学位論文要旨



No 128322
著者(漢字) 伊藤,瑞恵
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ミズエ
標題(和) ヤマトリカブト培養根を用いたアコニチン系アルカロイドの生合成研究
標題(洋)
報告番号 128322
報告番号 甲28322
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1417号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 折原,裕
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 横島,聡
 東京大学 准教授 杉田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

アルカロイドは、主に植物に見出される窒素を含んだ塩基性の有機化合物の総称である。これらの多くは生物活性作用を有するため医薬品の原料として用いられ、薬学的な研究の対象として注目を集めている。また、アルカロイドは一般的に、生合成における窒素原子の由来となるアミノ酸によって分類されている(Fig. 1)。

例えば、ケシに含まれるmorphine や、キハダやオウレンに含まれるberberine といったイソキノリン型アルカロイドは、窒素原子および付随する炭素骨格がアミノ酸のチロシンに由来するため、「チロシン由来のアルカロイド」に分類されている。同様に、ニチニチソウから得られるvinblastine や、マチンから得られるstrychnine といったインドール型アルカロイドは「トリプトファン由来のアルカロイド」に、コカノキの葉に含まれるcocaine やナス科の薬用植物に多く含まれるhyoscyamine といったトロパン型アルカロイドは「オルニチン由来のアルカロイド」に分類されている

本研究では、「アコニチン系アルカロイドも他の多くのアルカロイドと同様に、何らかのアミノ酸に由来し生合成される」という仮説を立て、その検証を行った。

【本論】

1.ヤマトリカブト培養根に含まれるアコニチン系アルカロイドの分析

1998 年、本学附属薬用植物園で栽培されていたヤマトリカブト(Aconitum japonicum) の若芽から、MS-NK (植物ホルモンとして、ナフタレン酢酸およびカイネチンを含む) 寒天培地において、根の形態をした組織(培養根) が誘導された。以降、MS-NK 寒天培地において4 週間毎に継代培養されている。

培養根のような植物培養組織が生産する化合物およびその生産量は、母植物のものと異なることが多い。また、長期継代を続けた培養組織では、「培地による高成長」というセレクションがかかり、生産する化合物に変化が生じる場合がある。そこで、10 年以上継代培養されてきたヤマトリカブト培養根が生産するアコニチン系アルカロイドに、どのようなものが含まれるかを検討した。

MS-NK 寒天培地で培養されていたヤマトリカブト培養根をMS-NK 液体培地に移植し、25℃、暗所、回転数80 rpm または85 rpm で振とう培養した。収穫した培養根を凍結乾燥後に粉砕し、アンモニア水を飽和させたジエチルエーテルで抽出した。この抽出物を、液‐液分配、中性アルミナを担体としたオープンカラムクロマトグラフィー、P-TLC、HPLC により分離し、3 種類の既知アコニチン系アルカロイドtransconitine A (1)、14-acetyltalatizamine (2) 、condelphine (3) および1 種類の新規アコニチン系アルカロイド15.-hydroxy-14-benzoylneolin (4) を単離した(Fig. 2)

2.アコニチン系アルカロイド生産性の向上を目指して

植物培養組織による二次代謝産物の生産は、母植物と比較して劣ることが多い。そのため、植物組織培養技術を用いた物質生産や植物生理研究への応用には、目的とする化合物を効率良く生産する培養条件の検討が必要とされる。そこで、ヤマトリカブト培養根の生産する主要なアコニチン系アルカロイドであるtransconitine A (1) に焦点を当て、アミンやアミノ酸、エリシター(植物の防御反応に関る二次代謝産物の生産を誘導する物質) の投与が培養根の成長や1の生産に与える影響を調べた

ヤマトリカブト培養根に、以下(1)-(3)に示す化合物を投与し、MS-NK液体培地、25℃、暗所、回転数80 rpmで振とう培養した。培養根の成長率を移植量(g、新鮮重量) に対する収穫量(g、新鮮重量) から求めた。また、抽出物に含まれる1の量をHPLCによる定量で算出し、培養フラスコ1本(250 ml MS-NK液体培地/ 500 ml flask) あたりの1の生産性を求めた。

(1) アミン: 約3週間の液体培養後、培地交換と同時にメチルアミン塩酸塩またはエチルアミン塩酸塩100 mg/Lを投与し、さらに3週間培養した培養根と、培地交換時に何も投与しなかったコントロールを比較した。その結果、これらのアミンの投与は、培養根の成長および1の生産に影響を与えないことが明らかになった。

(2) アミノ酸: 3週間の液体培養後、培地交換と同時にグリシン、L-アラニンまたはL-セリン100 mg/Lを投与し、さらに3週間培養した培養根と、培地交換時に何も投与しなかったコントロールを比較した。その結果、これらのアミノ酸の投与は、培養根の成長にはほとんど影響を与えず、1の生産性を向上させた。特にセリンの投与が有効で、コントロールの約1.7倍の1の生産性を示した。

(3) エリシター: 約3週間の液体培養後、培地の交換と同時にキトサン(5%酢酸水溶液に溶解) 200 mg/L、サリチル酸(SA、DMSOに溶解) またはジャスモン酸メチル(MeJA、DMSOに溶解) 200 .mol/Lを投与し、さらに3週間培養した培養根を、培地交換時に何も投与しなかったコントロール、5%酢酸水溶液20 ml/LまたはDMSO 4 ml/Lを投与したものと比較した。その結果、MeJA投与群では培養根の成長率が低下しているにも関らず、培養フラスコ1本あたりの1の量はコントロールと比べて2倍近く増加しており、アコニチン系アルカロイドの生産性の向上が期待された(Fig. 3)。

3.標識化合物の投与によるtransconitine A (1) の生合成研究

アコナン骨格(C19) にアルキルアミノ基が導入された構造を持つアコニチン系アルカロイドには、mesaconitineやhypaconitineのようなN-C型のものと、aconitineや1のようなN-C-C型のものがある。また、大部分のアルカロイドの生合成は、窒素原子の由来となるアミノ酸の脱炭酸からスタートする。このことから、脱炭酸によりN-CやN-C-Cの構造を持つようなアミノ酸がアコニチン系アルカロイドの窒素原子の由来になると考え、以下(1)-(5)および(6)に示す標識化合物の投与実験を行った。

MS-NK液体培地、25℃、暗所、回転数80 rpmの振とう培養条件において、標識化合物(100 mg/L) を投与したヤマトリカブト培養根からtransconitine A (1a-1f) を単離した。標識の入った1a-1eと、通常の培養根から単離したノーマルな1の13C-NMRの各ピークの積分値の比を求め、比の値が最も小さい炭素における13Cの存在比率を1.1% (13Cの天然存在比率) として他の炭素についても13Cの存在比率を算出し、13Cの存在比率が2.0%以上の炭素に標識の取り込みがあったと判定した(Table 1)。また、1fのFAB-MS (positive-ion mode) のスペクトルを、ノーマルな1のものと比較し、1の分子イオンピークであるm/z 568 (M+H) 付近に新たに出現するピークを調べた。出現したピークのm/z値より取り込まれたD標識の数を求め、m/z 568とのピーク強度の比より標識の取り込み率を求めた。

(1) [2,3-13C2]アラニン: 液体培地への移植と同時にL-[2,3-13C2]アラニンを投与し、3週間培養した培養根175 gから1aを1.8 mg単離した。1aでは、アコナン骨格やメトキシ基、アセトキシ基およびベンゾイルオキシ基に標識の取り込みが分散して観測されたが、エチルアミノ基への取り込みは確認されなかった。この結果から、アラニンは窒素原子の直接の由来ではないと判断した。

(2) [2-13C]セリン: 3週間の液体培養後、培地交換と同時にL-[2-13C]セリンを投与し、さらに1週間培養した培養根167 gから1bを2.2 mg単離した。1bでは、3か所のメトキシ基、アセトキシ基のカルボニル炭素に標識の取り込みが観測された他、エチルアミノ基の窒素の隣の炭素にやや高い13Cの存在(2.3%) が確認された。この結果から、セリンが窒素原子の由来である可能性が示された。ただし、生体内においてセリンとグリシンの相互変換が容易であることから、まずグリシン由来のN-Cが炭素骨格に付加し、その後のメチル化によりN-C-Cの構造が生じた可能性が残った。

(3) [2-13C;15N]グリシン: 3週間の液体培養後、培地交換と同時に[2-13C;15N]グリシンを投与し、さらに1週間培養した培養根160 gから1cを1.5 mg単離した。1cでは、3か所のメトキシ基以外の炭素に標識の取り込みは観測されなかった。この結果から、(2)で考えていたグリシン由来の経路は否定された。

(4) [U-13C3;15N]セリン: 液体培地への移植と同時にL-[U-13C3;15N]セリンを投与し、3 週間培養した培養根219 g から1d を2.3 mg 単離した。1d では、3 か所のメトキシ基の炭素およびアセトキシ基の2 つの炭素に標識の取り込みが観測された他、エチルアミノ基の2 つの炭素に高い13C の存在(15.8%、15.1%) が確認された。また、ここで13C-13C カップリングおよび13C-15N カップリングが観測されたことから、セリンがN-C-C の結合を保った状態で生合成に利用されたことが証明された。

(5) [1,2-13C2]エタノールアミン: 液体培地への移植と同時に[1,2-13C2]エタノールアミン塩酸塩を投与し、3 週間培養した培養根206 g から1e を2.3 mg 単離した。1e では、アコナン骨格やメトキシ基、アセトキシ基およびベンゾイルオキシ基に標識の取り込みが分散して観測された他、エチルアミノ基の2 つの炭素に非常に高い13C の存在(87.5%、76.2%) が確認された。この結果から、セリンに比べてエタノールアミンが、より直接的に生合成に関与していることが明らかになった。

(6) [1,1,2,2-D4]エタノールアミン: 液体培地への移植と同時に[1,1,2,2-D4]エタノールアミンを投与し、3 週間培養した培養根177 g から1f を5.0 mg 単離した。1f においては、1 の分子イオンピークであるm/z 568 (M+H) より+3 大きいm/z 571 のピークの増大が観測された。また、ピーク強度の比から、単離した1f の約20%が投与した標識エタノールアミンを取り込んだことが分かった。

これまでの研究で1 の生合成に関して、アコナン骨格を構成するイソプレン単位(IPP、C5) が非メバロン酸(MEP) 経路、メトキシ基がS-アデノシルメチオニン(SAM)、ベンゾイルオキシ基がシキミ酸経路、アセトキシ基がアセチルCoA にそれぞれ由来することが分かっていた。本研究では、アルカロイドの生合成を考える上で最も重要なポイントである窒素原子の由来がアミノ酸のL-セリンであり、その脱炭酸により生じるエタノールアミンがより直接的に生合成に利用されることを明らかにした(Fig. 4)。また、(6) の結果から、エタノールアミンとして取り込まれた4 つのメチレン水素のうち、いずれか1 つが末端水酸基の脱離に伴い外れ、その後の還元により1 のエチルアミノ基の構造となる反応経路が予想された。

【結論】

トリカブトに含まれるアコニチン系アルカロイドは強い毒性を持つことから、最も重要な天然物の一つとして注目を集めてきた。しかし、その活性に関する研究が数多く報告されている一方、生合成に関する研究は全くないと言っても過言ではなかった。本研究では、植物組織培養技術を用いた標識化合物の投与実験により、アコニチン系アルカロイドの一種transconitine A (1) の窒素原子の由来を解明した。これまで「偽アルカロイド」と考えられていたアコニチン系アルカロイドの窒素原子の由来がセリンであることが証明され、新たに「セリン由来のアルカロイド」という分類が追加される日が来ることを期待する

Figure 1. The Classification of alkaloids

Figure 2. Four aconitine-type alkaloids isolated from the cultured roots of A. japonicum

Figure 3. Growth ratio of cultured roots and productions of 1 after feeding of elicitors

Table 1. Relative (13)C abundance in transconitine A (1)

Fig 4. Biosynthetic derivations of transconitine A (1)

審査要旨 要旨を表示する

アルカロイドは、主に植物に見出される窒素を含んだ塩基性の有機化合物の総称である。これらの多くは生物活性作用を有するため医薬品の原料として用いられ、薬学的な研究の対象として注目を集めている。また、アルカロイドは一般的に、生合成における窒素原子の由来となるアミノ酸によって分類されている。

例えば、ケシに含まれるmorphineや、キハダやオウレンに含まれるberberineといったイソキノリン型アルカロイドは、窒素原子および付随する炭素骨格がアミノ酸のチロシンに由来するため、「チロシン由来のアルカロイド」に分類されている。同様に、ニチニチソウから得られるvinblastineや、マチンから得られるstrychnineといったインドール型アルカロイドは「トリプトファン由来のアルカロイド」に、コカノキの葉に含まれるcocaineやナス科の薬用植物に多く含まれるhyoscyamineといったトロパン型アルカロイドは「オルニチン由来のアルカロイド」に分類されている。

一方、トリカブトの毒性本体であるaconitineやmesaconitineといったアコニチン系アルカロイドは、生合成における窒素原子の由来が明らかではなく、これまで「窒素原子がアミノ酸に由来しないもの」と考えられてきた。このように窒素原子がアミノ酸に由来しないアルカロイドは、先に述べたアミノ酸由来のアルカロイドが「真正アルカロイド (true-alkaloids)」と呼ばれているのに対して、「偽アルカロイド (pseudo-alkaloid)」と呼ばれている。しかし、アコニチン系アルカロイドが「偽アルカロイド」であるということを示す実験的根拠は示されていなかった。

伊藤は、「アコニチン系アルカロイドも他の多くのアルカロイドと同様に、何らかのアミノ酸に由来し生合成される」という仮説を立て、その検証を行った。

1.ヤマトリカブト培養根に含まれるアコニチン系アルカロイドの分析

1998年、本学附属薬用植物園で栽培されていたヤマトリカブト (Aconitum japonicum) の若芽から誘導し4週間毎に継代培養されている培養根を使用した。培養根のような植物培養組織が生産する化合物およびその生産量は、母植物のものと異なることが多い。また、長期継代を続けた培養組織では、「培地による高成長」というセレクションがかかり、生産する化合物に変化が生じる場合がある。そこで、10年以上継代培養されてきたヤマトリカブト培養根が生産するアコニチン系アルカロイドに、どのようなものが含まれるかを検討した。

液体培養したヤマトリカブト培養根抽出物を、液‐液分配、中性アルミナを担体としたオープンカラムクロマトグラフィー、P-TLC、HPLCにより分離し、3種類の既知アコニチン系アルカロイドtransconitine A (1)、14-acetyltalatizamine (2) 、condelphine (3) および1種類の新規アコニチン系アルカロイド15a-hydroxy-14-benzoylneolin (4) を単離した (Fig. 1)。

2.アコニチン系アルカロイド生産性の向上

植物培養組織による二次代謝産物の生産は、母植物と比較して劣ることが多い。そのため、植物組織培養技術を用いた物質生産や植物生理研究への応用には、目的とする化合物を効率良く生産する培養条件の検討が必要とされる。そこで、ヤマトリカブト培養根の生産する主要なアコニチン系アルカロイドであるtransconitine A (1) に焦点を当て、アミンやアミノ酸、エリシター (植物の防御反応に関る二次代謝産物の生産を誘導する物質) の投与が培養根の成長や1の生産に与える影響を調べた。

(1)アミン: メチルアミン塩酸塩またはエチルアミン塩酸塩の投与は、培養根の成長および1の生産に影響を与えなかった。

(2)アミノ酸: グリシン、L-アラニンまたはL-セリンの投与は培養根の成長にはほとんど影響を与えず、1の生産性を向上させた。特にセリンの投与が有効で、コントロールの約1.7倍の1の生産性を示した。

(3)エリシター: キトサン、サリチル酸またはジャスモン酸メチルを投与し、さらに3週間培養した培養根を、培地交換時に何も投与しなかったコントロールと比較した。ジャスモン酸メチル投与群では培養根の成長率が低下しているにも関らず、培養フラスコ1本あたりの1の量はコントロールと比べて2倍近く増加しており、アコニチン系アルカロイドの生産性の向上が期待された。

3.標識化合物の投与によるtransconitine A (1) の生合成研究

アコナン骨格 (C19) にアルキルアミノ基が導入された構造を持つアコニチン系アルカロイドには、mesaconitineやhypaconitineのようなN-C型のものと、aconitineや1のようなN-C-C型のものがある。また、大部分のアルカロイドの生合成は、窒素原子の由来となるアミノ酸の脱炭酸からスタートする。このことから、脱炭酸によりN-CやN-C-Cの構造を持つようなアミノ酸がアコニチン系アルカロイドの窒素原子の由来になると考え、以下(1)-(5)および(6)に示す標識化合物の投与実験を行った。

標識化合物 (100 mg/L) を投与したヤマトリカブト培養根からtransconitine A (1a-1f) を単離した。標識の入った1a-1eと、通常の培養根から単離したノーマルな1の13C-NMRの各ピークの積分値の比を求め、比の値が最も小さい炭素における13Cの存在比率を1.1% (13Cの天然存在比率) として他の炭素についても13Cの存在比率を算出し、13Cの存在比率が2.0%以上の炭素に標識の取り込みがあったと判定した。また、1fのFAB-MS (positive-ion mode) のスペクトルを、ノーマルな1のものと比較し、1の分子イオンピークであるm/z 568 (M+H) 付近に新たに出現するピークを調べた。出現したピークのm/z値より取り込まれたD標識の数を求め、m/z 568とのピーク強度の比より標識の取り込み率を求めた。

(1)[2,3-13C2]アラニン: 液体培地への移植と同時にL-[2,3-13C2]アラニンを投与し、3週間培養した培養根から1aを単離した。1aでは、アコナン骨格やメトキシ基、アセトキシ基およびベンゾイルオキシ基に標識の取り込みが分散して観測されたが、エチルアミノ基への取り込みは確認されなかった。この結果から、アラニンは窒素原子の直接の由来ではないと判断した。

(2)[2-13C]セリン: 3週間の液体培養後、培地交換と同時にL-[2-13C]セリンを投与し、さらに1週間培養した培養根から1bを単離した。1bでは、3か所のメトキシ基、アセトキシ基のカルボニル炭素に標識の取り込みが観測された他、エチルアミノ基の窒素の隣の炭素にやや高い13Cの存在 (2.3%) が確認された。この結果から、セリンが窒素原子の由来である可能性が示された。ただし、生体内においてセリンとグリシンの相互変換が容易であることから、まずグリシン由来のN-Cが炭素骨格に付加し、その後のメチル化によりN-C-Cの構造が生じた可能性が残った。

(3)[2-13C;15N]グリシン: 3週間の液体培養後、培地交換と同時に[2-13C;15N]グリシンを投与し、さらに1週間培養した培養根から1cを単離した。1cでは、3か所のメトキシ基以外の炭素に標識の取り込みは観測されなかった。この結果から、(2)で考えていたグリシン由来の経路は否定された。

(4)[U-13C3;15N]セリン: 液体培地への移植と同時にL-[U-13C3;15N]セリンを投与し、3週間培養した培養根から1dを単離した。1dでは、3か所のメトキシ基の炭素およびアセトキシ基の2つの炭素に標識の取り込みが観測された他、エチルアミノ基の2つの炭素に高い13Cの存在 (15.8%、15.1%) が確認された。また、ここで13C-13Cカップリングおよび13C-15Nカップリングが観測されたことから、セリンがN-C-Cの結合を保った状態で生合成に利用されたことが証明された。

(5)[1,2-13C2]エタノールアミン: 液体培地への移植と同時に[1,2-13C2]エタノールアミン塩酸塩を投与し、3週間培養した培養根から1eを単離した。1eでは、アコナン骨格やメトキシ基、アセトキシ基およびベンゾイルオキシ基に標識の取り込みが分散して観測された他、エチルアミノ基の2つの炭素に非常に高い13Cの存在 (87.5%、76.2%) が確認された。この結果から、セリンに比べてエタノールアミンが、より直接的に生合成に関与していることが明らかになった。

(6)[1,1,2,2-D4]エタノールアミン: 液体培地への移植と同時に[1,1,2,2-D4]エタノールアミンを投与し、3週間培養した培養根から1fを単離した。1fにおいては、1の分子イオンピークであるm/z 568 (M+H) より +3大きいm/z 571のピークの増大が観測された。また、ピーク強度の比から、単離した1fの約20%が投与した標識エタノールアミンを取り込んだことが分かった。

これまでの研究で1の生合成に関して、アコナン骨格を構成するイソプレン単位 (IPP、C5) が非メバロン酸 (MEP) 経路、メトキシ基がS-アデノシルメチオニン (SAM)、ベンゾイルオキシ基がシキミ酸経路、アセトキシ基がアセチルCoAにそれぞれ由来することが分かっていた。伊藤は、アルカロイドの生合成を考える上で最も重要なポイントである窒素原子の由来がアミノ酸のL-セリンであり、その脱炭酸により生じるエタノールアミンがより直接的に生合成に利用されることを明らかにした (Fig. 2)。また、(6)の結果から、エタノールアミンとして取り込まれた4つのメチレン水素のうち、いずれか1つが末端水酸基の脱離に伴い外れ、その後の還元により1のエチルアミノ基の構造となる反応経路が予想された。

【結論】

トリカブトに含まれるアコニチン系アルカロイドは強い毒性を持つことから、最も重要な天然物の一つとして注目を集めてきた。しかし、その活性に関する研究が数多く報告されている一方、生合成に関する研究は全くないと言っても過言ではなかった。伊藤は、植物組織培養技術を用いた標識化合物の投与実験により、アコニチン系アルカロイドの一種transconitine A (1) の窒素原子の由来を解明した。

これまで「偽アルカロイド」と考えられていたアコニチン系アルカロイドの窒素原子の由来がセリンであることが証明された。新たに「セリン由来のアルカロイド」という分類が教科書に記載されるようになることが期待され,薬用植物学、天然物化学の進展に寄与するところが大きく、博士(薬学)の学位を授与するのに相応しいと判断した。

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