学位論文要旨



No 128295
著者(漢字) 徳永,友里
著者(英字)
著者(カナ) トクナガ,ユリ
標題(和) 2型糖尿病の家族歴を有する成人を対象とした生活習慣改善プログラムソフトウェアを用いた非対面式看護支援の効果に関するランダム化比較試験
標題(洋)
報告番号 128295
報告番号 甲28295
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3954号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 講師 春名,めぐみ
 東京大学 講師 永田,智子
 東京大学 准教授 武藤,香織
 東京大学 特任准教授 原,一雄
内容要旨 要旨を表示する

研究背景

2型糖尿病は,合併症により患者のQOLを低下させ,社会経済的活力と社会保障資源に影響を及ぼす.本邦の患者数は予備群を含め2210万人に達し,今後も増加が予測されており,効率的・効果的な2型糖尿病予防戦略の推進が必須である.

2型糖尿病第一次予防では,耐糖能異常や肥満を有する成人を対象とした生活習慣改善による効果が大規模介入研究により明らかにされている.これらの介入研究では,体重減少を達成するための食事摂取カロリーや栄養バランスおよび身体活動量に関する対面式で濃密な個別性を重視した生活習慣介入が糖尿病発症率を減少させるというエビデンスが示されている. しかし,これらの介入研究で明らかにされた知見を我が国における臨床の場に適用するには,支援の内容や形式,ハイリスク者スクリーニング基準の課題がある.

まず,一次予防の場では,専門職による対面式で濃密な個別指導を継続的に提供することは現実的でない.そのため,臨床の場で実現可能性が高い生活習慣介入方法を検討するための研究が推進されているが,その効果は低いことが指摘されている.

次に,日本人における2型糖尿病ハイリスク者の選定である.従来の介入研究では,2型糖尿病の重要なリスク要因である肥満を解消するための生活習慣介入を提供し,発症リスクを低減させた.しかし,日本人の2型糖尿病患者はBMIが低い.日本人においては,BMIによるリスクアセスメントではハイリスク者を取りこぼしてしまう可能性があり,他のリスク要因によりハイリスク者をスクリーニングすることも必要である.

本研究では,前述した2つの課題を解決すべく,我が国における新たな2型糖尿病一次予防戦略を提案し,その効果を検討する.新たに提案するのは,実現可能で効果的な生活習慣介入方法と,対象となるハイリスク者の選定方法である.まず,コスト,マンパワーを抑え,臨床における実現可能性を確保したうえで効果が期待できる介入方法として,2型糖尿病二次・三次予防においてその指針が確立されている自己管理教育を一次予防に外挿し,さらにその教育を,コンピューターソフトウェアを用いて非対面式に提供することを検討する.次に,ハイリスク者の選定については,遺伝素因と環境要因の双方の観点からのリスクを反映し,ポストゲノム時代となった現代においてそのスクリーニングツールとしての有用性が見直されている家族歴に着目した.

以上より,本研究では,日常生活における食行動と身体活動行動に関する個別支援を効率的に提供できる「生活習慣改善プログラムソフトウェア」を作成し,このプログラムソフトウェアを用いた看護支援が,家族歴陽性成人の生活習慣(食事摂取カロリー,身体活動量,食行動,身体活動行動)および身体的指標(BMI,腹囲,血液データ)に与える効果をランダム化比較試験により検証することを目的とした.

方法

本研究で開発した「生活習慣改善プログラムソフトウェア」は,2型糖尿病自己管理教育の指針の考え方をもとに開発された2型糖尿病患者の患者特性別自己管理行動支援プログラムソフトウェアに,一次予防での支援に適したプログラムとなるよう改変を加えたものである.このプログラムソフトウェアを用いた支援は,1)食行動・身体活動行動および対象者背景に関する情報収集,2)情報のインプットと判断樹による支援指針の確定,3)支援指針のアウトプットと「生活習慣アドバイスシート」の作成,4)「生活習慣アドバイスシート」の送付,により対象者に提供される.

食行動・身体活動行動の情報収集は「生活習慣情報収集シート」を用いる.これは,実行が推奨される食行動15項目,実行が推奨される身体活動行動21項目,是正が推奨される食行動16項目,是正が推奨される身体活動行動1項目から構成される.各々の項目は,2型糖尿病患者が行っている食事・身体活動自己管理行動を把握するために開発した尺度に含まれる項目のうち,一次予防の対象者でも日常生活にとり入れやすいもの,2型糖尿病患者において食事摂取カロリーや身体活動量と関連を認めたものを精選したものである.この項目の中から,プログラムされた判断樹に従い個々の対象者にとって【実行が推奨される行動】と【是正が推奨される行動】を選定することができる.選定された行動が支援指針として出力され,「生活習慣アドバイスシート」として印刷できる.これに糖尿病療養指導士が手書きで記載したフリーコメントを加えて対象者へ郵送することで非対面式の支援を提供することが可能である.

本研究では,このプログラムソフトウェアを用いた支援の効果を2群ランダム化比較試験で検証した.対象者は第1度近親者に2型糖尿病患者がいる30~60歳の成人であり,対象者のリクルートは都内1施設の健康管理センターで行った.

支援介入は,ベースライン(BL),3カ月後(3M),6カ月後(6M)に行い,アウトカム指標の評価はこれら3時点に加え12カ月後(12M)にも実施した.

主要評価項目は,自記式質問紙により測定した食事摂取カロリーと脂肪摂取および身体活動量,副次的評価項目は,自記式質問紙を用いて測定した身体活動習慣目標値達成状況と食行動および身体活動行動,加えてベースラインおよび12Mの検診結果から得られるBMI,腹囲,血液データの変化とした.主要評価項目の評価には,多重代入法による欠損値補完を行ったうえでBL値を共変量とした共分散分析を実施した.

結果

319名に対し適格性の評価が行われ,研究参加への同意が得られた141名に対し割付を行った.割付の結果,介入群が70名,対照群は71名となった.割付後,BLでの調査票の返送が得られ支援提供を開始したのは介入群63名(90%),対照群57名(80.3%)であった.このうち,6ヵ月間の介入期間で3回にわたる介入を受けたのは,介入群52名(82.5%),対照群50名(87.7%)であった.

主要評価項目は,6Mにおいて食事摂取カロリーのBLからの変化量が介入群で有意に大きかった(介入群-137.6±326.6kcal/日,対照群-18.8±404.1kcal/日,p=0.0194).しかし,介入期間終了半年後の12Mには変化を認めず,脂肪エネルギー比と身体活動量は全時点で有意差を認めなかった.

副次的評価項目は,「満腹感が得られるまで食べる」,「多く歩くためにわざわざ遠回りして移動する」などの食行動・身体活動行動が介入群で有意に実施頻度が高かった.12Mに評価したBMI,腹囲,血液データは差を認めなかった.

考察

本研究の対象者はベースライン時より食習慣や運動習慣全般について大きな問題点がない集団であった.そのため,生活習慣改善への動機付けが難しい集団であるが,本研究における6ヵ月間の介入の脱落率は,両群ともに20%未満に抑えられた.これは,本研究における介入が,対象者にとって参加や継続がしやすい非対面式であることと,対象者の日常生活の中に実現可能な食行動や身体活動行動をとり入れることを主眼とした内容のものであることにより,対象者が負担なく参加や継続ができた結果と考えられる.

食事摂取カロリーのBLからの変化量は,介入群において,6Mで有意に大きかった.同時期では,食事摂取カロリーと直結する是正すべき食行動の実施頻度が有意に低下し,これらの行動変容が食事摂取カロリーの改善につながったと推測できる.しかし,支援終了後である12Mでは食事摂取カロリーの変化に差はなく,改善した食習慣は維持されなかった.本研究では,対象者の予防行動における自己管理能力を向上させることで長期的な生活習慣の改善を導くことを試みた.しかし,本研究の結果は短期的な非対面式支援における長期的効果は期待できないことを示すものであり,一次予防においては支援が途切れることなく継続的に対象者に提供されることが重要であることを示唆している.

本研究の対象者におけるBLでの脂肪エネルギー比は28.7%であり,健康日本21の目標値(25%未満)より高く,改善の必要性があるにも関わらず,改善が認められなかった.本研究でアセスメントした食行動の中で脂肪エネルギー比を下げることと直結する項目は一般的なもので,もともと多くの対象者が実施していたためさらなる支援の必要性は低かった.脂質摂取抑制に関しては,食事の成分まで言及したような,より詳細な項目に変更する必要があると考える.

身体活動習慣目標値達成状況,身体活動量ともに有意差は認めなかった.副次的評価項目である身体活動行動は,得点の変化が小さく6ヵ月間の支援期間中に身体活動量の増加につながらなかったが,複数の行動で改善が見られた.支援を継続することで長期的には身体活動量の増加につながる可能性があるといえる.

BMI,腹囲,血液データは有意な変化を認めなかったが,これは対象者のBLでのBMIやその他の指標は全て基準値内であり,さらなる改善を要さない集団であったためと考えられる.

本研究で対象とした2型糖尿病家族歴陽性成人は,リスク認知はなされているものの,生活習慣の具体的内容に関する有益性の認識が低く,さらに医療者が直接アクセスすることが難しい集団である.そのような集団において,先行研究と比較して良好な応諾率や継続率を達成し,さらに短期的・限定的ながらも支援効果が見られたことは,本研究で実施した支援の内容とその提供方法は,家族歴陽性成人の具体的知識不足,動機の低さ,アクセスの難しさといった特性に対して有効であったことを示唆している.

以上より,2型糖尿病家族歴陽性成人に対する「生活習慣改善プログラムソフトウェア」を用いた非対面式看護支援が,食事摂取カロリーにおいて短期的かつ限定的な有効性を持つことが示唆された.この有効性を脂肪エネルギー比,身体活動にまで波及させ,長期的に維持するための方策を検討することで,我が国で実行すべき2型糖尿病予防の現実的かつ効果的な戦略立案につながると考える.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では,2型糖尿病予防に推奨される食習慣・身体活動習慣を達成するための日常生活における具体的な食行動・身体活動行動ついての非対面式看護支援を提供するために開発された生活習慣改善プログラムソフトウェアを用いた自己管理支援の効果を,2型糖尿病家族歴陽性成人を対象とした1年間のランダム化比較試験により検証したものであり,以下の結果を得ている.

1.主要評価項目のうち,食事摂取カロリーについて,介入期間中に介入群において有意な低下を認めたが,介入期間終了後では変化を認めなかった.脂肪エネルギー比と身体活動量については,全期間において変化を認めなかった.

2.副次的評価項目のうち,食行動や身体活動行動の一部において有意な改善を認めた.BMI,腹囲,血液データでは変化を認めなかった.

以上,本論文は,2型糖尿病家族歴陽性者に対する,食行動と身体活動行動を日常生活にとり入れるための非対面式自己管理支援の効果を明らかにした.本研究は,2型糖尿病ハイリスク者であるにも関わらず,予防的介入の対象者としてスクリーニングされてこなかった2型糖尿病家族歴陽性者をリクルートし,第二次・第三次予防においてはスタンダードであるにもかかわらず,これまで第一次予防では行われていなかった自己管理支援を,実臨床の場で実現可能性が高いと考えられるコンピュータを用いたプログラムを非対面式の介入経路で提供したものである.本研究は,本邦における新たな2型糖尿病第一次予防戦略の考案に貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものだと考えられる.

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