No | 128297 | |
著者(漢字) | 飯坂,真司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イイザカ,シンジ | |
標題(和) | 褥瘡保有入院高齢者の重症度別たんぱく質必要量の推定 | |
標題(洋) | Estimation of protein requirements for older hospitalized patients with pressure ulcers according to wound severity | |
報告番号 | 128297 | |
報告番号 | 甲28297 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3956号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 入院中の褥瘡保有高齢者の看護ケアにおいて、創傷治癒遅延の一因となる低栄養の対策は重要な課題である。国際褥瘡治療ガイドラインでは褥瘡保有患者に対する積極的な栄養管理、特に高たんぱく質摂取1.25-1.50 g/kgが推奨されている。しかし、この推奨量には三つの問題がある。一点目に、褥瘡領域では必要量設定のための先行研究が不足している。食事摂取基準では、一般に推定平均必要量、推奨量、上限量、目標量が設定される。たんぱく質必要量の推定方法には、要因加算法、窒素バランス法、生理機能を指標とする方法、トレーサー法がある。各方法には長所と短所があるため、複数を併用し必要量を推定することが妥当であると考えた。二点目に、褥瘡保有高齢者は、たんぱく質摂取制限の必要な併存疾患を有することが多いものの、有害事象や全身状態を考慮した上限量について十分なデータがない。三点目に、褥瘡の重症度(深さ、滲出液量、サイズ、感染の有無など)が考慮されていない。他の急性創傷では侵襲度増加に伴う、蛋白質異化亢進、窒素バランス低下、必要量増加が報告されているが、褥瘡の重症度と蛋白質代謝・必要量の関係は明らかにされていない。 本研究の目的は、褥瘡保有入院高齢者のたんぱく質必要量の推定である。第1章では窒素バランス法を用い、1)窒素バランス維持必要量を推定し、2)必要量と蛋白質異化に影響しうる全身状態と褥瘡重症度を調査した。第2章では前向きコホート研究により、栄養状態、褥瘡状態、有害事象に対する、1)第1章で得られた平均必要量の妥当性、2)たんぱく質摂取量の至適閾値を検証した。 第1章 背景 窒素バランス法は健常高齢者のたんぱく質必要量推定の標準法とされ、術後患者の代謝評価にも用いられているが、褥瘡保有高齢者に窒素バランス法を適用した研究はない。本研究では、入院患者に対して適用されることの多い、二次窒素バランス法を採用した。これは、習慣的な摂取下の窒素バランスを使用し、集団の窒素バランス維持必要量(以下、維持必要量)を推定する方法である。窒素バランス評価には正確な摂取・排泄量測定が必要となる。褥瘡保有高齢者は高頻度に機能性尿失禁を呈するため、尿中窒素排泄量の測定が困難となり、研究が不足する一因となっていた。また、褥瘡では、滲出液からの蛋白質漏出が窒素損失の一つの経路となるが、窒素バランスに対する影響は未明であった。 方法 研究デザインは3日間の二次的窒素バランス法であった。3~5ヶ月後にフォローアップ調査を実施した。療養病床群併設病院1施設に入院中の褥瘡保有高齢者のうち、膀胱留置カテーテルを使用し、1週間以上同一の栄養計画が継続されているものを対象とした。調査期間中、対象者は標準的な褥瘡管理、通常の栄養ケアのもと、3日間の24時間蓄尿検査と食事摂取量調査を受けた。調査項目は、基本属性(年齢、性別、併存疾患Charlson comorbidity indexなど)、栄養状態(体重、生化学・血液検査など)、褥瘡評価(重症度評価ツールDESIGN-R、創面積、滲出液量)、窒素摂取量、排泄量、筋蛋白質異化指標(尿中3メチルヒスチジン/クレアチニン比、3MeH/Cr)であった。窒素摂取量は評量法による毎食の食事摂取量と献立の栄養素成分より評価した。栄養補助食品及び輸液中の窒素投与量を合わせ、総窒素摂取量(gN/kg/day)とした。総窒素排泄量(gN/kg/day)は、24時間蓄尿中の尿素窒素量より推定した尿中総窒素排泄量に、便及びその他の推定排泄量、褥瘡滲出液からの蛋白質漏出量より算出された。窒素バランス(gN/kg/day)は(総窒素摂取量-総窒素排泄量)として算出し、評価日を繰り返し変数とした線形混合モデルを用い、不可避窒素損失量、利用効率、窒素維持必要量を推定した。 結果 対象者は28名であり、平均年齢(標準偏差, SD)は86.0(8.2)歳、女性が64.3%であった。平均総窒素摂取量は0.160 gN/kg/day、評価日毎の平均窒素バランスは-0.002 - 0.002 gN/kg/dayであった。維持必要量の平均(95%信頼区間)は0.150(0.126 - 0.174)gN/kg/dayであり、滲出液からの蛋白質漏出量を加味しても0.151(0.127 - 0.175)gN/kg/dayであった。併存疾患尺度4点(中央値)以上群の維持必要量は0.122(0.092 - 0.151)gN/kg/dayであり、3点以下群の0.186(0.154 - 0.217)に比べ、有意に低かった(p=0.005)。また、推定糸球体濾過量60 mL/min/1.73m2未満群は、維持必要量が低い傾向にあった(p=0.091)。併存疾患尺度中央値未満または腎機能正常な対象者において、褥瘡滲出液多量群及び創面積中央値(7.9 cm2)以上群の維持必要量は、未満群に比較し、有意に増加した(すべてp<0.05)。3MeH/CrとDESIGN-R合計点、創面積、滲出液実測量、滲出液蛋白質漏出量はすべて有意な正の相関を示した。追跡可能であった15例の二回目の不可避窒素損失量、利用効率、維持必要量はすべて初回に比べ、有意に低下した。褥瘡改善群では、初回に比べ二回目の維持必要量は有意に低下したが、褥瘡悪化群では不変であった。 考察 維持必要量より計算された平均たんぱく質必要量は0.95(95%CI 0.80-1.10)g/kg/day、個人間変動を25%と仮定した安全摂取量は1.20 g/kgとなった。重症併存疾患群の平均たんぱく質必要量は0.75 g/kg/dayと低くなった。これは全身状態悪化により変化した生体内蛋白質代謝に対し、摂取量を低下させて適応しようとする反応である可能性がある。全身状態の良い患者では、褥瘡の重症度、特に滲出液量と創面積により平均たんぱく質必要量は異なり、軽症褥瘡0.85 g/kg/day、重症褥瘡1.30 g/kg/dayとなった。この差は滲出液からの蛋白質漏出量自体ではなく、創の重症化に伴う筋蛋白質異化亢進に由来すると考えられた。初回と二回目の維持必要量が異なった理由は、全身状態の変化に加え、長期のたんぱく質摂取に対する適応過程と考えられた。褥瘡改善に伴う維持必要量の変化より、たんぱく質必要量と褥瘡重症度の関連は可逆的であると考えられた。 第2章 背景 窒素バランス法は臨床的転帰を評価していない点が限界であるため、褥瘡保有患者の栄養ケアにおいて重要な生理機能である栄養状態と褥瘡状態の変化に対するたんぱく質必要量の妥当性を検証する必要がある。褥瘡領域における生理機能を指標とした先行研究は、栄養補助食品の効果立証を目的とした介入研究に限られ、均一な対象者に画一的な摂取量を課すデザインであり、必要量の検討には適さなかった。必要量の検証には、多様な患者の習慣的摂取と生理指標の関連を検証するデザインが適切であると考えた。また、指標が反映する体組織により必要量は異なる可能性があるため、複数の指標を用い、至適摂取量を評価する必要もある。さらに、たんぱく質必要量の腎機能に対する有害事象を検討する必要がある。 方法 本研究は非ランダム化比較試験の一部として実施された前向きコホート研究である。元の試験は高度創傷管理技術の効果検証を目的とし、栄養介入は含まれなかった。対象は29施設入院中の、65歳以上の褥瘡保有高齢患者とした。除外基準は試験中の死亡例、下肢切断の既往、体重未評価例とした。各施設の皮膚排泄ケア認定看護師が、3週間、患者の栄養状態(体重、上腕筋囲、血清アルブミン値)、創状態(DESIGN-R)、有害事象(血清尿素窒素、推定糸球体濾過率)について調査した。調査項目は第1章と同様とした。調査開始時の平均的1日の栄養素摂取量を診療録中の摂取割合と献立の栄養素成分より算出した。たんぱく質摂取量と生理機能変化の関連は、調査週を繰り返し、基本属性、生理機能指標初回値などの交絡因子を調整した線形混合モデルの交互作用項により評価した。 結果 対象者は194名であり、平均年齢(SD)は80.7(7.5)歳、女性が47.9%であった。たんぱく質摂取量の平均(SD)は0.61(0.60)gN/kg/dayであった。たんぱく質摂取量は、体重、血清アルブミン値、上腕筋囲、深い褥瘡のDESIGN-R総点の推移に対して時間との交互作用が認められた。平均たんぱく質必要量0.95 g/kg/dayは、体重(p<0.001)、血清アルブミン値(p=0.027)の推移と有意な交互作用を示し、平均必要量未満群では栄養指標値が低下した一方、以上群では一定に推移した。褥瘡面積別では、創面積7.9 cm2未満群の平均必要量0.85 g/kg/dayがすべての栄養指標値の推移と有意な交互作用を示した一方、7.9 cm2以上群の平均必要量1.30 g/kg/dayは血清アルブミン値の推移のみと有意な交互作用を示した。Receiver Operating Characteristics曲線より求めたたんぱく質摂取量の至適閾値は体重増加に対して1.00 g/kg/day、血清アルブミン値増加1.10 g/kg/day、上腕筋囲増加0.60 g/kg/day、深い褥瘡のDESIGN-R得点改善0.20 g/kg/dayであり、至適閾値未満の摂取群では指標値が低下した一方、以上群では一定に推移した。腎機能低下患者では、平均たんぱく質必要量0.75 g/kg/day以上群に血清尿素窒素値の上昇及び推定糸球体濾過率の低下は認められなかった一方、未満群では両指標値が改善した。 考察 平均たんぱく質必要量は、全対象者の栄養状態変化に対して妥当であった。褥瘡重症度別必要量の栄養状態に対する妥当性は、創面積の小さい褥瘡では示された一方、創面積の大きい褥瘡では明確にならなかった。また、浅い褥瘡の治癒は、栄養素摂取量以外の要因に影響される可能性が示唆された。一方、至適閾値は、体重と血清アルブミン値増加に対し、平均必要量と同様の値を示したが、各生理機能指標により値が異なった。これは組織のたんぱく質利用優先度の相違と考えられ、深い褥瘡の治癒は摂取量が0.20 g/kg/dayと極めて低値になるまで他の組織の利用により優先的に保持される可能性がある。本研究の必要量は、生理機能指標の改善よりも、低下防止を反映するレベルに設定されたため、先行研究に比べ低値であった。平均たんぱく質必要量は腎機能低下の有無に関わらず、有害事象のリスクは低いと考えられる。 結論 褥瘡保有入院高齢者の平均たんぱく質必要量は0.95(95%CI 0.80-1.10)g/kg/dayであった一方、全身状態、褥瘡重症度、目的とする指標により必要量は異なった。章間の方法論や対象者の相違などの限界はあるものの、本結果は褥瘡保有入院高齢者の栄養ケアにおけるガイドライン作成、個人に対するたんぱく質必要量の柔軟な設定に貢献できる。 | |
審査要旨 | 本研究は、入院中の褥瘡保有高齢者において、創傷治癒に密接に関連するたんぱく質の必要量を明らかにするため、窒素バランス及び栄養状態と褥瘡状態の生理機能指標に対し、全身状態・褥瘡重症度別にたんぱく質必要量の推定を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.療養型病院1施設に入院中の褥瘡保有高齢者28名を対象に、二次窒素バランス法を用いた3日間の調査(調査1)を行った結果、滲出液からの蛋白質漏出量を加味した窒素バランス維持必要量は平均0.151(95%信頼区間 0.127-0.175)gN/kg/dayであった。維持必要量より計算された平均たんぱく質必要量は0.95(0.80-1.10)g/kg/day、個人間変動を25%と仮定した安全摂取量は1.20 g/kgであることが示唆された。 2.全身状態別に窒素バランス維持必要量を解析した結果、併存疾患尺度4点(中央値)以上群の維持必要量は0.122(0.092-0.151)gN/kg/dayであり、3点以下群の0.186(0.154-0.217)gN/kg/dayに比べ、有意に低かった(p=0.005)。重症併存疾患群の平均たんぱく質必要量は0.75 g/kg/dayと低く、全身状態悪化に伴う生体内蛋白質代謝変化、摂取量低下への適応反応と考えられた。 3.褥瘡重症度別に窒素バランス維持必要量を解析した結果、併存疾患尺度中央値未満または腎機能正常な対象者において、褥瘡滲出液多量群及び創面積中央値(7.9 cm2)以上群の窒素バランス維持必要量は、未満群に比較し、有意に増加し(すべてp<0.05)、平均たんぱく質必要量は軽症褥瘡0.85 g/kg/day、重症褥瘡1.30 g/kg/dayとなった。筋蛋白異化指標3MeH/CrとDESIGN-R合計点、創面積、滲出液実測量、滲出液蛋白質漏出量はすべて有意な正の相関を示したことから、創の重症化に伴う筋蛋白質異化亢進により重症褥瘡の平均たんぱく質必要量が増加したと考えられた。 4.生理機能指標の変化を指標とした多施設前向きコホート研究(調査2)において、褥瘡保有高齢者194名のデータを解析した。その結果、平均たんぱく質必要量0.95 g/kg/dayは、体重(p<0.001)、血清アルブミン値(p=0.027)の推移と有意な交互作用を示し、平均必要量未満群では栄養指標値が低下した一方、以上群では一定に推移した。この結果より、栄養状態変化に対する平均たんぱく質必要量の妥当性が確認された。 5.Receiver Operating Characteristics曲線よりたんぱく質摂取量の至適閾値を解析した結果、至適閾値は体重増加に対して1.00 g/kg/day、血清アルブミン値増加1.10 g/kg/day、上腕筋囲増加0.60 g/kg/day、深い褥瘡のDESIGN-R得点改善0.20 g/kg/dayであり、至適閾値未満の摂取群ではすべての指標値が低下した一方、以上群では一定に推移した。たんぱく質摂取量の至適閾値は、目標とする生理機能指標により異なり、また指標の低下を防止するレベルに設定された。 6.平均たんぱく質必要量の有害作用を解析した結果、腎機能低下患者において、平均たんぱく質必要量0.75 g/kg/day以上群に血清尿素窒素値の上昇及び推定糸球体濾過率の低下は認められず、腎機能低下の有無に関わらず、有害事象のリスクは低いと考えられた。 以上、本論文は窒素バランスを維持する平均たんぱく質必要量及び生理機能指標に対する平均必要量の妥当性、摂取量の至適閾値を解析し、褥瘡保有入院高齢者の全身状態、褥瘡重症度別のたんぱく質必要量を明らかにした。本研究はこれまで臨床データの乏しかった、褥瘡発生後の栄養管理のエビデンス構築、たんぱく質摂取基準の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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