No | 128304 | |
著者(漢字) | 竹内,朋子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケウチ,トモコ | |
標題(和) | 新卒看護師の精神健康の変動が職業継続意欲に及ぼす影響、ならびに精神健康の変動に対するSense of Coherenceの影響 : 入職前、入職後3ヶ月、入職後1年の縦断的検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128304 | |
報告番号 | 甲28304 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3963号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序文】 1.今日の日本における新卒看護師の位置づけ 看護職人口の需給バランスがマイナス供給のまま推移している現在、新卒看護師は臨床に必要な看護師数を補完するための貴重な人的資源である。また、今日の医療ニーズに応じた基礎教育を受けた新卒看護師は、今後の看護界を牽引する重要な存在である。 2.新卒看護師をとりまく現状 1)入職を契機にした精神健康の悪化 新卒看護師の精神健康は、一般住民や他の新卒医療従事者と比較して不良であり、特に入職後3ヶ月の時点で最も悪化するとされている。しかし、先行研究は全て入職後の状態を基準にしており、入職という経験が新卒看護師の精神健康にもたらす変化の実態が検証されていない。また現在の日本の医療機関では、人材確保のための早期離職防止対策に取り組む必要性は認知されてはいるものの、早期離職に関連するとされる新卒看護師の精神健康の支援に対する重要性の認識は極めて低い。 したがって、まず入職を契機にした新卒看護師の精神健康の変動の実態を厳密に把握した上で、「悪化」という動的な現象が新卒看護師の離職願望にどのように影響するのかを明示し、新卒看護師の精神健康に対する支援の重要性を検討していく必要がある。 2)職業性ストレスへ対処する力の不足 新卒看護師は、入職後多くの職業性ストレスに曝されていることが明らかになっている。しかし、看護職はある程度の職業性ストレスは避けられない職業であり、職業性ストレスそのものを軽減させる外的なアプローチだけでは限界がある。外的要因である職業性ストレスそのものだけでなく、たとえ職業性ストレスにある程度曝露したとしてもそれにうまく対処し、ストレス反応の発生を回避できる、新卒看護師自身の内的要因にもアプローチすることが有効と考えられている。 人々のストレス対処方略に関連する多様な概念のうち、Sense of Coherence(以下SOC)は、内的資源だけでなく、社会文化的な環境である外的資源までも総括した様々な対処資源を動員することでストレスに対処する力を表わす。このことから、内的・外的要因へ共にアプローチすることが求められる、労働者の健康について検討する上で特に有益な概念として広く検証されている。SOCは「その人に浸み渡る、動的であるが持続的な確信によって方向づけられる、個人の生活世界全般への志向性」と定義される。ここでいう確信とは、自己の内外で生じる環境刺激に対する3つの主観的な認知(把握可能感、処理可能感、有意味感)を指す。SOCの高い人々は、これらの確信によって個人の生活世界にある一貫性を見出しており、たとえストレッサーによってこの一貫性が脅かされる局面にあっても、ストレッサーにしなやかに対処し、うまく状況を乗り越えることができるとされている。入職と共に人生で初めて多くの職業性ストレスに曝され、精神健康の著しい悪化を来しやすい新卒看護師にとって、ストレッサーに対処する力を表わすSOCは重要な内的資質のひとつと考えられるが、新卒看護師のSOCについての研究論文は極めて少ない。また、初期成人期にある新卒看護師のSOCは不安定であり、これが精神健康の変動に影響する可能性が考えられるが、未だ明らかにされていない。 したがって、新卒看護師のSOCの入職前後における変動を示した上で、精神健康の変動に対してSOCがどのように影響するのかを明らかにし、職業性ストレスそのものの軽減だけではなく、ストレス対処に関わる新卒看護師の内的資質を育成する重要性を検討する必要がある。 【目的】 本研究は次の3点を明らかにすることを目的とする。 1)入職を契機にした精神健康、SOCの変動の実態 精神健康とSOCについて入職前の時点からデータ収集することにより、新卒看護師の精神健康とSOCは入職を契機にどのように変動するのかの実態を記述する。 2)入職前から入職後3ヶ月にかけての精神健康の変動が職業継続意欲に及ぼす影響 精神健康の一時点の状態だけではなく、入職を契機にした変動が新卒看護師の職業継続意欲にどのように影響するのかについて、検討する。 3)精神健康の変動に対するSOCの影響 新卒看護師の精神健康の変動に対しSOCがどのように影響するのか、入職前後のSOC変動も含めて検証する。 【方法】 機縁法により調査協力の得られた首都圏の看護基礎教育機関の最終学年に在籍し、2010年4月から病院施設で看護師として勤務を開始する予定の者を調査対象とし、入職前(T1:2010年1月)、入職後3ヶ月(T2:2010年6月)、入職後1年(T3:2011年3月)の3時点における縦断調査を行なった。調査項目として、個人属性(性、年齢、看護に関する最終学歴)、仕事に関する属性(機能別病院分類、所属部署、職業性ストレス等)、精神健康、SOC、職業継続意欲を尋ねた。3時点全てに回答した138名のうち、女性看護師128名のデータを分析対象とした。 本学医学部倫理委員会(承認番号:2866)、および各調査対象機関の研究倫理委員会の承認を得て実施した。 【結果】 1.入職を契機にした精神健康、SOCの変動の実態 1)精神健康の変動 新卒看護師の精神健康は入職前から入職後3ヶ月にかけて有意に悪化し(p<.001)、入職後1年の精神健康は入職前よりも不良であった(<.001)。 2)SOCの変動 新卒看護師のSOCは、入職前から入職後1年へかけて、合計得点と3つの下位項目の全てが有意に低下していた(把握可能感p<.001, 処理可能感p=.001, 有意味感p<.001)。 2.入職前から入職後3ヶ月にかけての精神健康の悪化が職業継続意欲に及ぼす影響 新卒看護師の職業継続意欲には、精神健康の一時点の水準だけではなく、入職を契機にした変動もまた有意に影響していた(入職後3ヶ月ならびに1年の離職願望に対していずれもp<.001)。 3.精神健康の変動に対するSOCの影響 新卒看護師の精神健康の変動には、職業性ストレスだけではなく、SOC(特に有意味感)が強く影響していた(p<.001)。 【考察】 1.入職を契機にした精神健康、SOCの変動の実態 1)精神健康の変動 本研究は入職前から対象者を追跡したことにより、入職を契機に新卒看護師の精神健康が悪化したことと、入職後の水準は入職前よりも不良なままであったことを初めて明らかにした。新卒看護師は一般の労働者よりも精神健康が相対的に不良である可能性も考えられることから、入職後3ヶ月だけでなく、入職後1年にかけても精神健康の維持・改善に向けて継続的に取り組む必要性が示唆された。 2)SOCの変動 本研究でみられた新卒看護師のSOCの変動は、新卒看護師の多くが該当する成人期初期がSOCの形成途中であり、この年齢層ではSOCレベルが不安定であるためと考えられた。SOCの下位項目全てが一律に低下・低迷する新卒看護師は、ストレッサーに対処する内的な力が著しく弱まり、精神健康の悪化を含むストレス反応が生じやすい状態にあると考えられた。 2.入職前から入職後3ヶ月にかけての精神健康の悪化が職業継続意欲に及ぼす影響 本研究では、新卒看護師の精神健康の変動の実態を記述した上で、従来検証されてきた精神健康の一時点の水準だけではなく、変動もまた、職業継続意欲に対して有意に影響することを明らかにできた。特に入職前から入職後3ヶ月へかけての精神健康の悪化は、入職後1年の時点の離職願望に対しても長期的に強い影響力を有していたことから、入職を契機にした精神健康の悪化を一過性のものとして軽視してはならないと考えられた。 3.精神健康の変動に対するSOCの影響 本研究の結果から、新卒看護師の精神健康の変動は、単に職業性ストレスそのものだけによるのではなく、ストレスに対処する力であるSOCが入職を契機に低下・低迷し、職業性ストレスに抗しきれないことによって生じる、複合的な現象であると考えられた。新卒看護師が多くの職業性ストレスに曝されながらも精神健康を維持・向上させる上で、SOC(特に有意味感)は、重要な内的資質であることが示された。成人期以降のSOCは、職場環境からの影響を強く受けながら形成・強化されていくものとされていることから、新卒看護師の精神健康の維持・改善のために、可能な限り職業性ストレスを軽減させる外的なアプローチと共に、ストレス対処に関わる新卒看護師の資質を育成する、内的なアプローチの重要性が示唆された。 4.実践への示唆 今日の医療機関においては、新卒看護師の働く意欲に大きな影響を及ぼす精神健康の悪化の問題性を充分に認識し、その維持・改善を目指すことを、新卒看護師支援の重要な目標のひとつに位置づける必要があると考えられた。 また本研究では、新卒看護師がいきいきと働く上で重要な資質であるSOCに着目し、職業経験を通してSOCの形成・強化を促進する必要性が示唆された。特にSOCの中核であり、精神健康の変動に最も影響力を持つ、有意味感を形成・強化するために、新卒看護師個人の主体的な価値観を引き出し、職業に対する意味づけを促進するアプローチが有効と考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は新卒看護師の精神健康と職業性ストレス対処において重要な役割を演じていると考えられるSense of Coherence(SOC)に着目し、第一に両者の入職を契機にした変動の実態、第二に精神健康の変動が職業継続意欲に及ぼす影響、そして第三に精神健康の変動に対するSOCの影響を明らかにするため、インターネット調査により入職前の段階から対象者を追跡する縦断調査を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. 入職を契機にした精神健康、SOCの変動の実態 新卒看護師の精神健康は入職前から入職後3ヶ月にかけて有意に悪化し、入職後3ヶ月から1年にかけて改善するものの、入職後1年の精神健康の水準は入職前よりも有意に不良であった。また、ストレッサーに対処する力であるSOCは、入職前から入職後1年へかけて、下位尺度である把握可能感、処理可能感、有意味感の全てが有意に低下していた。 2.入職前から入職後3ヶ月にかけての精神健康の変動が職業継続意欲に及ぼす影響 新卒看護師の職業継続意欲には、精神健康の一時点の水準だけでなく、過去の時点からの変動も有意に影響していた。また、精神健康とその変動は、職業性ストレスを媒介して職業継続意欲に影響していた。 3.精神健康の変動に対するSOCの影響 新卒看護師の精神健康の悪化には、SOCの一時点の水準だけでなく、過去の時点からの変動も有意に影響していた。また、職業性ストレスはSOCとその変動を媒介して職業継続意欲に影響していた。 以上、本論文は新卒看護師の精神健康とSOCの入職を契機にした変動をもとに、精神健康の変動が職業継続意欲に及ぼす影響、ならびに精神健康の変動に対するSOCの影響を明らかにした。本研究はこれまで充分に取り組まれてこなかった精神健康の維持・改善のための支援の必要性と、新卒看護師のストレス対処に関する内的資質の育成促進という新卒看護師支援の新たな方向性の提示に貢献するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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