学位論文要旨



No 128303
著者(漢字) 白石,三恵
著者(英字)
著者(カナ) シライシ,ミエ
標題(和) 日本人妊婦を対象とした自記式食事歴法質問票の妥当性・信頼性の検証と食事摂取量の過小申告に関連する心理社会的要因の探索
標題(洋)
報告番号 128303
報告番号 甲28303
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3962号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 特任准教授 森,武俊
 東京大学 講師 児玉,聡
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 准教授 藤井,知行
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

妊娠中のエネルギーの過剰摂取やビタミン、ミネラルの摂取不足が、妊娠高血圧腎症や妊娠糖尿病等の妊娠合併症や胎児成長阻害に関連する可能性が欧米諸国の研究で報告されている(Bo et al., 2001; Saldana et al., 2004; Xu et al., 2009)。しかし、これらの関連については一貫した結果が得られておらず、更なる研究が求められている。日本では妊娠中の食事摂取量を把握するためのアセスメントツールが確立されていないために、日本人妊婦の栄養素摂取の特徴を踏まえながら、栄養と妊娠合併症の関連に着目した大規模な研究を行うことは難しく、その関連はほとんど検証されていない。

日本人成人で妥当性が検証され、大規模調査で広く使用されている栄養質問票に、自記式食事歴法質問票(self-administered diet history questionnaire: DHQ)がある(Sasaki et al., 1998a, 1998b, 2000)。DHQを用いて妊婦の食事摂取量を評価するためには、食習慣・代謝に関して特殊な時期にある妊婦を対象に、新たに妥当性検証を行うことが必要とされる。妥当性検証を行うための標準法として、自己申告バイアスを排除するためにバイオマーカーを用いることが多いが、エネルギー摂取量の妥当性検証でよく使用されるエネルギー消費量の測定法は、妊娠期には負担が大きく使用できない。そのため、エネルギー摂取量の代替栄養素として、タンパク質・ナトリウム・カリウムについて24時間尿中排泄量との比較によって妥当性検証を行うことが、妊婦への負担が少なく、かつ、エネルギー摂取量を評価することができる唯一の方法である。

DHQで得られた結果を正しく評価するためには、起こり得る測定誤差やそれにどのような要因が関連しているのかを認識しておく必要がある。測定誤差でよく指摘される問題は過小申告であり、非妊娠女性では過小申告に関連する要因として学歴や体型、社会的望ましさ、食事制限等が挙げられている(Lafay et al., 1997; Johansson et al., 1998; Horner et al., 2002)。しかし、妊婦ではどの程度過小申告が生じるのか、また、どのような要因が過小申告に関連するのかについて心理社会的要因も含めた検討はされていない。

そこで、本研究は日本人妊婦を対象とし、以下の3点を目的とした。

1.24時間蓄尿中の尿素窒素・ナトリウム・カリウム排泄量を用いて、DHQから推定されるタンパク質・ナトリウム・カリウム摂取量の妥当性を検証すること[妥当性検証]

2.DHQから推定されるタンパク質・ナトリウム・カリウム摂取量の信頼性を検証すること[信頼性検証]

3.DHQから推定されるタンパク質・ナトリウム・カリウム摂取量を24時間尿中排泄量と比較することにより、実際の摂取量より過小に申告している妊婦を特定し、DHQの過小申告に関連する人口統計学的・心理社会的要因を明らかにすること[DHQの過小申告に関連する要因の探索]

[方法]

調査対象・調査方法

妥当性検証

2010年6月から2011年6月に都内大学病院に通院する妊娠中期の健常な単胎妊婦を対象に調査を行った。妊娠15‐19週の妊婦健診時に、調査者が研究内容について文書を用いて説明し、書面による同意を得た。本研究は、東京大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した。

妊娠19‐23週の妊婦健診時に、調査者が対象者にDHQを含む質問票を直接配布した。対象者は妊婦健診の診療待ち時間あるいは帰宅後に質問票に回答し、研究者が直接回収または郵送により回収した。また、妊娠19‐23週の妊婦健診前に24時間蓄尿を行った。

信頼性検証

2011年2‐4月に都内大学病院に通院する妊娠中期の健常な単胎妊婦に、妥当性・信頼性検証の研究内容について説明し、書面による同意を得た。信頼性検証の対象者には、妊娠15‐19週とその4‐5週間後の妊婦健診時の計2回、DHQの回答を依頼した。

DHQの過小申告に関連する要因の探索

妥当性検証と同様の対象者に対し、調査を行った。

調査内容

対象者の属性・心理社会的特徴

質問票より、年齢、出産回数、身長、妊娠前体重等の基本情報を得た。さらに、過小申告に関連する要因を探索するために、社会的望ましさ[日本版Social Desirability Scale(北村 & 鈴木, 1986)]、承認欲求[日本版MLAM承認欲求尺度(植田 & 吉森, 1991)]、自己効力感[一般性セルフエフィカシー尺度(坂野 & 東條, 1986)]、妊娠中の症状や体重に関連する心理社会的特徴についての情報も得た。

栄養素摂取

過去1か月間の習慣的な栄養素摂取量を、DHQを用いて評価した。

24時間蓄尿

蓄尿開始日の午前中から24時間後までに排泄される尿を全て専用容器に溜め、蓄尿の一部を回収した。採取後から分析まで-80℃で保存し、尿素窒素はウレアーゼ・LEDH法、ナトリウム・カリウムは電極法、クレアチニンは酵素法にて測定した。これらの分析は、三菱化学メディエンスに依頼した。

統計分析方法

妥当性検証

Pearsonの積率相関係数を用いて、タンパク質・ナトリウム・カリウムの摂取量と排泄量の関連を分析した。また、各栄養素の摂取量と排泄量を各々五分位に分け、その五分位の一致率・相違率を算出した。さらに、Bland-Altmanプロットを用いて、妥当性があると判定される範囲(DHQと排泄量から推定される摂取量の平均差±1.96標準偏差)を逸脱した者を把握した。

信頼性検証

2回のDHQにより推定した栄養素摂取量から級内相関係数(ICC)を算出した。また、2回の摂取量を各々五分位に分け、その五分位の一致率・相違率を算出した。

DHQの過小申告に関連する要因の探索

自己申告値の正確性を示す値として、DHQによる摂取量と排泄量から推定した摂取量の比を算出した。タンパク質・ナトリウム・カリウム各々の自己申告値の正確性の値の上位25%を過小申告とし、3栄養素中2栄養素以上で過小申告と判定された者を「過小申告者」とした。過小申告者の関連要因を明らかにするために、多変量ロジスティック回帰分析を行った。

[結果]

妥当性検証

妊娠中期の単胎妊婦398名に研究説明を行い、326名から研究参加への同意を得た。脱落者等24名を除外し、302名を分析対象とした。

タンパク質・ナトリウム・カリウムの排泄量と、エネルギー調整済み摂取量のPearsonの積率相関係数は、それぞれ0.263(p < 0.001)、0.295(p < 0.001)、0.348(p < 0.001)であった。一日摂取量と排泄量との関連では、つわり症状のない妊婦でタンパク質・カリウムの相関係数は0.202(p = 0.003)、0.247(p < 0.001)であったが、ナトリウムは0.160(p = 0.020)であった。また、タンパク質・ナトリウム・カリウムの排泄量と摂取量を五分位に分類した結果、約60%の分類が一致していた。Bland-Altmanプロットでは、一部の対象者の摂取量は妥当性があると判定される範囲を逸脱した外れ値を示した。

信頼性検証

研究に同意した64名を対象とし、脱落者等6名を除外した後58名を分析対象者とした。信頼性検証では、2回のDHQから推定したタンパク質・ナトリウム・カリウム摂取量を対数変換した後のICCは、0.601、0.589、0.716であった。また、2回の摂取量を各々五分位に分類したところ、約70%の分類が一致していた。

DHQの過小申告に関連する要因の探索

妥当性検証対象妊婦302名中、65名(22%)を過小申告者と判定した。自己効力感の低い者(p = 0.031)、妊娠前のBMIが低い者(p = 0.001)、妊娠前の体型を標準または太っていると認識している者(p = 0.045)、調査時の体重が妊娠前の体重より少ない者(p = 0.022)、産後に妊娠前の体重に戻すために妊娠中の体重増加を抑制している者(p = 0.002)、妊娠中に食習慣を改善するつもりがない者(p = 0.045)が過小申告をしやすいことが示された。

[考察]

妥当性検証・信頼性検証

エネルギー調整済み摂取量と排泄量の相関係数はタンパク質・ナトリウム・カリウムとも約0.3であり、妥当性検証の基準0.3を概ね満たしていたことから、DHQによる推定摂取量が妥当であることが示された(Hankin et al., 1991)。また、タンパク質・カリウムの一日摂取量の妥当性が示されたことにより、つわり症状のない妊婦という条件付きではあるがエネルギー摂取量の推定が可能であることが間接的に示唆された。さらに、2回のDHQから推定した摂取量のICCは0.5以上であり、信頼性検証の基準0.5以上を満たしていたことから、DHQが十分な信頼性を有することが確認された(Cade et al., 2004)。一方で、一部の対象者では測定誤差の可能性があるため、DHQを用いる場合には測定誤差のリスクも考慮する必要がある。

DHQの過小申告に関連する要因の探索

妊娠前BMIが低い者ほど食事摂取量を過小申告しやすいという結果は、欧米諸国の一般成人の研究と相反する結果であった。日本人女性はやせ割合が高く、実際のBMIに関係なくより痩せることを望む傾向がある(Hayashi et al., 2006)といった、対象者の体型の違いや体型に対する考え方の文化的な違いにより、欧米諸国の研究とは異なる結果となった可能性がある。また、調査時の体重が妊娠前の体重より低いことも過小申告に関連しており、この項目に該当した対象者の特徴から、つわり症状を有する者や、妊娠中に厳しい体重増加抑制をしている者が過小申告しやすいことが示された。

産後に妊娠前の体重に戻すために妊娠中の体重増加を抑制している者では、食事制限をしている者が多いと言われている(Takimoto et al., 2011)。非妊娠女性でも食事制限と過小申告の関連が指摘されているように、妊婦でも食事制限により摂取量の過小申告が起こる可能性があることが示唆された(Bathalon et al., 2000)。

[結論]

日本人妊婦のタンパク質・ナトリウム・カリウムのエネルギー調整済み摂取量について、DHQの妥当性・信頼性が示された。また、つわり症状のない妊婦では、エネルギー代替栄養素であるタンパク質・カリウムの一日摂取量の妥当性が許容範囲にあったことから、DHQがエネルギー摂取量を推定できることが示唆された。その一方で、DHQは過小申告のリスクを有しており、妊婦の食事摂取量の過小申告には、自己効力感、妊娠前の体重に関連する要因、妊娠中の体重減少、妊娠中の体重増加や食習慣に対する態度が関連する可能性があるため、これらの過小申告の関連要因を認識した上でのDHQの使用が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本人妊婦の栄養素摂取量を正確に評価できる栄養質問票の確立のため、妊婦302名を対象に自記式食事歴法質問票(DHQ)の妥当性・信頼性の検証を行った。また同時に、栄養質問票では必ず起こり得る系統的測定誤差について把握するため、DHQの過小申告の判定やその関連要因の探索を行い、下記の結果を得ている。

1.日本人妊婦におけるDHQのタンパク質・ナトリウム・カリウムのエネルギー調整済み摂取量の妥当性を、24時間尿中排泄量を用いて検証した。その結果、3栄養素の摂取量と排泄量のPearson相関係数は妥当性検証の基準0.3を概ね満たしており、DHQの妥当性が許容範囲にあることが示された。

2.つわり症状のない妊婦におけるタンパク質・カリウムの一日摂取量の妥当性が示されたことにより、つわり症状のない妊婦においてはDHQによるエネルギー摂取量の推定が可能であることが間接的に示された。

3.4-5週間の間隔でDHQを2回実施したところ、DHQが十分な信頼性を有していることが示された。

4.Bland-Altmanプロットの結果から、対象妊婦の一部では、DHQから推定される栄養素摂取量が妥当である範囲を逸脱した外れ値を示す可能性があることが示された。

5.妊娠中のDHQの測定誤差は、グループレベルで過小申告に傾いていた。また、DHQの過小申告は、自己効力感が低い場合、妊娠前のBMIが低い場合、妊娠前の体型を標準または太っていると認識している場合、調査時体重が妊娠前の体重より少ない場合、産後に妊娠前の体重に戻すために妊娠中の体重増加を抑制している場合、妊娠中に食習慣を改善するつもりがない場合に起こりやすいことが明らかになった。

以上、本研究は、日本人妊婦に使用可能である栄養質問票を確立した初めての研究である。妊娠中におけるDHQの確立により、これまでより低資源・低コストで日本人妊婦の栄養に関する調査を実施することを可能とし、栄養素摂取と妊娠合併症の関連の解明にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク