学位論文要旨



No 128296
著者(漢字) 湯川,慶子
著者(英字)
著者(カナ) ユカワ,ケイコ
標題(和) 慢性疾患患者から見た代替医療の利用をめぐる主治医とのコミュニケーションに関する研究
標題(洋)
報告番号 128296
報告番号 甲28296
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3955号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

序文

代替医療(Complementary and Alternative Medicine)とは、日本では「現代西洋医学領域において、科学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の総称」と定義されている(日本補完代替医療学会)。日本では以前から漢方や鍼灸等が行われ、社会的素地があるのに加え、1990年代後半から欧米に続き、サプリメントや健康食品等が増加している。代替医療による副作用や有害事象等の健康被害、薬物相互作用の危険性等を考慮すると、患者・主治医間で利用状況を共有する必要があるが、両者の価値観の違いなどから、先行研究では十分にコミュニケーションがとられていないことが指摘されている。この点、慢性疾患では、長期的な体調管理が要求され、患者が代替医療を利用することも多いが、患者の視点から見た代替医療の研究はがんが中心であり、慢性疾患患者の代替医療の利用背景や患者にとっての効果、開示しない理由、主治医の対応とコミュニケーションの背景に関する検討は十分に行われていない。さらに、主治医とのコミュニケーションにおいては、患者自身が情報を収集・選択し治療法を決定する能力としての伝達的批判的ヘルスリテラシー(以下、HL)が重要であるが、この観点からの検討も十分に行われていない。

そこで、本研究では、代替医療についての主治医とのコミュニケーションとその関連要因を明らかにすることを目的とする。具体的には、患者の視点からの代替医療の利用背景、主観的効果、相談時の主治医の対応、患者のHLとコミュニケーションとの関連を検討する。これを通じて、代替医療についての主治医とのコミュニケーションの促進と安全な利用への示唆を得、ヘルスコミュニケーション学へ貢献することを目指す。

方法

本研究は、Mixed Methodを採用した。面接調査のデータは質問紙調査の結果の解釈にも用いた。

研究1(面接調査)のリサーチクエスチョン(RQ)を以下に示す。【RQ1】慢性疾患患者は代替医療を利用することで、どのような長所や主観的効果を経験しているか。【RQ2】代替医療を利用する際に患者はどのような短所や困難を経験しているか。【RQ3】代替医療の利用を主治医に開示する理由・開示しない理由は何か。【RQ4】代替医療の利用を主治医に話した際、主治医はどのような対応をとったか。研究2(質問紙調査)のRQは以下の通りである。【RQ5】 代替医療の安全な利用と患者のHLは関連するか。【RQ6】 患者から見た代替医療の長所、短所、困難経験、主観的効果は何か。【RQ7】 代替医療の主治医への開示には、代替医療の主観的効果、開示しない理由、HLが関連するか。【RQ8】 代替医療の主治医への相談希望には、主観的効果、開示しない理由、HL、過去の主治医の対応が関連するか。

研究1 2010年12月から2011年1月に、20歳以上の代替医療を利用する慢性疾患患者35名を対象に半構造化面接を行い、代替医療の利用状況と効果や長所・短所、主治医とのコミュニケーション状況を定性的に把握した。分析はLoflandらの手法を参考に、逐語録を繰り返し読み全体を把握した上で、コーディングを行い、カテゴリーを作成した。結果の妥当性向上のため、調査対象者によるmember checkingと共同研究者らとのpeer examinationを実施した。

研究2 研究1の結果と先行研究をもとに作成した自記式質問紙を用いて、2011年5月から7月に、患者会に所属する20歳以上の慢性疾患患者920名を対象に郵送調査を行い、603通を回収した(回収率65%)。疾患のない者による回答、2割以上の欠損がある回答を除外し、570通を分析対象とした。代替医療の利用状況に関して、利用者・非利用者間の比較、副作用への対処や安全性確認とHL、長所・短所、主観的効果に関する分析を行い、コミュニケーション状況に関して、開示経験、相談希望、開示しない理由、主治医の対応を集計し、開示・相談希望関連要因をロジスティック回帰分析で検討した。解析には統計パッケージSPSS18.0J for Windowsを用い、有意水準を5%(両側)とした。

いずれの研究も、東京大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:3263、3394)。

結果

研究1

男性9名(25.7%)、女性26名(74.3%)、平均年齢は53.4歳で、健康食品/サプリメントと、漢方や鍼灸、マッサージなどを併用していた。

【RQ1:代替医療の長所、主観的効果】 代替医療の利用には、自分で体調を整える、充実感などのセルフケアの側面と、人との交流の側面が長所として挙げられた。さらに、症状の改善、知識の増加、病気と積極的に向き合うなどの主観的効果を経験していた。

【RQ2:代替医療の短所、困難経験】 経済的負担、勧誘、効果や継続の適否に関する悩みなどの短所が挙げられた。さらに、発症や診断後の混乱や焦りの中で、周囲の勧めるままに、色々な代替医療を探し試みた模索経験が多くの対象者から語られ、患者が代替医療の情報を収集し判断することが困難な実態が明らかになった。

【RQ3:開示する理由、開示しない理由】 代替医療についての主治医とのコミュニケーションには患者の主観的効果の有無が影響すること、主治医への開示を躊躇することが語られた。開示しない理由は、主治医の関心がない、主治医に怒られたり効果を否定されるなど対応が不安、主治医への遠慮などであった。

【RQ4:主治医の対応】 代替医療について主治医に話した際に、否定されたり怒られたりしたという困難な経験をしている場合があった。主治医に希望する対応としては、情報提供、代替医療を利用する理由や利用後の体調を親身に聞くこと、共感、危険性がある場合の言い方への配慮等であった。

研究2

対象者570名の内訳は、男性234名(41.1%)、女性336名(58.9%)、平均年齢は62.1歳で、主な疾患は、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、筋骨格系疾患などだった。

対象者のうち428名(75.1%)が、サプリメント・健康食品を中心とする代替医療を利用していた。利用者は女性が多く、疾患の数が多く、周囲の勧めがあり、HLが高かった。利用者の20.6%に副作用経験が、60.3%に代替医療の模索経験があった。

主治医とのコミュニケーションについては、利用者の65.3%に主治医への開示経験があった。開示しない理由は、主治医の理解や関心がない、話す時間がない、効果を否定されることが不安などであった。開示経験者の63.6%が今後も主治医への相談を希望した。

【RQ5:安全な利用とHL】 利用前に代替医療の安全性を確認し、悩み等について周囲へ相談し、代替医療による副作用発生時に利用を中止し、主治医への報告をしている者ほど、HLが高く、代替医療の安全な利用と患者のHLは関連していた。

【RQ6:代替医療の長所・短所、効果、困難経験】 代替医療に関して、知識の増加、精神的安定、症状改善等の主観的効果と、安心感やセルフケア、気持ちの良さ、希望、副作用の少なさ等が長所に、経済的負担等が短所に挙げられた。

【RQ7:開示関連要因】 代替医療の主観的効果が高く、HLが高いほど開示経験があり、効果否定の不安があるほど主治医への開示経験がなかった。

【RQ8:相談希望関連要因】 主治医の共感的対応を経験しているほど、HLが高いほど、今後も代替医療についての主治医との相談を希望していた。主観的効果、開示しない理由、主治医の否定的対応は相談希望と関連していなかった。

考察

1.慢性疾患患者の代替医療の利用

慢性疾患患者は、代替医療について、安心感、希望、副作用の少なさ等を長所であると考え、知識の増加、症状改善等の効果を経験し、代替医療が日常の疾患管理や闘病意欲の向上に役立っていると考えられた。

2.主治医とのコミュニケーション

主治医への開示経験は、質問紙構成等を考慮するとより低率となり、十分にコミュニケーションがとられていないと考えられた。この点、主治医の無理解や関心の欠如、主治医の対応への不安感などが高かったことから、主治医との関係悪化、治癒への希望を失うことなどが影響していると考えられた。また、代替医療の主観的効果がある場合には開示しやすいと考えられた。

主治医の対応のその後の相談希望への影響について、否定的対応は研究1では患者のトラウマとなり、その後のコミュニケーションを阻害すると考えられたが、研究2では関連はなかった。また、過去の相談時に主治医の共感的対応を経験している患者ほど今後も相談を希望していたことから、主治医が、代替医療を利用する患者の気持ちに配慮した共感的な対応をとることが重要と考えられた。

3.代替医療の利用におけるHLの重要性

患者のHLは、主治医への開示経験、相談希望の両方と関連しており、主治医とのコミュニケーションにおけるHLの重要性が明らかになった。また、患者のHLは、副作用への適切な対処や安全性確認等の、代替医療の安全な利用と関連していた。そのため、代替医療の利用中に主治医や周囲にサポートを求めて、より多くのサポートを獲得する、利用前に安全性を確認する、利用中も副作用への適切な対処をとる、というプロセスで、代替医療の安全な利用や主治医とのコミュニケーション促進にHLが重要な役割を担い、その向上が望まれると考えられた。

以上より、主治医が患者の代替医療の利用背景や価値観に配慮した共感的対応をとることと、患者の伝達的批判的ヘルスリテラシーを高めることが代替医療をめぐる患者と主治医のコミュニケーションの促進に重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、主治医と患者の間でコミュニケーションが困難なテーマのひとつである代替医療を取り上げ、そのコミュニケーション関連要因を明らかにすることを目的として、慢性疾患患者を対象に、面接調査(研究1)および質問紙調査(研究2)を実施している。特に、患者の視点から、代替医療の利用背景、主治医の対応への患者の不安感、実際に経験した主治医の対応を把握し、患者の伝達的批判的ヘルスリテラシーに着目し、代替医療の利用をめぐるコミュニケーション関連要因の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.患者は、代替医療について、安心感、希望、副作用の少なさなどに期待し、利用を通じ、知識の増加、症状改善等の効果を経験していた。

2.患者の伝達的批判的ヘルスリテラシーは、主治医への開示、相談希望と関連していた。

3.患者が経験した主治医の対応のうち、情報提供や共感などは、患者の主治医への相談希望を高めるものであり、主治医の共感的対応が主治医・患者間のコミュニケーションを促進することを示した。他方で、効果の否定などの主治医の否定的対応と患者の相談希望との関連は認められなかった。

4.患者の伝達的批判的ヘルスリテラシーは、利用前の安全確認や副作用への適切な対処、問題や悩みについて主治医へのサポートを求めて、獲得する上で、重要な役割を果たし、代替医療の安全な利用にも資することが示された。

5.今後の代替医療をめぐるコミュニケーション促進と安全な利用には、現場のコミュニケーション環境を整え、主治医の配慮ある対応、患者の伝達的批判的ヘルスリテラシーの向上、地域でも患者を支えていくことが重要であると示唆された。

以上、本論文は代替医療の利用をめぐる主治医・患者間のコミュニケーションにおいて、患者の代替医療の利用背景や価値観に配慮した主治医の対応と、患者の伝達的批判的ヘルスリテラシー向上への働きかけの重要性を示したものである。本研究は、代替医療に限らず、医療情報一般についての主治医・患者間のコミュニケーション促進にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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