学位論文要旨



No 128312
著者(漢字) 岸田,将人
著者(英字)
著者(カナ) キシダ,マサト
標題(和) 抗腫瘍アプローチとしての特異的薬物複合体の有用性の検証、およびオレキシン2受容体に対する特異的薬物複合体の探索
標題(洋)
報告番号 128312
報告番号 甲28312
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3971号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 准教授 田中,輝幸
 東京大学 特任准教授 鈴木,淳一
内容要旨 要旨を表示する

抗体やキナーゼ阻害剤に代表される分子標的薬の登場によって、抗癌剤の有効性と安全性は急速に向上しつつある。一方で、分子標的薬でも薬剤耐性の発生や有効性が限られる等の課題が散見される。抗体のような標的志向性を持ちながら標的腫瘍細胞での殺細胞効果を発揮するADC (antibody-drug conjugate:特異的薬物複合体)もしくはimmunotoxinと呼ばれるアプローチが1980年頃から研究され、近年では注目度が高まっている。特にこの10年程度で技術の成熟化が進んだと見られており、実際に上市段階に至ったり、proof of conceptを達するADCが増加している。しかし、その有用性など臨床的アウトカムについて検証した研究は数少ない。

ADC/immunotoxinのターゲットとしては受容体が重要であるが、本研究ではオレキシン2受容体(OX2R)に着目した。ターゲット探索の第一段階として、正常細胞では脳内のみで特異的に発現する受容体を候補とした。ADC/immunotoxinは結合分子のため、一般的に分子量は大きくなり、理論的には血液脳関門を透過しない可能性が高い。実験による確認が必要であるが、設計した医薬品は脳内の正常細胞には作用せず、体幹部の腫瘍の特異的な治療薬となる可能性がある。このような受容体の中から、腫瘍との関連を示唆する報告がある受容体を複数絞り込んだ。OX2Rはこの中でも発現解析自体が探索的なテーマであり、発現解析と創薬ターゲットとしての研究の両面で意義があると考えられたため、研究対象として選択した。

本研究では、第一に成熟期を迎えつつあるADC/immunotoxinの臨床的有用性や進歩を実証研究で明らかにする。臨床試験各フェーズの成功確率を算定し、それを他の抗癌剤クラス、具体的には抗癌剤全体、抗体、新規作用機序等と比較することでADC/immunotoxinの意義や臨床的な有用性を探る。

第二に、このアプローチを新たな特異的分子標的薬に活用するため、腫瘍特異的な受容体の発現や局在等の解析をOX2Rに注目して確認した。加えて、この受容体を標的とした分子標的薬(Orexin-saporin)を用いて、その腫瘍細胞における殺細胞作用等を検証した。

特異的薬物複合体((ADC: antibody-drug conjugate)/immunotoxin)の臨床的有用性の検証

本研究では2000年以前に開発が始まったものを「第1世代」と定義し、技術的に急速な進歩があると見られる最近の開発事例(2001年以降にP1を開始したもの)を「第2世代」とし、世代間の技術進歩を臨床試験の成功確率から検証した。第2世代および第1世代のADC/immunotoxinの成功確率で統計的な有意差が見られるのは、proof of concept studyに相当するPhase2である。第2世代は67%であるのに対して、第1世代は11%であった。ターゲットの絞り込みやリンカー等の改善によって、適切に薬効を発揮する狙いが実証されつつあることを示している。加えて、同データを抗癌剤全体および従来の抗癌剤、抗体、既存作用機序、革新的作用機序(いずれも抗癌剤として開発されたもののみを対象とする)といったサブクラスと比較した。第2世代ADC/immunotoxinは各臨床段階において抗癌剤全体の成功確率を上回った。Phase2の成功確率67%は、抗体の57%および革新的作用機序の36%を上回った。

OX2Rの腫瘍発現解析および同ターゲットに対するADC/immunotoxinの検証

本研究では、脳腫瘍から子宮頚部腫瘍まで36細胞株を用いてmRNAおよびタンパク質の発現解析を行った。

36種の細胞株中、頭頚部扁平上皮癌(YCUM862), 多型性神経膠芽腫(SF295), 胆嚢癌(TGBC2)ら3株でOX2R mRNAおよびタンパク質の発現を確認した(図1)。いずれも、正常細胞では発現の見られないとされる部位である。RT-PCR産物を用いたシークエンスの確認では98%の相同性が認められ、その発現は十分に示唆された。

加えて、市販の組織検体を用いて。221の臨床サンプルで免疫染色を実施した。免疫染色の結果、221サンプル中70サンプル(31.7%)で特異的な染色が観察された。染色像からは、OX2Rが所在すべき細胞膜上での発現がみられた。癌腫別では胃、唾液腺、喉頭等での発現頻度が高かった。癌腫別では胃、唾液腺、喉頭等での発現頻度が高かった。正常組織では、9サンプル中1サンプルで中程度の発現を確認した(11.1%)。

発現解析の結果から、一部の腫瘍ではOX2Rを高発現する可能性が示唆された。このため、OX2Rに対してADC/immunotoxinの手法を活用すべく、OX2Rを標的とした分子標的薬を入手し、腫瘍での殺細胞効果を検討した。具体的には、OX2RのリガンドであるOrexinBとたんぱく質性毒素のSaporinを化学結合した、Orexin-Saporinを購入した。Orexin-Saporinは、SF295等のOX2R陽性細胞株において用量依存的な殺細胞作用を発揮したものの、Saporin単独との効果の差を示すまでには至らなかった。したがって、本結果からOrexin-SaporinがOX2R発現がん細胞株における特異的殺細胞作用を有するとは言いがたい。

考察、結論

本研究はこれまで概念的、もしくは個別薬剤の比較として語られるに留まっていたADC/immunotoxinの薬剤クラスとしての有用性を定量的に示した初めての研究である。ADC/immunotoxinのアプローチが抗癌剤のサブクラスとしての地位を確立しつつあることは、第2世代のADC/immunotoxinの成功確率を第一世代や他の医薬品と比較することで明らかとなった。この技術進歩はリンカーの改善など化学修飾技術等に長けるベンチャー企業のノウハウに依る部分が大きい。公知とならない情報が多いため、共同研究の実施が望ましい。研究の課題は、ADC/immunotoxinの分析母集団数が限られている点である。統計的有意差を各段階で示すためには、事例が増加した段階で再分析する必要がある。また、統計解析手法に一定の限界がある点にも留意したい。また将来的には、適応疾患別や臨床試験の中止の原因別の層別解析も、有益な示唆を得るための方策となろう。

OX2Rの発現解析では、3種の癌細胞株でOX2RのmRNAおよびタンパク質の発現を確認した。また、臨床検体では胃、唾液腺、喉頭等の腫瘍においては高発現が示唆されており、新たな治療標的として注目される可能性はある。しかし、免疫染色の結果の解釈には一定の限界があるため、更なる検証が望ましい。正常細胞の発現解析も、今後本格的に行う必要がある。Orexin-SaporinはSaporin単独と比較した明確な特異的抗腫瘍効果を示せなかった。同分子は第一世代にあたる古典的な手法で合成したものであり、OrexinBと結合する毒物の変更やリンカーの改善等の工夫が必要である。最新の知見を活かして特異的薬物複合体を再設計・創出すれば、OX2Rも今後は重要なターゲットとして注目される可能性もある。

表1. 抗癌剤サブクラス間での成功確率の比較

図1. OX2RのmRNAおよびタンパク質発現解析

A.RT-PCRによるmRNA発現解析:3種の細胞株(Lane1: TGBC2, lane2: SF295, lane3: YCUM862, lane4: 逆転写を行わないTGBC2 mRNA)から抽出したトータルRNAを逆転写し、cDNAを作成し、RT-PCRを実施した。

B.Western Blotによるタンパク質発現解析(Lane1: TGBC2, lane2: SF295, lane3: YCUM862, lane4: OE19)。OE19はmRNA解析で発現が見られなかった陰性コントロール。

図2. OX2Rの免疫染色

組織アレイは、hematoxylin & eosin (HE)染色もしくは、抗OX2Rポリクロ抗体に対応したアルカリホスフォターゼ(AP)のいずれかで染色した。(A)肝細胞がんであるFolio ARY-HH0075 C6(200倍)(B)Folio ARY-HH0075 G3の拡大像(400倍)。細胞膜における発現が観察される(C)染色の見られないARY-HH0075(400倍)

表2. 221検体の部位および発現強度の分布

図3. Orexin-Saporinによる抗腫瘍効果の検証

OX2R受容体発現が示唆された細胞株に対して、Orexin-SaporinとOrexinB(Orexin-Saporinのリガンド部位)およびSaporinを比較した抗腫瘍効果を、WST-1を用いて細胞数の変化によって観察した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は新たな抗癌剤として注目されるADC (Antibody-drug conjugate)/immunotoxinに注目し、臨床的な有用性を臨床試験の成功確率で分析した。また同技術の実証のため、オレキシン2受容体の癌における特異的な発現を解析し、新たなADC/immunotoxinの作製を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.あらたな分子標的薬として注目されるADC/immunotoxinの臨床的有用性を確認するため、臨床試験の成功確率に着眼した。データベースの解析によって、第二世代(2001年以降に臨床試験開始)のADC/immunotoxinはPhase2の成功確率で第一世代(2000年以前に臨床試験開始)と統計的な有意差があることを示した。

2.同成功確率を、他の抗癌剤のサブクラス、例えば従来の抗癌剤や革新的作用機序の抗癌剤と比較し、有効性の証明であるPhase2の確率で上回ることを見出した。また、抗体医薬品と比較して安全性の向上が期待されることなども示した。

3.ADC/immunotoxin の手法が応用できる抗腫瘍ターゲットとしてオレキシン2受容体に注目し、その発現解析を培養細胞を用いて行った。抗オレキシン2受容体としては、解析に最適なポリクローナル抗体を作製して、実験に用いた。mRNAおよびタンパク質の発現解析によって頭頚部扁平上皮癌(YCUM862), 多型性神経膠芽腫(SF295), 胆嚢癌(TGBC2)の3株で発現を確認した。

4.同発現解析を、臨床検体でもおこなった。221癌患者の検体の解析の結果、70サンプル(31.7%)で特異的な発現を観察した。癌腫別では胃、唾液腺、喉頭等での発現頻度が高かった。正常組織では、11.1%(n=9)と低発現を示した。

5.オレキシン2受容体をターゲットとしたimmunotoxinの検証を行うため、Orexin-Saporinの殺細胞作用を検討し、腫瘍特異的な作用はないことを見出した。しかしながら、リガンドの変更やリンカー技術の改良による新たな抗オレキシン2受容体immunotoxin作製の方向性を示唆した。

以上、本論文は新たな抗癌剤として注目されるADC/immunotoxin、とりわけ第二世代のものが臨床的な有用性を持つことを初めて定量的に示した。また、同理論を適応する抗腫瘍ターゲットとしてオレキシン2の癌における発現を細胞株や臨床検体によって明らかにし、ADC/immunotoxinのターゲットとする場合の研究の方向性を示した。本研究は、今後の抗癌剤の研究開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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