよそ70%を占め,わが国では年間約600人に発症する.ALLの生存率は80%に達し,ALL治療は,生存率のみならず,病児と家族の高いquality of life(以下,QOL)を実現することが重要である.また,ALLが病児とその家族におよぼす影響は多岐に渡ることが報告されており,身体・心理・社会的機能を含む多次元構造のQOLがアウトカムとして有用である.

ALLの治療は,寛解導入療法,強化療法,維持療法の順で進められる.欧米諸国では寛解導入療法直後から外来治療を開始するが,わが国では強化療法までは入院治療を原則としており,維持療法開始時が退院と外来治療の開始時期になる.そのため,病児と家族は維持療法の開始時期に,生活の場が病院から家庭に移行し,療養の主体的な担い手が医療者から病児本人と家族に移行する移行期を迎える.家族は移行期に危機的な状況に陥りやすいため,この時期の病児と家族への支援が必要である.

小児がん病児と家族には治療の段階ごとに特有の問題・課題とニーズが生じ,問題・課題とニーズが生じるプロセスには疾患に特異的な軌跡があるといわれている.しかし,病児と家族のQOLに関する先行研究は,様々な診断名の小児がんの様々な治療段階にある病児と家族をそれらの別なく対象者としたものがほとんどである.また,QOLへの関連要因を探索した先行研究は,家族員の属性(病児の年齢,病児の性別,親の学歴など),病児の疾患に関する要因(診断名,疾患の重症度,治療の強度,診断後期間,治療内容)といった介入が困難な要因についての探索に留まっており,支援の具体化が困難である.維持療法中は家族が主体になって療養生活をおくるという特徴がある.そのため,維持療法中の病児と家族のQOLへの支援構築のための示唆を得るには,家族機能を加味したモデルで,維持療法中のQOLへの関連要因を探索する必要がある.

【目的】

本研究の目的は,(1)維持療法中の病児,両親,同胞のQOLの特徴を明らかにすること,(2)QOLと疾患に関する要因,性格特性,ソーシャルサポートまたは支援ニーズ,家族機能との関連を探索し,維持療法中の病児と家族への支援への示唆を得ることとした.

【方法】

本研究は,ALLの維持療法治療中の5~18歳の病児と,2~18歳の病児の両親と5~18歳の同胞を対象とした質問紙調査である.病児と同胞からは,QOLは「PedsQL」,性格特性のSTAICの「特性不安尺度」とSnyderの「希望尺度」,疾患に関する要因として「病児の治療に対する主観的治療強度」,ソーシャルサポートは嶋田らの「ソーシャルサポート尺度」,家族機能は「FACES」への回答を得た.病児には小児がん特異的QOL尺度の「Cancer Module」にも回答してもらった.両親からはQOLは「SF-8」,性格特性はSTAIの「特性不安尺度」とHerthの「希望尺度」,疾患に関する要因は「病児の治療に対する主観的治療強度」,家族が病児の療養において医療者からの支援を必要とする「サポートニーズ(以下,FNS)」,家族機能の「FACES」への回答を得た.加えて,主治医から疾患の強度を表すリスク分類を収集した.PedsQLは身体・感情・社会・学校の機能の下位尺度から成り,各下位尺度得点と身体的機能合計点,心理社会的機能合計点,QOL合計点を算出できる.SF-8は,身体的サマリースコア(以下,PCS)と精神的サマリースコア(以下,MCS)が算出される.FACESは家族の情緒的つながり(きずな)と適応(かじとり)の2軸それぞれの,4つの家族タイプ(型)を同定する.

病児,同胞,両親のPedsQLまたはSF-8得点を健康児または国民標準値と比較した.病児と同胞のPedsQLと特性不安,希望,主観的治療強度,ソーシャルサポート,FACESとの相関分析を行った.両親のQOLへの関連要因は,SF-8のMCSを従属変数とした一般化線形複合モデルにより,3つの分析モデルを検討した.モデル1は,先行研究の検討に基づき,性格特性,主観的治療強度,リスク分類を投入し,モデル2はモデル1にFNSを追加した.モデル3は在宅療養という維持療法時期の特徴を加味し,モデル2にFACESのかじとりのタイプおよびきずなのタイプを加えた.

【結果】

調査期間中に対象基準を満たした全ての家族,42家族,ALL病児30名,同胞22名,父親42名,母親42名に調査票を配布した.日本語での質問紙回答が不可能であった1家族を除外し,41家族,病児29名,同胞22名,父親41名,母親41名のうち,26家族,病児17名,同胞16名,父親13名,母親25名から返送を得(有効回答率はそれぞれ58.6%,72.7%,31.7%,61.0%),全てを分析対象とした.返送の有無で,病児の性別,病児の年齢,リスク分類,同胞の年齢に違いはなかった.

ALL病児のPedsQLは身体的機能の得点が最も低く,健康児と比して身体的機能および学校の機能で有意に低く(p=0.001,0.001),効果量は1.18と0.98であった.Cancer Module得点は,低い順に,コミュニケーションについて(58.9点),吐気について(60.0点)であった.相関分析では,特性不安とQOL合計(ρ=0.47),心理社会的合計(ρ=0.56),父親からのサポート期待とQOL合計,身体的機能(ρ=0.45,0.55)に中程度の相関がみられた.PedsQL得点とCancer Module得点の相関は,PedsQL合計得点,心理社会的合計得点,身体,社会,学校の機能とCancer Moduleの「吐気について」が最も高い相関を示した(それぞれ,ρ=0.61,0.61,0.54,0.56,0.46).感情の機能は「コミュニケーションについて」と最も高い相関であった(ρ=0.73).

同胞のPedsQLの中央値は健康児と比し良好であったが,同胞の37.5%が感情の機能において健康児の25パーセンタイル値以下の得点であった.QOLと中程度以上の相関は,希望とQOL合計(ρ=0.51),身体的機能(ρ=0.64),主観的治療強度と心理社会的合計(ρ=-0.46),父親,母親,教師からのサポート期待とQOL合計,身体的機能,心理社会的合計にみられた.また,病児の病気について「知っている」同胞は,「知らない」同胞よりも社会的機能得点が有意に高かった(p=0.022).

両親のSF-8の中央値は,父親,母親ともPCSは国民標準値の中央値と有意差がなかったが(p=0.937,p=0.440),MCSは有意に低かった(p=0.008,p<0.000).PCS,MCSともに父親-母親間に有意差はなかった(p=0.695,0.480).一般化線形複合モデルを用いた3つの分析モデルの検討では,モデル3のあてはまりが最良であった.モデル3において,両親のMCSには主観的治療強度(p=0.035),特性不安得点(p=0.013),FNS得点(p=0.004)が有意に関連し,家族機能のきずながバラバラ型の両親のMCSが有意に低かった.

【考察】

病児のQOLは,同胞または健康児よりも身体的機能が有意に低く,身体状態の困難があることが明らかである.Cancer Moduleとの関連は,感情の機能の下位尺度を除く,合計得点とその他の全ての下位尺度が,Cancer Moduleの「治療を受けると,吐気がする」などの項目を含む吐気についての下位尺度得点と最も強い相関を示したため,治療が終了し化学療法の副作用の吐気が消失していくにつれ,身体的機能が改善されていくことが期待される.しかし,長期に渡る入院生活により生じる体力低下が,退院後の生活の困難を生じさせるとの報告もあり,体力とQOLとの関連を検討するなど,身体的機能を維持するための支援を検討する必要がある.また,父親からのサポート期待とQOLに中程度の正の相関があるものの,その他の資源からのサポート期待との相関は弱く,特性不安との負の相関が最も強かったため,支援は病児の性格特性を捉えた上で,治療や生活への不安を軽減し,身体状態を向上させる働きかけが重要になると考えられる.

同胞のQOLは良好であったが,感情の機能において低いQOLを呈する同胞がいることが明らかになった.そのため支援は,介入が必要な同胞を同定していくために,個別的な評価を取り入れていくことが求められるであろう.同胞のQOLは希望と正の相関,主観的治療強度と負の相関,両親・教師からのサポート期待と正の相関が示され,病気を知っていることとの関連があった.そのため,同胞は病児の状態に左右されやすく,支援では周囲の大人の支えを認識でき,孤独感を軽減できるような病気や病状の説明を含んだコミュニケーションをとることが重要であろう.

両親はMCS得点が低く,精神的な困難が明らかだった.MCSへの関連要因を3つのモデルにより検討した結果,家族機能を投入したモデルのあてはまりが最良で,家族機能を考慮することの重要性が示された.MCSには特性不安,主観的治療強度,家族のきずな,家族のサポートニーズの充足が関連し,最も説明した変数は家族のサポートニーズの充足であったため,維持療法中の両親のサポートニーズを充足するように医療者が支援していくことが重要である.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、維持療法中の小児急性リンパ性白血病児とその同胞と両親のQOLを明らかにすること、家族員間のQOLの相違を検討することともに、両親のQOLへの関連要因を探索することを主要な目的としたものであり、下記の結果を得ている。

1.急性リンパ性白血病児のQOLは、健康児のQOLよりも「身体的機能」と「学校の機能」が有意に低く(Mann-WhitneyのU検定:p=0.001、0.001、効果量:1.18、0.98、z値:4.86、4.02)この2側面に対する支援の必要性が明らかになった。がん特異的QOLについては、「コミュニケーションについて(58.9点)」「吐気について(60.0点)」「認知について(67.3点)」が低得点であった。

2.急性リンパ性白血病児の同胞のQOLは、平均点および中央値からみると良好であったが、健康児の得点から得たパーセンタイル値に当てはめると、特に「感情の機能」と「社会的機能」について25パーセンタイル値以下の低いQOLを示す同胞がいることが明らかになった(身体的機能:12.5%、感情の機能:37.5%、社会的機能:31.1%、学校の機能:25%、心理社会的合計:25%、合計得点:12.5%)。

3.両親のQOLの関連要因の検討に、これまでの先行研究の知見を検証したモデル1、家族のニーズの充足の関連を検討するためのモデル2、在宅で治療を継続するという維持療法中の特徴を捉え、家族機能を追加したモデル3を比較した結果、モデル3が最も良好なあてはまりを示した(補正赤池情報量基準の変動はモデル1より-32.80,モデル2より-29.02)。急性リンパ性白血病児の両親のQOLは、病児の疾患や両親の特性のみではなく、家族機能を考慮することの重要性が示された。

4.両親のQOLへの関連要因を一般化線形複合モデルを用いて検討した結果、特性不安(p=0.013)、主観的治療強度(p=0.035)、家族のニーズの充足(p=0.004)が関連した。家族のニーズの充足が最もQOLを予測し、ニーズが充足されているほどQOLが高くなることが明らかになった。そのため、家族のニーズのアセスメントとニーズの充足のための支援が重要になることが示された。また、家族機能のきずなの「バラバラ型」の両親のQOLが有意に低下していた。

5.家族員間でQOLへの関連は異なり、病児では、リスク分類、主観的治療強度のいずれも関連は弱く、ソーシャルサポートは父親からのサポートへの期待とのみに中程度以上の正の関連(ρ=0.45)がみられ、特性不安が最も強い負の関連を示した(ρ=0.47)。支援は、病児の性格特性を捉えた上で、治療や生活への不安の軽減と身体状態を向上させる働きかけが重要になることが示唆された。同胞は特性不安よりも希望との関連が強く(ρ=0.51)、主観的な治療強度とQOLに負の相関があり、病気への理解の度合いとの関連、父親および母親からのサポートへの期待との強い正の相関(それぞれ、ρ=0.67,0.62)が示され、教師からのサポートへの期待との中程度の関連があった(ρ=0.38)。同胞は、病児の状態に左右されやすいと考えられ、同胞が周囲からの支えを認識し孤独感を軽減できるような支援としての病気・病状説明を含むコミュニケーションが重要であると考えられる。両親は、性格特性、疾患に関する要因、家族機能、サポートニーズが有意に関連し、家族全体の状態を考慮しつつ、個人に対しての支援を行うととともに、特にニーズが充足されるよう、医療者がアセスメントと支援を行うことが重要である。

以上、本研究は、維持療法中の急性リンパ性白血病児とその同胞、両親のQOLを定量的なデータにより学術的に示すとともに、両親のQOLへの関連要因を明らかにし、家族員間のQOLの相違を示した。これまで日本では、診断名と治療時期を限定して、病児と同胞と両親という様々な家族員のQOLとそれらの相違を明らかにした研究は見当たらず、本研究は、病児と家族員を含めた家族のひとまとまりに着目し、それぞれの家族員のQOLと家族員間の相違の探索を試みたわが国初の研究と位置づけられ、今後の小児急性リンパ性白血病児と家族への支援構築への重要な貢献をなし得ると考えられ、その意義は大きい。よって、本研究は各位の授与に値すると考えられる。

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