学位論文要旨



No 128298
著者(漢字) 大久保,公美
著者(英字)
著者(カナ) オオクボ,ヒトミ
標題(和) 日本人妊娠女性とその児における食事パターンに関する栄養疫学研究
標題(洋) Nutritional epidemiologic study on dietary patterns among pregnant Japanese women and their infants
報告番号 128298
報告番号 甲28298
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3957号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 橋本,英樹
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 講師 春名,めぐみ
 東京大学 講師 仲上,豪二朗
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景および目的

低出生体重や幼少期の成長と成人期における慢性疾患発症リスクとの関連を示す多くの疫学研究の成果から、妊娠期(胎生期)ならびに幼少期の栄養状態(食習慣)が成人期の疾病リスクに影響をもつ重要な要因のひとつとして考えられている。これを受け、欧米諸国を中心に妊娠中の食習慣が胎児成長に及ぼす影響や幼少期の食習慣形成に及ぼす要因の探索を目的とする研究が進められているが、欧米とは異なる食習慣、文化的・社会的背景をもつ日本を含むアジア諸国からの学術的知見は得られていない。また、これまでの栄養疫学研究における食習慣の評価は、特定の"単一"栄養素あるいは食品・食品群レベルに注目したものがほとんどであり、日常の食事の摂取形態や他の栄養素や食品の影響を十分に考慮しているとはいえない。そこで本研究では、妊娠期ならびに幼少期の食習慣を評価するにあたり、習慣的な食品の摂取傾向を総合的に把握することが可能として、近年注目されている「食事パターン」による評価手法を用いた。そして、

1)妊娠中の食事パターンの栄養適正を評価する(研究1)

2)妊娠中の母親の食事パターンと胎児成長との関連を明らかにする(研究2)

3)子どもの食事パターン形成に関連する要因を明らかにする(研究3)

ことを本研究の目的とした。

2.本研究で使用する既存データベース:大阪母子保健研究

本研究を遂行するにあたり、研究解析用に構築された「大阪母子保健研究」の既存の疫学データセットを活用した。大阪母子保健研究は、乳幼児におけるアレルギー疾患の発症に関連する環境要因・遺伝要因の解明を目的とした出生前開始二世代継続前向きコホート研究である。ベースライン調査として、平成13年11月から平成15年3月に大阪府寝屋川市ならびにその近隣地域に居住する日本人妊娠女性1002名(15~43歳)を対象に、自記式食事歴法質問票(Self-administered diet history questionnaire; DHQ)による習慣的な食品・栄養素摂取量、社会経済状況および生活習慣全般に関する項目を収集している。さらに、約1年ごとに追跡調査(生後4か月、1歳6か月、2歳6か月、3歳6か月、そして4歳6か月時)を実施し、母子に関する情報を収集している。本研究では、ベースライン時(研究1)、生後4か月時(研究2)ならびに1歳6か月時(研究3)のデータセットを活用した。

3.妊娠中における食事パターンの栄養適正の評価(研究1)

妊娠期における栄養管理は、体重管理や特定の栄養素に限られている場合がほとんどであり、食事全体の栄養適正「Nutritional adequacy」(過不足のリスク)を評価した研究は非常に少ない。そこで、妊娠中の食事パターンを抽出し、各食事パターンの栄養適正を評価することを目的とした。

解析対象者は、ベースライン調査に参加した18~43歳の妊娠女性997名(妊娠5~39週)である。妊娠中の食事パターンを把握するために、本研究ではクラスター分析を用いた。クラスター分析は、食品の食べ方の類似性から対象者をクラスター(集団)に分類することができるため、栄養改善が必要な集団を抽出し、その特徴を把握するのに有効な方法と考えられている。まず、DHQに掲載されている150食品を各食品の特性や栄養成分の類似性から33食品群に分類した。そして、食品群摂取重量を密度法によりエネルギー摂取量で調整(g/1000 kcal)し、標準化(平均値0、標準偏差1)した後、クラスター分析(K-means法)を行った。その結果、対象者は3つのクラスターに分類された。そして、摂取量の多い食品群の特徴から、各クラスターを「肉類・卵 (n = 423)」、「小麦製品(パン・菓子・麺類)(n = 371)」、「めし・野菜・魚介類 (n = 203)」中心群とした。各群の食事パターンの栄養適正は、食事摂取基準(1日あたりのエネルギーや栄養素の摂取基準を示したもの)で示されている20栄養素について評価し、基準を満たさない栄養素の数を比較したところ、「肉類・卵」中心群は10栄養素、「めし・野菜・魚介類」中心群は8つと有意に少なく、一方「小麦製品」中心群は11と最も多かった。

以上より、めし・野菜・魚介類が多く、パンや菓子類が少ない食事パターンを有する妊娠女性は、栄養適正を満たしている確率が高いことが示唆された。また、過不足のある栄養素に寄与する食品やその組み合わせ(食事パターン)が明らかとなり、妊娠女性の栄養改善に必要な知見となる可能性が示唆された。

4.妊娠中の母親の食事パターンと胎児成長との関連(研究2)

胎児成長に及ぼす妊娠中の母親の食事要因として、これまでに野菜、果物、乳製品、魚介類、ビタミンB群、脂肪酸が示唆されているが、統一した見解はまだ得られていない。その理由の一つとして、これまでの多くの研究が単一栄養素や食品に焦点がおかれていたことが挙げられる。胎児成長について更なる栄養学的知見を得るためには、日常の食事形態や生体内における栄養素間の生理学的な相互作用をも考慮した「食事パターン」による評価手法を用いた研究が必要である。研究1では、妊娠中の母親の食事パターンを抽出し、各食事パターンの栄養適正が明らかとなった。そこで研究2では、同集団を対象に妊娠期間中の母親の食事パターンと胎児成長との関連を縦断的に検討した。

解析対象者は、ベースラインならびに4か月時の両調査に参加した867名のうち、正期産(37週以上42週未満)、単胎児出産、新生児の出生時身体計測値(体重、身長、頭囲)および本研究で使用する項目に欠損のない母子803組とした。妊娠中の母親の食事パターンは、研究1で示した通りである。児の出生時体重、身長、頭囲は残差法により在胎週で調整した。胎内発育遅延児は、平成12年乳幼児身体発育調査より報告された体重、身長、頭囲の男女別身体発育曲線の10パーセンタイル未満とした。

胎児の成長に影響を及ぼすと考えられる種々の交絡要因で調整し、3つの食事パターン間で出生時身体計測値を比較したところ、体重(P = 0.045)と頭囲(P = 0.036)で有意な群間差がみられ、「小麦製品」中心群は最も低い値を示した。さらに、栄養適正の最も高い「めし・野菜・魚介類」中心群を基準に比較したところ、栄養適正の最も低い「小麦製品」中心群は、胎内発育遅延児(体重)を出産するリスクが有意に高かった(オッズ比:5.2、95%信頼区間:1.1-24.4)。一方、身長ならびに頭囲の胎内発育遅延児の出産リスクについては、差は見られなかった。

以上より、パンや菓子類が多く、めし・野菜・魚介類が少ない食事パターンを有する妊娠女性は、胎内発育遅延児を出産するリスクが高いことが示唆された。この結果は、妊娠中の母親の食事パターンの栄養適正の低さが、子宮内における胎児の成長(特に、体重増加)に不利に働くことを示唆するものである。しかし、本研究の解析対象者数が少ないため、得られた結果は偶然による可能性がある。そのため、得られた結果の解釈には十分な注意を要する。今後、対象者数を増やした同様の検討が必要である。

5.幼少期の食事パターン形成に関連する要因の同定(研究3)

研究1および研究2より、胎児期の成長は、妊娠中の母親の食事の質(栄養適正)に依存することが明らかとなった。一方、幼少期の栄養状態ならびに発育には、子ども自身の食習慣が大きく関わってくる。さらに幼少期に形成された食習慣は、成人期に移行しやすいことから、幼少期だけでなく、その後の人生の健康状態に影響を及ぼす可能性が高いと言える。そのため、幼少期の食習慣ならびに食習慣形成に関わる要因を明らかにすることは、生涯を通じた生活習慣病予防の観点からも非常に重要である。そこで研究3では、子どもの食事パターンを抽出し、その食事パターンに関連する要因を明らかにすることを目的とした。

解析対象者は、ベースライン、4か月時、1歳6か月時のすべての調査に参加した母子758組とした。子どもの食習慣については、離乳が完了した生後1歳6か月時に21食品(うち6食品がベビーフード)の摂取頻度について母親より収集した。しかし、ベビーフード6項目については、90%以上の子どもが月1回以上食べていなかったため、本研究の解析からは除外した。まず、子どもの最近1か月間における15項目の食品の摂取頻度(毎日2回以上、毎日1回、週に4~6回、週に2~3回、週に1回、月に2~3回、月に1回、月に1回未満)を1週間あたりの回数に変換し、標準化(平均値0、標準偏差1)した後、クラスター分析(K-means法)を行った。その結果、対象者は2つのクラスターに分類された。そして、摂取量の多い食品の特徴から、各クラスターを「野菜・果物・高たんぱく質食品 (n = 483)」、「菓子・嗜好飲料 (n = 275)」中心群とした。子どもの食事パターンに及ぼす要因として、欧米の先行研究を参考に、子どもの性別、体重および身長(出生時と1歳6か月時)、授乳期間、離乳時期、テレビ視聴時間、兄弟の人数、母親の年齢、妊娠前のBMI、学歴、職業、年収、身体活動、食事パターン、喫煙状況等を選択した。そして、抽出された子どもの食事パターンと各要因との関連を検討するために、ロジスティック回帰分析を用いて、「野菜・果物・高たんぱく質食品」中心群(イベント無と想定)に対する「菓子・嗜好飲料」中心群(イベント有と想定)のオッズ比を算出した。

検討する他のすべての要因を調整したところ、年上兄弟が多く(オッズ比:1.79、95%信頼区間:1.24-2.58)、「小麦製品」中心群の食事パターンを有する母親(オッズ比:1.51、95%信頼区間:1.04-2.21)の子どもは「野菜・果物・高たんぱく質食品」中心群より「菓子・嗜好飲料」中心群に属する確率が有意に高く、一方、母親の学歴が高く(オッズ比:0.65、95%信頼区間:0.44-0.95)、「めし・野菜・魚介類」中心の食事パターンを有する母親(オッズ比:0.56、95%信頼区間:0.36-0.87)の子どもは、「菓子・嗜好飲料」中心群に属する確率が有意に低い傾向がみられた。

以上より、子どもの食事パターンは離乳完了後にはすでに形成されており、母親の食事パターンと同様の食品から構成されている傾向がみられた。特に、母親の学歴は、子どもの食事パターンに関連する重要な要因であることが明らかとなった。今後、母親以外の家庭環境を含む要因(父親や祖父母、兄弟)の影響も併せて検討する必要がある。

6.結論

本研究では、日本人妊娠女性とその児を対象に、初めて「食事パターン」による評価手法を用いた食習慣の評価を行った。そして、妊娠中の母親の食事パターンの栄養適正は、子宮内における胎児の成長だけでなく、離乳完了後すぐの子どもの食事パターンにも関係していることが明らかとなった。妊娠中の母親への適切な栄養教育は、胎児の成長だけでなく、子どもの食習慣形成にも大きな効果をもたらす可能性が考えられる。また、子どもの食事改善を目的とした栄養教育を行う際には、母親の学歴や食事パターンを考慮する必要性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、妊娠期(胎生期)から乳幼児期までの期間に注目し、妊娠中の母親の食事の「質」が胎児成長に及ぼす影響ならびに幼少期の食習慣形成に及ぼす要因について検討したものである。そして、妊娠女性ならびに乳幼児の食事評価には、習慣的な食品の摂取傾向を総合的にとらえることが可能な「食事パターン」による評価手法(dietary pattern approach)を用い、以下の結果を得ている。

1.大規模疫学研究で汎用される食事質問票から推定される摂取量データを用いて、クラスター分析により日本人妊娠女性の食事パターンの抽出を試みたところ、「肉類・卵」、「小麦製品(パン・菓子・麺類)」、「めし・野菜・魚介類」中心の3つのパターンが得られた。そして、食事摂取基準を比較基準として、抽出された各食事パターンの栄養適正を評価したところ、めし・野菜・魚介類が多く、パンや菓子類が少ない食事パターンを有する妊娠女性は栄養適正を満たしている確率が高いことが示された。本研究により、クラスター分析を用いた食事パターンによる評価手法が確立され、さらに栄養改善が必要な集団を抽出し、その特徴を明らかにすることが可能となった。

2.妊娠中の母親の食事パターンと子どもの出生時体重との関連を検討したところ、栄養適正の最も高い「めし・野菜・魚介類」中心群と比較して、栄養適正の最も低い「小麦製品」中心群の母親は胎内発育遅延児を出産するリスクが有意に高いことが示された。解析対象者が少ないという限界はあるものの、この結果は、妊娠中の母親の食事パターンの栄養適正の低さが、子宮内における胎児の体重増加に不利に働くことを示唆したものである。

3.離乳が完了した生後16~24か月の乳幼児を対象に、クラスター分析により「野菜・果物・高たんぱく質食品 」および「菓子・嗜好飲料」中心の2つの食事パターンが抽出された。そして、子どもの食事パターンと母親の食事パターンの類似性が示され、乳幼児の食事パターン形成には、特に母親の学歴が重要な要因であることが示された。

以上、本論文は妊娠中の母親の食事パターンの栄養適正が子宮内における胎児の成長のみならず、乳幼児の食事パターン形成にも関連することを報告した世界でも希少な疫学研究である。さらに、妊娠中の母親への適切な栄養教育の必要性ならびに子どもの食事改善を目的とした栄養教育を行う際に考慮すべき点(母親の食習慣や学歴など)が示された。これらの結果は、実践面においても重要かつ新たな科学的知見であると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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