学位論文要旨



No 128305
著者(漢字) 竹廣(貝谷),敏子
著者(英字)
著者(カナ) タケヒロ(カイタニ),トシコ
標題(和) 皮膚・排泄ケア認定看護師が実施する高度褥瘡管理技術の評価
標題(洋)
報告番号 128305
報告番号 甲28305
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3964号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 講師 村山,陵子
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 講師 美代,賢吾
 東京大学 教授 芳賀,信彦
内容要旨 要旨を表示する

序文

褥瘡とは、身体に加わった外力によって骨と表層の間の軟部組織の血流が低下、あるいは停止した状況が一定時間持続されることにより生じる組織の不可逆的な阻血性障害と定義されている。皮膚・排泄ケア認定看護師(WOC看護師)は、褥瘡管理をはじめとした創傷分野において熟練した看護技術と知識を用いて、水準の高い看護実践を提供してきた日本看護協会の認定看護師である。本邦の褥瘡管理はWOC看護師の活躍と、チーム医療を基盤とした学会の活動により大きく発展してきた。

2002年から施行された褥瘡対策未実施減算制度導入以後より、本邦における褥瘡への取り組みは行政制度を巻き込んで急速に発展してきた。褥瘡有病率は、一般病院では2.9%の報告があり、これは国際基準と比較しても低い水準に抑えられており、本邦の褥瘡予防対策は諸外国からも高い評価を得ている。しかしながら、重症褥瘡の割合は一般病院で39.6%であり、海外のデータと比較しても圧倒的に高い割合であり、重症褥瘡の発生を減少させることが喫緊の課題であるといえる。

重症褥瘡の割合が高い理由は、深部組織損傷(Deep Tissue Injury;DTI)とクリティカルコロナイゼーションの早期アセスメントが遅れていること、適時に介入できていない褥瘡管理体制上の問題点があることが考えられた。従って、褥瘡の重症化予防と治癒促進のためには、DTIやクリティカルコロナイゼーションを早期にアセスメントできる技術と、適時の介入ができる技術が必要である。

そこで本研究では以下の調査枠組みで実施した。

1)褥瘡重症化予防・治癒促進プロトコールの開発と褥瘡アウトカムの評価を行う。

2)重症化予防・治癒促進プロトコールの効率性評価として、費用効用分析を行う。

第1章 褥瘡重症化予防・治癒促進プロトコールの開発と褥瘡アウトカムの評価

目的

本研究の目的は、褥瘡重症化予防と治癒促進のためのプロトコールを開発し、WOC看護師がプロトコールに基づいた介入を実施する効果を検証することを目的としている。更に、プロトコールの安全性の評価として介入に伴う合併症の有無を調査することを目的とする。

方法

研究デザインは非ランダム化臨床比較試験であり、「褥瘡重症化予防、治癒促進プロトコール実践に必要な教育を受けた介入群WOC看護師が、プロトコールに基づいた方法で褥瘡管理した患者と従来の方法で管理された患者のアウトカムを比較すると、プロトコールに基づいた管理が褥瘡の重症化が少なく、治癒が促進される」との仮説を検証する。プロトコールは、(1)エコーによるアセスメント、(2)非接触型皮膚温度計を用いた非侵襲的アセスメント技術と、低侵襲な介入技術として(3)デブリードマン、(4)ドレッシング材の選択、(5)陰圧閉鎖療法、血流を積極的に促進させる補助的な方法として(6)振動器の使用の6つの技術より構成され、これらの6つの技術を高度褥瘡管理技術とした。

分析

カテゴリー変数にはχ2検定またはFisherの直接確率法を用い、連続変数には、t検定またはWilcoxon順位和検定で分析した。褥瘡悪化に対する介入効果を検討するために、ロジスティック回帰分析を行い、オッズ比と95%信頼区間を推定した。褥瘡の重症度の変化に対する介入効果を検討するために、混合効果モデルを用いた。解析には統計パッケージSAS Ver.9.1(SAS Institute Inc.Cary NC,USA)を使用した。

結果

期間中対象施設に入院した褥瘡保有患者総数は1,203名で、包含基準を満たし分析対象となったデータ数は介入群123名、コントロール群で189名であった。コントロール群では介入群に比較して褥瘡の重症化した人の割合は1.9倍であり、介入は褥瘡の重症化予防に有意に関連していた(オッズ比=1.95、[95%信頼区間:1.150-3.301]、p=0.013)。混合効果モデルを用いた解析の結果、群と時間の交互作用項が有意で、介入群ではDESIGN-Rの減少が促進されていた(p=0.012)。介入に伴って生じたと考えられる合併症の報告はなかった。

考察

本研究は、重症化と治癒遅延に直結する問題であるDTIやクリティカルコロナイゼーションの早期アセスメントと介入が可能な技術をプロトコールとして体系化し、その効果を実証した初めての研究である。これまではDTIやクリティカルコロナイゼーションは肉眼的な方法でしかアセスメントができず、介入が遅れ重症化や治癒遅延していた。今回導入した客観的な指標をもとに医行為を実施し適時的に介入できることは重症化を予防し、治癒を促進できる可能性が示唆された。このことは患者QOLの向上へ与えるインパクトは非常に大きい。

更に本研究ではWOC看護師が医行為を実施するスキルミックスを導入した本邦で初めての研究であり、高い効果を得ることができた。WOC看護師による医行為の実施は安全であり、かつ効果的であったことを提示できたことは、今後の日本の医療体制を考えるうえで、大きなインパクトを与えるものであると考えられた。

第2章 重症化予防・治癒促進プロトコールの効率性評価

目的

本研究の目的は、高度褥瘡管理技術を用いたWOC看護師による介入は、従来の管理方法に比較して効率性に優れているかどうか評価するために、QALYとその医療費を推計する費用効用分析を実施し、更に臨床導入の可能性を評価することである。

方法

高度褥瘡管理技術を用いた管理と従来の管理方法に対する費用と効果を推計するために、褥瘡患者の褥瘡深達度予後をマルコフモデルによって構築し、医療提供者の立場で分析した。褥瘡の深達度を考慮してもほとんどの褥瘡は1年以内で治癒が可能であるため、分析の時間地平は1年間とし、マルコフサイクルは本技術の評価可能な期間を想定し3週間で17ステージとした。移行確率、費用は1章から得られたデータを用いて、効用値は先行研究より引用した値を用いた。

分析

TreeAge Pro 2011 にて分析(Software INC. Williamstown MA ,USA) を行い、高度褥瘡管理技術を用いた管理と従来の管理方法に対する費用効用分析を実施し、1QALY当たりの増分費用効果比(Incremental cost effectiveness ratio; ICER)を算出した。ICERの算出方法は、介入群の実施する高度褥瘡管理技術を用いた方法で得られた患者あたりの期待費用C1から、従来の方法で得られた期待費用C0の期待増分費用(ΔC=C1-C0)、期待増分効果(ΔE=E1-E0)、ICER(ΔC/ΔE)として算出した。各効用値、費用、移行確率に関しての一元感度分析を実施しICERの結果を確認、更に確率的感度分析としてモンテカルロシミュレーションを実施した。

結果

高度褥瘡管理技術を用いたWOC看護師による介入は、従来の管理方法に比較して効果が高く、費用は安いICERは優位(dominant)な結果であり、効率性が高かった。特に深達度が重症のモデルでは、1年間の期待費用が介入群で140,780円に対して、コントロール群では273,184円と約2倍高く、QALYは介入群が0.07QALY高くなり、深達度が高い重症褥瘡モデルでは費用と効果の差が大きくなっていた。

確率的感度分析による費用対効果受容曲線の結果では、介入群のICERが閾値内に収まる確率は69.8%から94.1%であり本技術の効率性は高く評価できた。

考察

本研究の新規性は、重症化する褥瘡として課題であるDTIやクリティカルコロナイゼーションに対応する医行為を含む褥瘡管理方法をプロトコールとして体系化し、プロトコール実践による効率性を臨床で実証した初めての報告である。また、モデルを用いた分析で褥瘡の治癒までのシミュレーションを実施した結果、効果が高く、費用は安いICERは優位(dominant)な結果であり、今後最優先で導入するに値する技術であるといえた。本研究結果より、WOC看護師が高度褥瘡管理技術を用いて医行為を実施するスキルミックスの導入も効率性が高いことが明らかになった。

結論

本邦における褥瘡管理の課題として重症褥瘡の割合が多いことが挙げられ、その原因と考えられる褥瘡管理体制の問題点に着目した褥瘡重症化予防、治癒促進プロトコールを作成した。このプロトコールは看護師が実施することを考慮して非侵襲的なアセスメントと低侵襲な介入技術を体系化したものである。結果、以下のことが得られた。

1.WOC看護師が高度褥瘡管理技術を体系化したプロトコールを用いた褥瘡管理を実施することは、従来の方法に比較して褥瘡重症化予防と治癒が促進された。

2.エコーや非接触型温度計を用いたアセスメント技術を用いることは、DTIやクリティカルコロナイゼーションなどの重症化し治癒遅延する褥瘡を早期にアセスメントできた可能性が示唆された。

3.介入に伴う合併症の報告はなく、WOC看護師は、医行為を安全に実施できることが示唆された。

4.マルコフモデルによる1年間の分析では、高度褥瘡管理技術を用いたWOC看護師による介入は、従来の管理方法に比較して効果が高く、費用は安いICERは優位(dominant)であり、効率性が高いことが明らかになった。

5.本プロトコールは、臨床導入の価値が高いエビデンスが得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、本邦の褥瘡管理において、重要な課題として認識されている重症褥瘡を低減させるために必要となる高度褥瘡管理技術を、褥瘡管理の専門家である皮膚・排泄ケア認定看護師が実践することの効果を検証することを目的として実施した。技術は看護師が実施することを考慮して非侵襲的なアセスメントと低侵襲な介入技術をプロトコールとして体系化したもので、(1)エコーによるアセスメント、(2)非接触型皮膚温度計を用いた非侵襲的アセスメント技術と、低侵襲な介入技術として(3)デブリードマン、(4)ドレッシング材の選択、(5)陰圧閉鎖療法、血流を積極的に促進させる補助的な方法として(6)振動器の使用の6つの技術より構成され、下記の結果を得ている。

1.コントロール群では介入群に比較して褥瘡の重症化した人の割合は1.9倍であり、高度褥瘡管理技術を用いた介入は褥瘡の重症化予防に有意に関連していた(オッズ比=1.95、[95%信頼区間:1.150-3.301]、p=0.013)。混合効果モデルを用いた解析の結果、群と時間の交互作用項が有意で、介入群ではDESIGN-Rの減少が促進されていた(p=0.012)。

WOC看護師が高度褥瘡管理技術を体系化したプロトコールを用いた褥瘡管理を実施することは、従来の方法に比較して褥瘡重症化予防と治癒が促進されることが示された。

2.介入に伴って生じたと考えられる合併症の報告はなく、WOC看護師は、医行為を安全に実施できることが示唆された。

3.高度褥瘡管理技術を用いた管理と従来の管理方法に対する費用と効果を推計するために、褥瘡患者の褥瘡深達度予後をマルコフモデルによって構築し、1年間を分析期間とするシミュレーションを実施した。高度褥瘡管理技術を用いたWOC看護師による介入は、従来の管理方法に比較して効果が高く、費用は安いICERは優位(dominant)な結果であり、効率性が高かった。特に深達度が重症のモデルでは、1年間の期待費用が介入群で140,780円に対して、コントロール群では273,184円と約2倍高く、QALYは介入群が0.07QALY高くなり、深達度が高い重症褥瘡モデルでは費用と効果の差が大きくなっていた。

これまではDTIやクリティカルコロナイゼーションは肉眼的な方法でしかアセスメントができず、介入が遅れ重症化や治癒遅延していた。今回導入した非侵襲的なアセスメントと低侵襲な介入技術によりWOC看護師が適時的に介入できることは褥瘡の重症化を予防し、治癒を促進できる可能性が示唆され、重症褥瘡を軽減させる新しい看護技術として価値のあるものである。

また、本研究ではWOC看護師が医行為を実施するスキルミックスを導入した本邦で初めての研究であり、効率性が高いことが示された。WOC看護師による医行為の実施は安全であり、かつ効果的であったことを提示できたことは、今後の日本の医療体制を考えるうえで、大きなインパクトを与えるものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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