学位論文要旨



No 128327
著者(漢字) 北原,克志
著者(英字)
著者(カナ) キタハラ,カツシ
標題(和) スピロトリプロス夕チンAの全合成
標題(洋)
報告番号 128327
報告番号 甲28327
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1422号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】スピロトリプロスタチンA(1)は1996年にAspergillus fumigatus BM939の発酵培養株から単離、構造決定されたアルカロイドであり、その生理活性としてtsFT210細胞の細胞周期をG2/M期において阻害する作用が報告されている1。また、1はインドリノンとピロリジン環がスピロ構造を介して連結した特異な構造的特徴を有している。トリプトファンとプロリンに由来するジケトピペラジン環を持つ天然物は多く存在するが、このようなスピロ構造を有する化合物は非常に稀であり、合成化学的にも非常に興味深い。このような背景から本化合物の合成研究が世界中で広く行われており、現在までに3例の全合成が報告されている2。しかしながら、いずれの筆者もまた、独自の合成戦略による本化合物の高収率かっ高立体選択的な合成を目指して研究に着手した。

【逆合成解析】逆合成解析をScheme1に示す。天然物の有するインドリノン、イソプロピリデン部位は合成の終盤にそれぞれ構築することとし、その前駆体としてアニリン2を設定した。さらに2のアニリン窒素原子とエステルカルボニル部位を逆合成的に結合することで7員環ラクタム3へと導き、本合成の鍵中間体として設定した。ここで、合成上最も困難が予想される3の不斉四級炭素はアリールブロミド4に対する分子内Heck反応により構築することを計画した。これにより、あらかじめ構築した18位の不斉中心をもとに3位不斉四級炭素を立体選択的に構築することが可能だと考えられる。4は対応するa,b-不飽和ケトン5の二重結合部位を還元することにより導くこととし、さらに5は波線で示した部位で逆合成的に切断することで、アルデヒド6および2つのアミノ酸7、8から合成できると考えた。

【結果・考察】N-Cbz-L-ヒドロキシプロリン(9)とL-プロリンメチルエステルトシル酸塩(10)との縮合反応と第二級水酸基の酸化を行うことでジペプチド11とした(Scheme2)。続いてカルボニル基をケタールとして一時的に保護し、Cbz基の除去、ケトンの再生を順次行うことでジケトピペラジン骨格を有するケトン12を合成した。次に、得られた基質に対する炭素鎖の伸長を試みた。12から位置選択的に調製したシリルエノールエーテル13と別途調製したアルデヒド6との向山アルドール反応、生じた第二級水酸基の脱水反応を行うことでa,b-不飽和ケトン14へと導いた。得られた14に対してロジウム触媒を用いた接触還元を試みたところ、二重結合の還元反応は高い立体選択性で進行し、望みの立体化学を有するケトン15を主生成物として与えた(dr=10:1)。続いて得られた15からHeck反応前駆体である三置換オレフィン4への変換を試みた。Wittig反応に代表される1段階でのオレフィン化を種々検討したが、18位不斉点の異性化のみが観測され4を得ることはできなかった。検討の結果、15はアリル位プロモ化体を経由する3段階の変換により目的の4へ導くことができ、これにより分子内Heck反応前駆体の合成に成功した。得られた4に対する分子内Heck反応は円滑に進行し、望みの五環性化合物16を高収率かつ単一の異性体として与えた。以上で3位不斉四級炭素を有する基質を合成することに成功した。ここで、得られた16から鍵中間体である7員環ラクタム3へと導くには16に対してベンジル位酸化と芳香環上への窒素原子の導入を行う必要がある。そこで16のベンジル位酸化を種々検討したが目的のケトン17を得ることはできなかった。

先の結果から合成途中でのベンジル位酸化は困難であることが示唆されたため、あらかじめ酸素官能基を側鎖に有する基質を改めて合成することとした(Scheme3)。先に合成したシリルエノールエーテル13とa-シロキシアセトアルデヒド18との向山アルドール反応と続く脱水反応により側鎖に酸素官能基を有するa,b-不飽和ケトン19を合成した。19に対する接触還元は14の還元と同様円滑に進行し、高い立体選択性で望みのケトン20を与えた(dr=14:1)。続くケトンから三置換オレフィンへの変換では、三級アリルアルコールの転位反応を臭化チオニルを用いて行うことによりアリルブロミドを単一の幾何異性体として得ることに成功し、さらにアリル位臭素原子とシリル基の除去を経てアルコール21へと変換した。21を酸化しアルデヒドとしたのち、アリール金属種223の付加反応と生じた水酸基の酸化を行うことで分子内Heck反応前駆体23へと導いた。鍵となる23からの分子内Heck反応は円滑に進行し、望みの五環性化合物17を完全な選択性で与えた。これにより3位不斉四級炭素を構築するとともに、ベンジル位に適切な酸化段階を有する基質の合成に成功した。

17に対する窒素原子の導入にはBeckmann転位を用いることを計画し、2段階の変換によりオキシムメシラート24を調製した(Scheme4)。種々条件を検討したところ、Beckmann転位は四塩化チタンを用いた場合に進行することを見出し、望みの7員環ラクタム3を得ることに成功した。アミド窒素原子へのBoc基の導入と7員環ラクタムの加メタノール分解ののち、二重結合のオゾン分解によりヘミアミナール26へと導き、続く酸化によりスピロインドリノン部位を構築した。続いて27のBoc基の除去とエステル部位へのメチル基の付加反応により三級アルコール28としたのち、最後に酸性条件下での脱水反応を行うことで天然物スピロトリプロスタチンA(1)の全合成を達成した。

1)(a)Cui,C.-B.;Kakeya,H.;Osada,H.J.Antibiot.1996,49,832.(b)Cui,C.-B.;Kakeya,H.;Osada,H.Tetrahedron1996,52,12651.2)(a)Edmondson,S.D.;Danishefsky,S.J.Angew.Chem.Int.Ed.1998,I22,5666.(b)Onishi,T.;Sebahar,P.R.;Williams,R.M.Org.Lett.2003,5,3135.(c)Miyake,F.Y.;Yakushijin,K.;Home,D.A.Org.Lett.2004,6,4249.3)Krasovskiy,A.;Knochel,P.Angew.Chem.Int.Ed.2004,43,3333

Scheme1

Scheme2

Reagents and condltlons:(a)L-Pro-OMe・TsOH(10),EDHCl・HCl,Et3N,CH2Cl2,rt,90%(b)TEMPO,NaOCl aq.,KBr,sat.NaHCO3aq.,CH2Cl2,O℃91%;(c)TsOH・H2O,CH(OMe)3,MeOH,40℃;(d)H2,Pd/C,MeOH,rt;(e)4M HCl-1,4-dioxane,acetone,rt,87%(3 steps);(f)TBSOTF,Et3N,CH2Cl2,0℃1,99%;(g)6,BF3・OEt2,CH2Cl2,-40℃,85%;(h)Tf2O,pyridine,CH2Cl2,0℃,91%;(i)H2,Rh/AI2O3,EtOAc,RT;(J)CH2=CHMgBr,THF,-78℃,65%(2 steps);(k)HBr/AcOH,CH2Cl2,rt;(l)LiBHEt3,THF,-78℃,70%(2 steps);(m)Pd2(dba)3,(σ-tol)3P,Et3N,1,4-dloxane,reflux,95%

Scheme3

Reagents and conditlons:(a)2-((triisopropylsilyl))oxy)acetaldehyde(18),BF3・OEt2,CH2Cl2,-40℃,83%;(b)Tf2O,pyridine,CH2Cl2,0℃,92%;(c)H2,Pd/C,EtOAc,rt;(d)CH2=CHMgBr,THF,-78℃;(e)SOBr2,pyridirle,CH2Cl2,-20℃,67%(3 steps);(f)LiBHEt3,THF,-20℃,91%;(g)HF・pyridine,THF,rt,97%;(h)Dess-Martin periodinane,CH2Cl2,rt,84%;(i)2-bromo-5-methoxyiodobenzene,i-PrMgCl-LiCl,THF,-78℃;(j)Dess-Martin periodinane,CH2Cl2,reflux,84%(2 steps);(k)Pd2(dba)3,(σ-tol)3P,Et3N,toluene,reflux,97%

Scheme4

Reagents and conditions:(a)NH2OH・HCl,NaOAc,EtOH,50℃,82%;(b)MsCL,Et3N,CH2Cl2,rt,87%;(c)TiCl4,CH2Cl2,rt,86%;(d)Boc2O,DMAP,MeCN,rt,96%;(e)K2CO3,MeOH,reflux;(f)O3,CH2Cl2-MeOH,-78℃;Me2S,-78℃tort;(g)Jones reagent,acetone,0℃,55%(3 steps);(h)TFA,CH2Cl2,0℃;(i)MeMgBr,THF,rt,24%(2 steps);(i)TsOH・H2O,Na2SO4,toluene,reflux,91%

審査要旨 要旨を表示する

スピロトリプロスタチンA(1)は1996年にAspergillus fumigatus BM939の発酵培養株から単離、構造決定されたアルカロイドであり、その生物活性としてマウス乳がん細胞tsFT210の細胞周期をG2/M期において阻害する作用が報告されている。また、1はインドリノンとピロリジン環がスピロ構造を介して連結した特異な構造的特徴を有している。トリプトファンとプロリンに由来するジケトピペラジン構造を有する天然物は多く存在するが、このようなスピロ構造をもつ化合物は非常に稀であり、合成化学的にも興味深い。このような背景から本化合物の合成研究が世界中で広く行われており、現在までに3例の全合成が報告されているものの、中央ピロリジン環に密集する3つの不斉中心を高い選択性で構築した例は報告されていない。そこで北原は独自の合成戦略による本化合物の高立体選択的な全合成を目指し研究に着手した。

北原は、天然のアミノ酸であるtrans-4-ヒドロキシ-L-プロリンを活用して天然物の有する不斉中心を構築することを試みた(Scheme1)。N-Cbz-L-ヒドロキシプロリン(2)とL-プロリンメチルエステルトシル酸塩(3)との縮合反応と第二級水酸基の酸化を行うことでジペプチド4とした。続いてカルボニル基をケタールとして一時的に保護し、Cbz基の除去、ケトンの再生を順次行うことでジケトピペラジン構造を有するケトン5を合成した。次に、得られた基質に対する炭素鎖の伸張を試みた。5から位置選択的に調製したシリルエノールエーテル6と別途調製したアルデヒド7との向山アルドール反応、生じた第二級水酸基の脱水反応を行うことでa,β-不飽和ケトン8へと導いた。得られた8に対してロジウム触媒を用いた接触還元を試みたところ、二重結合の還元反応は高い立体選択性で進行し、望みの立体化学を有するケトン9を主生成物として与えた(dr=10:1)。続いて分子内Heck反応により天然物の有する3位四級不斉中心を構築することを計画し、得られた9からHeck反応前駆体である三置換オレフィン10への変換を試みた。Wittig反応に代表される1段階でのオレフィン化を種々検討したが、18位不斉点の異性化が観測されるのみであり目的の10を得ることはできなかった。検討の結果、9はアリル位ブロモ化体を経由する3段階の変換により目的の10へと導くことができ、これにより分子内Heck反応前駆体の合成に成功した。得られた10に対する分子内Heck反応は円滑に進行し、望みの五環性化合物11を単一の異性体として与えた。以上により3位四級不斉中心の構築に成功した。得られた11から天然物へと導くためには芳香環上への窒素原子の導入が必要であるため、次に窒素原子導入の足がかりとして11に対するベンジル位酸化を試みた。しかしながら、種々条件検討を行っても11から12への変換を行うことはできなかった。

先の結果から合成途中におけるベンジル位酸化は困難であることが示唆されたため、あらかじめ酸素官能基を側鎖に有する基質を改めて合成することとした(Scheme2)。先に合成したシリルエノールエーテル6とa-シロキシアセトアルデヒド13との向山アルドール反応と続く脱水反応により側鎖に酸素官能基を有するa,β-不飽和ケトン14を合成した。14に対する接触還元は8の還元と同様円滑に進行し、高い立体選択性で望みの15を与えた(dr=14:1)。続くケトンから三置換オレフィンへの変換では、三級アリルアルコールの転位反応を臭化チオニルを用いて行うことでアリルブロミド16を単一の幾何異性体として得ることに成功した。16は臭素原子の還元的な除去と脱シリル化を行うことでアルコール17へと導いた。17を酸化してアルデヒドとした後にアリール金属種18の付加反応と生じた水酸基の酸化を行うことで分子内Heck反応前駆体19へと導いた。鍵となる19からの分子内Heck反応は円滑に進行し、望みの五環性化合物12を完全な選択性で与えた。これにより3位四級不斉中心を構築すると同時にベンジル位に適切な酸化段階を有する基質の合成に成功した。

12に対する窒素原子の導入にはBeckmann転位を用いることを北原は計画し、2段階の変換によりオキシムメシラート20を調製した(Scheme3)。種々条件を検討したところ、Beckmann転位は四塩化チタンを用いた場合に進行することを見出し、望みの7員環ラクタム21を得ることに成功した。続いてアミド窒素原子へのBoc基の導入と7員環ラクタムの加メタノール分解の後、二重結合のオゾン分解によってヘミアミナール23へと導き、さらにJones酸化を行うことでスピロインドリノン部位を構築した。続いて24のBoc基の除去とエステル部位へのメチル基の導入を行い第三級アルコール25とした後、最後に酸性条件下での脱水反応を行うことでスピロトリプロスタチンA(1)の全合成を達成した。

以上北原はスピロトリプロスタチンAの高立体選択的な新規合成経路を確立した。北原が確立した合成経路は既存のものに比べ高い立体選択性で進行することが特徴である。また天然物の全合成を通して、一般性のある多置換ピロリジンの立体選択的な合成経路を提示したことも大きな特徴である。これらの結果は薬学研究に寄与すること大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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