学位論文要旨



No 128320
著者(漢字) 青山,惇
著者(英字)
著者(カナ) アオヤマ,アツシ
標題(和) Liver X Receptor (LXR) リガンドの構造展開によるTransrepression作用選択的リガンドの創製
標題(洋)
報告番号 128320
報告番号 甲28320
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1415号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 清水,敏之
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【背景.目的】

Liver X Receptor (LXR)は核内受容体スーパーファミリーに属し、リガンド依存的に標的遺伝子の転写を調節することで脂質代謝や糖代謝において重要な役割を果たしている。肝臓や小腸、マクロファージにおいてLXRが活性化されるとLXR応答配列を上流に有する遺伝子の転写を活性化するransactivation作用と呼ばれる) (Fig. 1A)。応答遺伝子としては脂質代謝やコレステロール逆転送系に関わる遺伝子であるabca1、abcg1やapoeなどに加え、インスリン依存的に細胞膜へ輸送されるグルコーストランスポーターであるglut4遺伝子が知られており、動脈硬化性疾患等の創薬ターゲットとして考えられている。私もこれまでの研究で、Transactivation活性の向上に着目したLXRリガンド創製を行い、種々の三環系化合物であるAA化合物を得てきた(Fig. 2)。一方、最近になってLXRは上記とは異なるメカニズムでマクロファージにおける炎症の調節機能を発揮することが明らかとされた。具体的には、T1317やGW3965といったLXRの合成リガンドが病原性微生物に対するマクロファージの応答を阻害し、i l - 6 やinos、mmp9などLXR応答配列を持たない種々の炎症性遺伝子の誘導を抑制する(Transrepression作用と呼ばれる)ことなどが見出されてきた(Fig. 1B)。これまでに報告されているLXRリガンドはいずれもTransactivation活性を有している。一方、同様にほとんどのリガンドがT r a n s r e p r e s s i o n 活性も併せ持つが、内因性リガンドの一つである2 5 -Hydroxycholesterol (25-HC)や27-Hydroxycholesterol (27-HC)にTransactivation作用選択性が見出されている。この事実はLXRのTransactivat ion作用とssion作用の分離可能性を示唆するものである。Transrepression機構の詳細を明らかにするために、また、病態形成にIL-6などの炎症性サイトカインが関与しているとされる関節リウマチやキャッスルマン病などの免疫関連疾患に対する画期的新薬の創出に貢献するために、Transrepression作用選択的なリガンドの創製を目指すことにした

【Transrepression作用選択的リガンドの創製】

<IL-6産生抑制活性を指標としたAA化合物のスクリーニングによるリード化合物の獲得>

本研究を進めるにあたり、これまでに創製してきたAA化合物のLPSにより誘導されるIL-6の産生抑制活性(WST-1アッセイにより細胞数の補正を行っている) を指標としたスクリ-ニングを行い、Transrepression活性の有無を検証した。なお、IL-6は先に挙げた免疫関連疾患の病態形成に深く関わっているとされ、既知のLXRリガンドによる産生抑制作用も認められており、本研究においてもサイトカインの代表として選択した。T r a n s a c t i v a t i o n活性はLuci feraseを用いたレポ-タ-アッセイにおける転写活性を指標としている。AA化合物のスクリ-ニングの結果を、アミド窒素原子上にメチル基を有するいくつかの化合物を例にまとめた(Table 1)。弱いアンタゴニスト活性を示す化合物1 にはIL-6産生抑制活性が認められなかったが、アゴニスト活性を示す化合物 2-4 にはIL-6産生抑制活性が認められ、特に化合物 4 に強力なIL-6産生抑制活性を見出した。そこで化合物 4 を新たにリ-ド化合物に選択し、構造展開を進めることにした。

<X線情報に基づく化合物デザイン>

化合物デザインにあたり、T 1 3 1 7の構造活性相関研究やL X Rとの複合体X 線情報を参考にした。Transactivation活性を示すにはLXRのHelix12の適切な折りたたみが重要であるが、T1317の末端水酸基とHelix11上のHis残基が水素結合を形成することでTrp残基を含むHelix12の適切な折りたたみを誘導することが知られている。スクリーニングで得られた化合物 4 もT1317と同様に水酸基を含むヘキサフルオロプロパノール構造を有している。化合物 4 がT1317と同じ結合ポケットに収まっていると仮定するとHis残基と水素結合を形成していると推測される。そこで、His残基と水素結合を形成できないような置換基へ変換することで、Transactivation活性の消失(減弱)に伴うTransrepression作用選択性の獲得を期待した化合物デザインを行い、合成、活性評価した(Fig.3)。

<アルキル置換基の長さ.嵩高さの検討>

ヘキサフルオロプロパノール構造を有していない化合物 5-11 はすべてTransactivation活性を示さなかった。一方、化合物 5 と 9 を除くいずれの化合物でもIL-6産生抑制活性が認められ、Transrepression作用選択性を見出すことに成功した。化合物 5-9 の結果から、Rの置換基の長さはC2-C5程度が最適であることが示唆された。また、化合物 5-7 ,10, 11の結果から、嵩高さを増していくと概ねIL-6産生抑制活性が向上することを見出した(Table 2)。さらに、置換基Rにヘテロ原子を導入した化合物をいくつか合成し活性評価を行った。Rがヒドロキシル基である場合に、強力なIL-6産生抑制活性が認められたが、酸素原子を介して置換基を伸ばすと先のアルキル置換基の結果と同様に活性が低下することを見出した。これらの化合物はいずれもTransactivation活性を有しておらず、Transrepression作用選択性を示した

<LXR依存性の検証>

得られた化合物のTransrepression作用がLXR依存的であることを確認するために、野生型マウス(WT)あるいはLXRα欠損マウス(LXRα(-/-))から腹腔内マクロファ-ジを回収し、LPS添加時における各化合物10 μM (T1317のみ3 μM)添加時のIL-6 mRNA発現量を定量した。なおここでLXRαについて検討したのは、免疫細胞に多く発現していることが明らかになっているからである。結果、WTでは化合物処理するとLPS単独添加時に比べIL-6 mRNAの発現量が低下するのに対し、LXRα(-/-)ではその効果が減弱することが見出された(Fig. 4)。特に化合物 7 は顕著であり、IL-6産生抑制作用が少なからずLXRα依存的であることが示唆された。LXRのもう一つのサブタイプであり、全身に分布しているLXRβの関与も無視できないはずで、LXRα/β欠損マウス(LXRα(-/-)/β(-/-))を作成し同様の実験(検出したのはmRNAでなくIL-6のタンパク質)を行ったところ、期待通り、化合物によるTransrepression作用がLXR依存的であることを示すことに成功した。

<LXRαに対する結合親和性の解析>

D本研究で得られた化合物がLXRに結合するのかを検証するために蛍光偏光法を利用することにした。既知の蛍光性LXRリガンドを用い、コントロールタンパク質のGSTタンパク質とGST融合hLXRαタンパク質の濃度を振って共存させた時の蛍光偏光度を測定した。GSTタンパク質を用いた場合には蛍光

められ、本実験で用いた蛍光性LXRリガンドがhLXRα特異的に結合していることが示唆された(Fig.5(A))。次にこれまでに得られた化合物の濃度を振って蛍光性リガンド、タンパク質と共存させたときの蛍光偏光度を測定した。結果、ポジティブコントロールのT1317に加え、化合物 7 と 11 もそれぞれ20 μM、10 μMで蛍光偏光度の減少が認められ、蛍光性リガンドと競合的にhLXRαに結合していることが示唆された(Fig.5(B))。には蛍光

【まとめ】

LXRのTransrepression機構の解明や免疫関連疾患の新たな医薬創出に貢献することを目指し、私はTransrepression作用選択的なLXRリガンドを得ることを目的として研究に着手した。論理的な化合物デザインによる化合物創製によりTransrepression作用選択的化合物を得ることに成功した。また、マウス腹腔内マクロファージを用いた解析により化合物によるIL-6産生抑制活性がLXR依存的であることを見出した。さらにTransrepression作用選択的化合物がLXRリガンドとして機能しているのかを明らかにするために、L X Rに直接結合しているのかを検証した。蛍光偏光法を用いた解析により化合物が直接LXRに結合していることを示唆する結果を得た。以上、Transrepression作用選択的なLXRリガンドの創製に成功した。今後は未だほとんど明らかとされていないTransrepression機構の詳細を解明するケミカルツールとして利用されることが期待される。さらにはこれまでにない小分子リガンドとして免疫疾患への有用性が示されることが期待される。

Figure 1. Transactivational action and transrepressional action.

Figure 2. Structures of natural and synthetic LXR ligands.

Table 1. Screening of tricyclic AA compounds

Figure 3. X-ray cocrystallography and design of novel compounds

Table 2. Newly synthesized compounds

Figure 4. LXR dependency of compound 7.

Figure 5. Binding assay by fluorescence polarization.

審査要旨 要旨を表示する

Liver X Receptor(LXR)は核内受容体スーパーファミリーに属し、リガンド依存的に標的遺伝子の転写を調節することで脂質代謝や糖代謝において重要な役割を果たしている。肝臓や小腸、マクロファージにおいてLXRが活性化されるとLXR応答配列を上流に有する遺伝子の転写を活性化する(Transactivation作用と呼ばれる)。応答遺伝子としては脂質代謝やコレステロール逆転送系に関わる遺伝子であるabcal、abcglやapoeなどに加え、インスリン依存的に細胞膜へ輸送されるグルコーストランスポーターであるglut4遺伝子が知られており、動脈硬化性疾患等の創薬ターゲットとして考えられている。青山惇は修士課程に於ける研究で、Transactivation活性の向上に着目したLXRリガンド創製を行い、種々の三環系化合物であるAA化合物を得てきた。一方、最近になってLXRは上記とは異なるメカニズムでマクロファージにおける炎症の調節機能を発揮することが明らかとされた。具体的には、T1317やGW3965といったLXRの合成リガンドが病原性微生物に対するマクロファージの応答を阻害し、il-6やinos、mmp9などLXR応答配列を持たない種々の炎症誘発性遺伝子の誘導を抑制する(Transrepression作用と呼ばれる)ことなどである。これまでに報告されているLXRリガンドはいずれもTransactivation活性を有している。一方、同様にほとんどのリガンドがTransrepression活性も併せ持っている。青山はTransrepression機構の詳細を明らかにするために、また、病態形成にIL-6などの炎症性サイトカインが関与しているとされる関節リウマチやキャッスルマン病などの免疫関連疾患に対する画期的新薬の創出に貢献するために、Transrepression作用選択的なLXRリガンドの創製を目指した。

1.Transrepression選択性を有する化合物の創製

青山は修士課程に於いて創製していたAA化合物の中から、IL-6産生抑制活性を指標としたスクリーニングによってTransrepression活性の強力な化合物4を見出した。さらに化合物4を新たなリード化合物に選択し構造展開を進めた。化合物デザインにあたり、T1317の構造活性相関研究やLXRとの複合体X線情報を参考にした。Transactivation活性を示すにはLXRのHelix12の適切な折りたたみが重要であるが、T1317の末端水酸基とHelix11上のHis残基が水素結合を形成することでTrp残基を含むHelix12の適切な折りたたみを誘導することに着目した。スクリーニングで得られた化合物4もT1317と同様に水酸基を含むヘキサフルオロプロパノール構造を有している。

化合物4がT1317と同じ結合ポケットに収まっていると仮定するとHis残基と水素結合を形成していると推測される。そこで、His残基と水素結合を形成できないような置換基へ変換することで、Transactivatjon活性の消失(減弱)に伴うTransrepression作用選択性の獲得を期待した化合物デザインを行い(Figure1)、合成、活性評価した。

置換基Rの長さや嵩高さ、極性基導入の可能性、さらには置換基導入位置の検討を行った結果、青山が期待した通り、化合物30μM処理時においてもTransactivation活性はすべての化合物で認められないことを見出した。一方、IL-6産生抑制活性に認められるTransrepression活性はほとんどの化合物で認められることが判明し、置換基Rが嵩高いほど活性が向上することや長過ぎると活性が低下することなどを見出し、リガンド結合ポケット内において芳香環近傍にはある程度化合物が収まる空間が存在するが、奥行きはあまりないことなどが示唆された。また、置換基導入位置の検討の結果、メタ位への置換基導入により活性が向上することからメタ位近傍にもある程度化合物が収まる空間が存在していることが示唆された。以上のように、Transrepression作用選択的な化合物を得ると同時に、リガンド結合ポケットに関する新たな知見を得ることに成功している。

2.Transrepression活性発現機構の解析

この段階で得られたTransrepression作用選択的な化合物の中から化合物7や11を用いてTransrepression活性発現機構の詳細を検討した。まず、Transrepression活性の指標としていたIL-6産生抑制活性がLXR依存的に生じているのかをマウスの腹腔内マクロファージを用いて解析した。具体的にはWTマウスと各種LXRノックアウトマウスを用い、WTでは認められる化合物によるIL-6産生抑制作用がノックアウトの場合にどう変化するかを検証した。結果、ノックアウトマウス由来の腹腔内マクロファージを用いた場合に、化合物によるIL-6産生抑制活性がある程度キャンセルされることを見出し、IL-6産生抑制活性がLXR依存的であることを明らかにした。さらに、Transrepression作用選択的化合物がLXRに直接結合しているのかを検証した。これは、Transrepression作用選択的化合物がLXRリガンドとして機能しているのかを明らかにするものである。本研究に於いて、これまでに報告がない「蛍光偏光法によるLXR結合実験系」を構築することに成功し、化合物7や11を用いた解析により、直接LXRに結合していることを示唆する結果を得た(Figure2)。

以上に加えて青山は、得られたTransrepression作用選択的LXRリガンドの医薬上の有用性を検討した。これまでに報告されている多くのLXRリガンドはそれ自身のTransactivation作用から、血中TG量の増加という重篤な副作用を起こしうる標的遺伝子の転写を活性化するが、本研究で得られたTransrepression作用選択的リガンドはこの作用を示さないことを見出した。また、本研究で得たTransrepression作用選択的リガンドによるIL-6産生抑制作用は、上でのべたとおり、LXRとの結合を介した新規なメカニズムであると考えられ、既知のIL-6産生抑制剤のそれとは異なる。よって、創製したTransrepression作用選択的リガンドには、十分に医薬的な意義があるものと考えられる。

以上、青山はこれまでにほとんど研究が進んでいないLXRのTransrepression機能に着目し、新たなケミカルツール、医薬応用が期待される小分子リガンドの創製研究を行った。結果、期待通り、Transrepression作用選択的な化合物を見出した。さらにTransrepression活性発現機構の詳細を検討し、得られた化合物がLXRに結合すること、LXR依存的なTransrepression作用を示すことを明らかにした。この過程で、新たな結合実験系を構築することにも成功している。この成果はLXRの包括的な機能解明を助けることにつながると考えられ、また医薬的な応用可能性も示唆されることから、医薬化学の発展に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると判断した。

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