学位論文要旨



No 128333
著者(漢字) 藤間,達哉
著者(英字)
著者(カナ) トウマ,タツヤ
標題(和) (+)-Manzamine A 及びEcteinascidin 743 の全合成研究
標題(洋)
報告番号 128333
報告番号 甲28333
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1428号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 横島,聡
 東京大学 講師 脇本,敏幸
内容要旨 要旨を表示する

第1部 (+)-Manzamine A の全合成研究

【背景・目的】

(+)-Manzamine A(1)は沖縄産海綿より単離・構造決定されたβ-カルボリンアルカロイドである1)。本天然物は抗腫瘍活性、抗菌活性、抗マラリア活性、抗HIV 活性等の広範かつ強力な生物活性を有することから高い関心が抱かれており、他のmanzamine 類や誘導体との構造活性相関研究を含めた様々な研究が展開されてきている。また、四級炭素を含む5 つの不斉中心と13 員環、8 員環を有する特徴的な縮環構造は合成化学的にも興味深く、多くの合成研究が行われてきた。しかし、その複雑な5 環性主骨格を立体選択的に構築することは困難であり、全合成報告は3 例に過ぎない。筆者もまた(+)-manzamine A(1)の顕著な生物活性と特異な構造に興味を抱き、全合成研究を行った2)。

【逆合成解析】

Manzamine A(1)はircinal A(2)より変換する方法が報告されている3)。これまでに行われてきた合成研究では、ircinal A(2)の5 位の四級不斉中心を含むABC 環の立体選択的構築に主眼が置かれてきたが、本合成においては天然物の構造的特性を活用することで、連続する4 つの不斉中心の立体化学を効率的に制御することを計画した。即ち、E 環を終盤において構築し、B 環のケトンを活用して5 位の不斉炭素を構築するものと考え、アミド3 を鍵中間体として設定した(Scheme 1)。そして、アミド3 のアルキンを含む15 員環の炭素鎖を利用することにより、立体選択的なB 環の修飾が可能であると考えた。大員環はノシルアミドの分子内光延反応により構築できるとすると、その前駆体をアルコール4 とすることが可能である。また、本合成を行う上で重要となる9 位の立体化学は、ブテノライド6 とシロキシジエン7 のiels-Alder 反応によって制御できるものとし、Diels-Alder 反応成績体5 のラクトンの開裂と適切な増炭反応を行えばアルコール4 へと導けると考えた。

【結果・考察】

Diels-Alder 反応によるB 環の構築を行うため、シロキシジエンの合成を行った(Scheme 2)。市販の4-methoxyphenol(8)に対する4-bromobutyl 基の導入と、3-buten-1-ol から合成したアルキンによる求核置換反応、THP 基の除去を経てアルコール9 を得た。水酸基をヨウ素によって置換し、アセト酢酸メチルによる求核置換反応を行うことで.-ケトエステル10 へと導いた。次に、ケトン部位とエステル部位を同時に還元し、生じた1,3-ジオールの酸化反応を検討したところ、t-BuOH 存在下においてDess-Martin 酸化を行うことで良好な結果が得られた。そして、ワンポットでビニロガスエステルへと導き、TBSOTf を用いてシリルエノールエーテル部位を構築した。得られたシロキシジエン11 とブテノライド6 のDiels-Alder 反応ではシロキシジエン11 の不安定さが問題となったが、NaOAc とMS3A の存在下で反応を行うことにより、高収率で成績体12 を得ることに成功した

大員環構築を行うため、炭素鎖の伸長と窒素官能基の導入を行った(Scheme 3)。ラクトンの加溶媒分解、Wittig 反応による炭素鎖の伸長、生じたカルボキシラートのエステル化をワンポットで行うことでエノールエーテル13 を得た。続いて、エステル部位の還元と生じたアルコールの保護によりシリルエーテル14とし、2 つのエノールエーテル部位の加水分解を行い、生じた2 つのカルボニル基のうちアルデヒドを選択的に還元することでアルコール15 へと導いた。窒素原子の導入には光延反応を活用し、ノシルアミドとアルコールの脱保護を行うことで大員環構築の前駆体16 を得た。ノシルアミドの分子内光延反応は、形成される15 員環内にアルキンとシクロヘキセン環を有する強固な構造であるにもかかわらず、二量体の生成を伴うことなく円滑に進行し、良好な収率でアミド17 を得ることに成功した。。

次に、大員環の立体的特性を活用して不斉炭素の構築を行った(Scheme 4)。ケトンの.位にメトキシカルボニル基を導入して.-ケトエステルとし、別途調製したヨウ化アリルを用いて求核置換反応を行ったそして、エノン18 をエポキシ化することでエポキシケトン19 へと変換した。これらの分子間反応では、反応剤はアルキンを有する炭素鎖を避けてB 環の.面から接近したため、5 位、3 位の立体化学を効率的に制御することができた。続いて、アリルシアナートの[3,3]-シグマトロピー転位を活用することで21 位に立体選択的に窒素官能基を導入した。そして、イソシアナート部位を非水条件でアミンに変換し、得られたイミン21 の立体選択的還元と、それにより生じたアミンのアシル化を経てアミド22 を得た。これにより全ての不斉炭素の構築に成功し、ircinal A (2)の全合成に必要な炭素鎖の導入を完了した。

最後に、5 環性主骨格と.-カルボリン部位の構築を行った(Scheme 5)。エステル部位とアミド部位を同時に還元し、生じたアルコールを酸化することでアルデヒド23 を得た。そして、ノシル基の除去により生じたヘミアミナールを還元することでA 環、D 環の構築を達成した。ジアミン24 を基質とする閉環メタセシス反応は、立体障害による反応性の低さとアルキンの関与により困難を極めたが、Ru 錯体25 を用いることによりE 環の構築に成功した。最後に、TBDPS 基の除去とアルキンの部分還元、Dess-Martin 酸化に伴うエポキシドの開環反応を経てircinal A(2)へと導くことに成功した。そして、ircinal A(2)からmanzamine A(1)への変換法を改良し、良好な収率でmanzamine A(1)の全合成を達成した。

第2部 Ecteinascidin 743 の全合成研究

【背景・目的】

cteinascidin 743(27)はカリブ海産ホヤより単離・構造決定されたアルカロイドである4)。本天然物は強力な抗腫瘍活性を有することから、各国で軟部肉腫治療薬として臨床応用されており、今後の適応拡大が期待されている。現在はcyanosafracin B からの半合成により供給されているが、高まる需要に応えるため、安価で豊富な原料からの安定供給が望まれている。一方、本天然物は10 員環ラクトンやビシクロ[3.3.1]骨格に代表される合成化学的にも興味深い構造を有しているため、現在までに5 例の合成が報告されているが、いずれも大量合成への応用は困難なものであった。そこで、本天然物の実用的な全合成経路の確立を目指し、研究を行った。

【逆合成解析】

共同研究者によりエナミド28 を鍵中間体とし、分子間Heck 反応を基軸としたecteinascidin 743(27)の全合成研究が行われてきた5)。しかし、エナミド28 の合成に22 工程を有していたことから、安価で豊富な原料から短工程での合成経路を確立すべく逆合成解析を行った(Scheme 6)。エナミド部位をエステルから構築し、ビシクロ[3.3.1]骨格の構築を求核性の高い対称ジフェノールを求核剤とするN-アシルイミニウム塩の環化反応によって行うこととし、ヘミアミナール29 へと逆合成した。そして、その前駆体となるジケトピペラジン30 はL-グルタミン酸(31)から合成できると考えた。

【結果・考察】

L-グルタミン酸(31)から導いたジケトピペラジン32 と、没食子酸から調製したアルデヒド33 のPerkin反応とBoc 基の導入を経てイミド34 を得た(Scheme 7)。接触還元を行った後、アセチル基の除去とイミド部位の還元によりヘミアミナール35 へと変換した。ジフェノールからN-アシルイミニウム塩への環化反応は円滑に進行し、ビシクロ[3.3.1]骨格の構築に成功した。そして、ワンポットでTf 基を導入した。次に、立体的に空いているトリフラートを選択的にメチル基に変換し、アミンの保護基を変換してメチルカーバメート36 とした。そして、エステルの部分還元と脱水反応によりエナミド28 の合成を達成した。この後、16 工程での全合成経路が共同研究者によって開拓され、既存の合成法では最短かつ最高収率である29 工程、収率1.9%でのecteinascidin 743(27)の全合成経路を確立することに成功した

しかし、この合成ではecteinascidin 743 を医薬品として大量供給するためにはまだ十分な効率性を有していないと考えられるため、より実用的な全合成経路の確立を目指して検討を行った。そして、Pictet-Spengler反応を基軸とする合成経路を立案し、全合成を行う上で想定される問題点を解決することに成功した。。

【参考文献】 (1) (a) Sakai, R.; Higa, T.; Jefford, C. W.; Bernardinelli, G. J. J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 6404. (b)Nakamura, H.; Deng, S.; Kobayashi, J.; Ohizumi, Y.; Tomotake, Y.; Matsuzaki, T.; Hirata, Y. Tetrahedron Lett. 1987,28, 621. (2) Toma, T.; Kita, Y.;ukuyama, T. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 10233. (3) Kondo, K.; Shigemori, H.;Kikuchi, Y.; Ishibashi, M.; Sasaki, T.; Kobayashi, J. J. Org. Chem. 1992, 57, 2480. (4) Rinehart, K. L.; Holt, T. G.;Fregeau, N. L.; Stroh, J. G.; Keifer, P. A.; Sun, F.; Li, L. H.; Martin, D. G. J. Org. Chem. 1990, 55, 4512. (5) (a) T. Inui,Ph.D. Dissertation, University of Tokyo (2011) (b) F. Kawagishi, Master's Thesis, University of Tokyo (2011)

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

Scheme 6

Scheme 7

審査要旨 要旨を表示する

藤間は博士課程において(+)-manzamine A(1)、ecteinascidin 743(2)という抗腫瘍性活性を有する天然物の全合成研究を行った。

(+)-ManzarnineA(1)は抗腫瘍活性、抗菌活性、抗マラリア活性、抗HIV活性等の広範かつ強力な生物活性を有する海洋性天然物である。強力な生物活性に加えて特徴的な縮環構造を有することから多くの合成研究が行われてきたが、その複雑な5環性主骨格を立体選択的に構築することは困難であり、全合成報告は3例に過ぎない。藤間もまた(+)-manzanimeA(1)の顕著な生物活性と特異な構造に興味を抱き、独創的な合成戦略による全合成研究を行った。

まず、佐藤は分子間Diels-Alder反応によるB環の構築を行った(Scheme 1)。市販のp-methoxyphenol(3)より炭素鎖を伸長してアルコール4とし、ヨウ化物を経てβ-ケトエステル部位を導入した。このものの還元により生じた1,3-ジオールの酸化を行い、ワンポットでメトキシ基を導入した後、シリルエノールエーテル部位を構築することでシロキシジエン6を合成した。このものとブテノライド7とのDiels-Alder反応ではシロキシジエン6の不安定さが問題となったが、藤間は酢酸ナトリウムとMS3Aを添加することによって反応が円滑に進行することを見出し、Diels-Alder反応成績体8を高収率で得ることに成功した。

次に、藤間はこの合成経路で鍵となる15員環の構築に着手した(Scheme 2)。アセトキシラクトン部位の加溶媒分解とWittig反応カルボキシラートのメチル化をワンポットで行うことで4つの異性体の混合物であるエステル9へと導き、エステル部位の還元と生じた水酸基の保護を行うことでシリルエーテル10を得た。そして、2つのエノールエーテル部位の加水分解により生じたカルボニル基のうちアルデヒドを選択的に還元することでアルコー11へと変換した。最後に、光延反応によってノシルアミド基を導入し、保護基の除去を経て15員環構築の前駆体12へと導いた。ノシルアミドの分子内光延反応による15員環構築は良好な結果を与えた。環内にアルキンやシクロヘキセノンを有する強固な構造であるにもかかわらず、若干の肴釈条件に付すのみで二量体の生成を抑制することが可能であったと述べている。このような強固な環構築が可能であることを示したことがこの研究の大きな成果の一つである.

藤間はこの15員環アミド13の特性を活用することで3位、5位の不斉炭素の立体選択的構築を行った(Scheme 3)。即ち、β-ケトエステルへと変換後、ヨウ化アリルに対する求核置換反応によって5位の不斉炭素を構築し、エノン部位をエポキシ化することで3位の不斉炭素を構築した。これらの分子間反応はいずれも15員環の立体障害によってB環のα面での反応が選択的に進行し、わずか3工程にて効率的に2つの不斉炭素を構築することに成功した。次に、アリルシアナートの[3,3]-シグマトロピー転位を用いることで21位の立体化学を制御してイソシアナート16とし、酢酸を求核剤としてイソシアナート部位をアミンへと変換することでイミン17を得た。このものを立体選択的に還元し、ワンポットでアミン部位をアシル化することでアミド18を調製した。ここまで、15員環アミド13からわずか5工程で(+)manzamineAの有する全ての不斉中心の立体化学を制御し、必要な炭素鎖の導入を終えることができている点が注目に値する。

最後にA、D、E環の構築を行った(Scheme 4)。アミド部位とエステル部位を同時に還元し、生じたアルコールをIBX酸化することでアルデヒド19を得た。そして、ノシル基の除去により生じたヘミアミナールを還元することでA、D環の構築を達成した。続く閉環メタセシスはエチル基で置換されたアルケンの反応性の低さに加え、アルキンの関与もあったため中程度の収率となったが、Ru錯体21を用いることで8員環アミン22を得ることに成功した。最後に、水酸基の脱保護とアルキンの部分還元、生じたアルコール部位の酸化を経てircinalA(23)の全合成を達成した。そして、文献の方法を参考にして改良法を開発することにより(+)manzamineA(1)の全合成を達成した。

Ecteina3cidin 743(27)は強力な抗腫瘍活性を有する天然物であり、各国で軟部肉腫治療薬、再発陸卵巣癌治療薬として臨床応用されている。現在、医薬品の供給はPharmaMar社によってcyanosafracinBからの半合成によって行われているが、高まる需要に応えるため、安価で豊富な原料からの安定供給が望まれている。そこで、藤間はecteinascidin 743(27)の実用的な全合成経路の確立を目指し、研究を行った。

L-グルタミン酸(24)を原料として先行研究に従ってジケトピペラジン25を調製した。Perkin反応とBoc基の導入によってイミド27とし、接触還元とアセチル基の除去、イミド部位の還元を経てヘミアミナールへ28と導いた。そして、酸処理によって昂アシルイミニウム塩を発生させ、求核性の高いジフェノールからの環化反応が進行することでビシクロ[3.3.1]骨格の構築に成功した、さらに、ビストリフラートに変換し、空いている-方のトリフラートを鈴木宮浦カップリングにより選択的にメチル基に変換し、Boc基をCO2Me基に変換することでエステル30とした。そして、エステルの部分還元と水酸基の脱離反応によってエナミド部位を構築した。この後の変換は共同研究者により為され、総工程数29工程、総収率1.9%の全合成経路の確立を達成した。この結果は、過去のあらゆる全合成を凌駕するものである。また、藤間はさらに効率的な合成経路の確立を目指して研究を行い、Pictet-Spengler反応を基軸とする台成経路の研究を行っており、既に多くの問題点を解決した。

以上、藤間は(+)-manzamineA及びecteianscidin 743の全合成研究を行った。(+)-manzamineAの全合成研究では、15員環を有するビシクロ化合物の特性を生かした独自の全合成経路を確立し、大員環を有する化合物を合成的に活用する可能性を広げると共に、種々の方法論の有用性を示した。―方、医薬品として重要であるecteinascidin 743の全合成研究では、これまでに報告された全合成経路を工程数、収率において凌駕し、cyanosafracinBからの半合成に匹敵する優れた全合成経路の確立を達成し鳥この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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