No | 128316 | |
著者(漢字) | 豊田,裕美 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | トヨダ,ヒロミ | |
標題(和) | ヒトナルコレプシー疾患関連因子の同定に向けた遺伝学的・免疫学的研究 | |
標題(洋) | Genetic and immunological studies on the identification of susceptibility factors in human narcolepsy | |
報告番号 | 128316 | |
報告番号 | 甲28316 | |
学位授与日 | 2012.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3975号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 国際保健学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論> Narcolepsy-cataplexy(情動脱力発作を伴うナルコレプシー)は、日中の強い眠気、情動脱力発作(強い感情を契機として引き起こされる脱力)、入眠時幻覚、睡眠麻痺を主徴とする中枢性過眠症である。一般の日本人集団や白人集団における有病率が0.02-0.18%である一方、患者の第一度近親者における有病率は1-2%であることから、一般集団と比較して10-40倍の発症リスクがあると推定されている。一方で、一卵性双生児一致率は20-30%程度であることから、narcolepsy-cataplexyは複数の遺伝要因と環境要因により発症する多因子疾患であると考えられている。 遺伝要因がnarcolepsy-cataplexyの発症に強く影響を及ぼすことは多くの研究により示唆されているが、なかでも、典型的なnarcolepsy-cataplexy患者の88-100%がHLA-DQB1*06:02対立遺伝子を持つことが報告されている。しかしながら、このHLA-DQB1*06:02対立遺伝子は健常者でも高頻度でみられる(日本人12%、白人22%)。さらに、HLAの遺伝的寄与をλ値であらわすと2-4となり、全遺伝要因(第一度近親者リスク10-40)に対して10%程度を説明するにとどまる。これらのことから、HLA領域以外の遺伝要因の存在が強く示唆されている。 また、もう一点、narcolepsy-cataplexy発症のメカニズムを知る上で課題として残されていることがある。90%以上のnarcolepsy-cataplexy患者の脳髄液中で、神経ペプチドであるヒポクレチンの劇的な減少がみられること、さらに、患者脳で視床下部内にあるヒポクレチンペプチドを産生する神経細胞が90%以上消失していることが明らかとなっている。narcolepsy-cataplexyとHLA-DQB1*06:02との関連を考慮すると、最も妥当なnarcolepsy-cataplexy発症機序として、自己免疫システムによるヒポクレチン産生細胞の破壊という可能性が示唆される。しかしながら、明確な答えが得られるには至っていない。 本研究では、(1)narcolepsy-cataplexyの免疫学的側面(Chapter 1)、(2)narcolepsy-cataplexyの遺伝学的側面(Chapter 2)へのアプローチを通してこれらの課題に取り組んだ。 <Chapter1要旨> 【概要】 NA, narcolepsy-cataplexy (情動脱力発作を伴うナルコレプシー); NAwoCA, narcolepsy without cataplexy(情動脱力発作を伴わないナルコレプシー); IHS, idiopathic hypersomnia with long sleep time (長時間睡眠を伴う特発性過眠症) 【目的】narcolepsy-cataplexy発症に自己免疫機序が関与していることが示唆されているが、長年にわたり、自己抗体が同定されるに至っていなかった。2009年、視床下部ヒポクレチン産生細胞に高発現しているtribbles homolog 2(TRIB2)タンパクに対する自己抗体が、14%のヨーロッパ系narcolepsy-cataplexy患者で観察されることが報告された。我々は、白人集団よりも罹患率の高い日本人集団に抗TRIB2抗体が検出されるかどうか、より感度の高い測定系(ラジオリガンドアッセイ)を用いて検討した。 【方法】家兎網状赤血球ライセートを用いたin vitro 転写翻訳システムにより[35S]-TRIB2組み換えタンパクを合成した。これを抗原として日本人集団の血清とを反応させた。得られた各検体の放射活性を、健常人プール血清の活性を指標としてインデックス化した(ラジオリガンドアッセイ)。抗体陰性・陽性のカットオフ値は健常人平均値2SDを用いた。用いた検体は、narcolepsy-cataplexy (n = 88)、narcolepsy without cataplexy(n = 18)、IHS (n = 11)、健常者(n = 87)である。また、コントロールとしてTRIB3も測定した。 【結果】抗TRIB2抗体はnarcolepsy-cataplexy患者88例中23例(26.1%、>2SD)、健常者87例中2例(2.3%、>2SD)で検出された(Fisher's exact test, P = 4.8 10-6 )。1例のnarcolepsy without cataplexy患者において抗TRIB2抗体が検出されたが、IHSでは皆無であった。抗TRIB2抗体測定の特異性の確認のため行った抗TRIB3抗体測定では、患者と健常者の間に有意差は観察されなかった。さらに半定量PCRにより本研究においてもヒト視床下部でのTRIB2遺伝子の高発現を確認した。また、臨床情報とは有意な相関がなかった。 【考察】抗TRIB2抗体が日本人narcolepsy-cataplexy患者において有意に検出され、抗TRIB2抗体の人種を超えたnarcolepsy-cataplexyへの関与を明らかにした。一方で、抗TRIB2抗体は他の過眠症ではほとんど検出されず、また、抗TRIB3抗体はnarcolepsy-cataplexyを含めてどの疾患においてもほとんど検出されないことから、抗TRIB2抗体の特異性が示唆された。さらに、先行研究や本研究により、TRIB2がヒト視床下部にも高発現していることが確認された。これらのことより、抗TRIB2抗体を介した自己免疫反応が視床下部ヒポクレチン産生細胞を標的とし、その消失に関与していることが示唆される。 <Chapter2要旨> 新規疾患遺伝子の同定及び創薬分野への応用の可能性から、将来の特許出願を考えているため、学位論文での詳細な記載を免除願います。 【目的】narcolepsy-cataplexyは複数の遺伝要因と環境要因により発症する多因子疾患として知られる。典型的なnarcolepsy-cataplexy患者の88-100%がHLA-DQB1*06:02対立遺伝子をもつことが報告されているが、HLA領域以外の遺伝要因の存在が強く示唆されている。そこで本研究では、narcolepsy-cataplexyの新たな遺伝要因の同定を目的とし、ゲノムワイド関連解析を行った。 【方法】906,703の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism ; SNP)について、日本人narcolepsy-cataplexy患者425名、日本人健常者1,626名の遺伝子型を決定した。関連解析に際して、以下のデータQC(quality control)を行った。また、強い関連が知られている6番染色体上のHLA領域は解析から除外した。 次に、データQCを通過したサンプル(narcolepsy-cataplexy患者409例、健常者1562例)、SNP(545,140)を用いて関連解析を行った。さらに、解析により得られた候補SNPs周辺のゲノム領域のうち、実験により遺伝子型を決定できなかったSNPの遺伝子型を推定するため、HapMapデータベースより得た日本人および中国人の遺伝子型データをreferenceとして、3つのソフトウェア(MACH 1.0、IMPUTE v2、PLINK 1.07)を用いてimputationを行った。 【結果および考察】遺伝子型が決定された906,703のSNPsのうち、quality controlの基準を通過したSNPsは545,140個であった。有意水準は、false positive report probabilityにより評価し、P = 1.47 10-5とした。さらに、1.47 × 10-5 P < 2.94 × 10-5を示すSNPsの中から、機能的に興味深いSNPsを"suggestively significant"として選んだ。 Allelic testにおいて有意水準に達したSNPsは18個、10領域であった。このうち、6 SNPsは、ヨーロッパ系narcolepsy-cataplexy患者を用いて行われたGWASにおいて同定されたTCRA座位に相当し、最も有意なSNPも同じであった(rs1154155; P = 1.1 10-11; OR = 1.71)。また、"suggestively significant"として選択したSNPsは4個、2領域であった。最終的に、TCRA座位を除いた16 SNPs、11領域をnarcolepsy-cataplexy関連座位として同定した。これらの領域に対して行ったimputationにより、元のSNPと同程度、もしくは若干強い関連を示すSNPsが認められたが、元のSNPと連鎖不平衡状態になく、かつ、疾患と強い関連を示すSNPsは認められなかった。 機能SNPデータベースの検索により、候補となった11領域のうち、4領域に興味深い結果が得られた。そのうち1領域(Gene J1)は、narcolepsy-cataplexyと関連を示したSNP(3p21-1; P = 1.63 10-5; OR = 0.54)がGene J1のプロモーター領域にあり、SNP 3p21-1がリスクアレルか否かによって結合する転写因子が異なると予測された。さらに、Gene J1は免疫反応に関与する遺伝子であった。これまでの知見やChapter 1で述べたように、免疫機序の異常がnarcolepsy-cataplexy発症に関与することが示唆されていることから、Gene J1のnarcolepsy-cataplexyへの寄与を追求する必要がある。 残り3領域(Gene K、Gene F、Gene H)は、narcolepsy-cataplexyと関連を示したSNPが各遺伝子のスプライシングパターンに影響を与えると予測された。例えばGene Kについては、narcolepsy-cataplexyと関連を示したSNP(3q22-1; P = 1.55 10-5; OR = 1.43)がリスクアレルか否かによって、Gene KのRNA配列に結合できるスプライシング制御因子が変わることが予測された。3領域はそれぞれ、神経発生やシナプス形成に関与する遺伝子であった。 今後、これら候補SNPsについて、異なる集団のサンプルを用いて追試を行い、周辺の連鎖不平衡構造を比較することで、疾患感受性SNPを絞り込んでいく。さらに、今回同定した、免疫応答や神経発生に関与する候補遺伝子については、機能SNPデータベースにより予測された機能を手掛かりとして機能解析を行い、疾患への寄与を明らかにしていく。 【サンプル-QC】 【SNP-QC】 | |
審査要旨 | 本研究は、ヒトナルコレプシーの発症要因を明らかにするため、免疫学的および遺伝学的アプローチにより疾患関連因子の同定を試みたものであり、下記の結果を得ている。 免疫学的アプローチ(Chapter 1) ヒトナルコレプシーに認められる視床下部ヒポクレチン産生細胞の消失の原因として近年注目されている自己抗体の評価を行った。 1.ヨーロッパ系のnarcolepsy-cataplexy患者で報告のあった抗TRIB2抗体をターゲットとしたradio-ligand binding assay系を構築し、検体血清中の抗体測定を行った。抗TRIB2抗体が日本人narcolepsy-cataplexy患者88例中23例(26.1%、>2SD)、健常者87例中2例(2.3%、>2SD)で検出された(Fisher's exact test, P = 4.8 10-6 )。1例のnarcolepsy without cataplexy患者において抗TRIB2抗体が検出されたことを除けば、narcolepsy-cataplexy以外の過眠症では抗TRIB2抗体は検出されなかった。 2.TRIB2と同じ遺伝子ファミリーに属するTRIB3に対する抗体(抗TRIB3抗体)の測定系を構築し、抗体測定を行った。抗TRIB2抗体と異なり、narcolepsy-cataplexy患者を含めたどの過眠症でも、健常者との間に有意差は観察されなかった。 3.半定量PCRによりヒト視床下部でのTRIB2遺伝子の高発現を確認した。一方で、TRIB3遺伝子の発現レベルは低いことが示された。これらのことから、抗TRIB2抗体の特異性が示唆され、抗TRIB2抗体を介した自己免疫反応が視床下部ヒポクレチン産生細胞を標的とし、その消失に関与していることが示唆された。 抗TRIB2抗体のpositivityと臨床情報(性別、年齢、BMI、ESS*、罹病期間)との相関は認められなかった。*ESS, Epworth Sleepiness Scale(眠気の尺度を測定するスコア) 遺伝学的アプローチ(Chapter 2) ゲノムワイド関連解析(GWAS)によりnarcolepsy-cataplexyの遺伝的素因の同定を試みた。 1.日本人narcolepsy-cataplexy患者425名、日本人健常者1,626名のゲノムDNAを用いて、906,703の一塩基多型(SNPs)の遺伝子型を決定した。集団の階層化に起因する疑陽性を回避するため、得られた遺伝子型データの主成分分析(PCA)を行うことで患者と健常者から成る集団中のoutlierを除去し、遺伝的に均質なサンプルセットを構築した。 2.IBD推定により、サンプルセットに含まれる推定同一人物および第一度近親者をり除き、遺伝子型決定率の低いサンプルをデータセットから除いた。SNPの遺伝子型のquality controlを行い、サンプル当たりの遺伝子型決定率が低いSNPや、ハーディワインバーグ平衡からの逸脱の大きいSNPs、minor allele frequencyが低いSNPs、さらにgenotyping errorが疑われるSNPsを除くことで、疑陽性の可能性を低減したデータセットを構築した。 3.Quality controlのなされたデータセット(narcolepsy-cataplexy患者409例、健常者1562例、545,140 SNPs)を用いて関連解析を行い、有意水準に達したSNPsを18個、10領域同定した(P < 1.47 10-5)。また、統計学的には中程度の関連にとどまるものの(1.47 × 10-5 P < 2.94 × 10-5)、functional SNPデータベース等の検索により機能的に興味深いと考えられるSNPsを4個、2領域同定した。候補遺伝子の中には、免疫反応に関与する遺伝子および、神経発生やシナプス形成に関与する遺伝子が含まれた。 4.候補領域周辺のゲノム領域をターゲットとしてimputationを行い、実験的に遺伝子型決定した SNPsより顕著に低いP値は示していないものの、同程度のP値を示すSNPsを複数同定した。 以上、本論文は、免疫学的および遺伝学的見地から、ナルコレプシー疾患関連因子を複数明らかにした。本研究は、未だ明らかになっていないナルコレプシーの発症要因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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