学位論文要旨



No 128308
著者(漢字) 成瀬,昻
著者(英字)
著者(カナ) ナルセ,タカシ
標題(和) 看護補助者の加配が訪問看護師のワークエンゲージメントに与える影響
標題(洋)
報告番号 128308
報告番号 甲28308
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3967号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 島津,明人
 東京大学 講師 仲上,豪二朗
 東京大学 教授 佐々木,敏
 東京大学 教授 橋本,英樹
 東京大学 准教授 東,尚弘
内容要旨 要旨を表示する

序文

訪問看護は、在宅療養を支える重要なサービスの1つである。今後急増する需要に対応するためには、訪問看護師が就労を継続できる訪問看護ステーションの職場環境づくりが必要である。Job Demands-Resource モデルは、仕事資源と仕事ストレスの作用によって、就労者のwell-beingを説明するモデルの一つである。このモデルによると、訪問看護師の仕事に対するワークエンゲージメント(活力、熱意、没頭)を高めることは、訪問看護師の就労継続とケアの質向上につながる。

訪問看護師のワークエンゲージメントを高めるには、訪問看護師の職場環境の仕事資源を充足することで、成功体験の機会を増やしたり、仕事への有意味感を高めたりすることが必要である。今回の研究では、仕事資源を充足する職場環境として、訪問看護の場面に注目する。2010年の調査では、訪問看護件数の97%は看護師が1名で訪問していた。ほぼ全ての看護ケアを1名で行い、限られた時間内で全て終わらせなければいけない点は、施設看護との大きな違いであり、看護師自身が提供したケアを高く評価できない状況を作り出しているが、看護職員は全国的に不足しており、その加配は難しい。そのため、看護補助者が同行し、協働してケアを提供できる体制が訪問看護ステーションにあれば、訪問看護師は訪問場面で自身が提供したケアを高く評価できるようになり、訪問看護師のワークエンゲージメントが高まると予測した。今回の研究は、看護補助者を加配し、必要に応じて訪問看護場面で協働できるシステム(介護と看護の協働訪問システム)を訪問看護ステーションに導入することが、そこに就労する訪問看護師のワークエンゲージメントに及ぼす影響を評価することを目的とした。

方法

全ての研究事業は、福岡県で実施した。事業のプロトコル、研究デザイン、研究仮説、使用する質問紙の内容は、福岡県内にある6つの訪問看護ステーションの管理者6名、福岡県保健医療介護部医療指導課の保健師3名、および研究者4名で組織した検討委員会の協議を通して設計した。その中で、看護補助者は介護福祉士もしくはヘルパー2級以上の有資格者(介護職員)とすること、その役割は訪問看護に同行し看護師のケアを補助すること、を決定した。

予備研究では、介護職員の同行が、訪問看護師のケアの適切性に対する訪問看護師の自己評価等に与える影響を評価するため、検討委員会に所属する管理者の訪問看護ステーション6か所で、対照群を持たない1群事前事後評価デザインによる縦断研究を行った。管理者が、2009年7月から2010年1月の期間、各事業所の利用者の中から同行訪問の対象者を随時選定したところ、計72名が研究に同意した。そのうち、病状が不安定な24名、看護師1名の訪問が不適切な2名、調査の日程調整が困難であった2名を除いた44名に対し、看護師1名の訪問(単独訪問)と介護職員が同行する訪問(同行訪問)を提供し、観察的タイムスタディ、および訪問した看護師に対する自記式質問紙調査を1回ずつ行った。単独訪問時のベースラインデータ、同行訪問時の事後データについて、ケアの適切性に関する訪問看護師の自己評価、および訪問看護師の行為時間等を比較した。

本研究では、介護と看護の協働訪問システムを訪問看護ステーションに導入することが、そこに就労する訪問看護師のワークエンゲージメントに及ぼす影響を評価するため、訪問看護師を対象にした非ランダム化比較試験を行った。介入群として福岡県内の3か所の訪問看護ステーションに所属する訪問看護師44名、対照群として同県内の24か所の訪問看護ステーションに所属する訪問看護師168名をリクルートした。介入群を割り付けた訪問看護ステーションには、2010年8月から2011年1月の間、介護と看護の協働訪問システムを導入し、対照群を割り付けた訪問看護ステーションでは、普段通りの運営を継続した。2010年8月(ベースライン)と2011年2月(事後)に、対象者全員に自記式質問紙を配布し、直前の一か月間のワークエンゲージメントの経験について、日本語版ワークエンゲージメント尺度を用いて尋ねた。従属変数として事後調査のワークエンゲージメント得点、固定効果変数として介入の割付、共変量としてベースライン時のワークエンゲージメント得点を投入する一般線形モデルに、ベースライン時の得点と介入の割付の交互作用項を加えて、介入の有無が訪問看護師のワークエンゲージメントの得点に与える影響を評価した。また、介入群の訪問看護ステーション管理者3名、および訪問看護師4名に対し、同行訪問、および介護と看護の協働訪問システムについてヒアリングを行った。

結果

予備研究の結果、訪問看護師が単独で訪問した時に比べて、介護職員が同行した訪問の方が、訪問看護師は自身が提供したケアの適切性に対する満足度が高く(z = -4.97, p < 0.001)、ケア提供による身体的な負担感が低かった(z = -5.19, p < 0.001)。訪問看護師の滞在時間は、訪問看護師が単独で訪問した時に比べて、介護職員が同行した訪問の方が、平均して約10分短くなっていた(t = 7.82, p < 0.001)。

本研究で、ベースラインで回答が得られた者は介入群で44名(100.0%)、対照群で130名(77.4%)であった。そのうち、事後調査での脱落者は介入群で6名、対照群で33名であった。ITTに基づき、脱落者にはベースライン時のワークエンゲージメント得点を事後得点として補完して解析を行った。ワークエンゲージメント得点は、介入群では事後の得点がベースライン時から平均0.01点上昇、対照群で0.07点低下していた。一般線形モデルでの介入の有無の偏回帰係数は有意に正の値であった(B = 1.544, p <0.006)。

訪問看護ステーション管理者3名、および訪問看護師3名へのヒアリングでは、介護と看護の協働訪問システムの導入後、介護職員とのカンファレンスや介護職員からの質問等を通して、自らの看護技術や知識を見直したり、介護に関する技術や知識を習得したりする機会を得たという意見が聞かれた。

考察

介護と看護の協働訪問システムを訪問看護ステーションに導入した本研究の結果、ベースライン時と事後調査時のワークエンゲージメント得点は、対照群で低下、介入群で微増していた。この結果は、訪問看護師のワークエンゲージメントが、ベースライン時の7月に比べて、事後調査時の1月では低下する傾向にあり、介護と看護の協働訪問システムを導入することによって、ワークエンゲージメントが低下する程度を緩衝する効果があったと解釈できる。これは、看護補助者という仕事資源の強化が訪問看護師のワークエンゲージメントにつながったことを示しており、Job Demands-Resource モデルの見解に一致する。

事後のワークエンゲージメント得点がベースラインに比べて低下する理由としては、休日数の増加が考えられ、対照群では平均への回帰も起こったと考えられるが、本研究からは推測しかできない。

訪問看護ステーションに就労する訪問看護師の活力、および仕事に対する関与や有意味感、仕事に対する集中、没頭を失わずに1月を過ごすことが出来た理由として、同行訪問で自己評価の高いケアを提供できたこと、および仕事の可能性、面白さに対する認識が強くなったことが考えられる。訪問看護師は、自分自身や自身が提供したケアが利用者や家族にとって役に立つ、もしくは意味があると感じた場合に、仕事に対する熱意や没頭を経験することが先行研究で明らかになっている。予備調査の結果、介護職員と同行訪問した場合、単独で訪問した場合と比べて訪問看護師のケアの自己評価が高くなっていた。介護職員との同行訪問を行うことによって、訪問看護師は自分自身や自身が提供したケアが利用者や家族にとって役に立つ、もしくは意味があると感じる経験が増え、結果として、対照群では事後調査時のワークエンゲージメントが低下したのに対し、ワークエンゲージメント得点が下がらず維持できたと考えられる。

同行訪問が必要な者は訪問看護利用者の16%おり、同行訪問を実際に利用した者は寝たきり者や医療処置が必要な者が多かった。在院日数の短縮化や在宅医療の推進に伴い、寝たきり者や医療依存度が高い在宅療養者はますます増加していくと考えられ、介護と看護の協働訪問システムの導入が必要な訪問看護ステーションは今後増加すると見込まれる。本研究の結果、介護と看護の協働訪問システムが訪問看護師の負担軽減とワークエンゲージメントの改善を通じて、訪問看護師の就労継続や質の高い訪問看護サービスの提供体制実現に資する可能性が示唆された。今後さらなる実証的評価を行い費用対効果なども考慮した導入に関する課題を明らかにする必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、看護補助者として介護職員を加配し、必要に応じて訪問看護の場面に同行・補助するシステムを導入することが、そこに就労する訪問看護師のワークエンゲージメントに及ぼす影響を評価するため、訪問看護師を対象に非ランダム化比較試験を行ったもので、下記の結果を得ている。

1.看護補助者(介護職員)の同行が必要と管理者によって判断された訪問に対し、看護補助者(介護職員)が同行し看護師を補助することによって、訪問看護師が単独で訪問した時に比べて、訪問看護師は自身が提供したケアの適切性に対する満足度が高く、ケア提供による身体的な負担が低くなった。また、訪問看護師の滞在時間は、訪問看護師が単独で訪問した時に比べて、看護補助者(介護職員)が同行した訪問の方が、平均して10分短くなっていた。

2.看護補助者として介護職員を加配し、必要に応じて訪問看護の場面に同行・補助するシステムを導入した訪問看護ステーションの訪問看護師は、6カ月間の介入期間終了後のワークエンゲージメントの得点がわずかに上昇していた。一方、システムを導入していない訪問看護ステーションの訪問看護師は、6カ月間の観察期間終了後にワークエンゲージメントの得点が低下していた。

以上、本論文は、看護補助者として介護職員を加配し、必要に応じて訪問看護の場面に同行・補助するシステムは、訪問看護師の負担軽減とワークエンゲージメントの改善を通じて、訪問看護師の就労環境や質の高い訪問看護サービスの提供体制実現に資する可能性があることを示した。本研究は、訪問看護師という新しい対象の就労環境、および提供サービスの質の改善の向上に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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