学位論文要旨



No 128334
著者(漢字) 西村,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ニシムラ,タクヤ
標題(和) (+)-Lyconadin A及び類縁体の全合成
標題(洋)
報告番号 128334
報告番号 甲28334
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1429号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 横島,聡
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 講師 脇本,敏幸
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】LyconadinA(1)は小林らにより北海道の沿岸に自生するヒカゲノカズラ科のアスヒカズラ(Lycopodium complanatum)から単離、構造決定されたリコポジウムアルカロイドである1。その生物活性として、invitroの系においてネズミリンパ腫細胞やヒト表皮腫瘍細胞に対し中程度ながら細胞毒性を示すことが報告され、更に近年になってヒト星状細胞

腫細胞において神経成長因子に関するn1RNAの発現増強作用を有していることが報告されている2。また、一般的なリコポジウムアルカロイドにはない五っの環が高度に縮環した特徴的な構造を有しており合成化学的にも興味深い化合物であるため、本天然物については二例の全合成を含むいくつかの合成研究が報告されている3。今回筆者は独自の合成戦略に基づいた効率的な合成を目指し研究を開始した。

【逆合成解析】天然物の有するピリドン環の構築を当研究室で見出した方法で合成の終盤に行うこととし、天然物の主骨格を有するα,β-不飽和ケトン2をその前駆体として設定した4。前駆体が有するシス縮環のビシクロ[5.4,0]骨格をエノンとジエンとのDiels-Alder反応から容易に合成できるシスデカリン骨格を有する化合物5から、環拡大を行うことで合成できると考えた。その環拡大はオゾン分解で生じるケトアルデヒド4の分子内アルドール反応による七員環エノン3を合成することによって行うことを計画した。また、前駆体の主骨格合成に必要な官能基化はこのエノン構造から行えると考えた(Scheme 1)。

【結果・考察】文献既知の5-メチル-2-シクロヘキセノン(6)5を出発原料とし、イソプレンとのDiels-Alder反応をOvermanらによって報告されている条件で行いcis二環性化合物7を単一の異性体として得た(Scheme2)6。続いてオキシムを経る窒素原子の導入を行ったところ、オキシムの還元の際に還元剤がconvex側から接近することにより立体選択的に進行し、望みの立体化学を有するアミン8を合成することができた。得られたアミン8にNs基とTMSメチル基を導入した後、オゾン分解とアセタール化によりケトアセタール10を得た。このものを用いて分子内アルドール反応を種々検討したが、望む反応は進行せず原料の損壊や多くの副生成物が得られるのみであった。

そこでHornor-Wadsworth-Emmons反応によって七員環構築を行うことを考え、ケトアセタール10からのさらなる変換を行った(Scheme 3)。シリルエノールエーテル11のオゾン分解を行いシリルエステルを経てメチルエステル体12とした。次に窒素原子上の保護基をCbz基へと変換した後、リチオ化したメチルポスフェートの求核置換反応によりケトホスフェート13へと導いた。酸処理してアセタールの開裂を行いアルデヒドを得た後、水素化ナトリウムを作用させたところ分子内HWE反応が進行し鍵中間の七員環エノン14を得ることに成功した。次に主骨格構築に向け七員環エノンの官能基化を行った。エノンのα位の臭素化の後、永田試薬を用いたエノンβ位へのシアノ基導入を行ったところ、およそ2:1のジアステレオマーの混合物となった。混合物のまま続けて炭素一窒素結合形成を行うべくTMSメチル基の除去を行い、得られたカーバメートにKOt-Buを作用させたところ、分子内SN2反応が進行し、高収率で三環性化合物16を得ることに成功した。しかしながらこの後の変換においてシアノ基の立体化学を所望のものへと収束させることができなかったこと、鍵中間体である七員環エノン14を得るのに多段階を要するといった要因により本合成経路を中断し、新たな戦略のもと全合成を目指すことにした。

新たな合成戦略として、シスデカリン化合物7への窒素原子の導入が立体選択的に進行すると考えられるので、得られる窒素原子の立体化学と二重結合を利用してピペリジンン環形成を行うことを計画した(Scheme 4)。すなわち、分子内aza-Prins反応によってピペリジン環を構築し、更に得られるであろう三環性化合物18の二重結合を利用したシクロプロパン19を経る環拡大を行うことでビシクロ[5.4.0]骨格の構築ができると考えた。その後種々の官能基変換により前駆体として設定したα,β-不飽和ケトン2に導けるものと考えた。

上記の戦略を基に実際の合成を試みたところ、期待通りベンジルアミンを用いた還元的アミノ化が立体選択的に進行して20を得ることができ、さらに酸共存下ホルマリン中で加熱することで分子内aza-Prins反応が進行することを見出し、良好な収率で三環性化合物21を得ることに成功した(Scheme 5)。得られた三環性化合物の二重結合部位を利用してジブロモシクロプロパン環の構築を試みたが、系が複雑化し、望むシクロプロパン体が痕跡量得られるのみであった。この系の複雑化の原因が第三級アミンの求核性にあると考え、ベンジル基からBoc基へと変換した基質を用いて再度ジプロモシクロプロパン化を行ったところ65%の収率で22を得ることができた。Boc基の除去の後、ピリジン中加熱還流下の条件に付すことでジブロモシクロプロパン環の開裂による環拡大と引き続くC-N結合の形成反応が速やかに進行し、望みの四環性化合物24を収率よく得ることに成功した。

次にピリドン環の構築に向け、四環性化合物のアルケニルブロミド部位の官能基変換を試みた(Scheme 6)。検討の結果、tert-BuLiを用いたハロゲン-リチウム交換の後、ワンポットでトリシルアジドを作用させることでアジド26へと変換できることが分かった7。得られたアジド26を塩酸で処理することで前駆体に設定したα,β-不飽和ケトン2へと変換できることを見出した。最後に当研究室で見いだしたピリドン構築法を改良することで天然物へと導いた。すなわち、アセタミド27の1,4-付加を行った後、ワンポットで塩化水素メタノール溶液処理することで環化と続くスルホキシドの脱離が一挙に進行してLyconadinA(1)が得られ、本天然物の全合成をエノン6から11工程、総収率22%で達成した8。

確立した合成経路を応用して類縁体のLyconadin BとLyconadin Cの合成に着手した2,9。Lyconadin Bについては合成したα,β-不飽和ケトン2から容易に導けると考え検討を行った(Scheme 7)。すなわち、酢酸エチルから調製したシリルケテンアセタール28を2に作用させたところ飽和エステル29を得ることができた。次にアンモニア水溶液での処理によりアミドへと変換し、続けて加熱条件に付すことでLyconadin B(30)を得ることに成功した。

続いてLyconadin Cの合成を行った(Scheme 8)。23に対してギ酸中室温で塩酸を作用させてBoc基の除去と塩酸塩の形成を行った後、加熱還流の条件に付すことでジエン31を単一の生成物として得ることができた。続いてジイミドを用いた選択的な二重結合の還元を行って32とし、2級アミンをBoc基で保護して33を得た。mCPBAを用いた酸化によってエポキシドから開環までが一挙に進行し、α,β-不飽和ケトン34を得ることができた。最後に改良ピリドン構築法を適用することによりLyconadinC(35)の全合成を達成した。

以上のように著者は本学博士課程においてLyconadin Aの効率的な合成経路の確立し、またその合成経路を応用することにより、二つの類縁体合成にも成功した。

1) Kobayashi, J.; Hirasawa, Y.; Yoshida, N.; Morita, H. J. Org. Chem., 2001, 66, 5901. 2) Ishiuchi, K.; Kubota, T.; Hoshino, T.; Obara, Y.; Nakahata, N.; Kobayashi, J. Bioorg. Med. Chem., 2006, 14, 5995. 3) (a) Beshore, D. C.; Smith, A. B., III. J. Am. Chem. Soc., 2007, 129, 4148. (b) Bisai, A.; West, S. P.; Sarpong, R. J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 7222.4) Koshiba, T.; Yokoshima, S.; Fukuyama, T. Org. Lett, 2009, 11, 5354. 5) Oppolzer, W.; Petrzilka, M. Helv. Chim. Acta, 1978, 61, 2755. 6) Nilsson, B. L.; Overman, L. E.; Read de Alaniz, J.; Rohde, J. M. J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 11297. 7) Evans, D. A.; Britton, T. C.; Ellman, J. A.; Dorow, R. L. J. Am. Chem. Soc., 1990, 112, 4011. 8) Nishimura, T.; Unni, Adtya K.; Yokoshima, S.; Fukuyama, T. J. Am. Chem. Soc., 2011, 131, 418. 9) Ishiuchi, K.; Kubota, T.; Ishiyama, H.; Hayashi, S.; Kobayashi, J. Terahedron Lett., 2011, 52, 289.

Figure 1

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and Conditions: (a) TMSOTf, (TMSOCH2)2, isoprene, CH2Cl2, -78℃; (b) FeCl3/SiO2, acetone, rt, 67% (2steps); (c) HONH2・Cl, NaOAc, MeOH, 73% (3 steps); (d) MoO3, NaBH4, MeOH, rt; (e) NsCl, Et3N, CH2Cl2, 65% (2 steps); (f) TMSCH2l, K2CO3, DMF, 90℃, 65%; (g) O3, MeOH/CH2Cl2, -78℃; Me2S, to rt; (h) PPTS, MeOH, 66% (2 steps); (i) TBSOTf, Et3N, MeCN, rt.

Scheme3

Reagents and Conditions: (a) O3, MeOH/CH2Cl2, -78℃; Me2S; (b) Mel, Cs2CO3, MeCN, 34% (2 steps); (c) n-BuLi, MeP(O)(OMe)2, THF, -78℃, 71%; (d) TFA, CHCl3/H2O, 86%; (e) PhSH, Cs2CO3, MeCN, rt to 50℃; CbzCl, 98%; (f) NaH, THF, 0℃ to rt, 61%.(g) TBSOTf, Et3N, MeCN, rt; NBS; (h) Et2AlCN, benzene, rt, 69% (2 steps); (i) CAN, MeCN-H2O, rt; (j) KOt-Bu, THF, 0℃, 70% (2 steps).

Scheme 4

Scheme 5

Reagents and Conditions: (a) BnNH2, NaBH(OAc)3, DCE, 50℃, 99%; (b) aq HCHO, AcOH, SiO2, 60℃, 94%; (c) H2, Pd/C, MeOH, rt; Boc2O, 94%; (d) CHBr3, i-PrOH, BnNEt3Cl, aq NaOH-CH2Cl2, 0℃ to rt, 65%; (e) TFA, CH2Cl2, rt; (f) pyridine, reflux, 96% (2 steps);.

Scheme 6

Reagents and Conditions: (a) t-BuLi, THF, -78℃; Trisyl azide; AcOH, rt, 75%; (b) aq HCl, 1,4-dioxane, 60℃, 92%; (c) 27, NaH, THF, 0℃ to rt; HCl, MeOH, 40℃, 90%.

Scheme 7

Reagents and Conditions: (a) 28, CsF, THF, rt, 36%; (b) aq NH3, reflux; (c) neat, 160 ℃, 42%.

Scheme 8

Reagents and Conditions: (a) aq HCl, HCO2H, rt to reflux, (b) TsNHNH2, NaOAc, DME-H20, 85℃, 63% (2 steps); (c) Boc2O, CH2Cl12, 96%; (d) mCPBA, CH2Cl2, rt, 43%; (e) 27, NaH, THF, 0 to 40℃; HCI, Me0H, 68%.

審査要旨 要旨を表示する

LyconadinAは小林らにより北海道の沿岸に自生するヒカゲノカズラ科のアスヒカズラ(Lycopodium complanatum)から単離、構造決定されたリコポジウムアルカロイドであり、invitroの系でネズミリンパ腫細胞やヒト表皮腫瘍細胞に対する中程度の細胞毒性と、ヒト星状細胞腫細胞において神経成長因子に関するmRNAの発現増強作用を示すことが報告されている。また、―般的なリコポジウムアルカロイドにはない五つの環が高度に縮環した特徴的な構造を有しており合成化学的にも興味深い化合物であるため、本天然物については二例の全合成を含むいくつかの合成研究が報告されている。そこで、西村は独自の合成戦略に基づいた効率的な合成を目指し研究を行った。

まず、西村は本化合物の主骨格構築の足掛かりとなるaza-Prins反応を試みた。その基質調製として、文献既知の5-メチル-2-シクロヘキセン-1-オン(2)を出発原料と、イソプレンとのDiels-Alder反応をOvermanらによって報告されている条件に倣いケタール化を経由する条件で行って、シスデカリン化合物4を単一の生成物として得た。次にベンジルアミンを用いて還元的アミノ化を行い、立体選択的かつ定量的にアミン5を得た。このようにして調製したアミン5に対し、aza-Prins反応の検討を行った結果、酢酸中ホルマリンを作用させることでaza-Prins反応が進行することを見出し、収率良く三環性化合物7を得ることに成功した。

続いて主骨格の構築を目指し、得られた三環性化合物7の二重結合部位を利用してジブロモシクロプロパン環の構築を試みたが、系が複雑化し、望むシクロプロパン体8は痕跡量得られるのみであった。西村はこの系の複雑化の原因について詳細に調べ、電子不足なジブロモカルベンに対する第三級アミンの求核攻撃によって不安定な中間体が生じた結果であると付き止めた。そこで、ベンジル基からBoc基へと変換した基質9を調製した後、再度ジブロモシクロプロパン化を行ったところ65%の収率で10を得ることに成功した。得られた10について環拡大を試みた結果、Boc基の除去後ピリジン中加熱還流の条件に付すことでジブロモシクロプロパン環の開裂による環拡大と引き続く炭素一窒素結合の形成反応が速やかに進行し、四環性化合物12を収率よく得ることに成功し、天然物の主骨格構築を文献既知のエノンから9工程で達成した。

次にピリドン環の構築に向け、四環性化合物のアルケニルブロミド部位の官能基変換を試みた。検討の結果、tert-BuLiを用いたハロゲン-リチウム交換の後、ワンポットでトリシルアジドを作用させることでアジド14へと変換できること、更に得られたアルケニルアジド14は塩酸で処理することでアジドのプロトン化に続く窒素の脱離、生じたイミンの加水分解が一挙に進行し望みのα,β-不飽和ケトン15へ変換できることを見出した。最後に当研究室で見いだしていたピリドン構築法を改良することで天然物であるlyconadin A(1)へと導き、エノン2から11工程、総収率22%で全合成を達成した。

更に酉村は確立した合成経路を応用して類縁体のlyconadin Bとlyconadin Cの合成も行った。Lyconadin Bについては合成したα,β-不飽和ケトン15にマロン酸メチルベンジルエステル28を作用させ、ジエステル29とした後、接触還元によりベンジル基の除去を行った。続いてアンモニア水溶液での処理によりアミドへの変換と、加熱条件に付すことでlyconadin B(30)を得ることに成功した。

LyconadinCの合成においてはジプロモシクロプロパン10を用いた環拡大反応にっいて検討を行った結果、ギ酸中室温で塩酸を作用させてBoc基の除去と塩酸塩の形成を行った後、加熱還流の条件に付すことでジエン20を単一の生成物として得ることを見出した。続いてジイミドを用いた選択的な二重結合の還元を行って21とし、第二級アミンをBoc基で保護して22を得た。,nCPBAを用いた酸化によってエポキシドから開環までが一挙に進行することを見出して、α,β-不飽和ケトン23を得ること成功し、最後に改良ピリドン構築法を適用することでIyconadin C 24)の全合成を達成した。

以上、西村はlyconadin Aの効率的な新規合成法を確立した。西村が確立した合成経路は、これまで報告されたlyconadinAのどの合成よりも短工程かつ通算収率が高いものであり、類縁体合成にも適用できることも示された、この成果は薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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