学位論文要旨



No 128324
著者(漢字) 梅﨑,智
著者(英字)
著者(カナ) ウメザキ,サトシ
標題(和) (+)-リゼルグ酸の合成研究
標題(洋)
報告番号 128324
報告番号 甲28324
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1419号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 横島,聡
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
内容要旨 要旨を表示する

【背景、目的】

リゼルグ酸(1)は麦穂などに寄生する麦角菌の産出する麦角アルカロイドの中心骨格をなす分子であり、その誘導体は循環器系や神経系に対して多彩な生理活性を有することが知られている1。また、インドールを含む特異な四環性縮環骨格の構築という面から広く有機合成化学者の興味を惹き付け、現在までに多くの全合成が報告されている2。当研究室においても異なるアプローチによる二つの合成経路を報告しているが3、これらの合成経路は工程数、総収率について問題が残るものであった。そこで我々は、光学活性リゼルグ酸のさらなる効率的な全合成を目指し本研究に着手した。

【方法、結果】

以下に我々の逆合成解析を示す(Scheme1)。合成にあたり、以前の合成研究によって得られた知見からC環は分子内Heck反応によって構築することとした。ここでHeck反応前駆体である2のカルボン酸α位は、Heck反応におけるAのような中間体からのβ-水素脱離のため、立体選択的に合成する必要がある。D環については閉環メタセシス反応によって構築することで効率的な骨格構築が可能ではないかと考えた。そこで環化前駆体3をアルドール反応によって立体選択的に合成できるヘミアミナール54と光学活性なアリルアミン4とを、還元的アミノ化により連結する合成計画を立てた。

まず、上部ユニットであるヘミアミナール4の合成は以下のように行った(Scheme2)。クロトンイミド6から調製したチタンジエノラートのアルドール反応により7を得た。生じた水酸基をTBS基により保護し、イミド部位をDIBALによって低温下部分還元することで目的のヘミアミナール4が得られた。

次に、光学活性なアリルアミン5の合成を行った(Scheme3)。4-プロモインドール(8)と、乳酸メチルから四工程にて合成可能な光学活性なアリルアルコール9とを田丸らの手法5を参考に、パラジウム触媒とトリエチルボランを用いたインドール三位の直接的アリル化の条件に付したところ、目的のアリル化反応は高収率、高選択的に進行した。次に、得られた10のインドール窒素原子の保護、TBS基の除去、カーバメート化の三工程を経て転位反応前駆体となるアリルカーバメート11へと変換した。続いて、11を市川らの報告している条件6に付しカーバメートの脱水を行うことで、生じたアリルシアネートが速やかに[3,3]-シグマトロピー転位を起こし、対応するイソシアネートへと変換された。生じたイソシアネートは、直接加水分解してアミンへと変換するのが困難であったため、トリクロロエタノールを作用させ一度トリクロロエチルカーバメートとして単離した後、Troc基の除去を行うことで目的のアリルアミン5を得た。

目的とする両ユニットが合成できたので、閉環メタセシス反応の検討を行った。4と5との還元的アミノ化によるカップリングは円滑に進行し、生じた第二級アミン部位をBoc基で保護することでジエン12が得られた。鍵となる12に対する閉環メタセシス反応は、Hoveyda-Grubbs第二世代触媒をシクロペンチルメチルエーテル(CPME)中で用いた場合に最も良い収率を与え、環化体13が良好な収率で得られた。しかしD環の構築には成功したものの、内部オレフィンが異性化し、それに続く環化が進行することで生じる7員環生成物14が分離の困難な副生成物として得られた。

そこで、この副反応を回避するため、末端にメチル基を有さない下部ユニット19の合成を検討することとした(Scheme4)。合成にあたり、上部ユニット合成にも用いているEvans不斉アルドール反応に着目した。すなわち、アルドール反応によって得られるβ,γ-不飽和イミドのカルボン酸イミド部位を、Curtius転位やHoffman転位などの一炭素の減炭を伴う転位反応を用いて窒素官能基へと変換することで、対応する光学活性なアリルアミンを合成することができる。実際に検討を行ったところ、クロトンイミド6とアルデヒド15とのアルドール反応は円滑に進行し、アルドール反応成績体16が高収率、高選択的に得られた。続くイミド部位の窒素官能基への変換は、種々の検討の結果、カルボン酸やアミドなどへの効率的な変換が難しかったため、アシルヒドラジドを経るCurtius転位反応を用いることにした。16にヒドラジンを作用させることでアシルヒドラジド17へと変換した。その後にアシルヒドラジド17を酸性条件下、ニトロソ化を行うことでアシルアジドへと変換し、加熱条件下続くCurtius転位反応が進行することで生じるイソシアネートが分子内の水酸基からの求核付加を受けることでオキサゾリジノン18が得られた。最後に、18に四塩化チタン存在下トリエチルシランを作用させることで、還元的に酸素官能基の除去を行い目的のアリルアミン19を得た。

目的のアリルアミンが得られたため、閉環メタセシス反応、Heck反応を用いた骨格構築の検討を行った(Scheme5)。以前と同様の条件で4と19の還元的アミノ化と続くBoc基での保護を行った。得られたジエン20に対する閉環メタセシス反応を検討したところ、末端メチル基を有するジエン12の場合に比べてより穏和な条件で反応が進行することがわかった。次に13に対してPd(PPh3)4および炭酸銀を作用させたところ、分子内Heck反応が円滑に進行し望みの四環性化合物21が得られた。これにて主骨格の構築が達成できたため残る側鎖の官能基変換について検討を行った。まず、後の段階での除去が困難であったTs基をBoc基へと変換することで22とした。リゼルグ酸のカルボン酸側鎖は、22の二つのTBS基の除去、得られたジオールの酸化的解裂を行うことでアルデヒド23へと変換した後、亜塩素酸ナトリウムを用いる酸化、及びカルボン酸のメチルエステル化行うことで構築でき、我々のグループで以前に報告しているα,β-不飽和エステル243bへと導いた。続いて以前報告している手法を参考にし、高希釈条件下DBUを作用させることで二重結合の異性化させ25を得た。酸性条件下Boc基の除去を行い、生じた第二級アミン部位を還元的にメチル化することでリゼルグ酸メチルエステルとそのエピマーの混合物26を得た。最後に文献に従い、26のメチルエステル部位の加水分解を行うことでリゼルグ酸(1)の全合成を達成した。

1) For a review, see: Schardl, C. L; Panaccione, D. G.; Tudzynski, P. In the Alkaloids, Vol.63; Cordell, GA., Ed.; Academic Press: New York, 2006; p45.2) Liu, Q. and Jia, Y. Org. Lett., 2011, 13, 4810 and refbrences therein.; 3)(a)Inoue, T.; Yokoshima, S.; Fukuyama, T. Heterooyoles, 2009, 79, 373.(b)Kurokawa, T.; Isomura, M.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Synlett, 2009, 775.4) Sakaguchi, H.; Tokuyama, H.; Fukuyama, T. Org. Lett., 2007, 9, 1635.5) Kimura, M.; Futamata, M; Mukai, R.; Tamaru, Y.J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 4592.6) Ichikawa, Y.Synlett, 1991, 238.

Scheme1

Scheme2

Reagents and Conditions: a)TiCI4, i-Pr2NEt, CH2Cl2,-78℃, then TBSOCH2CHO,-78℃ to rt, 83%; b) TBSCI, imidazole, DMF,60℃, 63%; c) DIBAL, CH2Cl2,-78℃, 86%.

Scheme3

Reagents and Conditions: a) cat. Pd(OAc)2, cat. DPPF, Et3B, Et3N, LiCl, THF, 50℃, 90%; b) NaH, TsCl, THF, rt; c) TBAF, THF, rt, 95%(2steps); d) Cl3CCONCO, CH2Cl2, rt, then Et3N, MeOH, rt, quant.; e) TFAA, Et3N, CH2Cl2,-78to 0℃, then Cl3CCH2OH, rt; f) Zn, AcOH, rt, 98%(2steps). g) NaBH3CN, AcOH, EtOH, reflux; h) Boc2O, CH2Cl2-aq. NaHCO3, rt, 65%(2steps): i) Hoveyda-Grubbs'2nd gen. cat., CPME, reflux.

Scheme4

Reagents and Condltlons: a) TiCl4, i-Pr2NEt, NMP, CH2Cl2,-78℃; 15,-78℃ to rt, 83%; b) NH2NH2・H2O, THF,0℃, 90%; c) HCI in AcOEt, t-BuONO, i-PrOH, 60℃, 95%; d) TiCl4, Et3SiH, CH2Cl2, 0℃, 90%.

Scheme5

Reagents and Condltlons: a) NaBH3CN, AcOH, EtOH, reflux;b) Boc20, CH2Cl2-aq. NaHCO3, rt, 60%(2steps);c) Hoveyda-Grubbs' 2nd gen. cat, toluene, 80℃, 70%.d) Pd(PPh3)4, Ag2CO3, toluene, 100℃, 85%;e) Mg, MeOH, rt;f) Boc20, DMAP, MeCN, rt, quant.(2steps);g) TBAF, THF, rt, 70%;h) Phl(OAc)2, CH2Cl2, rt, 82%;i) NaClO2, NaH2PO4, 2-methyl-2-butene, THF-t-BuOH-H2O, rt;j) TMSCHN2, Et2O-MeOH, rt, 65%(2steps); k) DBU, MeOH,(0.002M), rt;l) TFA, CH2Cl2, rt;m) pyridine, CH3CN, 50℃;n) formalin, AcOH, NaBH3CN, MeOH, rt, 75%(4steps, dr=1.2:1);o)NaOH, H20-EtOH; HClaq., 35%.

審査要旨 要旨を表示する

リゼルグ酸(1)は麦穂などに寄生する麦角菌の産出する麦角アルカロイドの中心骨格をなす分子であり、その誘導体は循環器系や神経系に対して多彩な生理活性を有することが知られている。また、インドールを含む特異な四環性縮環骨格の構築という面から広く有機含成化学者の興味を惹き付け、現在までに多くの全合成が報告されている。当研究室においても異なるアプローチによる二つの合成経路を報告しているが、これらの合成経路は工程数、総収率について問題が残るものであった。そこで梅崎は、リゼルグ酸の効率的な合成経路の確立を目指し本研究に着手した。

まず、梅崎はアルドール反応を利用し上部ユニットであるヘミアミナール4の合成を行った(Scheme1)。L-フェニルアラニンから容易に調整可能なクロトンイミド2に対して四塩化チタンを作用させることでチタンジエノラートを発生させ、そこヘシロキシアルデヒドを作用させることで単一の異性体として3を得た。続いて生じた第二級水酸基をTBS基で保護した後に、水素化ジイソプチルアルミニウムで低温下イミド部位の部分還元を行うことで目的のヘミアミナール4が良好な収率で得られた。

続いて、梅崎は下部ユニットであるアリルアミン11の合成を行った(Scheme2)。牛プロモインドール(5)とアリルアルコール6とをパラジウム触媒とトリエチルポランを用いるアリル化反応の条件に付したところ、高収率、高選択的に望みのアリル化体7が得られた。続く保護基の変換によって得られたアリルアルコール8に対してイソシアン酸トリクロロアセチルを作用させた後、加溶媒分解を行うことでアリルカーバメート9を得ている。得られた9を脱水条件に付したところ、生じたシアネートは速やかに転位反応を起こし、イソシアネートが生成した、このイソシアネートを一度トリクロロエチルカーバメートとして単離した後、還元条件に付すことで目的一のアリルアミン11を合成した。

望みの二つのユニットが合成できたため、梅崎は両ユニットのカップリングと環構築を試みた(Scheme3)。ヘミアミナール4とアリルアミン11との還元的アミノ化反応は円滑に進行し、続いて生じた第二級アミン部位をBoc基で保護することで環化前駆体であるジエン12を得た。しかし、12に対する閉環メタセシス反応は反応点である二重結合周辺の立体障害のため進行しづらく過酷な反応条件が必要であったため、目的の六員環生成物13に加え、二重結合の末端への異性化の後に環化が進行した七員環生成物14が副生成物として得られた。

そこで梅崎は閉環メタセシス反応における副反応の抑制とさらなる合成の効率化を目指し、メチル基を有さないアリルアミン合成法の開発を行った(Scheme4)。上部ユニットでも用いたクロトンイミド2を用いた不斉アルドール反応をインドールカルボアルデヒド15へと適用したところ、高収率かつ高選択的にアルドール反応成績体16を得ることができた。16のイミド部位の窒素官能基への変換は、二重結合の異性化やレトロアルドール反応が競合するため困難を伴うものであったが、梅崎はアシルヒドラジドを経由する変換を行うことで効率よく窒素官能基の導入と酸素官能基の除去が行えることを見出した。すなわち16へとヒドラジンを作用させることでアシルヒドラジド17へ変換し、17に対してニトロソ化を行うことで酸アジドへの変換と続くCutius転位が進行することでオキサゾリジノン18が得られている。最後に18を四塩化チタンとトリエチルシランを用いた還元条件に付すことで、脱炭酸を伴いながら還元反応が進行し、目的のアリルアミン19の合成に成功した。

ヘミアミナール4と得られたアリルアミン19とのカップリングは円滑に進行し、Boc基で保護することで環化前駆体20を得た(Scheme5)。20に対する閉環メタセシス反応は効率的に進行し、高収率で環化体21が得られた。続くHeck反応は再現陸良く行うことが難しかったが、梅崎は炭酸銀を塩基として用いることで再現性良く反応が進行することを見出しリゼルグ酸の主骨格の構築に成功した。得られた22のトシル基は、後の段階で除去することが困難であったため、この段階でBoc基へと変換し23を得た。リゼルグ酸のカルボン酸側鎖は、23の二つのTBS基の除去、ジオールの酸化的解裂、カルボン酸への酸化、メチルエステル化の四工程の変換を経て構築を行い、α,β-不飽和エステル25を得た。続いて分子間でのクライゼン縮合を抑制するため、高希釈条件下DBUを作用させることで二重結合の異性化を行い、さらに二つのBoc基の除去、生じた第二級アミン部位の還元的メチル化を行うことでリゼルグ酸メチルエステルとそのエピマーの混合物27が得られた。最後に、塩基陸条件に付すことでエステルα位の異性化とメチルエステルの加水分解を行いリゼルグ酸(1)の全合成を達成した。総工程数はクロトンイミド2から19段階、総収率は5.5%、平均収率は86%であった。

以上、梅崎はリゼルグ酸の効率的かつ立体選択的な新規合成法を確立した。梅崎が確立した合成経路は、これまで報告されたリゼルグ酸の不斉合成経路の中でも最も平均収率が高いものである。この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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