学位論文要旨



No 128307
著者(漢字) 千葉,理恵
著者(英字)
著者(カナ) チバ,リエ
標題(和) 慢性精神疾患をもつ人を対象とした、ベネフィット・ファインディング、人生の意味、ウェルビーイングを高めることに焦点をあてたリカバリー促進プログラムの効果検討 : 無作為化比較試験
標題(洋) Effectiveness of the program to facilitate recovery focused on enhancing benefit-finding, personal meaning, and well-being for people with chronic mental illness : a randomized controlled trial
報告番号 128307
報告番号 甲28307
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3966号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 石川,ひろの
 東京大学 講師 永田,智子
 東京大学 講師 児玉,聡
内容要旨 要旨を表示する

背景

精神保健領域におけるリカバリーとは、精神疾患という一大事を乗り越えて、成長しながら人生の新しい意味や目的を見出していく複雑なプロセスを指す。近年は精神保健サービスの中核的概念になっており、リカバリーの促進を目的とした様々なプログラムが開発されている。ポジティブ心理学の含まれる概念の一つであるベネフィット・ファインディングとは、逆境によるネガティブな経験を通して得られたものがあったと感じることである。リカバリーとポジティブ心理学は、人々のもつポジティブな側面に焦点をあてることによって人々をエンパワーしようとする点では共通した視点をもつものであり、リカバリーとベネフィット・ファインディングには有意な正の相関があることが明らかになっている。しかし、ベネフィット・ファインディングの促進によってリカバリーを高めることを目指すプログラムはまだ開発されていないため、本研究は、慢性精神疾患をもつ人々を対象とした、ベネフィット・ファインディング促進を含むリカバリー促進プログラムを作成し、無作為化比較試験によって介入効果を検討することとした。

方法

リカバリー促進プログラムの作成:「幸せな人生のたび」

研究者は、ベネフィット・ファインディングの促進、人生の意味を高めること、幸福感の促進の3つの構成要素に焦点をあてた新しいプログラムを作成した。ベネフィット・ファインディング促進セクションは、posttraumatic growth (外傷後成長)促進の理論的枠組みを用いて作成し、人生の意味を高めることを目的としたセクションは、Recovery Workbook Program から抽出した内容で構成した。さらに、幸福感促進セクションは、「日常生活の中で見つける3つのよかったこと」("Three good things in life")に基づいて作成した。本プログラムは、ワークブックを用いた1回2時間・計8回の集団セッションで構成され、人のもつポジティブな側面を高めることに焦点をあてており、ネガティブな側面への対処に関する内容は含んでいないことが特徴である。プログラムは、精神保健領域の専門職者と精神疾患をもつピアサポーターが進行するように作成し、ワークブックの該当ページを読むことや、空欄に自分の考えなどを記入すること、グループのディスカッション、ピアサポーターの経験について話を聞くことなどが含まれる。プログラムの実行可能性は、慢性精神疾患をもちデイケアに通所している14名を対象としたパイロット・スタディによって確認し、参加者からのフィードバックに基づいて微修正を加えた。

対象

デイケアまたは作業所に通所している161名を対象として、選定基準:1) 精神科医により精神疾患の診断を受けていること、2) 20歳以上であること、3) 地域で生活していること、4) 当該施設のサービスを利用していること、5) 精神発達遅滞または認知症の診断を受けていないこと、を満たすか評価した。全ての選定基準を満たした者のうち、研究について説明を受けて参加に同意した63名を、介入群(n = 32)と対照群(n = 31)に無作為に割り付けた。介入群に割り付けられた者は、1回2時間、計8回の集団セッションの介入を受けた。両群の参加者に、ベースライン(T1)、介入後(T2)、3か月後フォローアップ(T3)の3時点で自記式調査票への回答を依頼した。

アウトカム評価

本研究のプライマリー・アウトカムであるリカバリーは、Recovery Assessment Scale (RAS)とSelf-Identified Stage of Recovery (SISR, Parts A・B)によって評価した。セカンダリー・アウトカムは、Herth Hope Index (HHI)により評価する希望、Subjective Happiness Scale (SHS)により評価する幸福感、Sense of Coherence (SOC) Scaleのドメインにより評価する有意味感とした。

解析方法

繰り返しのある分散分析によって、SISR-A以外のプライマリー・アウトカムおよびセカンダリー・アウトカムの平均スコアを比較した。介入効果は、グループ(介入群・対照群)および時間(T1・T2・T3)を要因とする交互作用によって検討し、また、効果量(Cohen's d)は、ベースライン時スコアと、介入後・フォローアップ時の各スコアとの比較によって算出した。順序尺度であるSISR-Aは、ベースライン時の各群のスコアはMann-Whitney U検定により比較し、介入効果はFriedman検定によって検討した。分析は、まずIntention-to-treat(ITT)解析を行い、次に、介入群のうち入院した者も含めてセッションへの参加回数が5回未満だった者、当該施設のサービスを途中で終了した者、介入後またはフォローアップ時の調査への回答に協力を得られなかった者や欠損値が多かった者を除外したper-protocol解析を行った。また、介入群を対象として、セッションへの参加が5回未満だった群と5回以上だった群を比較するサブグループ解析を行った。全ての解析は、施設と入院期間によって調整した。

倫理的配慮

本研究は本学医学系研究科の倫理委員会の承認を得て行い、研究参加への同意書に署名を行った者を対象とした。

結果

介入群の6名と対照群の3名は、T1の調査よりも前に脱落したためにITT解析から除外した。per-protocol解析についてはさらに、介入群の7名と対照群の1名を除外した。デモグラフィックデータや臨床上の特徴については、ITT解析とper-protocol解析いずれにおいても、介入群と対照群に有意差はなかった。

ITT解析(n = 54)では、リカバリースコアには有意な介入効果(時間×群)は見られなかったが、per-protocol解析(n = 46)では、RAS合計スコア(p < 0.05, T2・T3での効果量はそれぞれd = 0.50, 0.69)、およびRASの「自信」のドメイン(p < 0.001, T2・T3での効果量はd = 0.51, 0.91)において有意な介入効果がみられた。SISR-Aは、ITT解析、per-protocol解析いずれにおいてもFriedman検定による有意な介入効果は認められなかった。また、セカンダリー・アウトカムのHHI、SHS、有意味感のドメインの各スコアは、ITT解析、per-protocol解析いずれにおいても、全ての群、時点においてほとんど変化しなかった。サブグループ解析では、RAS合計スコア(p < 0.001, T2・T3での効果量はd = 1.29, 1.09)、RASのドメインのうち「自信」(p < 0.01, T2・T3での効果量はd = 0.86, 0.84)、「症状に支配されないこと」(p < 0.05, T2・T3での効果量はd = 0.93, 1.10)、「手助けを求めるのをいとわないこと」(p < 0.01, T2・T3での効果量はd = 1.62, 0.49)の3つ、およびSISR-B合計スコア(p < 0.01, T2・T3での効果量はd = 1.05, 0.83)において有意な介入効果がみられた。RASの残る2つのドメインでは、効果量は比較的大きかったものの(0.56-1.16)、有意な介入効果は見られなかった。また、HHIスコアには有意な介入効果が認められた(p < 0.01, T2・T3での効果量はd = 1.25, 0.74)。

考察

ITT解析では、プライマリー・アウトカムおよびセカンダリー・アウトカムに有意な介入効果はみられなかった。完遂者の割合が少なく脱落者の割合が高かったことから、ITTによる解析は本プログラムの介入効果を過小評価した可能性があると考えらえる。

per-protocol解析では、リカバリー促進において中程度の効果量(0.50-0.91)がみられ、RASとRASの「自信」ドメインにおいて有意な介入効果が認められた。「自信」のドメインでとりわけ大きな介入効果が見られたのは、ベネフィット・ファインディングおよび人生の意味を高めるセクションによる効果であると考えられる。一方で、RASのその他のドメインやSISR-A、SISR-Bについては、per-protocol解析においても有意な介入効果はみられなかった。本プログラムは、ソーシャル・サポートや再発予防、ストレス対処に関する内容を含まないことから、「他者への信頼」や「症状に支配されないこと」、「手助けを求めるのをいとわないこと」などのRASのドメインのスコアは向上しにくかったと考えられる。また、リカバリーステージの変化はよりダイナミックで大きな変化であり、RASなどの連続変数で評価されるリカバリーの変化とSISR-Aにより評価されるリカバリーステージが向上することは必ずしも一致しないことが、SISR-Aに有意な介入効果が見られなかった理由として考えられる。本プログラムには、「責任をもつこと」や「アイデンティティの再確立」といったSISR-Bのリカバリーの構成要素を直接的に高めることを目的としたセッションは含んでいなかったため、SISR-Bのスコアも向上しにくかった可能性がある。また、今後のさらなる介入研究による検討が必要ではあるが、5回以上のセッションに参加した群においてRASやSISR-B、HHIのスコアがより向上したことからは、5回の2時間のセッションによってリカバリーが効果的に促進される可能性があることが示唆された。

本プログラムの今後の改善点についての示唆としては、より効果的にリカバリーを促進するためには、精神症状などのネガティブな側面への対処を含むプログラムの検討が有用かもしれないことが挙げられる。また、一部の参加者は集団セッションの人間関係上の問題によって脱落したため、集団だけではなく個別セッションにより介入を行うことが、リカバリーを促進し、脱落の可能性を減らす上で効果的な可能性がある。今後は、より多彩な施設でより多くのサンプルを対象とした大規模な研究を行い、施設ごとに介入施設と対照施設に無作為割付して実施することによって、本プログラムの効果をより頑健に検討することができると考えられる。

結論

慢性精神疾患をもつ人々を対象として開発したリカバリー促進プログラム「幸せな人生のたび」は、無作為化比較試験による本研究において有意な介入効果はみられなかった。しかし、脱落した者を除外したper-protocol解析では、RAS合計スコアとRASの「自信」ドメインにおいて、介入群では対照群に比べてスコアの有意な改善がみられ、慢性精神疾患をもつ人々のリカバリー促進効果がある可能性が示唆された。今後は、個別セッションによる介入の検討も含めてプログラムを改善し、より多くのサンプルを対象としてさらなる介入研究を行うことが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

慢性精神疾患をもつ人々におけるリカバリーとベネフィット・ファインディングには有意な正の相関があることが明らかになっているが、ベネフィット・ファインディングの促進によってリカバリーを高めることを目指すプログラムはこれまでに開発されていなかった。本研究は、慢性精神疾患をもつ人々を対象とした、ベネフィット・ファインディング促進を含むリカバリー促進プログラムを作成し、無作為化比較試験によって介入効果を検討したものである。プログラムは、ワークブックを用いた1回2時間・計8回の集団セッションで構成され、ネガティブな側面への対処に関する内容は含まず、人のもつポジティブな側面を高めることに焦点をあてていることが特徴である。ベースライン、介入後、3か月後フォローアップの3時点で自記式調査票による調査を実施し、プライマリアウトカム(リカバリー)およびセカンダリー・アウトカム(希望、幸福感、有意味感)について分析し、以下の結果を得ている。

1. ITT解析(n = 54)では、リカバリースコアには有意な介入効果(時間×群)は見られなかったが、脱落者等を除外したper-protocol解析(n = 46)では、Recovery Assessment Scale (RAS)合計スコアおよびRASの「自信」のドメインにおいて有意な介入効果が認められた。

2. セカンダリー・アウトカムの各尺度スコアは、ITT解析、per-protocol解析いずれにおいても、全ての群、時点においてほとんど変化がみられなかった。

3. 介入群を対象として、セッションへの参加が5回未満だった群と5回以上だった群を比較したサブグループ解析では、RAS合計スコアRASのドメインのうち「自信」、「症状に支配されないこと」、「手助けを求めるのをいとわないこと」の3つ、およびSelf-Identified Stage of Recovery Part-B (SISR-B)合計スコアにおいて有意な介入効果がみられた。また、希望を評価する尺度(Herth Hope Index)においても有意な介入効果が認められた。

以上、本研究は、作成したリカバリー促進プログラムが慢性精神疾患をもつ人々のリカバリー促進効果をもつ可能性を示唆した。また、本研究は、これまで検証されていなかったベネフィット・ファインディング促進の介入がリカバリー促進に寄与する可能性があることを示唆するものであり、精神保健学・精神看護学領域において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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