学位論文要旨



No 128329
著者(漢字) 鈴木,優太
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ユウタ
標題(和) チオアミドアを求核剤として用いた触媒的不斉炭素一炭素結合形成反の開発おび医薬品合成ヘの応用
標題(洋)
報告番号 128329
報告番号 甲28329
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1424号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 准教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

【論文の概要】

有機合成の進歩が医薬品や機能材料の大量合成を容易としたことで我々の生活水準は向上した。しかし現状の有機合成反応の多くは目的物以上の廃棄物を伴うもので、これは環境調和の観点から改善の余地を残すものであることから、これら廃棄物を極力抑制しうる合成法の開発が近年盛んに行われている。

触媒的不斉C-C結合形成反応は、触媒による反応促進と立体制御によって効率的に不斉炭素骨格を形成させるタイプの化学反応であり、当研究室ではこれを基質問のプロトン移動のみで進行させることによって原子効率100%の触媒反応を構築することを目標としている。そして近年、当研究室においてソフトLewis酸であるCu(I)と種々のハードBronsted塩基及び不斉配位子を組み合わせた協奏機能触媒を用いることでソフトなLewis塩基を持つニトリル、末端アルキン、アリルシアニドのケトンやアルデヒドに対する付加反応がプロトン移動のみで進行することを見出した。本触媒系はCu(I)と求核種前駆体のソフト-ソフト相互作用が重要と考えられる。その後、求核種前駆体としてチオアミドを用いた場合でも同様にアルドール反応やMannich型反応が進行することが分かった。チオアミドはエステルをはじめとしたカルボン酸酸化状態にある求核種前駆体のシリーズに含まれる官能基

触媒的不斉C-C結合形成反応は、触媒による反応促進と立体制御によって効率的に不斉炭素骨格を形成させるタイプの化学反応であり、当研究室ではこれを基質問のプロトン移動のみで進行させることによって原子効率100%の触媒反応を構築することを目標としている。そして近年、当研究室においてソフトLewis酸であるCu(I)と種々のハードBronsted塩基及び不斉配位子を組み合わせた協奏機能触媒を用いることでソフトなLewis塩基を持つニトリル、末端アルキン、アリルシアニドのケトンやアルデヒドに対する付加反応がプロトン移動のみで進行することを見出した。本触媒系はCu(I)と求核種前駆体のソフト-ソフト相互作用が重要と考えられる。その後、求核種前駆体としてチオアミドを用いた場合でも同様にアルドール反応やMannich型反応が進行することが分かった。チオアミドはエステルをはじめとしたカルボン酸酸化状態にある求核種前駆体のシリーズに含まれる官能基であり、多様な官能基変換が可能であることから有機合成化学的に重要な官能基とみなさる。

このような背景から、著者は本学博士課程においてチオアミドを求核剤として用いた触媒的不斉C-C結合形成反応に関する二点の検討を行ったので報告する。本稿ではこれら2点の項目に関してそれぞれ1つの章を設けて記述した。すなわち、第2章にて本触媒系の共役付加反応への応用に関する検討の結果を記述し、第3章にてチオアミドの触媒的不斉ダイレクトアルドール反応を鍵段階とした抗欝薬(S)-duloxetineの合成に関する検討の結果を記述した。以下に具体的な概要を示す。

第2章では【チオアミドを求核種前駆体として用いた触媒的不斉分子内共役付加反応】に関して述べた。不斉共役付加反応は種々の不斉炭素骨格を与える汎用的な炭素―炭素結合形成反応であるが、これまでの報告では求核剤として種々の有機金属試薬を用いるか、求核種前駆体として活性メチレン、アルデヒド、ケトンを用いた触媒反応に限られており、合成的有用性の高いエステル等のカルボン酸酸化状態にある求核剤前駆体ついては、そのa位酸性度の低さゆえに触媒反応の報告はこれまでなされていなかった。このような背景から、題目の研究は有意義である。まず分子内反応を検討した。種々の求電子剤を検討したものの、いずれの場合も反応は進行しなかった。そこで分子間反応を検討したところ、求核剤と求電子剤をアルキル鎖および芳香環で連絡した基質で反応は円滑に進行した。アルキル鎖で連絡した基質では中程度のee,drに留まったものの、芳香環で連絡した基質では高い立体選択性を与えた。反応性と立体選択性は、求核剤と求電子剤の残基によって大きく変化した。最良の残基の組み合わせを見出した後、最適な触媒条件を検討した(Table 1)。ソフトなルイス酸として[Cu(CH3CN)4]PF6、不斉リン配位子として(S,S)-Ph-BPE、ハードなBronsted塩基としてLi(OC6H4-p-OMe)からなる触媒系によりanti選択的に分子内反応が進行した(entry l)。DMFが最良の溶媒であり(entry 1-3)、反応温度を-40℃に低下させることでエナンチオ選択性が79%eeまで向上した(entry 4)。配位子を(S)-Xyl-P-Phosへ変更することでエナンチオ選択性が86%eeまで向上し(entry 5)、銅の対アニオンをSbF6-に変更することで収率が90%まで改善した(entry 6)。DMF中においては、Bronsted塩基の塩基性が上昇することで銅非存在下でも反応が進行し、syn体の生成物を得た(entry7,8)。

次に、得られた最適条件(Table 1,entry 6)を用いて基質一般性の検討を行った(Table 2)。電子吸引基を芳香環上に持つ基質では反応が円滑に進行した一方で(2b-c)、電子供与基を持つ場合は、その供与能に比して収率の低下が見られた(2d,e)。ナフチル基を有する基質ではジアステレオ選択性が下がるものの、eeは向上した(2f)。リンカーの位置が異なる基質では立体選択性が低下した(2g)。六員環生成物を与える基質では、反応性は低いが非常に高い立体選択性を示した(2h)。アルキル基のリンカーでは、高い反応性を示す一方で立体選択性が低下した(2i)。エステルのリンカーでは反応性が低下した(2j)。これは、エステルのアルコキシ基がトランス型のためと考えられる。リンカーの一部が酸素で置換された基質では、立体選択性が大きく低下した(2k)。

我々はこれまで、本触媒系の高反応性はフェノキシドを介するプロトン移動に起因すると考えていた。しかし今回、有機銅のMesCuを触媒として用いた場合でも反応が円滑に進行することが分かった。以下に基質一般性を示す(Table 3,カッコ内は従来型触媒での結果を意味する)。無置換及びCl置換の基質ではいずれも反応が20時間で完結し、2bの生成物はanti選択性の低下がみられた(entry 1-3)。電子供与基のMeOで置換された基質でも反応性が大幅に向上し、drの低下を伴うことなく反応が完結した(entry 4)。メチル置換の基質でも20時間で高収率にて生成物を与えた(entry 5)。六員環の生成物を与える基質でもdrの低下を伴わず収率が大きく向上した(entry 6)。

それぞれの触媒系での反応機構及び反応性の違いを考察した。従来型の触媒(Scheme1,A)では、高いBronsted塩基性の反応中間体であるエステルエノラート4による系中のフェノール(HOAr)の脱プロトン化に続いてフェノキシド(LiOAr or Cu*OAr)による原料のチオアミド1が脱プロトン化されるという、段階的なプロトン移動による触媒サイクルがなされている。一方でMesCu触媒(Scheme 1,B)ではエステルエノラート4が原料のチオアミド1を脱プロトン化するという直接的なプロトン移動が進行するため、従来触媒と比較して効率的な触媒サイクルとなっている。

本反応生成物の官能基変換を行った(Scheme 2)。検討の結果、共役付加体1aからヒドロキシアミン5、アミド6、チオエステル7への変換が円滑に進行した。

第3章では【触媒的不斉アルドール反応を鍵工程とした(S)-duloxetineの合成】に関して述べた。本触媒系を用いたプロトン移動によるチオアミドの触媒的不斉アルドール反応は当研究室により報告されているが、本反応の医薬品合成への応用例はいまだ少ないため、著者は本反応を鍵反応とする抗欝剤(S)-duloxetineの不斉合成を検討した。ここで(S)-duloxetineは既に工業スケールで製造されていることから、大量合成を志向した効率的合成法を念頭におく必要がある。まず鍵段階のアルドール反応の検討を行った。本反応はチオアミドの窒素上置換基によって反応性が大幅に変化するため、まず置換基の最適化を行った(Table 4)。種々検討の結果、ジアリル体9aが最も良い結果を与えた。

続いて、本合成のアルドール反応においてネックとなる高価な不斉配位子Ph-BPEを効率的に回収しうる合成ルートを検討した。その結果、不斉アルドール反応後に未精製でLiAlH4還元を行うことで光学活性アミノアルコール10を得ると共にPh-BPEを89%回収することに成功した(Scheme3上段)。この回収したPh-BPEを用いて触媒的不斉ダイレクトアルドール反応を検討したところ、未使用のPh-BPEで68%の生成物10を与えた条件にて45%の生成物10を与えた(Scheme 4)。続いて、10のallyl保護基をPd触媒下除去することで1級アミン11を得た(Scheme 3下段)。最終的に、既存の反応経路を経ることで(S)-duloxetineをトータル収率22%で得た。

Table1.初期検討

Table2.基質一般性

Table3.MesCu触媒での基質一般性

1Result in partheses is obtained from

Cu(CH3CN)4SbF6/(S)-Xyl-P-Phos/Li(OC6H4-p-OMe)catalyst(Table 2)

Scheme1.推定触媒サイクル

Scheme2.生成物の官能基変換

A.Cu(CH3CN)4SbF6/(S)-Xyl-P-Phos/Li(OC6H4-p-OMe)catalyst(Table2)

B.Mesitylcopper/(S)-Xyl-P-Phos catalyst(Table3)

Table3.基質の最適化

Scheme4.回収したPh-BPEでの反応

Scheme3.(S)-Duloxetineの合成

aYield was determined by1HNMR analysis of the crude mixture.

bMesCu/(S,S)-Ph-BPE(5 mol%)were used instead.

審査要旨 要旨を表示する

鈴木優太は、「チオアミドを求核剤として用いた触媒的不斉炭素―炭素結合形成反応の開発および医薬品合成への応用」というタイトルで、以下の述べる2種類の研究を行った。

(1)チオアミドを求核種前駆体として用いた触媒的不斉分子内共役付加反応

廃棄物を極力抑制しうる有機合成法の開拓は環境調和の観点から重要であるため近年盛んに研究が行われており、中でも触媒を用いるアプローチがとりわけ積極的になされている。これまでに種々の効率的な触媒的炭素-炭素結合形成反応が開発されてきたが、求核種前駆体としてエステルなどのいわゆるカルボン酸酸化状態にある官能基を用いる場合、そのa位酸性度の高さゆえに触媒的活性化は一般的に困難であるため、今後の進展が期待されている。そこで鈴木は、カルボン酸酸化状態にある官能基の一つであるチオアミドを用いた触媒的不斉共役付加反応に取り組んだ。

まず触媒系の検討を行った結果、当研究室が有するソフトメタルである1価銅とソフトな官能基の選択的相互作用による活性化の知見を元に、ソフトLewis酸のCu(CH3CN)4SbF6、ハードBronsted塩基のLi(OC6H4-pOMe)、不斉リン配位子の(S,S)-Xyl-P-Phosからなる協奏機能触媒を用いた際に望みの共役付加体が原子効率100%で与えられることを見出した(Table 1)。用いる銅錯体のカウンターアニオンはその配位性が低いほど好ましく、PF6-やCIO4-と比較してSbF6-がより良好な結果を与えた。現時点では分子内反応のみに留まっているものの、芳香環やアルキル鎖などで連結され、種々の置換基を持つ基質に対して良好なdrとeeを与えた。ただし基質によっては低収率に留まったことから、これらを改善すべくさらなる触媒系の改善が試みられている。すなわち、触媒としてmesitylcopperを用いた際に、例えば基質2dでは収率が4%から92%にまで改善するなど、大幅に反応性が向上することが見出された。従来型の触媒系では原料のチオアミドとチオアミドエノラートとの間に平衡が存在する一方でmesitylcopper触媒では平衡が完全にチオアミドエノラートに収束していることから、mesitylcopper触媒はより高い触媒活性を示すものと考えられる。

チオアミドは一般的に合成中間体として優れた官能基であり、実際に本反応生成物についてもワンポットで対応するアミノアルコール、チオエステル、アミドなどのキラルビルディングブロックに変換が可能であった。

(2)チオアミドの触媒的不斉ダイレクトアルドール反応を利用した(S)-Duloxetineの合成プロトン移動によるチオアミドの触媒的不斉アルドール反応は既に鈴木の所属研究室により開発されているが、本反応の医薬品合成への応用例はいまだ少なく、このような背景から鈴木は本反応を鍵反応とする抗鬱剤(S)-duloxetineの不斉合成を検討した。ここで(S)-duloxetineは既に工業にスケールで製造されていることから、とりわけ大量合成を志向した効率的合成法を念頭におく必要がある。そこで鈴木は、アルドール反応に必須である高価な不斉配位子Ph-BPEの効率的回収を踏まえた合成ルートを検討した。その結果、不斉アルドール反応後に未精製でLiAlH4還元を行うことで光学活性アミノアルコール5を得ると共にPh-BPEを89%回収することに成功した(Scheme 3上段)。回収したPh-BPEは容易に再結晶で精製することで不斉アルドール反応に再利用することが可能であった。続いて、5のallyl保護基をPd触媒下除去することで1級アミン6を得た(Scheme 3下段)。最終的に、既存の反応経路を経ることで(S)-duloxetineをトータル収率22%で得た。従来報告されている合成ルートが炭素骨格を構築した後にIrなどの高価な金属触媒を用いて不斉炭素を導入する手法を採用しているのに対して、本手法は安価なCu触媒によって炭素骨格と不斉炭素を同時た導入できるうえに高価な配位子がほぼ全量回収可能であるため効率的な合成法といえる。

以上のように、鈴木の業績は新しい不斉触媒反応の開発と医薬品等の生物活性化合物の触媒的不斉合成に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

UTokyo Repositoryリンク