学位論文要旨



No 128332
著者(漢字) 杜,垚
著者(英字)
著者(カナ) ト,ギョウ
標題(和) 脱炭酸による求核剤の生成を経た触媒的不斉Michael 型反応の開発
標題(洋) Catalytic Asymmetric Michael-Type Reaction via Decarboxylative Nucleophile Generation
報告番号 128332
報告番号 甲28332
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1427号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

キラルビルディングブロックの触媒的不斉合成は医薬合成において重要である。その中で、三置換炭素-四置換炭素が隣接する化合物の不斉合成は、立体障害やプロキラル炭素上における置換基の類似性のため、非常にチャレンジングである。本研究室で開発された銅触媒による脱炭酸的不斉Mannich 型反応はそれらの化合物を合成する手法の-つであり、そのさらなる展開として、脱炭酸的不斉Michael 型反応を開発することを本研究の目的とした。また、本反応によって得られる生成物は官能基変換により多くのキラルビルディングブロックの合成に応用できるため、医薬合成への貢献が期待される。

【脱炭酸によるsyn 選択的触媒的不斉Michael 型反応の開発】

当研究室の殷亮博士は、銅触媒によるシアノカルボン酸とイミンの間の脱炭酸的不斉Mannich型反応の開発に成功している1)。脱炭酸による求核剤の生成は自然界における酵素反応では見られるが、人工触媒的不斉合成に用いられたのはこの反応が初めてである。Michael 型反応の開発にあたって、プレ求核剤として、マロン酸ハ-フエステル4a を最初に選択した(Scheme 1)。しかし、CuOAc-DTBM-SEGPHOS 錯体存在下において、ニトロスチレン1a を4a と反応させたところ、脱炭酸が起きたものの、Michael 付加は進行しなかった。求核剤を系中で生成させるために、銅とニトリル基の間の相互作用が必要と考え(Scheme 2)、4a の代わりに、シアノカルボン酸2aを用いたところ、収率83%、1/1.7 のジアステレオ選択性、76%のエナンチオ選択性にて目的物3aa が得られた(Scheme 1)。

次に、反応条件の最適化の検討を行った。溶媒をTHF からtBuOMe に変えることで反応性の著しい向上が見られた。また、CuOAcの他に種々の銅触媒を試した。CuF2・2H2O から還元的に系中でCuF-DTBMSEGPHOS錯体を調製し、これを触媒として用いたところ、より高いジアステレオ選択性とエナンチオ選択性にて目的物を与えることが見出された。さらに詳細な検討を行ったところ、反応濃度の希薄化やアディティブの添加がジアステレオ選択性とエナンチオ選択性の向上に寄与することを発見した。-40 oC で、0.02 M のtBuOMe 中、CuF-DTBM-SEGPHOS 錯体及びcobalt benzoylacetonate 添加剤存在下において、ニトロオレフィン1 とシアノカルボン酸2 を反応させることで、目的物3 が得られ、最高dr>1/99、ee>99%まで、ジアステレオ選択性とエナンチオ選択性を向上させることに成功した(Table 3)。この反応条件は芳香族、脂肪族ニトロオレフィン双方に対して適用可能である

本反応の触媒サイクルを以下のように推定した。脱炭酸により生成されるCu ケテンイミンは触媒錯体により立体的に制御され、その軸不斉が決められると考えている。ニトロオレフィンはニトロ基からCu に配位しながら立体障害を一番軽減する配置でケテンイミンに近づき、マイケル付加反応が進行したと考えられる。また、ニトロオレフィンはCo にも配位することによってより電子不足になり、電子豊富なケテンイミンとより強いパイーパイインタラクションを形成できることが、Co が選択性を若干上昇させる要因であろうと提唱した。

本反応は高い選択性と基質一般性を発現し、弱酸性から中性に近いマイルドな条件下で進行することが特徴である。また、本反応は脱炭酸による求核剤の生成が人工触媒的不斉合成に適用できる範囲を拡大した。

【脱炭酸によるanti 選択的触媒的不斉Michael 型反応の開発】

開発されたMichael 型反応を医薬合成に応用する目的で、これまで不斉合成法が確立されていなかった塩酸レボカバスチンの触媒的不斉合成を目指した。塩酸レボカバスチンはアレルギー症状を抑える点眼薬や点鼻薬として用いられ、花粉症にも適用される。塩酸レボカバスチンは二つの六員環構造を持ち、化合物6 と化合物7 から合成できる(Scheme 4)。逆合成解析からわかるように、化合物8 の二つの不斉炭素の相対配置から、化合物8 はanti 体であると判断できる。したがって、塩酸レボカバスチンを触媒的に不斉合成するために、脱炭酸によるanti選択的触媒的不斉Michael型反応の開発が必要になる。

これまで当研究室の王健一らは、CuTC-QUINAP 錯体がanti ジアステレオマーを与えることを見出した。しかし、反応性及び選択性は共に中程度であったため、不斉合成に至ることが出来なかった。また、プレ求核炭素上の置換基が嵩高いアリル基でないと行けない制限から、より一般的に適用できるanti 選択的マイケル型反応を開発しようと考えました。まず、私は触媒錯体の選択に着目し、初期検討を開始した。

-40 ℃ のTHF 中、CuOAc-QUINAP 錯体存在下において、ニトロスチレン1a とシアノカルボン酸2a を反応させたところ、収率40%、5.1/1 のジアステレオ選択性、15%のエナンチオ選択性にて目的物3aa'が得られた(Table 5, entry 1)。種々のキラル配位子を試したところ、Taniaphos やMandyphos などのFerrocene 配位子はエナンチオ選択性を向上させることを発見した。CuOAc-NMe2-PXyl2-Mandyphos 錯体を用いた場合、エナンチオ選択性は64%まで上昇した(Table 5, entry4)。

さらに詳細な検討を行った。銀やパラジウムなどを金属源として用いても、CuOAc ほど良い結果が得られなかった。また、反応濃度の希薄化がエナンチオ選択性の向上、アディティブの添加がジアステレオ選択性の向上に大いに寄与することを見出した。-40 oC で、0.1 M のTHF 中、CuTC-NMe2-PXyl2-andyphos 錯体、モレキュラシーブ5A 及びマグネシウムジイソプロポキサイド存在下において、ニトロスチレン1 とシアノカルボン酸2 を反応させることで、ジアステレオ選択性の更なる改善の余地を残したものの、最高収率99%、3.6/1 のジアステレオ選択性、88%のエナンチオ選択性にて目的物3'を得ることに成功した(Scheme 6)。

現在、脂肪族ニトロオレフィンを用いた基質一般性と塩酸レボカバスチンの合成ルートを検討している。本反応は基質制限を克服できるポテンシャルを持ち、塩酸レボカバスチンの不斉合成に応用できる可能性が高いとされている。

1) Yin, L.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2009, 31, 9610.2) Du, Y.; Wang, J-Y.; Yin, L.; Kanai, M.; Shibasaki, M. manuscript in preparation.

Scheme 1. Substrate Options

Scheme 2. Decarboxylative Nucleophile Generation

Table 3. Catalytic Asymmetric Decarboxylative Michael Reaction

Scheme 4. Retrosynthesis of Levocabastine Hydrochloride

Table 5. Optimization Studies

Scheme 6. anti-Selective Catalytic Asymmetric Decarboxylative Michael Reaction

審査要旨 要旨を表示する

杜〓は、「脱炭酸による求核剤の生成を経た触媒的不斉Michael型反応の開発」というタイトルで、以下の述べる研究を行った。

【脱炭酸によるsyn選択的触媒的不斉Michael型反応の開発】

キラルビルディングブロックの触媒的不斉合成は医薬合成において重要である。

その中で、三置換炭素―四置換炭素が隣接する化合物の不斉合成は、立体障害やプロキラル炭素上における置換基の類似性のため、非常にチャレンジングである。また、脱炭酸による求核剤の生成は自然界における酵素反応で見られるが、人工触媒的不斉合成に用いられるのは稀である。本研究室で開発された銅触媒による脱炭酸的不斉Mannich型反応は脱炭酸による求核剤を経てそれらの化合物を合成する手法の一つであり、そのさらなる展開として、杜は脱炭酸的不斉Michael型反応を開発した。

Michael型反応の開発にあたって、杜はプレ求核剤として、マロン酸ハーフエステルを最初に選択した(Scheme 1)。しかし、CuOAc-DTBM-SEGPHOS錯体存在下において、ニトロスチレンをマロン酸ハーフエステルと反応させたところ、脱炭酸が起きたものの、Michael付加は進行しなかった.これはリガンドに配位したソフトなCuと酸素との相互作用により、脱炭酸を経て生成されるCuエノラートが、α位に二つの置換基を有するため、Michael付加まで進行する活性を持っていないからだと杜は考えた。それに対して、マロン酸ハーフエステルの代わりにシアノカルボン酸を用いれば、リガンドに配位したソフトなCuとニトリルの相互作用により、脱炭酸を経て生成されるCuエノラート等価体であるCuケテンイミンは、アレン構造のため立体障害が軽減されることから、マイケル付加の進行に十分な活性を有する求核剤であると予測し(Scheme 1)、シアノカルボン酸を用いてニトロオレフィンへのマイケル付加反応を試したところ、反応はスムーズに進行した。

さらに、CuOAcの代わりにCuF2・2H2Oから還元的に系中でCuF-DTBM-SEGPHOS錯体を調製してこれを触媒として用いることやcobalt benzoylacetonate添加剤の使用などがジアステレオ選択性とエナンチオ選択性の向上に寄与することを見出した(Scheme 2)。生成物の絶対配置をX線構造解析の手法で決め、それに基づいて本反応の触媒サイクルを推定した。脱炭酸により生成されるCuケテンイミンは触媒錯体により立体的に制御され、その軸不斉が決められ、ニトロオレフィンはニトロ基からCuに配位しながら立体障害を一番軽減する配置でケテンイミンに近づき、マイケル付加反応が進行したと提唱した。また、ニトロオレフィンはCoにも配位することによってより電子不足になり、電子豊富なケテンイミンとより強いパイーパイインタラクションを形成できることは、Coが選択性を若干上昇させる要因であろうと提唱した。

本反応は高い選択性と基質一般性を発現し、弱酸性から中性に近いマイルドな条件下で進行することが特徴である。また、本反応は脱炭酸による求核剤の生成が人工触媒的不斉合成に適用できる範囲を拡大し、官能基変換により多くのキラルビルディングブロックの合成に応用することで医薬合成への貢献が期待される。

【脱炭酸によるanti選択的触媒的不斉Michael型反応の開発】

杜は開発したMichael型反応を医薬合成に応用する目的で、これまで不斉合成法が確立されていなかった塩酸レボカバスチンの触媒的不斉合成を目指し、anti選択的触媒的不斉Michael型反応の開発を行った。当研究室では、プレ求核炭素上の置換基が嵩高いアリル基である場合、CuTC-QUINAP錯体が中程度のジアステレオ選択性とエナンチオ選択性にてantiジアステレオマーを与えることが確認された。しかし、反応性及び選択性は共に中程度であり、適用できる基質も制限されていた。杜はより一般的に適用できる基質を用いて、CuTC-NMe2-PXyl2-Mandyphos錯体を触媒として用いると、より高い選択性で反応が進行することを見出した(Scheme3)。

ジアステレオ選択性の更なる改善の余地を残したものの、高収率、高エナンチオ選択性で目的物を得ることに成功している。現在、脂肪族ニトロオレフィンを用いた基質一般性を検討している。本反応は基質制限を克服できるポテンシャルを持ち、塩酸レボカバスチンの不斉合成に応用できる可能性が高いとされている。

以上のように、杜の業績は新しい不斉触媒反応の開発と医薬品等の生物活性化合物の触媒的不斉合成に有意に貢献するものであり、博士(薬学)の授与に相当するものと判断した。

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